2-6スポーツ科
俺は教室に着くと、机に突っ伏して
さっきまでの状況を思い出して悶えた。
紗英からつながれた手のぬくもり、
まっすぐに見つめてくる目を見て理性が吹っ飛んだ。
耳のそばで聞こえる紗英の声、息遣い、制服越しに伝わる体温…
すべてを思い出しては真っ赤になって、頭を抱えた。
いい匂いだったな…
変態か!!いや違う…男なんだ、抱きしめなかっただけ俺はえらい!!
そうだ!あのまま抱きしめてれば良かったのに俺の意気地なし!!
いや、でも…今日はあれぐらいじゃないと、逆に紗英に嫌われ…
あれ…?…嫌われたんじゃないか…気持ち悪いとか思われたりしたら…
「なーに百面相してんだよ!」
色々と思い出していらぬ事まで考えていた俺の頭が叩かれた。
俺は叩かれた所を手で押さえると、声の主を見上げた。
「圭祐。」
声の主は俺と同じ野球部の部員の伊藤圭祐だった。
奴はキャッチャーなだけあって体格が大きい。
外野でヒョロヒョロな俺とは正反対だ。
その体格から繰り出された叩きはすごく痛い。
「痛いんだけど。」
「当たり前だ!朝練サボりやがって!!監督怒ってたぞ!」
「うぇっ!?まじかよ~…」
監督の厳つい顔を思い出して身震いがした。
「サボったことに対して反省してるかと思ったら、
ニヤニヤ、ニヤニヤ気持ち悪い顔してやがるし…腹が立つ!」
そんなにニヤついていたかと顔を触った。
するとまた叩かれた。
「痛いって!!」
「その顔やめろ!!」
顔やめろ!?理不尽だ。
圭祐は何かと厳しい。
そこへバスケ部のクラスメイト、木下哲史がやってきた。
「翔平~さっき、一緒にいた女の子誰だよ?」
哲史の言葉に見られていたのかと驚いたが、それ以上に圭祐の反応が怖かった。
ニヤニヤ笑いながら聞いてくる哲史に圭祐が得意の叩きを繰り出した。
「なんで叩くんだよ!?」と圭祐に楯突いている。
「顔が気持ち悪い」と俺と同じ理由でもう一度叩かれていた。
こりずに哲史は突っ込んでくる。
「彼女だろ?」
「ちげーよ。」
からかわれてたまるか。
俺は毅然とした態度で返した。
そこを見透かされたのか、あきらめずに尚も尋ねてくる。
「何とも思ってないわけねーだろ?お前の顔変だったし、好きな奴だ!!」
「うるせーなー!」
俺は教えてやるものかとそっぽを向いた。
だが、意外なところから攻撃をくらった。
「もしかして音楽科の子か?髪の長い…?」
圭祐の声に俺は驚いた。
「よく練習抜けては会ってるよな?
確かにあの子と会ってるとき、お前は変な顔をしてる。」
変な顔基準かよ…
まさか圭祐に見られていたとは思わなかった。
一番こういうのに疎そうなのに…
「あの子…帰るときよく俺らの練習見てから帰るし、意外と脈あるんじゃないか?」
圭祐のこの言葉は予想外だった。
衝動的に圭祐につかみかかると、声を荒げた。
「それ!!本当の話か!?紗英が俺を見てたって!!」
「あぁ…お前を見てたかどうかは分からねーけど、俺らの練習見てたのは確かだ。」
俺は圭祐の話を聞いてにやける口元をおさえられなかった。
紗英が俺を見てた…
今まで俺の一方通行だと思ってた…
少しは紗英の心の中に入っていけてるってことだよな…?
俺は嬉しすぎて、圭祐の言う変な顔になりそうで顔を隠した。
そこでふと思い至った。
「圭祐…何で、紗英の行動にそんなに敏感なんだよ?」
これには圭祐が目をそらした。
その場を立ち去ろうとするので、俺は圭祐のシャツをつかんで引き留めた。
そしてひきつる笑顔で再度尋ねた。
「な・ん・で、知ってる?」
圭祐は口をもごもごすると観念したようで息を吐いた。
「…可愛いかったから…気になって見てたんだよ!悪いか!!」
この返答に俺は圭祐の首をしめた。
「紗英は俺んだ!!手出したら許さねぇからな~!!!」
そばで哲史が「翔平!マジ恋!!マジ恋!!」と
クラスメイト達に向かって騒ぎ立てているのが聞こえたが、
頭に血が上っていた俺は、教師が来るまで圭祐ともめていた。
***
部活前、俺は着替えると重い足取りで教官室へ向かっていた。
圭祐から監督が怒っていたと聞いたときに、きちんと謝らなければと思ったからだ。
あ~やっと今年レギュラー入りできたけど、降格かなぁ…
それともグラウンドを何十周も走らされるのだろうか…
監督から出されるペナルティを考えて、どんどん気分が落ち込んでいった。
教官室前に来るとドアの前で気持ちを落ち着けるため、ふっと息を吐き出してからドアをノックした。
「二年の本郷翔平です!お時間良いでしょうか?」
中から「入れ」と監督の怒っているのかわからない声がかかった。
俺はドアを開け、「失礼します。」と一礼すると礼儀に気を付けて入室した。
扉の前で起立した状態で部屋の中を見渡すと、監督にコーチ、マネージャーとそろい踏みだった。
監督は椅子に深く腰掛けた状態で、俺の方にくるりと向いた。
鋭い視線に反応するように俺は頭を下げた。
「今朝は練習を無断に休んでしまい、申し訳ありませんでした!!」
しばらく沈黙が続き、俺は頭を下げたまま目を瞑って監督に意識を集中した。
すると椅子のギシッと軋む音が鳴り、監督の咳ばらいが聞こえた。
「本郷、頭を上げろ。」
おそるおそる頭を上げて、監督の顔をまっすぐ見つめた。
いつもの厳つい顔だったが、少し雰囲気が柔らかい気がした。
「今朝の事は事情を聞いている。
特別にペナルティはなしだ。さっさとグラウンドに戻れ。」
監督の言葉に俺は拍子抜けした。
もっとガミガミとお説教されると思っていたのに、当の本人はもう俺の方を向いていない。
ペナルティなし…何で?
俺が状況が分からずその場に茫然と突っ立ていると、コーチから声がかかった。
「本郷、監督が許したのは昼に音楽科の沼田って子がここに来たからなんだ。」
え?紗英が…何で!?
俺はコーチを見ながら、驚きで口を半開きにしていた。
「何でもお前が練習をサボったのは自分のせいだから、お前を許してほしいってな。
女の子のためにそんな行動がとれるなんて、俺も監督もお前を見直したんだよ。
あの子、大事にするんだぞ。」
コーチは楽しそうに笑っていたが、監督は「余計なことは言わんでいい!」と横から怒鳴っていた。
俺はもう一度しっかりと頭を下げると、「ありがとうございます!!」と言って部屋を後にした。
そしてそのまま校舎に向かって走った。
紗英が俺のために監督に謝ってくれていた事に胸が熱くなった。
俺が勝手にしたことなのに、気を使ってくれたんだ
嬉しい
だから好きなんだ。
音楽科の階に来ると、紗英の姿を探した。
野球部のユニフォーム姿の俺は、周りの注目を浴びていた。
音楽科に詳しくない俺は、様々な楽器の音を聞いてもどこに紗英がいるのかわからない。
違う階があるのだろうかと立ち止まったとき、後ろから声がかかった。
「翔君!」
振り返ると紗英が一つの教室から同級生に囲まれて飛び出してきた。
俺は彼女に駆け寄り、息の上がった肩を上下させた。
「紗英っ…はぁ…」
「ど…どうしたの?珍しいね、ここまで来るの。」
俺は周りの目に構わず、紗英の手をとるとまっすぐ紗英の目を見つめた。
「ありがとう。」
俺がお礼を言うと紗英は首を傾げた。
「監督に説明してくれたって聞いて。俺、紗英のおかげでペナルティなしになったんだ。」
俺の言葉を聞いて、紗英は嬉しそうに笑った。
「そっか。良かった。」
「俺!これからも練習頑張るから!!
だから…紗英…これからも俺を見ててくれるか?」
そこまで言い終えて、俺はプロポーズまがいの事を言ったことに気づいた。
全身の体温が急上昇し、つないでいた手に汗がにじんできた。
恥ずかしいことやっちまった…!!
後悔してももう遅い、周りは大騒ぎになっている。
紗英はというとしばらく考えてから笑顔で答えた。
「うん。いつも頑張ってるもんね。私はずっと応援するよ!」
あれ…?…えーと……うん。
紗英のいつも通りの笑顔を見て、意味が通じてないことがわかった。
そう…それでこそ彼女だ。
残念なのか何なのか分からない感情を閉じ込めて、
俺は紗英の手を離すと「じゃあ、部活行くな」と言い残して足早に立ち去った。
俺は周りの視線が痛くて、顔を上げられなかった。
翔平はかわいそうなキャラクターですね。
見守ってあげてください。




