3-33日常にある幸せ
初詣から帰ってきた私は実家の自室でにやけていた。
プレゼント喜んでくれた。
仲直りできた。
私は久しぶりに見た山本君の笑顔を思い出して、嬉しくて仕方なかった。
やっぱり山本君は笑ってるのが似合う。
ずっと笑っててほしい。
これは恋心からくる気持ちなのだろうか…?
私はそばにあったクッションを胸に抱え込むと、グッと抱きしめてにやけた顔を引き締めた。
嬉しい気持ちの反対側に山口さんの顔がちらついた。
私たちの所に戻ってきた山本君は山口さんと一緒じゃなかった。
雰囲気から何かあったのは分かった。
「山口さんは先に帰った。」
山本君はそれだけ言うと、山本君自身も「眠いから帰るな。」と言って帰ってしまった。
二人はどうなったのだろうか…?
山本君は告白されたら付き合うと言っていた。
ウェルカムだと、今まで断ったことはないと…そう公言していた。
私は二人が付き合う事になったら、トモ君のように心から祝うつもりだった。
でも…どうなったのか分からないままでは祝う事はできない。
堂々巡りの事を考えてる事に気づいて、私はクッションを置くと立ち上がった。
「眠い。寝よう!!」
私はベッドに潜り込もうと布団に手をついたとき、部屋がノックされて声がかかった。
「紗英?起きてるか?」
お兄ちゃんの声だった。
「起きてるよ。」
お兄ちゃんは「入るぞ。」と言うと部屋に入ってきた。
お兄ちゃんは黒のスウェット姿で髪に寝癖がついていた。
「あけましておめでとう。」
「あ、そっか。おめでとうございます。」
私は時間間隔がおかしくなっていて、元旦だった事を思いだした。
お兄ちゃんはベッドに座っている私を見ると、ベッドから少し離れた所に座った。
「どうしたの?」
「…お前、この春から東京で働くんだろ?」
お兄ちゃんは真剣な顔で尋ねてきた。
私は頷くと翔君の事を報告した。
「うん。あと、お兄ちゃんの会社に私の友達が春から就職するよ。本郷翔平君。よろしくね。」
「ん…?あぁ、例の奴か。」
お兄ちゃんは夏休みの事を思い出しているのかニヤッと笑った。
その顔にまたよからぬ事を考えてるな…と思った。
「もう、お兄ちゃんは詮索するから嫌い!」
「悪いな。もう、これは性格だ。直らないよ。」
お兄ちゃんは大きく口を開けて笑った。
お兄ちゃんに彼女ができないのって、こういう嫌味な所があるからだよ…絶対。
私はお兄ちゃんをじとっと見てそう思った。
「それより紗英は東京のどの辺りに住むんだ?」
「え?…う~んと、学校が○△駅の近くだから…その周辺かな。一度東京に行って探すつもり。それがどうしたの?」
「あ、いや。気になったからな。まぁ、俺の会社からも近いし、最悪俺のマンションから通えばいいんじゃねぇか?」
「それはヤダ。お兄ちゃんの世話するなんて御免だよ。」
私が正直に言うと、お兄ちゃんは「そりゃそうか!」と言って頭を掻いた。
どこまで本気だったのか分からない。
「ま、でも近いんだからさ。何かあったら頼れよ。」
お兄ちゃんにしては珍しく頼もしいセリフに私は驚いて動きを止めた。
「何、固まってんだよ?」
「いや…びっくりして。まさか、そんな言葉が出るなんて思わなかった。」
「失礼な奴だな。これでもお前の事、心配してんだぞ。」
「あははっ!ありがと。その言葉有難く頂戴しておきます。」
私が茶化して答えると、お兄ちゃんは立ち上がると私にのしかかってきた。
羽交い絞めにされて拳骨で頭をグリグリされる。
「あははっ!痛い、痛いよ!お兄ちゃん!」
「うるっせ!人が親切で言ってやってんのに、腹立つ事ばっか言いやがって!!」
「ごめんっ!ごめんってば!!」
私が羽交い絞めにされてる腕をペシペシ叩いていると、拳骨が止まって急に悲しそうな顔で見下ろされた。
初めて見るお兄ちゃんの顔にドキッとした。
「お兄ちゃん…?」
お兄ちゃんは羽交い絞めを解くと、私の頬を大きな両手で包み込んだ。
「本当に何かあったら頼るんだぞ。」
お兄ちゃんは真剣な目でそう告げた。
私はお兄ちゃんが本気で心配してくれてるのが分かって、細かく何度も頷いた。
「…うん。分かった。」
お兄ちゃんは一度目を閉じると、細く息を吐き出してから私から手を離した。
そして立ち上がると、いつもの表情に戻っていた。
「住むところ。決まったら連絡しろよ。引っ越し、手伝いに行くから。」
「うん。必ず連絡する。」
私はさっきのお兄ちゃんの表情を気にしないようにして笑顔を作った。
お兄ちゃんは満足気に笑うと「おやすみ」と言って部屋を出ていった。
お兄ちゃんにこんなに心配されたのは初めての事で、東京っていうのはそんなに危険な所なのかと思って不安が募った。
***
実家で二週間過ごした後、私はまた住み慣れたアパートに帰ってきていた。
一月も半ばに差し掛かって就職先の事でバタバタし始めた私たちは、以前ほど会えない日々が続いていた。
翔君は会社の研修で東京とこっちを行ったり来たりしているようだし、浜口さんや山口さんは就職先のバレー部に入るため、連日練習やトレーニングをしているようだった。
そして山本君も――――
私はこの間山本君から来たメールを開けて読んだ。
『東京都の往復きっついなー!
俺、三月にはこっち住むことになりそうだよ。
そっちはどう?
また落ち着いたら家に行くから、電話出るんだぞ(笑)』
(笑)っていうのが山本君らしくて笑いが漏れる。
こっちに戻ってから、中々みんなに会えない日々が続いていた。
だから少し寂しい気持ちになっていたんだけど、このメールを見ると元気が出てくる。
私はケータイを鞄にしまうと、大学に向かうためアパートを後にした。
大学に着くと、講義を受けていたのか涼華ちゃんを見つけて声をかけた。
「涼華ちゃん!!」
涼華ちゃんは私を見ると、笑顔を浮かべた。
「紗英ちゃん!東京から戻ってたんだ!」
「うん。一回で物件決めようと思ってたけど、ダメだったよ。」
私は彼女に相談していたので、結果を報告した。
涼華ちゃんは明るく笑い飛ばすと、私の背中を叩いた。
「これからずっと住むんだから慎重に決めないとね!」
「そうだね。ところで木下君はどう?こっちで就職でも、忙しいんじゃない?」
「あー…そのことなんだけどね…。」
涼華ちゃんは意味深に言葉を切ると、私に顔を寄せてきた。
そして私の耳元でこそっと言った。
「実は…春から一緒に住むことになったんだ。」
「うえぇっ!?」
私は驚きすぎて唾が気管に入り、大きくむせた。
何度か咳をしてから、涼華ちゃんに詰め寄る。
「そっ…それって!!同棲ってこと!?」
涼華ちゃんは恥ずかしそうに頷いた。
私は血圧が上がり過ぎて、眩暈がした。
同棲…実際にする人がいるなんて…
考えただけで心臓が破裂しそう…
私は何度か息を吸ったり吐いたりして気持ちを落ち着けると、照れている涼華ちゃんを見て告げた。
「良かったね。涼華ちゃん。」
「うん。ありがとう。」
私はこのとき涼華ちゃんの薬指に光る指輪に気づいた。
もしかして…クリスマスプレゼントかな…
私は高校時代から順調な二人の関係に嬉しくなった。
壊れない関係って…羨ましいな…
私は物欲しげな目で見てしまったのに気付いて、慌てて指輪から目を逸らした。
「じゃあ、私これから残ってる講義なんだ。またね!」
「うん。またね!」
私は涼華ちゃんと別れると校舎に向かって走った。
私は講義を終えると、大きく伸びをして校舎を出た。
ほぼ休み状態の大学にはサークル関係の人がちらほらいるだけでガランとしていた。
私はここに来るのもあと数回だな~と考えると、少し寂しくなった。
仲の良かった友達とも離れ離れになるし、今みたいに自由には遊べなくなるだろう…
それを思うと悲しくて、胸が苦しくなった。
気持ちが落ち込み、自然と目線が地面に落ちる。
自分の足を見てふうと息を吐いたとき、目の前から名前を呼ばれた。
「沼田さんっ!」
聞き覚えのある声に顔を上げると、山本君がスーツ姿で校門前に立っていた。
私は久しぶりに見る山本君の顔に気持ちが弾んだ。
「山本君!」
私が笑顔を浮かべて駆け寄ると、山本君がケータイを手に持っていてしかめっ面で言った。
「電話。何回もしたんだけど?」
「へっ?」
私は慌てて鞄の中を漁ってケータイを取り出すと、確かに着信のランプが点灯していた。
画面を開けて確認すると、お昼ぐらいから三度も山本君からの着信があったことを示していた。
「あはは…えっと…ごめんなさい。」
私は笑って誤魔化すと、山本君は持っていたケータイで頭を小突いてきた。
「あんだけメールで電話出るんだぞって強調しておいたのによー…ぜっんぜん意味ないんだよなぁ~。」
「だから、ごめんって謝ってるのに…意地悪。」
私は飽きれたような山本君の姿にむすっとむくれた。
会えるのを楽しみにしていたはずなのに、どうしてまたこんな言いあいになってしまうんだろうか…
そう思うと悲しくなってくる。
「ははっ!拗ね過ぎだろ!ただの冗談じゃん!マジに受け取んなって!」
山本君はいつものように大きく口を開けて笑った。
私は見たかった笑顔が見られて、むくれていたのを忘れて自然に笑顔になる。
私、この笑顔が好きだなぁ…
そう思うと胸がぽかぽかと温かくなって、さっきまでの寂しさが嘘のように吹き飛んだ。
すると山本君は急に笑い顔を消して、手で頭を掻いて顔を隠してしまった。
もっと見ていたかったのに、隠されてしまって少し落胆する。
「山本君、今日東京行ってたの?」
「ん…?あぁ。さっき帰ってきたんだ。一週間ぐらいはこっちにいられそうだから、最初に沼田さんに会っとこうと思ってさ。」
『最初に』という言葉に私は思わず俯いて顔を隠した。
頬に熱が集まっていく。
山本君は何気なく言った言葉なんだろうけど、忙しい中一番に会いに来てくれた事が死ぬほど嬉しかった。
「沼田さん?」
急に俯いた私を気遣うような声が降ってくる。
私は細く息を吐き出すと、平常心を装って顔を上げた。
「じゃあ、ご飯食べに行こうよ。私、近所に美味しいお店知ってるんだ!」
「へぇ…いいな。あ、でも今、金欠だから安い所だとありがたいかも。」
「お金は気にしないで!おごるから!!」
「へっ!?いや、悪いから!」
「いいの!お礼だから!」
「お礼?」
お礼に心当たりがないのか、山本君は首を傾げた。
嬉しい事を言ってくれたお礼だよ
私は心の中でそう思うと、彼を先導して歩き始めた。
山本君は考え込みながらも、私の隣に並んで一緒に歩く。
私はこうして何気なく一緒に並んでいることが、ずっと続けばいいのにと思いながら
今ある幸せを噛みしめた。
付き合ってるカップルみたいな状態ですが、お友達です。
大学生編も年が明けて残り少なくなってきました。




