3-26クリスマスパーティⅡ
私はいつの間にか冷たい風が頬にあたるのを感じて、意識がはっきりしてきた。
目を大きく開けて周りを見て、自分がベランダにいることに気づいた。
「やっと酔い覚めた?」
横から声をかけられて、私は隣で同じように座っている山本君を見た。
山本君は優しい笑顔で私を見ていた。
何でここにいるのか覚えてなくて、目を泳がせて考える。
さっきまで翔君と話していたような気もするけど頭に靄がかかっているみたいで、思い出せない。
「私…何で、ここにいるの?」
私は思い出せないので観念して山本君に訊いた。
山本君は息を吹き出して笑うとからかうような目で見て言った。
「よっぽど酔ってたみたいだな?様子が変だと思った。」
彼の言葉に私はどんな醜態をさらしたのか気になった。
でも、この様子だと教えてくれそうにない。
「でも沼田さんがこんなパーティ開くなんて珍しいよな?
どういう心境の変化?」
「……別に…心境の変化とかじゃないよ。ただ…翔君と浜口さんがギクシャクしてるみたいだったから、協力しようと思っただけ。」
山本君は「ふ~ん…。」と言いながら疑り深い目で見てくる。
私は何か見定められているようで、気持ち悪かった。
「…沼田さんは翔平と浜口さんが付き合う事になってもいいの?」
急な質問に驚いて、私は山本君を見つめた。
「……いいも何も…付き合うって決めるのは二人だし。私には関係ないよね?」
「…そっか。」
山本君は私から視線を外して前を向くと、黙ってしまった。
私は微妙な沈黙に緊張してきた。
何かおかしなことを言っただろうか…?
私も顔を前に向けて横目で山本君の様子を伺った。
何を考えているのか気になる。
すると寒さに身を縮めて山本君が口を開いた。
「沼田さん…前に進むって言ってた話、どう?進歩はあった?」
「…す…少しだけ…。思い出す回数は減ったよ。今は思い出しても辛くないしね…」
私は翔君に打ち明けたことで、また少し前に進めていた。
今はアルバムのページをめくるような形で、吉田君を思い出すことができるようになっていた。
一度好きになった気持ちは消えてはくれないけど、それでも以前ほど苦しくはない。
「そっか、良かった。」
山本君は嬉しそうに目を細めた。
「じゃあ、好きな人見つけるのも早いかもしれないな~…。」
「へ…?」
好きな人と言われて、急に心臓が動悸を奏で始めた。
山本君は私を見ると、少し切ない…何かを諦めたようなそんな表情になった。
「もし、そういう奴ができたら俺もお役御免かな…。できたときには教えてくれよ。協力するからさ。」
私は山本君の顔を見つめて、胸が苦しくなった。
今、目の前の山本君に感じるこの気持ちが何か分からない。
手に変な汗をかいてきて、気まずくなった私は話を逸らした。
「あのさ、山本君はどうなの?彼女とか好きな人とか…いないの?」
山本君は姿勢を正して考えると、真面目な顔で言った。
「今、彼女はいないんだけどさ…俺、告白されて付き合っての繰り返しだから…自分から好きになった女の子いないかも。」
「へ?」
予想外の答えが返ってきて、私は好きじゃないのに付き合うってことの意味が分からなかった。
えっと…自分から好きにならないのに…付き合うって…どういうこと?
山本君は私の気持ちも知らず、しれっとした顔をしている。
「だ…だって、付き合うってことは…好きだからすることだよね?
ドキドキするし、胸がキュウっとなって苦しくなるよね?」
「そういうもんなのか?ドキドキなんてしたことないな。
好きだって言ってくるから、なら俺も好きかも~ってなって…やることやったら飽きるんだよなぁ…。」
山本君の恋愛観が私と違いすぎて、私は彼に幻滅した。
「なっ……そんなの最低だよ…。」
「え?だって、好きだって言ってきてるのに断る方が可哀想じゃねぇ?」
「それはっ…!!でも、好きじゃないのに付き合って飽きたらさよならなんて…」
「付き合ってる間に、飽きないように好きにならせてくれれば良いだけの話じゃん?」
正論だ。正論だけど、何だか納得いかない。
まったく悪びれた様子もないのでこの歯痒さをどうしたのもかと思った。
胸の奥がムズムズする。
「じゃあ、山本君は初恋もまだだってことだよね!!自分から好きになったこともないんだもん!
私より恋愛経験ないよ!!」
「おっ、言ったな~。じゃあ、恋愛経験豊富な沼田さんは竜聖とやるべきことは全部やったんだよな?」
山本君が挑発するように私を見て指さした。
私はその嫌な目つきに恥ずかしくなって、逃げるように立ち上がって吐き捨てた。
「下品!!」
山本君を押しのけて温かい部屋の中に戻る。
そして浜口さんを快方している翔君を見つけて、山本君の事を言いつけようと思ったら
見たことのない男の子二人に行く先を塞がれた。
「沼田紗英ちゃんだよね?」
「俺らとちょっと話しない?」
私はメガネの男の子と山本君と同じぐらい体格の良い男の子を見て、誰なんだろうと首を傾げた。
メガネの男の子に肩を押されて、その場に座らされると私を挟むように二人も座った。
そしてコップに注がれたお酒を手渡され、会釈して受けとった。
「急に竜也といなくなっちゃったから、話せなくて残念だったんだよね。」
「もう酔い覚めた?」
「……あ、はい。大丈夫です…。」
誰なんだ?
私は愛想笑いを浮かべながら考えたが、まったく見覚えがない。
竜也と言っていることから山本君の友達だろうというのが分かったが、それ以外の情報はなかった。
「竜也と同じ中学なんだって?あいつって中学のときからあんなのなの?」
「あんなの?」
「竜也、女の子の扱いがひどいじゃん?中学からなのかな~と思って。」
扱いがひどいと聞いて、さっきの事を思い出してイラッとした。
思わず口調が荒くなって答える。
「中学のときはあまり関わりがなかったので知らないですけど、今はひどいみたいですね。女の敵ですよ。」
言い終えてお酒をグイッと喉に流し込んだ。
さっき酔いが覚めたはずなのに、また体がぽかぽかしてきた。
「だよなぁ?でも、あいつそんなにひどい奴なのにモテるんだよ。」
「へぇ…?」
「この間も彼女と大学で大ゲンカしてたと思ってたら、年下のめっちゃ可愛い子に言い寄られてるし、ホント女がきれねーんだよなぁ…羨まし過ぎるよ。」
「……そーなんですか。」
自分から好きになったこともないのに、女の子から言い寄られていい気になっている山本君に対してムカムカしてくる。
あんな男のどこがいいんだか理解できない。
確かに優しい一面もあるかもしれないけど、意地悪だし腹立つ事ばっかりだ。
周りの女の子は見る目がない。
「あ、さっき竜也と二人っきりだったよね?手出されなかった?あいつ手出すの早いからさ~。」
この言葉に山本君が女の子とイチャついてる姿を想像してしまって、苛立ちがピークに達して立ち上がった。
「出されてません!!コンビニ行ってきます!!」
私は傍のハンガーにかかっていた自分のコートをと手に持つと、酔いつぶれている浜口さん達を横目に家を飛び出した。
外は雪こそ降っていないものの、コートを着ないで走っていると寒くて凍える。
私は走っている足をゆるめると、コートを羽織って白い息を吐き出した。
外の冷たい空気にさらされていると、血の上った頭が冷静になってきた。
「……山本君は友達だよ…。何で…怒ってんの…?」
小さく声に出して自分に問いかけた。
山本君の恋愛事情なんて私には関係ない…
誰とどう付き合おうが知った事じゃないし、彼がそういう事をしていたって構わないはずだ。
なのにそれを想像するとイライラして、自分の気持ちがかき乱される。
初めて感じる気持ちが何なのか分からない。
私はトボトボと歩いている内に手が冷たくなってきて、口元に手をあてて息で暖めた。
私…一人で怒ってバカみたいだ…
私は手を開いたり閉じたりして手の感覚を取り戻すと、気持ちを切り替えるために一度しっかりと目を閉じてから前を向いて足を進めた。
するとそのとき、後ろから走る足音が聞こえてきて、ゆっくり振り返ると山本君がこっちに向かって走ってきた。
私は姿を見ただけで、心臓がドクンと大きく跳ねた。
思わず顔を前に向けると、気づかなかったフリをして足を速めた。
「―――っちょ…!沼田さん!!」
声をかけられただけなのに、ビクッと肩が震えた。
私は変に緊張していた。
山本君は私に追いつくと、私の前に立ちふさがった。
「こんな時間に一人で外に出たら危ないって!」
今まで気にしたこともなかった女の子扱いされてる言葉が胸に響く。
慌てている山本君の顔を見つめて、自分の今の気持ちがなんなのか考える。
「ほんと…沼田さんは目が離せないよ。」
仕方ないな~という表情で笑った山本君にカチンときた。
「ほっといてくれて良かったのに!!誰もこんな可愛気のない女なんか興味持ちませんよ!!」
山本君を一睨みすると、私は彼の脇を通り過ぎて足を進めた。
山本君は一歩遅れて私の隣に並ぶと、いつもの調子で話しかけてきた。
「誰もそんな話してないだろ~?自分に自信なさすぎでしょ?」
「うるさいな!彼女が次から次にできる人に私の気持ちは分からない!!」
なんだか山本君といるといつもケンカになってる気がする。
こんな言葉を言いたかったわけじゃないのに、どうしても彼のおちゃらけた態度に腹が立った。
すると急に後ろから手を掴まれて、私は後ろにつんのめってから足を止めた。
顔をしかめて振り返ると、山本君がポケットから何か取り出して私の手につけた。
私は手首につけられたそれを見て目を丸くした。
「クリスマスだから、俺からプレゼント。」
彼は私から手を離すとニッと口の端を吊り上げて笑った。
私は自分の方に手を戻すと手首につけられたシュシュを触った。
シュシュには小さなパールがついていて、とても可愛かった。
「中学のときと違って、髪伸びてたから似合うんじゃないかと思ってさ。」
山本君は少し照れているようで、頬を手で触っている。
私はそんな仕草に胸がギュッと締め付けられた。
嬉しい…
私はシュシュを手首から外すと、髪を耳の下辺りで束ねた。
そして今もらったシュシュをつけて、彼に見せる。
「どう?似合う?」
彼は一瞬顔を背けたあと、大きく口を開けて笑った。
「すっげー似合う!」
そんな子供みたいな笑顔を見て、私は自分の気持ちにある可能性を導き出した。
……私…
山本君が…好きなのかも…
私は彼の笑顔を見つめたまま、心が温かくなるのを感じていた。
紗英が前に進みだしました。
気持ちの変化にご注目いただければと思います。




