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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-7ケンカ


沼田さんとデートした次の日――――


俺は家で翔平を待ちながら、昨日撮った写真を眺めていた。

自然な笑顔にムスッと膨れた顔、楽しそうに大きく口を開けて笑ってる顔などを見て自然と笑顔になる。

昼に先輩に彼女かと聞かれたときには、俺の願望が勝手に口から飛び出していた。

後から言い訳して誤魔化したが、そうなればいいのにとずっと思っていた。


俺は沼田さんが好きだ。

彼女になってほしい。


でも本心を明かして拒否られるのが怖い。

心を許してくれている今の関係を壊したくなかった。

大事だからこそ臆病になる気持ちを今初めて実感していた。


あと一歩な気がするが、その一歩がすごく遠い気がしてケータイを持つ手を下ろして項垂れた。


そのときインターホンが鳴って翔平が来たのが分かり、立ち上がった。


「はいはい。」


返事をしながら扉を開けると、翔平が固い笑顔で立っていた。


「よ。悪いな。休みの日に。」

「いいけど。入れば。」


翔平の元気のない姿に俺は首を傾げた。

すると、翔平は俺の手に持っていたケータイを見て動きを止めた。

じっと俺の手のケータイを見つめている。

何だ…?

俺は自分のケータイに目を向けると、そこには表示されたままの沼田さんの満面の笑顔の写真が出ていた。

俺は恥ずかしくなって慌てて画面を閉じて、ポケットにケータイを突っ込んだ。


やっべ!!見られた…よな…?


俺はちらっと翔平の様子を見ると、固まっていた翔平が急に笑い出した。


「っぶ!!あははははっ!!お前、どんだけ紗英のこと好きなんだよ!!」

「うるっせーな!!玄関先で恥ずかしいこと言うんじゃねぇ!!」

「っぐはっ!ダメだ…笑いすぎて…腹いてぇ…。っぐふっ…写真眺めてるとか…っふは!!」


笑いを堪えているのだろうが、失礼千万のあいつに腹が立って思わず頭を叩いた。

眺めていたのは事実なだけに反論できない。

俺は赤くなる顔を見られないようにリビングに戻るとドカッと腰を下ろした。

翔平はまだ腹を抱えながら、ゆっくり俺の前までやってきて座った。

余程ツボだったらしい、笑いがひく様子がない。

まぁ、元気がなかった翔平に元気をやれただけでも良しとしよう。


だけど、やっぱりずっと笑われているとムカつくので、もう一度頭を叩いた。

翔平はやっと笑いを抑えると、ふーっと息を吐いて言った。


「まぁ、でも順調みたいで良かったよ。」

「ふん。それよか何か話があったんだろ?」


俺が無理やり翔平の用件に切り替えると、翔平は笑顔を消した。

思いつめたように俯くと、財布から何か小さな紙を取り出した。

見たところ名刺のようだが…


「今日は…竜也に頼みがあって来たんだ。」

「何だよ。改まって。」

「とりあえずコレ見てくれ。」


翔平は少し眉間に力を入れた顔で、名刺を手渡してきた。

俺はそれを受け取ると裏返した。

そして名前を見て、俺は目を剥いた。

そこには桐谷竜聖の名前が印字されていた。


「お前っ!!コレ、どこで!?」


俺は名刺を翔平に突き返しながら尋ねた。

もしかしてという予感で、俺は呼吸が早くなった。

翔平は顔を辛そうに歪めると口を開いた。


「この間…会社の先輩に…というか…紗英のお兄さんに教えてもらったんだ。竜聖がそこにいるって…。」

「は…?沼田さんのお兄さん…?」


俺はここで翔平と同じ会社に、沼田さんのお兄さんが働いているという話を思い出した。

こいつ沼田さんのお兄さんと知り合ってたのか…?


「紗英のお兄さん…恭輔さんは、紗英に黙ってるって約束で教えてくれた。それで…会いに行ったんだ。」

「…それで…竜聖はいたのか…?」


俺の問いかけに翔平はゆっくり頷いた。

いた…あいつが…。…とうとう…見つけた。

俺は希望の光が見えるようだった。

でも、翔平は俺と反対で暗い顔をしている。


「あいつは…竜也が昔聞いてきたように…記憶をなくしてた。…それだけなら、まだいい…。でも、あいつは…俺たちを過去の人間だって…言いやがった。」

「――――は!?」


俺は翔平の言った過去の人間の意味が上手くくみ取れなかった。

ど…どういうことだ…?


「あいつは…俺たちとは無関係だと…。いまさら…関わるつもりはないって…」

「っふざけんな!!お前、言われっぱなしで帰って来やがったのか!?」


俺は頭に血が上って、翔平の胸倉を掴んだ。

翔平に当たっても仕方ないのは分かってる。

でも、この怒り出口が見当たらない。

こっちはあいつの事ばかり考えていたというのに、関係ないと切り捨てた竜聖が許せなかった。


「言ったよ!!全部、俺の思ってることは言ったつもりだ!!でも、何も届かなかったんだ!!あいつの中に…っ…何も響かなかったんだよ!!」


俺は翔平の目が潤んでいるのが見えて、手の力を緩めた。

翔平は悔しそうに歯を食いしばってから、言った。


「だからっ…竜也に…頼みに来たんだ…。俺じゃ…あいつを元に戻せなかったから…、竜也ならって…思って…。」


俺の手に翔平の涙が落ちてきて、俺は翔平から手を離した。

翔平は力なくその場にへたり込むと、俯いて涙を堪えている。

俺は床に落ちている竜聖の名刺を手に取ると、一度しっかり目を瞑って覚悟を決めた。


「あいつはどこにいるんだ。」


翔平が涙の止まらない顔で俺を見た。


「…竜也…。行ってくれるのか…?」

「あぁ。その代わり、お前もついて来いよ。でないと、俺はあいつを容赦なく殴りそうだからな。」


俺は立ち上がると名刺をポケットに突っ込んだ。

翔平は顔を拭うと、まだ潤んでいる目で俺を見て頷いた。

俺はへたり込んでいる翔平に手を貸して立たせると、竜聖の所へ向かうため家を後にした。





***




翔平が俺を連れてきたのは有名なメーカーのスポーツ用品店だった。

俺は少し緊張しながらも、自動ドアをくぐって店の中に入った。

日曜日だったので、客も多く店員がどこにいるのか分からない。

なんせ店員も私服だからだ。

かろうじて社員証で店員だと分かる。


翔平は俺の少し後ろをついて来ながら、辺りを見回している。

こいつがこんなに怯えるとは、いったい竜聖はどう変わったというのだろうか?

俺は並べられている商品の間を抜けながら、竜聖を見つけられないのでレジの店員に告げた。


「あの、桐谷竜聖に会いたいんですけど。」


店員は俺の申し出に驚いていたが、「少々お待ちください」というと奥にひっこんでしまった。

俺は待つ間、怯えている翔平に声をかけた。


「なぁ、あいつってそんな変わったのかよ?」

「や…どうだろ…。でも…何か違うって思ったけど…。具体的には説明できねぇ…。」

「ふーん…」


俺は目を泳がせている翔平を見て、こいつが違うと感じるぐらいだから相当だなと心に刻んだ。

すると、さっきの店員が戻ってきて、その後ろから懐かしい顔が姿を見せた。

出てきた時の雰囲気で高1のときの竜聖に似てると感じた。

グレてたときと同じオーラだ。

俺はあのときの事を思い出して、戦闘態勢に入った。


「私が桐谷ですが…あ、お前。」


竜聖は俺の後ろにいた翔平に気づいて、目を細めた。

そしてその冷めた表情のまま俺を見据えた。


「ってことは、あんたも俺に会いに来たわけ?」


ケンカ腰のこいつに、俺は翔平の言っていた意味をやっと理解した。

こりゃ…翔平の手に負えないはずだ…

俺でも…怪しい気がする…


「そうだよ。山本竜也。どうせ、覚えてねぇんだろうけど。」

「っは!その通りだよ。確認できたなら帰ってくれるか?」


竜聖の目に浮かぶ拒絶の目に俺は怯みそうになったが、胸を張ってそれを堪える。


「確認したいことなら山ほどある。少し、場所を変えねぇか?」


俺がそう提案すると、竜聖は俺を見定めるように見たあと笑った。


「ははっ!お前は少しマシみたいだな。いいぜ、ついてこいよ。」


竜聖はそういうと奥に向かって歩いていく。

俺は翔平に一度振り返ると、目を合わせて竜聖についていった。


竜聖が通った場所はバックヤードのようで、商品が箱詰めされて並べられていた。

俺はそれを横目に竜聖の背についていく。

そして竜聖は搬入口まで来ると、やっと立ち止まった。


「で?確認したいことって?」


竜聖は壁に背をつけてもたれかかると、横目で俺を見て尋ねた。

俺はその姿に美合達を束ねていた頃の竜聖を重ねて、告げた。


「お前、本当に何も覚えてないのか?」

「綺麗に何も覚えてねぇよ。俺が覚えてるのは高3の夏から後だけだ。」

「じゃあ、その覚えてる事を教えてくれよ。」

「はぁ?何で言わなきゃいけねぇんだよ?」


俺は険しく目を吊り上げたあいつに少しビビる。

でも、唾を飲み込んで耐えると言った。


「知りたいからに決まってる。」

「っは!教える気はねぇーよ。お前らなんか、俺の中では他人も同然だ。」


他人と言って吐いたあいつにカチンときた。

でも、かろじて理性で我慢する。


「他人ね…。お前にとってはそうでも、こっちはそうは簡単に切って捨てられねぇんだよ。」

「だから?俺にどうしろってんだよ?思い出せねぇもん、思い出せってか?」

「そうじゃない。俺たちを過去だと切り捨てるなって言ってるんだ。」


俺の言葉に今度はあいつが怯んだのが見えて、俺はたたみかけた。


「お前に会いたい奴は俺たち以外にもいる。お前が過去だと言っている奴らが…たくさんいる。そいつらが会いに来たら、今の俺たちのように切り捨てるって言って、たくさんの人間を傷つけるつもりか?そうじゃねぇだろ?…お前は、優しい奴だ。人の痛みを良く知ってる。だから…、過去の人間たちと関わって、お前が傷つくのが嫌なんだろう?」


俺の言葉に後ろで翔平が息をのむのが聞こえてきた。

竜聖は目を見開いて俺を見つめている。


「竜聖。お前の苦しさや…辛さ。俺たちに分けてくれよ。関係を断ち切らなきゃ…できるはずだ。」


俺は竜聖に向かって手を伸ばした。

動揺している今の竜聖なら、この手をとってくれる気がした。


しかし竜聖は腕で顔を隠すと、急に笑い出した。

俺はその行動の意味が分からなくて、竜聖を黙って見つめる。


「あはははっ!!優しいだって!?誰の話してんだよ!!俺は優しくねぇし、傷つくのだって恐れちゃいねぇさ!!会いに来るなら、みんな来ればいいさ!覚えてねぇってかたっぱしから傷つけてやるよ!!」


傷つけてやると言われて、俺は怒りが爆発した。

脳裏に竜聖を想って泣いている沼田さんの姿が過る。


「竜聖っ!!もっぺん言ってみろ!!」

「何度だって言ってやるさ!俺は過去なんざ捨てた!!誰が来たって、他人なんだから容赦なく傷つけてやるよ!!」

「りゅぅせいっ!!!!」


俺は我慢の限界で、大きく腕を振り上げた。

目の前の竜聖目がけて振り下ろす。

しかし、竜聖は軽やかに躱すと逆に腕を振り下ろしてきた。

俺の頬に鈍い痛みが走る。


「竜也っ!!」


背後で翔平の慌てる声が聞こえる。

俺は地面に背をつけて倒れると、竜聖を見上げた。

殴られた頬がズキズキと痛む。


「正当防衛だろ?もう、来るな。」


竜聖は蔑んだ目で俺を見下ろすと、殴った手を振って歩き出した。

俺は痛みを忘れて立ち上がると、ケータイに沼田さんの写真を表示して竜聖に突き付けた。

竜聖の胸倉を掴んでしっかり目に入るようにする。


「お前…彼女に今言った…同じこと言えるのか…っ!?」


俺の最後の希望だった。

竜聖はきっと彼女の事だけは傷つけない。

むしろ、彼女を見たら思い出す。

その可能性に賭けた。


でも、竜聖はケータイの彼女をじっと見つめてから、俺に目を戻すと表情を変えずに言った。


「だから、誰が来ても同じだっつっただろ?この子が誰か知れねぇけど、一緒だよ。」


竜聖の冷たい言葉に俺は手の力が抜けた。

見開いた目から自然に涙が出てくる。

俺は持っていたケータイを地面に落とした。


竜聖は服を整えると、俺を一瞥してから去っていく。

そんな竜聖を今度は翔平が捕まえた。

翔平は竜聖の服を掴んで、項垂れている。

地面にポタポタと滴が落ちていることから、泣いているのが分かった。


「……なんっで…何で…紗英にそんなこと…言えんだよ…。なんで…なんでなんだよぉっ!!!」


竜聖は翔平の言葉にも何の反応も見せずに、翔平の手を振り払うと蔑んだ目のまま歩いていった。

翔平が無力感からかその場に蹲った。

翔平の泣き喚く声が響く。


俺は地面に落ちたケータイの画面を見て、目から涙が溢れた。

沼田さんの笑顔が…あいつに何の変化も与えなかった事実がショックで苦しくて

俺はその場に膝をつくと、苛立ちから地面を拳で殴った。






次は紗英と兄である恭輔の話になります。

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