3-31目が合わない
翔君が浜口さんを上手く連れ出せた事を見ていた私は、これ以上は見ているべきじゃないと思って一人場所を移動した。
ツリーの広場を囲むようにしてあるショッピングビルの階段を上って、二階から手すりに体を預けてツリーを見る。
点灯前なので人は少なかったけど、だんだんと点灯時間に近づくにつれ人が増えてきた。
いつの間にか私の周りはカップルだらけになってしまった。
あまり気にしないように私は前を向いた。
私って…とことんクリスマスには縁がないなぁ…
高校のときに唯一出かけたことのあるクリスマスを思い出した。
吉田君とこうやってツリー見たときは幸せだった。
倒れた事はびっくりしたけど…
でも、次の日のクリスマスは翔君と初めて溝ができた日だった。
だから、クリスマスにはいい思い出がない。
自然とため息をついて広場を見下ろすと、山口さんと二人で楽しそうに会話している山本君が見えた。
私とは目も合わせないのに…
胸の中がモヤモヤして、むすっとしかめっ面になる。
私は自分の気持ちもはっきりしていない。
それなのに嫉妬するなんておかしな話だ。
考えないようにしようと、二人から目をそらした。
そのとき隣に誰かがやって来た。
「隣いい?」
そこにはさっきまで浜口さんと話していた男の子がいた。
名前が思い出せないので、愛想笑いを返して言った。
「どうぞ。えっと…ごめんなさい。名前…覚えてなくて…。」
「あははっ!いいよ。俺、西川智之。トモって呼んでくれたらいいよ。」
「人の名前覚えてないなんて失礼なこと…本当にごめんなさい。えっと、トモ君。」
「いいえ。俺たち話すの初めてだし仕方ないよ。」
トモ君は笑顔を作るのが苦手なのか、固い表情だったが目はとても優しかった。
体格も大きくてガッシリしているので、お兄ちゃんといるような感覚に陥る。
「でもさ、俺は沼田さんのこと前に一回見てるんだけどな。」
「え?それは…パーティで?」
「違う違う。もっと前。」
もっと前と言われてもいつの事だが思い出せない。
私は降参しようとトモ君を見ると、トモ君は少し表情が柔らかくなった。
「前、竜也に会いに来たことあっただろ?竜也の家の近所でさ。俺ら一緒だったの覚えてない?」
「…あぁ!!もしかして、山本君と一緒に歩いてたお友達!!」
私は自分が前に進むと宣言しに行った日を思い出した。
確か山本君の隣にお友達が二人いた。
その一人がトモ君だったのだ。
「当たり。俺、あのとき竜也の彼女だと思ってたんだけど。違ったんだね?」
「彼女じゃないですよ。中学の同級生で友達です。」
胸が少し痛んだ気がしたが、気にしないように笑顔で答えた。
トモ君は「そっか。」と言うと、ツリーに目を向けた。
「せっかくのクリスマスなのに、お互い寂しいよね。」
トモ君の言葉にさっきの事を想いだした。
トモ君は浜口さんを気にしていて二人で座っていたのに、翔君が浜口さんを連れ去ってしまったのだ。
私は翔君の背を押しただけに、罪悪感が胸を過った。
「ごめんなさい…。私が翔君を焚きつけちゃったんです。トモ君の事…考えてなかった。」
罪悪感から口に出して懺悔した。
トモ君は一度驚いたように私を見た後、少し悲しそうな顔で笑った。
「俺、浜口さんの気持ち分かってたよ。」
「え?」
トモ君の言葉に今度は私が驚いた。
「誰かを想ってるんだろうな…ってのは話してる内に気づいた。それが翔平だとは思わなかったけど。だから、謝る必要なんてないよ。」
「で…でも…。」
「いいんだよ。それに好きになる前だったからね。」
トモ君の力強い言葉を聞いて、こういう恋愛の仕方もあることを知った。
相手のことを考えて、潔く身を引く。
私はちらっと山本君を見て考えた。
私にその選択肢はあるだろうか?
「まぁ、あの二人が上手くいったからこそ、俺は今沼田さんと一緒にいるんだろうし。一人同士、良かったでしょ?」
「それって…余りもの同士ってこと?」
「そうなるね。」
お互い恋愛が上手くいってない者同士、通じるものがあったのか笑ってしまった。
さっきまで思いつめていたのに、気持ちが軽くなる。
「あははっ!じゃあ、今日は独り者同士、一緒にツリーの点灯見よっか。」
「だな。あとちょっとで灯くはずだしな。」
トモ君は腕時計で時間を確認した後、手すりに腕をのせて身を乗り出した。
私は同じように手すりに手をつくと、手首につけてきたシュシュが目に入った。
昨日山本君からもらったものだ。
気に入ってなんとなくつけてきたのだが、見ていると少し悲しくなってくる。
生まれ始めていた恋心をグッと胸の奥に押し込む。
山口さんのためにも、この気持ちは隠し通さないと。
私は広場にいる二人の姿を見て、心に決めた。
そのときカウントダウンが聞こえて広場の照明が落ちると、ツリーに光が灯った。
色とりどりの電飾が決まったタイミングで光ったり消えたりしていて、とても綺麗だった。
それを眺めているだけで、目が潤んでくるのが分かった。
私はトモ君に気づかれないように俯くと一度しっかり目を瞑ってから涙をひっこめた。
大丈夫…
私は大丈夫…
自分にそう言い聞かせると、大きく息を吸い込んでまっすぐ前を見た。
***
クリスマスの日は早い時間に現地解散になったので、私はみんなに別れを告げて一人で帰った。
そのときもやっぱり山本君とは一度も目が合わなかった。
私は彼との仲直りの仕方が分からないでいた。
まず原因が分からないので、何に対して謝ればいいのか分からない。
目が合わなくなった直前の電話の事を考えるけど、いつも通りの会話だったのでそれが原因とは考えられない。口喧嘩するなんて、いつもの事だ。
考えても結論が出なくてため息をつく。
私は地元に帰る道で何度もため息をついていた。
初詣の約束があるので、何とかその日には仲直りしたい。
私は勇気を出して、山本君に話しかけようと心に決めた。
***
12月31日―――――
地元の神社の入り口で私たちは待ち合わせしていた。
今集合しているのは、翔君に浜口さん、それに山口さんだ。
一人遅れているのは山本君だけだ。
地元メンバーだけだったので、人数は少ない。
私はきっと一人あぶれるだろうな…と思っていたけど、山本君と交わした最後の約束だったので来ないわけにはいかなかった。
話しかけると決めたものの、こうして待っているとじわじわ緊張してくる。
また無視されるような態度だったらどうしようと考えてしまうのだ。
「あ、竜也!!おせーぞ!!」
翔君の声に私はビクッと肩を揺らしてから、歩いてくる山本君を見た。
山本君は眠そうな顔でのんびりと歩いてくる。
「悪い。仮眠とってたら時間過ぎててさ。」
私は山本君に話しかけようとグッと手に力を入れて踏み出した。
「や…山―――。」
「山本君っ!!遅いよー!!早く中に行こうっ!!」
山口さんが山本君の傍に駆け寄って彼の腕を掴んだ。
山口さんに先を越されてしまい、私は開きかけた口を閉じた。
「あーそうだな。行くか。」
山本君は山口さんに笑いかけると階段を上っていく。
私はその背を見つめて、次のチャンスがあると自分に言い聞かせた。
「沼田さん…大丈夫?」
私の気持ちを唯一知っている浜口さんが、気遣って話しかけてくれた。
私はその気持ちが嬉しくて、笑顔を返した。
「大丈夫。浜口さんは翔君と一緒に行って。私のことは私一人で頑張るから。」
「……そう?」
「うん。」
私はまだ心配している浜口さんの背を押した。
浜口さんは一度私を見て微笑むと、「頑張って。」と言って翔君と階段を上っていった。
私は折れそうな気持ちを奮い立たせると、みんなに続くように階段を駆けあがった。
境内はすごい人混みだった。
翔君と浜口さんの背を見失ったらはぐれてしまいそうだ。
そのとき除夜の鐘が鳴らされて、もうすぐ年明けだと知らせていた。
こんな中で山本君と話すなんてできるのだろうか?
私は不安になってくる。
しばらく人混みをかき分けて進んでいると、誰かとぶつかってしまい浜口さんの背中を見失ってしまった。
ど…どうしよう…
私は人混みの真ん中で左右を見回すが、みんなの姿が見当たらない。
とりあえずじっとしていても見つけられないので、浜口さんが消えていった方へ歩く。
周りに視線を走らせながら、誰かの姿を探す。
そのとき一際背の高い山本君の後ろ姿を見つけた。
私はすがる思いで、その背中を掴んだ。
「山本君っ!!」
山本君は驚いて振り返ると、私の手を振り払った。
私は叩き落とされた手が空中で止まって、目を見張った。
このとき久しぶりに山本君と目が合ったけど、その目は拒絶感に溢れていた。
「や…山本君…。」
私は何でそんな目で見られないといけないのかが分からなくて、名前を呼ぶしか言葉が出てこない。
山本君は私に背を向けると歩いて行ってしまう。
私は足が前に進まない。
勇気を出して理由を聞かないとと思うのに、体が震えていて動いてくれない。
そのとき目から勝手に涙が零れ落ちた。
私はそれをきっかけに体の緊張が解けて、山本君に向かって走った。
人混みをかき分けて、さっきの背中を探す。
時々人と激しくぶつかったけど、まっすぐにあの背へと手を伸ばした。
「山本君っ!!」
今度は掴むとグイッと自分の方へ引き寄せて、離さないようにした。
山本君はさっきと変わらない目で私を振り返った。
私は引きはがされる前に言いたいことを吐き出した。
「何で無視するの!?私が何かしたなら前みたいにっ…ケンカになってもいいから言えばいいでしょっ!!ずっと話すのを…避けるなんてっ…男らしくないっ!!」
言い切ると息を荒げて、彼の顔を見上げた。
彼の顔は辛そうに歪められていて、さっきと同じ目にはもっと暗い色が滲んでいた。
私は何も返してこない彼の姿に腹が立って、掴んでいた手を離して彼を突き飛ばした。
「バカーッ!!」
私は子供のケンカのように吐き捨てると、来た道を戻るように走った。
どこから来たかも分からなかったけど、とりあえず人をかき分けて人の少ない場所を目指した。
その間目からは涙が止まらなくて、頬を濡らし続けていた。
想いのすれ違いです。
受け身だった紗英が自ら動きました。




