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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-2先輩、後輩、お兄さん


会社で営業部に配属された俺は先輩の下について営業回りをした後、夕方やっと会社に戻ってきた。


「おい、本郷。今日の結果まとめとけよ。それするまで帰れねぇからな。」


げぇっ…!?

俺は心の中で悲鳴を上げながらも、表情には出さずに了承した。


「はい。分かりました。」


自分のデスクに向かってパソコンをたちあげる。

もう四時半を回っている、今日も残業かと思うと気分は最悪だった。

すると、そんな俺の所に体格の大きな先輩がやってきた。

ラグビーでもやっていたのかと思うほどに肩幅が広い。

俺は初めて話す先輩に緊張した。


「おい。何か手伝うことあるなら言えよ?」

「あ、はい!!ありがとうございます!!でも、あの一人で大丈夫だと思います!!」


俺は大丈夫でもないのに、見栄を張ってそんな言葉を口に出した。

その先輩は眉を吊り上げると、俺の出していた資料に目を通し始めた。

俺は黙ってそれを見つめる。

先輩は一通り目を通すと、少しだけ俺に突き返すと言った。


「こっちやるから、お前はそっち、まとめとけよ。」


先輩は俺よりたくさん手に持ちながら、背を向ける。

俺はその背に「ありがとうございます!」と大声で告げた。

すると先輩は顔だけで振り返って「声がでけーよ。」と照れ臭そうに言った。

俺はその顔に見覚えがある気がして、顔をしかめて考えたが思い出せなかった。


考えるのを置いといた俺は、パソコンに目を戻すと資料と睨めっこしながら作業に取り掛かった。





***




俺がすべての作業を終えたのは、七時を回った頃だった。

大きく伸びをして、データを保存するとパソコンの電源を落とした。

そのとき例の先輩も作業を終えたようで、俺の所に資料を返しにやってきた。

俺は立ち上がると頭を下げた。


「手伝っていただいて、ありがとうございました!!」

「いいよ。それよか、お前なんでも抱え込むなよ?抱え込むと作業効率下がんだから、遠慮なく周りを頼れ。いいな?」

「あ…はい。すみません。」


先輩の指摘に俺は自分が情けなくなった。

自分が強がったことで、周りに迷惑をかけることになる。

そんな事態を引き起こしかけたんのだ。

俺は、今後はしっかりと周りに相談しようと肝に銘じた。


「あ…そういえば、先輩のお名前が分からないんですけど、教えていただいてもいいですか?」


俺が頭を上げて聞くと、先輩は目を丸くさせたあと首を傾げた。


「お前、気づいてなかったわけ?」

「はい?」


俺は先輩の言葉の意味が分からなくて、先輩と同じように首を傾げた。

先輩は口を大きく開けて笑うと、親指で自分を指さして言った。


「ははっ!!沼田って言ったら分からねぇか?沼田恭輔だ。本郷翔平くん?」

「ぬまた…って…まさか!!」


俺は紗英から聞いていた話を思い出した。

確かお兄さんが営業部にいるって…

お兄さんは俺の驚きように満足したのか、ニッと笑いながら告げた。


「紗英から色んな話聞いてるよ。翔君?」

「おっ…お兄さん!!」


俺は咄嗟に自分の兄のように呼んでしまい、先輩から頭を殴られた。


「俺はお前のお兄さんじゃねぇよ!!恭輔さんと呼べ!」

「すっ…すみません!!つい…。」


俺が焦って謝ると、恭輔さんは満足そうに笑った。

その笑顔が紗英と重なる。

やっぱり兄妹だ。

笑った時の顔がよく似てる。

俺は恭輔さんの顔をマジマジと見つめた。


「じろじろ見んな!それより、せっかくだから飲みにでも行くか?まぁ、無理にとは言わねぇけどな。」

「いえっ!!是非!ご一緒させてください!紗英のお兄さんに興味あります!!」

「紗英ぇ…!?」


紗英の名前を出した途端、恭輔さんの形相が鬼のように歪んだ。

俺は思わず一歩後ずさる。


「お前ぇ…紗英と友達だって聞いてたけど、えらくな慣れ慣れしいんじゃねぇか!?あん!?」

「へっ…え…えっと、友達です!!それ以上でも以下でもないです!!本当です!!」

「っち…その話詳しく聞かせてもらうからなぁ!?」


どこのヤクザかと思うほどの巻き舌に、俺は押されっぱなしだった。

恭輔さんは俺を敵視するように見たあと、自分のデスクに荷物を取りに行った。

俺はそれを見て、少しほっとする。

恭輔さんの態度から紗英は余程大事にされてきたんだというのが分かった。

まぁ、紗英のあのふわふわした優しい雰囲気を見ていたら、だいたい察しはつくが…


「おい!翔平。行くぞ!!」


いつ身支度を整えたのか、恭輔さんが出口で俺を呼んだ。

俺は慌てて鞄と上着を持つと、「はい!」と返事をして走った。




***



会社の近くの飲み屋に連れてこられた俺は、恭輔さんの小間使いのように忙しなく動き回っていた。

飲み物や食事の注文はもちろんの事、お酌をしながら恭輔さんのグチに付き合った。

まぁ、グチの大半は紗英のことで聞いていて面白かったが。


「あいつはさ~、何でも溜めこむ奴だから心配なんだよ。しんどいくせに我慢して学校行って、ぶっ倒れるなんて可愛いもんで。一回事故したのに痛いのずっと我慢してやがって…全然気づかなくて…腕が真っ青になっててよ。病院に行ったら骨にヒビ入ってたんだよ。小学生のガキが泣かねぇんだぞ!?想像できるか!?」

「あ~…。」


俺は紗英が我慢するというのには激しく同意した。

こっちが気づくと笑顔で隠すので、問い詰めなければ本音は話さない。

それは今も変わっていない。


「もうそれが…心配でさ…。いつか消えない傷を作ってくるんじゃねぇかって…。」


恭輔さんはここで表情を変えると、持っているグラスを握りしめた。

俺は何を考えてるのか気になって、恭輔さんを覗き込んだ。


「……お前、あいつの事知ってるのか?」

「あいつ…?」


恭輔さんはグラスに残っていたお酒を飲み干すと、じっと手元を見つめて言った。


「吉田竜聖。」


俺は恭輔さんから竜聖の名前が出たことに驚いた。

一度唾を飲み込むと、正直に答える。


「はい。中学の同級生なので。」

「なら、紗英とのことも知ってんな?」

「………はい。」


俺は竜聖がいなくなった時のことを言われていると分かって頷いた。

恭輔さんはふーっと息を吐くと、眉間に皺を寄せた。


「あいつがいなくなったとき、俺は紗英の傍にいなかったから分からねぇが…。相当我慢して、傷ついたってのは実家に帰った時に分かった。隠そうとしてるけど、駄々漏れでよぉ…。今にもポキッと折れてしまいそうだった。」

「…はい…。」


俺と同じことを恭輔さんも感じていた事に切なくなる。

恭輔さんも俺と同じように無力さを痛感したんだろうか…?


「俺はこんな性格だから、紗英に優しく声をかけるなんてできねぇから…。紗英のためにあいつを探し回ったんだよ。」

「え…、そうだったんですか?」


俺は恭輔さんがそこまで紗英のために動いてるなんて知らなかったので驚いた。

俺たち以外にも竜聖を探してくれている人がいた事実に胸が熱くなる。


「あのときは見つけられなくて…、自分が情けなくて…情けなくて…涙が出た…。

でも…。」


恭輔さんは言葉を切ると、俺をまっすぐに見つめた。

俺はその真剣な目に姿勢を正した。


「お前、あいつに会いたいか?」

「え?」


会いたいか…?

どういう事だ…?

俺はまさか…という予感が頭を過った。


「会いたいのか聞いてるんだよ。」

「あ…会いたいです!!会えるものなら!!」


俺はずっと願ってきた事を口に出した。

恭輔さんはふぅと息を吐くと、鞄から何か小さな用紙を取り出した。

見た感じ名刺に見える。


「紗英には言わないって約束できるか?」

「……な…何でですか…?」


紗英が一番竜聖に会いたいと思っている。

何で…紗英に言ったらいけないのか分からなかった。

恭輔さんは理由を教えてくれる気はないようで、真剣な目のまま言った。


「約束できるのか、できないのか聞いてるんだよ。」

「…わかりました。約束します。」


俺は恭輔さんをまっすぐに見つめて告げた。

きっと何か言えない理由があるはずだ。

俺はそう感じたので、今は約束することにした。

恭輔さんは俺を見定めるように見た後、テーブルに名刺を置いて俺に差し出した。

俺は裏返されているその名刺を受け取ると、ドキドキと逸る鼓動を押さえてめくった。


そこにはあるスポーツ用品店の名前と桐谷竜聖という名前が印刷されていた。

竜聖の名前を見た瞬間、手が震えた。

名刺から目を離して恭輔さんを見ると、恭輔さんは眉間に皺を寄せて視線を下げた。


「…去年の秋にそこのスポーツ用品店でバイトをしていた…そいつを見つけたんだ。」


去年の秋と聞いて、俺は目を見張った。

俺が竜聖を見たのは夏休みだ。時期的にはぴったり合う。


「最初は目を疑った。…でも、どう見てもそいつだった。…だから、俺は声をかけた。そしたらどうなったと思う?」


恭輔さんは自嘲気味に笑った。

少し悲しげな顔に、俺は竜也から聞いた話を思い出した。


「……記憶…なかったんですか?」

「お前…知ってたのか?」


恭輔さんは驚いたように目を見開いた。

俺は遠慮がちに頷いた。

すると恭輔さんはほっとしたように笑うと言った。


「そうさ、あいつには記憶がなかった。それどころか、俺の話に耳を傾けようともしなかった。」

「え…?」


恭輔さんはそのときの事を思い出したのか、拳を握りしめると顔を辛そうに歪めた。


「何度も説明した。紗英のことも、あいつの地元のことも…俺の知ってる範囲だけな。でも、あいつは営業スマイルを浮かべて言うんだ。過去は捨てたって。」


過去は捨てた…!?

俺はその言葉に頭に血が上った。


「いまさら何ですか?って鼻で笑いやがった。自分がどこで何してようと、関係ないと…俺が見たあいつとは全然違う表情で…。…俺は…紗英のことを思うと…悔しくて…。」


恭輔さんは歯を食いしばると、少しずつ俯いた。

俺は恭輔さんと同じ思いで、ムカムカし始めた。

俺は名刺を握りつぶしてしまいそうになり、手の力を緩める。

恭輔さんは怒りを鎮めたのか、少し顔を上げると続けた。


「…あいつはこの春からそこの正社員になってる。俺たちのライバル会社の店舗だからな。会いに行くなら、会社の名前は伏せて行け。あとは、昔のあいつだと期待しないことだ。」


恭輔さんの忠告に、俺はしっかりと頷いた。

そして名刺に書いてある住所を見つめた。

東京の住所が書かれていて、俺はあいつに会いに行く決心を固めた。





翔平と恭輔のタッグ初でした。

今後も兄は出てくる予定です。

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