3-23見て見ぬふり
紗英から竜聖の事をが過去になっていると言われた次の日。
俺は竜也と駅前のカフェで向かい合っていた。
竜也は俺からの呼び出しに不機嫌だった。
「で、何の用なわけ?こんなところ男二人で来るもんじゃねぇだろ?」
人目を気にする竜也に構わず、俺は胸のわだかまりを打ち明けた。
「なぁ、紗英に竜聖のこと言わなくていいのかな?」
昨日話を聞いてからずっと胸に引っ掛かっていた。
俺は竜聖が紗英に会いに来ない理由を知っている。
それを紗英に言わなかった事が、心苦しかった。
紗英が竜也にも打ち明けたと言っていたので、竜也も同じ気持ちだろうと相談したのだが…
竜也は面倒くさそうな顔で俺を見てため息をついた。
「せっかく前に進みだした沼田さんに言ってどうするんだよ。
また過去に引きずり戻したいのか?」
「そうじゃない!…そうじゃないけど……でも…こう…罪悪感っていうか…言わなかったことを紗英に知られたらと思うとさ…。」
「言って伝えたとして、何が変わるんだよ?あいつと会う事ができるのか?どこにいるのかも分からねぇのに?――――会えないなら、知らない方がいい。俺はそう思うけどね。」
竜也のいう事は分かる。
でも、会いに来ない理由を知ってるのと知らないのでは違うのではないのだろうか…
俺はそこが引っかかって気持ち悪い。
「いいか。お前が知っていて知らないふりができない正直な奴だってのは知ってる。
だけど、時には相手のために黙っててやるのも愛情だと思うぞ?お前が沼田さんの事が好きならな。」
竜也が俺を挑発するかのように言った。
俺は愛情と言われて、本当にそうなのか疑問だった。
それが伝わったのか竜也は飽きれた様に俺を見ている。
「沼田さんは竜聖より好きになれる奴を見つけるって言ったんだぞ?
喜ぶところじゃねぇのかよ?それとも、もう諦めたのか?」
竜也の言葉に、俺は昨日勝負に出た自分を思い出した。
紗英を支え続けるのは自分しかいないと感じて、プロポーズまがいの事を口に出した。
『ずっと一緒に待とう』
絶対紗英に伝わったと思ってた。
でも、紗英から返ってきたのは―――――友達宣言だった。
あのときは体中の力が抜けた。
前に進むと言っていたから、てっきり俺の事もそういう対象で見てくれているんだと思っていたが…
どうも昨日の様子からだと、俺は土俵にも上がれていないような気がしてならない。
俺は昨日の失態を頭の隅に追いやると、まっすぐ竜也を見据えた。
「諦めたわけじゃねぇ。竜聖の次に紗英に近いのは俺だって思ってるさ。
だけど、今は…。今の距離感で…いることにする。」
苦渋の選択だった。
「バカだろ、お前…。正直者もここまでくると救いようがないな。」
竜也は呆れたように俺を見て目を細めた。
仕方ないだろ…
押しすぎて紗英に警戒されたら、それこそ終わりだ。
高校時代にそれで後悔したこともある。
紗英にその気持ちがないのにぶつかるのはこりごりだ。
今度は紗英から気持ちが向くのを傍で見守る…それしかない。
「まぁ、とりあえず竜聖の事は黙っとけ。言ったら俺が許さねぇからな。」
「……わかったよ。」
竜也に釘を刺されて、仕方なく了解した。
竜也は満足そうに笑うと、ケータイが鳴っているのか取り出して画面を見て顔をしかめた。
俺は電話に出ない様子を見て訊いた。
「出ないのか?」
「んあぁ…。例の元カノから。しつこいんだよなぁ…。」
それを聞いて俺は竜也からケータイを奪って、電話に出た。
「もしもし?」
「おいっ!?」
竜也は電話に出た俺を見て焦っている。
俺は竜也の代わりに電話をかけてくるなと言ってやろうと思っていた。
『……竜也じゃないよね?誰?』
あきらかに警戒している女の子の声がした。
俺はその声を聞いて、冷静に切り出す。
「竜也の友人です。竜也の代わりにあなたに言いたい事があってお電話に出ました。
竜也はあなたの電話に迷惑しています。きちんと別れていると聞いているので、もうかけないでもらえるでしょうか?」
『何であなたにそんな事言われなくちゃいけないの?竜也に代わってくれる?』
「それはできません。電話をしないと約束してください。」
『あなたに私と竜也の何が分かるの?いいから代わって!!』
「できません。あなたとの関係は終わっているはずです。もうかけないと約束してください。」
『うるさいな!!竜也はまだ私の事が好きなんだよ!代わってよ!!』
いつまでも平行線になりそうで、顔をしかめる。
俺はだんだんイライラしてきていた。
向こうの女の子も同じで怒りを電話にぶつけてくる。
俺は竜也を見て、どうしようか悩んだ。
竜也はため息をつくと、俺に手を差し出した。
ケータイを渡せと言われているようだったが、俺はそれをしたくなかった。
俺は竜也に向かって手で制すと、最終手段に出た。
「これ以上竜也に付きまとうなら、ストーカー容疑で警察に言いに行きます。それでもいいですか?」
『ふざけんな!ストーカーじゃない!竜也と話せば分かる!!早く代われよ!!』
何という女だ。
俺はだんだん口調を荒げる女の子に眩暈がしてきた。
竜也は見ていられなかったのか、俺からケータイを取り上げて電話に出た。
「もしもし。俺だよ。」
竜也は俺から顔をそむけると、彼女の話に頷いている。
俺は胸に溜まったストレスでムカムカしていた。
早くいつもの調子でズバッと言ってやれ!!
俺は竜也に熱い視線を送って応援した。
「だから、電話してほしくないんだよ。あいつが言ったのは本当の事だ。
あぁ…もう好きじゃない。前から言ってるだろ?………はぁ…。」
彼女に押されているのか、竜也はだんだん疲れてきているようだった。
たびたびため息をついている。
「おい…本当に警察に行くぞ?それでもいいのか…?…あぁ?…
は!?お前…何言って……ちがうって!!……おい、話聞けよ!!…ちょっ!!…」
電話を切られたのか竜也は焦ってケータイの画面を見つめている。
最後の方で竜也の態度が変わったが何の話だったのかが気になった。
竜也はケータイを机に置くと、大きくため息をついた。
「どうしたんだよ?…向こうに切られたんだよな?」
「あぁ…お前と俺の関係を疑われて切られたよ。」
「はぁ……――――――…ん!?」
俺との関係を疑われたと聞いて目を剥いた。
竜也は罰が悪そうに俺を見ると、嫌そうな顔で言った。
「俺とお前ができでるってさ。」
「はぁ!?」
俺は声が裏返った。
何でそんな考えがでてくるんだ!!
女子って意味が分からねぇ!
「でも、この感じだとまた電話かかってきそうだな…
ケータイ変えるかなぁ…。」
竜也は前から考えていたのか落ち着いている。
「変えろ!!そんな女と関わりたくもねぇ!!なんなら今から行こう!!」
俺は怒り心頭していたので、コートを持つと立ち上がった。
「おい…そんなすぐじゃなくても…。」
竜也は慌てて立ち上がって俺を落ち着かせようとしてくるが、俺は聞く耳を持たなかった。
竜也のコートを持つと腕を掴んで引っ張った。
「いいから!行くぞ!!」
「おい…」
竜也は仕方ないなという表情で俺に引っ張られながらついてきた。
俺は竜也をこのままにしておけなかった。
なんたって大事な友達なんだからな!
困ってるなら助け合うのが、友達ってもんだ!
と自分に言い聞かせた。
***
そして俺たちは竜也のケータイを買い替えたあと、駅で別れた。
俺は時間を見て紗英のところに行こうか考えていると、後ろから声をかけられた。
「あ、本郷君!!」
振り返ると浜口が大きなショッピングバックを持って立っていた。
「あ、浜口か。」
「こんなとこで何してんの?」
浜口は俺に駆け寄ると訊いてきた。
「いや、さっきまで竜也と一緒にいてさ。今から紗英のとこに行こうかなと思ってたとこだよ。」
「沼田さんのとこ?相変わらず、しつこいねぇ~。」
「うるっせ!そういう浜口は買い物か?」
「まぁね。さっき友達と別れたところ。」
「男じゃねぇんだ。さみしい休日だなぁ~。」
からかわれた仕返しにに言い返したのだが、浜口は言い返してこない。
俺は不思議に思って浜口を見ると、浜口がまっすぐ俺を見ていてドキッとした。
何なんだ…?
浜口は何か言いたげにしていたが、目をそらしてため息をついた。
「沼田さんのとこ行くんでしょ?さっさと行けば?」
「なんだよ…今日、何か変じゃねぇ?」
俺は意味が分からなくて首を傾げた。
いつもだったらもっと言い争いになるはずなのに、今日は聞き分けがいいというかしおらしいのが気になった。
浜口は少し悩んだあと、「何でもない。」と言って顔をそむけた。
俺はその言葉が本心だとは思わなかったが、追及しても答えてくれなさそうだったので流すことにした。
「そっか。じゃ、お言葉に甘えて行くことにするよ。じゃあな。」
「あ、待って!」
行きかけた足を止めて浜口を見ると、今度は俯いて何だか緊張しているようだった。
ショッピングバッグを持つ手が震えている。
「あのさ、クリスマス空いてる?」
「…………クリスマス…?…空いてるけど…。」
浜口の真剣な顔を見て、俺はまさか…という考えが浮かんだ。
浜口は決心したように俺を見ると言った。
「24日!!一緒に過ごしてくれないかな?」
俺は絶句して浜口を見つめる。
当の浜口は恥ずかしさを隠すためか、笑顔を浮かべて取り繕った。
「その…私、誰とも約束できてなくて…一人だと寂しいじゃない?
だから、どうかなと思ってさ…本郷君だったら気楽だしさ!!」
「……じゃあさ、みんなでクリスマスパーティーしようか。」
俺は彼女の本気から逃げた。
浜口が笑顔を凍り付かせたのが分かった。
でも、俺は気づかないふりをして続けた。
「竜也とか圭祐とか…みんな呼んでさ!大学生活最後のクリスマスパーティしようぜ?
浜口も友達誘ってくれたらいいしさ!どうかな?」
浜口は気を使ったのか笑顔を作ると頷いた。
「…そう…だね。楽しそう…。私、友達誘ってみるよ。ありがとう、本郷君!」
浜口の強がった顔を見て、俺は心が痛んだ。
俺は思わず目を逸らすと「おう。」と答えた。
「引き留めてごめんね!それじゃ、またクリスマスパーティの事メールするね!!」
努めて明るく振る舞って背を向けた浜口の背中を見送って、
俺は彼女の気持ちを見て見ぬふりをしたことを後悔した。
でも、こうするしかなかったと自分に言い訳のように並べ立てた。
ここから浜口にも視点を当てていきます。




