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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-9会いに行く


私はお兄ちゃんから告げられた真実に頭が真っ白になった。


記憶喪失…?


吉田君が…


だから帰ってこなかったの…?


私はあの日別れた吉田君の姿が蘇ってきた。


『必ず一番に会いに行く!』


彼の最後に聞いた声が耳に響く。



「何で記憶喪失になったのかは…俺も知らない。だけど、記憶を失ったあいつは過去は捨てたと言っていた。」


お兄ちゃんの言葉にやっと頭が働き始めた。

私は自然と息が浅くなって、息苦しくなりながら訊いた。


「お兄ちゃん…吉田君に会ったの?」


お兄ちゃんは顔を歪めたまま頷いた。

その事実に私はお兄ちゃんに掴みかかった。


「何でっ!?…何で、私に教えてくれなかったの!?」

「言えるわけないだろ!!」


お兄ちゃんが大声を出して、私はビクッと肩を揺らして口を閉じた。

お兄ちゃんは今にも泣きそうな顔をしている。


「お前が…悲しむの分かってて…、何て言うんだ!?あいつは紗英の事忘れて、楽しくやってたぞって…そんな事、俺に言えってか!!」


私はそこでお兄ちゃんなりに私の事を考えてくれていた事を知った。

私はお兄ちゃんから手を離すと、俯いて謝った。


「ご…ごめんなさい…。」

「いや…いい。謝るな。これは俺の勝手なエゴだ。お前を泣かせたくないっていうな…。」


お兄ちゃんは手で顔を隠すと俯いた。

私は泣きそうになるのを手を握りしめて堪えた。

私が泣いたらお兄ちゃんが余計に気に病むような気がしたからだ。


「翔平から聞いたのは…その竜也って奴が、あいつを諭したけどダメだったって事だ。もう変わってしまって、昔のあいつじゃないとも言っていた。」


私はここであの日のあの二人の様子に合点がいった。

二人はあの日、吉田君に拒絶されてあんな事になっていたんだ。


親友だった人に拒絶されるってどんな気持ちなんだろうか…?

私は麻友から冷たい目で見られた瞬間を想像して背筋が凍るようだった。

信じていたのに、裏切られるような喪失感だと思った。

私はそんな二人がこんな重い事実を、私に抱え込ませないようにさせてくれた優しさに…胸を打たれた。

二人はいつも私の事を考えてくれている。

それが嬉しくもあり、悲しかった。


私が弱いから、みんな私を守ろうとしてくれる。


私はお兄ちゃんや山本君、翔君の気持ちに報いるためにも強くなる決心を固めた。


「お兄ちゃん。吉田君はどこにいるの?」


お兄ちゃんは私の言葉に驚いて、顔を上げた。

私は少し潤んだ目のお兄ちゃんを見つめて、もう一度聞いた。


「吉田君はどこにいるの?」

「…紗英。…あいつに会う気か?」

「うん。」


私の返答にお兄ちゃんは立ち上がって、私を見下ろして声を張り上げた。


「聞いてなかったのか!?あいつはお前の事覚えてないんだぞ!?」

「知ってるよ。だから、会いに行くんだよ!!」

「ッバ…バカか!!どんだけ傷つけられるか、お前は分かってない!!」

「分かってるよ!!」


私はお兄ちゃんに張り合うように立ち上がると、お兄ちゃんを睨んだ。


「私が行かなきゃダメなの!!みんな、私の分も悲しみを背負ってるから、こんな事になってるんだよ!?私はもう大丈夫だって所を皆に証明するためにも、私は行かなきゃダメなのっ!!」

「だ…それはお前、みんなお前に傷ついてほしくないから…。」

「いいの!!私は傷ついたりしないから!!大好きな人に会いに行くんだよ!?何言われても泣いたりしない!約束するから!!」


私は高校時代の吉田君を思い出して言いきった。

そうだ。大好きな人に会いにいく。

なのに、なぜ傷つくのを怖がる必要がある…?

私は吉田君に何を言われても、泣かないと心に誓った。


「そ…絶対…。泣くぞ…。」

「泣かない…吉田君の前では絶対泣かないから…。大丈夫だから…。お願い、教えて。」


お兄ちゃんは悔しそうに目を閉じると、その場にへたり込んだ。

そして傍にあったメモ用紙を手に取ると、何かを書きこんでいる。

私はそれを立ったままで見下ろしていると、書き終えたお兄ちゃんがメモを破って私に突き出した。


「あいつはここの正社員になってる。名前は桐谷竜聖。」

「桐谷…?」


私はメモを受け取ると、聞き慣れない名字に手に汗を握った。

お兄ちゃんは真剣な目で私を見つめると、力強く言った。


「いいか。あいつには何も期待するな。辛かったら我慢せずにここに帰ってこい。いいな?」

「…うん。分かった。…ありがとう。お兄ちゃん。」


私はお兄ちゃんの優しさに自然と笑顔が出た。

お兄ちゃん、山本君、翔君の強さを見習って、私は彼に会いに行くと決心した。






***






お兄ちゃんに吉田君の居場所を聞いた次の日――――


私はその日の授業を終えて職員室で荷物をまとめた。

部活の顧問の先生たちは部活の準備をして、それぞれ職員室を出ていく。

私は席を立つと、昨日お兄ちゃんから受け取ったメモを見て顔をしかめた。


「沼田さん。どっか行くの?」


隣で同じように帰る準備をしていた野上君が私の持っているメモに目を落とした。


「あ、そこスポーツ用品のお店だろ?俺、ちょうどフットサルの靴買おうと思ってたんだよ。一緒に行ってもいい?」

「え…?で…でも、ちょっと距離あるし…。」


私は同僚にプライベートな用事で一緒になりたくなかった。

野上君はそんな私を気にした様子もなくヘラヘラ笑っている。


「あ、もしかして二人ってのが嫌?なら、村井さんもどう?」


野上君はちょうど席を立った村井さんに声をかけた。

村井さんはちらっと私を見て、「いいけど。」と呟いた。

これは…三人で行く流れ…だよね…?

私はニコニコと上機嫌な野上君と相変わらず無口な村井さんを交互に見て、一人で行く選択肢がなくなった事にため息をついた。




そして、私は野上君と村井さんと一緒に吉田君がいるお店にやって来た。

ここに来る道中、野上君は一人でずっとしゃべっていて、そんな野上君に私は緊張が少し和らいでいた。

でも、いざお店を目の前にすると、緊張がピークに達した。

足がすくんで前に進まない。

呼吸も浅くなって、息が苦しい。


「何してんの?入るよ。」


何も知らない野上君は村井さんを引き連れて、あっさりお店に入って行く。

私はその背中に少し励まされながら、足を進めた。


お店に入ると、ちょうど私たちのように仕事帰りの人や大学生のグループなどで、そこそこお客さんががいた。

店員さんはそのお客さんを捕まえて営業トークを繰り広げている。

私は野上君たちと離れると、吉田君の姿を探した。

どこかにはいるはずだ。

私は商品の棚の間や人の間を通りながら、辺りを見回した。

すると奥の人気のない棚の前で、ファイルを広げながら女性店員と会話している彼を見つけた。


姿を一目見ただけで心臓がドクンと跳ねる。

体が会いたかったと勝手に震える。

私は足を止めて懐かしい姿をじっと見つめた。


吉田君だ…


髪が少し短くなっているけど、女性店員と話す横顔は何も変わっていない。

店員に向ける笑顔も、昔のままだ。

同僚だって分かっているけど、女の人と一緒にいる。

それが無性に嫌だった。

高校のときの気持ちを思い出しながら、私の中で嫉妬が顔を出す。

付き合ってた時、同級生の女の子と腕を組んでたのを見ただけで、同じ気持ちになってた。


ダメだ…想い続けるのやめるなんて言ってたけど…

こんなの…まだ全然好きだよ…


私は彼の姿が目に入るだけで、嬉しくて胸が熱くなっていくのを感じた。

心臓が鷲掴みされたみたいにギュッと苦しくなる。

脈がドクドクと早い。


声をかけたいのに、足は動かないし、声も出ない。

泣かないと決めたので、涙を堪えるのに必死になる。


すると、女性店員と話を終えた吉田君がこっちに振り向いた。

私は彼と目が合っただけで、ぐわっと体温が上がった。


どうしよう…


目を逸らすこともできずに、吉田君を見つめたまま固まる。

吉田君はまっすぐ私に向かってくる。


私は目の前に吉田君が来て立ち止まったとき、息が止まった。


「お客様。何かお探しですか?」


吉田君から出た言葉に私はふっと止めていた息を吐き出した。

あくまでお客として接する彼の態度に、本当に記憶がない事を理解した。

私は言いたいことを全部飲み込むと、笑顔を作った。


「いえ。あの、よ…桐谷、竜聖さんですよね?」

「…はい。そうですが…?」


吉田君は営業スマイルを消すと、首を傾げている。

私は過去の事は置いておいて、翔君たちの事を切り出した。


「私、以前あなたに会いに来た…本郷翔平と山本竜也の友人です。」

「……あ、…ケータイの。」


吉田君は何か思い当たることがあったのか、そう呟くと好意的な態度を一変させた。

目を細めると私を品定めするように眺めている。


「じゃあ、君も何か確認しに来たわけ?人を見世物みたいに。」


敵意のこもった目に私はズクンと胸が痛む。

何だか今の吉田君に見覚えがある。

私はいつの事か思い出そうと顔をしかめた。


「記憶のある奴は勝手だよ。人の気も知らねーで。」


そう言って顔を歪めた彼と、高2の夏に会った彼が被った。

中学以来初めて会った彼は、私を見ると顔を歪めていた。

そのときと同じだと感じた。


「私は確認しにきたわけじゃない。」

「は?」


私は過去の事を投げ捨てて、今目の前にある彼にぶつかった。


「私は…大事な友人があなたと会ったことで、傷ついた姿を見た。だから、私の友人に謝ってほしくて、ここに来たの。」

「傷…って…。そんなん向こうが勝手に人に理想押し付けて、違ったからって傷ついただけだろ?俺には関係ないね。」

「関係ないなんて嘘。」

「は!?」


私はきつい口調で反論する吉田君を見て、なんとなく気づいた。

吉田君は昔の私に似てる。

人と深く関わりたくなくて、壁を作ってた私と…

山本君に近寄られたくなくて、きつい事を言った私と…

すごくよく似ていた。


彼は人と関わるのが怖いんだと思った。


「ねぇ、謝るのは…いつかでいいから。…私と友達になって。」

「はぁっ!?」


私は彼の壁を壊したくて、咄嗟に口に出した。

このままじゃダメだ。

翔君や山本君と…昔関わったみんなとの関係を戻すには…これしかないと思った。

私は彼の支えになりたい。


「何言ってんの?俺は何も覚えてないんだよ!今更…友達になんかなれるわけねぇ。」

「覚えてないから何?」


私の言葉に焦っていた吉田君がビクッと肩を揺らした。


「私は今のあなたと友達になりたい。それじゃあ、ダメ?」

「…そ…それは…。」


私の申し出に迷っているのか、吉田君は私から目を逸らして俯いた。

私は中学のときに私に明るく話しかけてくれた吉田君を思い出して、彼の手をとった。


「私、沼田紗英です。高校で音楽の教師してます。今日からよろしく!」


私は笑顔を作って彼の手を握りしめる。

そのとき彼は一瞬困ったように瞳を震わせると、顔を背けた。


「……桐谷…竜聖。…よろしく。」


私は彼に受け入れてもらえた事が素直に嬉しかった。

拒絶されたとか、関係ないと言われたとか聞いていたので断られる事も覚悟していた。

でも、少なくとも私の声は彼に届いた。

去年の夏、東京駅で見かけたときは届かなかったけど…

今は彼に届いた。


私は彼から手を離すとケータイを取り出した。


「ねぇ、連絡先教えて?友達なんだから!」

「――――え…あぁ。……分かった…。」


彼はズボンのポケットからケータイを取り出すと、ちらっと私を見ては目を逸らした。

私は彼が戸惑っているのを気にしないようにしながら、連絡先を交換した。

そして私は登録されたばかりの吉田君のアドレスを開くとメールを打った。

写真を添付して送信する。


すると吉田君のケータイが受信を知らせて揺れた。

不思議そうにケータイを操作する吉田君を見て告げた。


「私の顔、もう忘れないように。」


私はそういうと、目の奥が熱くなってきて思わず彼に背を向けた。


「また来るね!」


それだけ言い残して早足で出口に向かう。

途中野上君が呼び止める声が聞こえたけど、私は無視して出口の自動ドアをくぐった。

そして店の前でしゃがみ込むと顔を隠した。

我慢していた涙が頬を伝って、服を濡らしていく。


「…うっ…っひ…。」


吉田君を見つけた…


でも、私のことを好きだった吉田君はもういなかった。

私は姿を見ただけで、まだ好きだと思った。

でも、彼は違った。

冷たい目に表情のない顔に心が抉られるようだった。

私はお兄ちゃんの言っていた言葉が頭の中でこだました。


『あいつには何も期待するな。』


その言葉の意味をちゃんと分かってなかった。


私が友達になろうなんて言いだしたのは、これ以上吉田君のあの顔を見てたくなかったからだ。

支えたいなんて大口叩いても、本心は自分を守りたかっただけだ。

私は弱い…

翔君や山本君やお兄ちゃんの思いに報いるためにも、強くなりたい…

でも、吉田君を目の前にすると心が揺らぐ。

決心が鈍る…


きっと私をこんな気持ちにさせるのは吉田君だけだ。


私は歯を食いしばりながら、彼と向き合う覚悟を強さを必死にかき集めた。


『友達』


その言葉が重く私にのしかかった。






次は久しぶりの竜聖視点です。

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