3-36卒業
とうとう大学の卒業式がやって来た。
俺はスーツ姿で式に参列した。
紗英たち女性陣は着物・袴姿できらびやかだ。
今は普通に見える紗英を見て、俺は安藤の結婚式のことを考えた。
あの日、スピーチで紗英は本心を語っていた。
自分の分も安藤に幸せになってほしいと…コーチの手を離すなと…そう言っていた。
俺はそれを聞いて、紗英は今も竜聖を想い続けている気がしてならなかった。
竜也と良い感じだと思ってただけに、衝撃は大きかった。
紗英は…どう思ってるんだろう…?
俺はあの日からそれが気になって仕方なかった。
そのせいでスピーチを失敗したと言ってもいい。
あのあとコーチから散々どやされた。
野球もスピーチもお前はグダグダだと…
言い訳しても聞き入れてもらえなかった。
まぁ、新郎に向けたスピーチのはずなのに、紗英ばっかり見てた俺も悪いんだけど…
式が進む中、グダグダと考えている間に式は終わってしまったようで、周りのメンバーが立ち上がった。
俺も圭祐に肩を叩かれて我に返った。
会場を出ると、先に出ていた紗英たちが話し込んでいた。
周りには山森さん達はもちろんのこと、なぜか浜口達までいる。
俺たちに気づいた浜口が手を振った。
「あ、本郷君。こっち!」
「女性陣勢揃いなんて珍しいな。」
俺は浜口と紗英の間に割り込んだ。
浜口の袴姿も綺麗だが、やっぱり紗英が一番輝いて見える。
彼女を前にしてこんな事を考えるなんて、俺は本当に救いようのない奴だ…。
自分で自分の心に嫌気がさす。
「この後、みんなで飲みに行こうって話してたんだ。さすがに袴では行けないから着替えてからになるけど。」
「せっかくだし、最後の日みんなでパーッとやろうよ!」
いつの間にかすごく仲良くなっている紗英と浜口が顔を合わせて笑っている。
俺は圭祐と哲史を見てから、頷いた。
「いいけど。でも、せっかくの袴姿なんだから写真撮ろうぜ?」
「いいねーっ!!」
俺の提案に皆がケータイやカメラを取り出す。
紗英もケータイを取り出したが、メールでも来ていたのかボタンを触ったあと、顔を綻ばせている。
その顔を見ただけで竜也からだと分かった。
最近、紗英は竜也の前でこういう顔をする。
嬉しそうで…幸せそうな笑顔だ。
竜聖といたときとは違う和む姿に、紗英は竜聖とは違う所で竜也が好きなんだと思った。
結婚式の姿は俺の思い過ごしかもしれない。
「ねぇ、飲み会に山本君も来るって。お友達連れてくるって言ってるけど、どうする?」
「いいよっ!呼んで、呼んで!!」
紗英は山口をちらっと見て、気にしているようだったが、山口は即答して笑っていた。
俺は山口と竜也の関係を聞いていなかったが、雰囲気で何となく分かっていた。
おそらく竜也は山口の告白を断ったのだろう。
竜也の様子を見ていたら分かる。
以前ならどんな女の子に対しても優しくしていた竜也だったが、最近は紗英以外の女子に距離をとっているようだった。
きっと好きだという気持ちを通して、傷つく辛さが分かったためだろう。
確実に竜也も変わってきていた。
でも、そんな二人に紗英だけは気づいていない。
今も山口を気にしているのが、その証拠だ。
いつ二人が付き合うのではないかとドキドキしているようだった。
まぁ、今日の二人の距離間を見れば分かるだろうが…
「翔君!写真撮るよっ!!」
紗英の声に顔を上げると、いつの間にかみんなが写真のフォーメーションを決めていて、俺は慌てて駆け寄った。
***
着替えを済ませた俺たちは、大学の傍の飲み屋に来ていた。
竜也たちはまだ来ていなかったが、今いるメンバーは酒も進み出来上がってきていた。
「紗英っ!!向こうに行っても遊びに行くからねぇ~っ!!」
「うんっ!!理沙、いつでも来てっ!!」
明らかに酔っている紗英と浜口が抱き合っている。
いつの間に名前を呼び合うまでの仲になったんだ…。
女子ってのは本当に良く分からない。
「ずるいっ!!紗英ちゃんは私のっ!!」
山森さんも加わって団子状態だ。
俺はそんな女性陣を見ながら、酒を口に運んだ。
「翔平。向こうでも頑張れよ。」
「圭祐。」
圭祐が瓶ビールを片手に俺の隣にやって来た。
俺は持っていたグラスを差し出して、有難く注いでもらう。
「圭祐こそ、吉岡さんと離れ離れで大丈夫なのか?」
「あぁ。美優は向こうで働きながら、こっちの楽器店に移動できるように申請してみるらしいよ。都会からこっちに来る分には、受け入れてもらいやすいかもしれないからってさ。だから、少しの我慢だと思う。まぁ、もちろん金ためて会いに行くけどな。」
『美優』と名前呼びになっている圭祐が大きく見える。
二人は離れていてもきっと大丈夫だろう。
俺は照れている圭祐を小突くと、ビールを注いでやった。
「熱いなぁ~お二人さんは。羨ましいよ。」
「何言ってんだ。お前だって浜口と順調なんだろ?」
順調と言われて目を泳がせた。
「何?その変な顔。まさか、上手くいってねぇの?」
「そんなんじゃねぇよ。なんていうか…友達期間が長すぎて…、今更そういう関係になれねぇよ。」
「っぶは!!お前、ホント変わらねぇよな!!」
腹を抱えて笑う圭祐が憎い。
だって本心だ。
浜口のことは好きだけど…こう、友達みたいな、このままの関係が落ち着く。
今更ラブラブなんて性に合わない。
何より照れくさい。
「まぁ、お前らはそれでいいんじゃねぇの?来るべき時が来れば、自然な成り行きでそうなるさ。」
「そういうもんか?」
「そういうもんだ。」
圭祐の力強い言葉に今は納得することにした。
とりあえず現状維持だ。
距離が離れるわけでもねぇし、大丈夫だろ。
俺は注いでもらったビールをグイッと半分ぐらいまで飲んだ。
「本郷君っ!!」
いつこっちに来たのか、浜口が瞼が半分落ちた目で俺を見ていた。
俺は飲んでいたグラスをテーブルに置くと、尋ねた。
「どうしたんだよ。紗英たちと飲んでたんじゃないのか?」
「紗英は酔いつぶれて寝ちゃったの!!だから、彼女の私がこうして会いにきたのに…何よっ、その顔はぁー!!」
「おわっ!!何やってんだよ!!人前だぞ!!」
赤ら顔で絡みついてくる浜口を押さえつけながら、ちらっと紗英の方を見ると確かにグラスを持ったまま床に突っ伏していた。
何だか寝苦しそうな格好をしている。
「お~っ!お二人さん熱いねぇ~!!」
「っでっしょ~?」
高校のときのようにからかってくる哲史に浜口が悪ノリしている。
昔もこんな事があったような気がして目を細めたが思い出せなかった。
とりあえず浜口をきちんと座らせると、店員に案内されて竜也たちがやって来た。
「うわ…すでにひどいな。」
「どもっ!!みんな、おめでとー!!」
「久しぶり。」
竜也が現状に唖然としている横で、佑がピースしながら座敷に上がってきた。
その後ろから智之もいつもの固い表情で入ってくる。
竜也は入り口付近で寝ている紗英に気づいたのか、頭に手をのせて呆れている。
「竜也!紗英ならほっといても大丈夫だよ!」
俺は紗英をどうしようか悩んでいる竜也に声をかけた。
竜也は座敷に上がると、紗英の傍にしゃがんで言った。
「いや、どう見ても苦しそうでしょ?」
そう言うと紗英をお姫様抱っこで抱え上げた。
その姿に周りから歓声が上がる。
「ひゅ~っ!!男だなぁっ!!」
「結婚式はいつですかー!?」
「きゃーっ!!羨ましいっ!!てっちゃん、私も!!私にもしてっ!!」
「うるっせ!!落ち着けっつーの!」
竜也は少し照れながらも、いたって普通に返すと俺の方へ歩いてきた。
俺は隣の浜口が「私も私も!!」と言っているのを、拒否しながら竜也を見た。
「そこ、座布団並べてくれるか?」
竜也が空いてるスペースに顎で示して言った。
俺はくっついてくる浜口を引きはがすと、言われた通りに座布団を並べる。
すると竜也はそこに紗英を下ろしてから、ふうと一息ついて腰を下ろした。
そんな男前な竜也に俺はつい悪戯心が顔を出した。
「竜也。今の心境はどうだ?ムラムラしてるのか?」
「――――ッム!?ばっ!ばか言ってんじゃねぇーよ!!」
竜也は目を見開いて真っ赤な顔になると、ドリンクメニューで顔を隠してしまった。
あの顔は図星だ。
俺はにや~っと笑いながら、竜也の様子を伺った。
横ではまだ浜口が体を揺すってくる。
「そうだ。そういえばお前の新居ってどこになるんだよ?」
竜也がメニューから顔を離して言った。
表情はいつも通りに戻っている。
くそ…あっという間に元に戻りやがって…
俺は心の中で悪態をつくと、答えた。
「俺の家は会社から5駅ぐらい離れたとこだ。会社を挟むと紗英の家と正反対の場所だよ。安心しろ。紗英の家には行かねーからさ。」
「…そんなつもりで聞いたんじゃねぇよ!俺の家から近いのかなと思っただけだ!!」
竜也はふてくされると、持っていたメニューをテーブルに叩きつけた。
予想が外れて意外だった。
こいつなりに俺のことも考えてくれていたらしい。
「ふ~ん。そういうお前はもう住んでるんだろ?どこら辺なんだ?」
「…俺は、お前らと路線も違うよ。何度か乗り換えねぇといけないし、中々会えないかもな。」
竜也はちらっと寝ている紗英を見て、寂しそうな表情になった。
その表情を見て、もう告白してしまえばいいのにと思うが、口出しするのはおせっかいというものだ。
まぁ告白できない気持ちは痛いほどよく分かるので、見守ることに徹しようと心に決める。
「……まぁ、会おうと思ったら会えるさ。乗り換えるって言ったって一時間もかからねぇだろ?」
「…たぶん。まだ、慣れてねぇからよく分からねぇけど。」
「なら、大丈夫だよ。いつでも会いに来いよ。」
「ああ。お前もな。」
「りょーかい。」
竜也に笑顔が戻ったとき、店員が注文をとりにやって来た。
竜也はビールを頼み、俺はハイボールを注文した。
あと、酔いの回っている浜口にお冷も頼んだ。
「私トイレ~…。本郷君ついてきてー。」
「はいはい。」
浜口がフラフラと立ち上がったので、俺は浜口を支えるために一緒に立ち上がった。
竜也をちらっと見てから、二人でトイレへと向かう。
そして浜口を女子トイレまで連れて行き、その入り口で待ちながら皆の方を見ると一際盛り上がっている様子が見えた。
こうして客観的に見るとバカ丸出しだな。
自然に笑いが漏れるが、こうして騒げるのも最後だと思うと少し寂しい。
すると竜也が少し下を向いて話している姿が目に入った。
紗英が目を覚ましたようで、竜也の顔が緩んでいるのが分かる。
最初は竜也が紗英を好きになるはずはないと思ってた。
竜聖のことを一番近くで見てきた奴だから、紗英にだけは興味を持たないだろうと勝手に思っていた。
でも、人は変わる。
俺は竜聖がいなくなって、そう感じることが多くなった。
俺自身にしてもそうだし、竜也も紗英も、高校のときとは全然違う。
きっとこれからも少しずつ変わっていくのだろう。
でも、この関係だけはきっと一生変わらない。
それだけは俺の中で断言することができた。
大学生編 完
この話で大学生編終了です。
社会人編には出てこない登場人物もいるので、少し寂しいですが…
どうぞ社会人編もお付き合いください。




