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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
131/218

4-13前に進めない


俺は沼田さんに会いに行くため、翔平と沼田さんの家の最寄り駅で待ち合わせしている。

というのも、俺一人では沼田さんに会いに行くのが怖かったからだ。

あの日以降、俺は沼田さんとは連絡をとっていない。

自分のことで精一杯で、今もまだ気持ちの整理がつかない。


俺は竜聖に会ってから、あいつの他人を見るような目が忘れられなくて、ずっと悩んでいた。

もっと良い言葉のかけ方があったんじゃないか?

あいつは本当は俺たちのことを拒絶したわけじゃなかったんじゃないか…?

俺は高校のときのあいつの姿と今のあいつの姿が重ならなくて苦しかった。

今も鮮明に蘇る。

幸せそうな二人の姿が…仲良く歩く竜聖と沼田さんの姿が…

俺は信じられなかった。

変わってしまったという現実が…受け入れられなかった。


そして、俺がこれだけ悩んでいるのに、沼田さんは平気で今のあいつを受け入れているのも信じられなかった。

彼女から告白を聞いたとき、胸が痛かった。

俺が自分の事ばかり考えている間に、彼女は大きく前に進んでいた。

大学時代…あいつを想って泣いていた弱い姿は見当たらなかった。

それだけ、竜聖の事を今も…想っていることが伝わってきて…苦しかった。


俺は自分一人だけが前に進めていなくて、彼女に感じるこの気持ちさえ疑いたくなってきていた。

それだけ俺にとって、二人の再会と仲直りの事実は大きく…受け入れるのには時間がかかる事だった。


俺がこうして頭を悩ませていると、改札をくぐって翔平が浜口さんと言い争いながらやって来た。


「よう、竜也。待たせたな。」

「ようじゃない!!話聞け!!この浮気者!!」


俺は横で喚いている浜口さんを気にしながらも、片手を上げて返す。

翔平はもう相手をするのも飽きたというように、早足で歩いて行く。


「おい、浜口さん。すっげー怒ってるけど?」

「あーいいの、いいの。しばらくしたら収まるだろ。」


余程ケンカが尽きないのか、翔平は慣れた様子だ。

浜口さんは翔平に喚くのも嫌になってきたのか、俺の横に来ると俺の腕を掴んだ。


「もうっ!本郷君がそういう態度なら、山本君と浮気する!!」

「へっ!?」

「はぁ!?」


俺は浜口さんを見て目を剥いた。

これは…どういう状況なんだ…?

翔平はさすがに黙ってられなかったようで、俺と浜口さんを引きはがした。


「バカか!!浮気するなら相手選べ!!」


おい、翔平。怒る所違うだろ。

俺が心の中で突っ込むと、案の定浜口さんは顔を真っ赤にして怒り絶頂だった。

俺は巻き込まれるのは御免だったので、足を速めて二人から離れた。

すると背後でケンカが再発した。


「浮気してもいいんだ!?いいって言ったな!!」

「いいなんて言ってねぇだろ!?相手選べっつったんだよ!!」

「なんで山本君じゃダメなのよ!!」

「竜也は…その…あれだ!純愛中だからだ!!」


この発言にはさすがに俺も黙ってられなかった。

二人の所に舞い戻ると、翔平の頭を叩いた後羽交い絞めにして首をしめた。


「っこんの…ペラッペラの口塞いでやるよ!!覚悟しろ!!」

「えっ!?純愛って本当の話なの!?」


驚いて俺を見つめる浜口さんから顔を背けると、俺は翔平を羽交い絞めにしたまま歩みを進めた。


「く…首…マジで絞まってる…って…」


脇の下で翔平がパンパンと腕を叩いたので、俺は慌てて力を緩めて翔平を解放した。

翔平は何度か咳き込んだ後、俺を指さした。


「加減しろよ!アホ!!」

「うっせぇ!!お前が悪いんだろ!!」

「えっ!?で、純愛の話は本当なの!?」


俺と翔平が言いあっていると、浜口さんが突っこんできた。

余程気になるらしい。

俺は自分から言う気はなかったので、二人に背を向けると歩みを再開した。

背後で翔平が意味深に笑う声が聞こえる。


「ふっふっふ。マジもマジ。大マジだ!まぁ、これは男の沽券にも関わるから内緒にしてくれよな。」

「えーっ!!すっごーい!山本君がねぇ~、意外だー!!」


翔平にだけは男の沽券なんて言われたくない。

それに浜口さんの反応も若干失礼だろ。


俺は二人を置いて行くつもりで、ズンズンと足を速めて沼田さんのマンションへ入った。

話を終えた二人が後ろから走ってくる足音が聞こえる。


そして俺たちはエレベーターで6階まで上がると、沼田さんの部屋のインターホンを押した。

彼女は待っていたようで、すぐに扉を開けてくれた。


「いっらしゃい。あ、理沙!久しぶり!!」

「どうも~。今日はお邪魔するね~。」


浜口さんが一番に部屋に入るのに続いて、俺たちも中へと入る。

俺は二人がいてくれたおかげで、沼田さんといつも通りに接することができた。

そのことに安心する。

沼田さんは俺たちをリビングに通すと、用意してくれていたお茶を並べた。


「はい。今日ちょっと暑いよね。もうすぐ6月だからかな~…?」

「そだね。お茶いただきまーす。」


浜口さんがお茶を飲んだのに合わせて、俺たちも出されたお茶に口をつけた。

沼田さんは嬉しそうにその様子を見て笑っている。

俺は竜聖と友達になった事で多少変化があるかと思っていたが、いたっていつも通りで心配するほどの事でもないのかもしれないと思った。


「っていうかさ!紗英、聞いてよ!!」

「うん?どうしたの?」


浜口さんは飲んでいたお茶のグラスをテーブルに置くと、翔平を指さして声を荒げた。


「今日私とデートの約束だったのに、竜也と紗英のところ行くから~とか言うんだよ!?信じられる!?」


彼女の言葉にケンカの原因が見えて、俺は翔平を見てげんなりした。

俺の誘いを断ればいいのに、何こっち優先させてんだよ…

俺は変に気を遣った翔平にため息が出た。

沼田さんも半笑いで翔平を見つめている。


「翔君…それは、よくないんじゃ…。」

「いいんだよ!!俺はここに来たかったんだから!友情優先だ!」

「ほら!ほら!!こんなこと言うんだよ!?もうこれは友情じゃないよ!!浮気だよ!!」

「浮気じゃねぇっつーのに!!」


またケンカが勃発しそうで、俺はテーブルから少し距離をとった。


「まぁまぁ、翔君。理沙のいう事はもっともだよ。今からでもデートしてきなよ。」

「イヤだね!!今日はここにいるんだからな!」

「ほらほら!!もう最悪でしょ!?」

「翔君…。」


沼田さんが頑としていう事の聞かない翔平に対して、諦めたようにため息をついた。

俺はここまで頑なにデートに行きたがらない翔平に疑問が出てきた。

二人は付き合ってるんだから、デートしたいと思うのが普通じゃないだろうか?

俺が沼田さんと付き合っていたら絶対そう思う。

翔平の本心が見えなくて、俺は口を挟めなかった。


「もういい!!そんなにいたいなら男二人でいればいいよ!!紗英、行くよ!!」


浜口さんは沼田さんの腕をとると、立ち上がって彼女を引っ張って行く。

俺は思わず立ち上がると、玄関に向かう二人に声をかけた。


「ちょ!!どこ行くんだよ!!」

「どこでもいいでしょ!?」


浜口さんはキッと目を吊り上げると俺を睨んだ。

その迫力に俺は一瞬怯んだ。

すると彼女の後ろで沼田さんが「すぐ帰るから。」と口パクで言った。

申し訳なさそうに顔をしかめていたので、俺はとりあえず沼田さんを信じることにした。

二人が出たあと、バタンと扉が勢いよく閉まって、俺は翔平に振り返った。


その動かない背中を見て、俺は大きく息を吐いた。


「なぁ、何でそこまでデートしたくねぇんだよ?」

「したくないなんて言ってねぇ。今日はここに来たかっただけだ。」


きっぱりと言い切った翔平の顔が見たくて、俺は翔平のななめ向かいに腰を下ろした。

翔平は真面目な顔をしている。


「何でそんなに今日に拘ってんの?沼田さんに会いたいなら、違う日に会いに来ればいいじゃん?」

「俺は紗英に会うときは竜也と一緒って決めてんだよ。紗英が男と二人で会ってたら嫌だろうが。」


まっすぐな目をして言い切った翔平を見て、俺は言葉を失った。

…俺のことを気遣ってたのか…?

それで、こっちを優先させたのか…

俺は翔平の正直でまっすぐな姿に胸が熱くなった。


「ははっ!お前、変なとこで気遣いすぎ。俺はお前と沼田さんの関係見て嫌になったりなんてしねぇよ。」

「分かんねぇだろ。俺はそうだったんだからな。」

「っふ…お前、嫉妬深そうだもんな。」

「うるっせ!お前だって、竜聖と二人でいられたら嫌じゃねぇのかよ!?」


翔平の言葉に俺は高校のときに見た二人を思い出した。

あの姿が…また見られるなら、嫌ではない…


でも、沼田さんが一方的に竜聖を想い続ける今の姿は…正直イヤだ。

俺にこんなこと言う資格はないけど、これが本心だった。


「…俺は、沼田さんがしたいなら…別に構わないよ。」


俺は少し俯くと、強がった。

すると翔平が俺の胸倉を掴んで、顔を寄せた。


「………本音言えよ。」


翔平の力強い言葉に我慢していた気持ちの蓋が外れかけた。

ジワ…と沁みだした気持ちだけを口にする。


「……イヤだよ。また、傷つく沼田さんは…正直…見たくない。」


翔平は満足そうに笑顔を浮かべると、俺から手を離した。


「言えるじゃねぇか。そりゃそうだろうよ。俺だって嫌なんだからな!いつ紗英が傷つくんじゃねぇかって、いつもハラハラしてるよ。だから、今日もここに来たかったんだ。」

「翔平…。」


俺は翔平も同じ気持ちだったことで、少し気が楽になった。

翔平は俺を見て真剣な顔になると、口を開いた。


「俺…この一カ月、悩んだんだ。紗英だけに辛い思いさせていいのかって…。それで、決めたことがある。」


翔平は自分の決意を固めているのか、一度しっかり目を閉じると息を吐いた。

そして目を開けたとき、その目にはしっかりと決意が刻まれていた。


「俺も竜聖と友達になりに行く。」

「……は…?……友達って…何言ってんだ?」


俺は竜聖から発せられた言葉を思い返して、その選択肢は絶対出てこないと思った。

あいつは自分で友情を壊した。

こっちから直しに行くなんて、俺には到底無理だ。


でも、翔平は覚悟を決めているようだった。


「過去のことは…一旦忘れて…。紗英みたいに新しく友達になるんだ。それなら、あいつも拒絶しないはずだ。」

「おい…それがどんだけ難しいことか分かってんのか?過去のことは一切口にしないってことだぞ?」

「分かってる。でも、一番辛い紗英がそれをやってるんだ。俺にだって…できるはずだ。」


俺は自分にもそれができるか考えようとするが、あの日の竜聖の冷たい言葉が胸に突っかかって考えられない。


「大丈夫だ。最初は拒絶されるだろうけど、あいつは竜聖には変わりないはずだ。いつか…受け入れてくれる。今の元気な紗英を見て、そう信じることにしたんだ。」


翔平は考えを変えるつもりはないようで、まっすぐな目で俺を見据えてくる。

俺はその姿を見て、軽く息を吐き出すと頷いた。


「わかったよ。お前が決めたんなら…何も言わねぇよ。」


「サンキュ、竜也。成果が出たら報告する。」


肩の荷が下りたように笑う翔平を見て、俺も笑い返した。




翔平も沼田さんも今の竜聖を受け入れていく。

この5年、あいつに何があったかは分からないが…

俺はあいつの冷たく放たれた言葉が忘れられなくて、どうしても前に進むことができなかった。


それだけ『拒絶』という事実は、俺に深く消えない傷を残していた。





竜也の苦悩でした。

次は紗英と理沙の話です。

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