3ー22一緒に待とう
山本君と駅で別れて自分のアパートに帰ってくると、翔君が扉の前に座っていて驚いた。
思わず後ずさりしそうになって、階段でバランスを崩しかけた。
何とか堪えると、一歩一歩俯いている翔君に近づく。
翔君は私に気づくと、焦ったように立ち上がって謝ってきた。
「紗英!電話、ちゃんと聞かなくてごめんっ!!」
山本君に話せた事で割とスッキリしていた私は、
謝られた事で翔君に対して怒っていた事を思い出した。
そういえば…一方的に電話切ったなぁ…
私は気は済んでいたので、笑顔を浮かべて翔君に言った。
「いいよ。気にしないで。自分の中の変化に気づいて、誰かに伝えたくなっただけだから。
翔君にとったら、関係ない話だもんね。」
「関係ないって…。そっ…な…、勝手に境界線作らないでくれよ!!」
翔君は辛そうに顔をしかめると、声を張り上げた。
私はそんな反応をされると思わなくて、上手く言葉が出てこない。
「4年も竜聖のこと…待ってきたんだろ?それを過去にするなんて……簡単にできる事じゃねぇだろ…。関係ないなんて線はって、全部一人で抱え込まないでくれよ!!」
山本君に指摘を受けて、人に話す事じゃないのかもと思っていたが、翔君は話してほしいタイプの人のようで、私は彼を傷つけないようにフォローした。
「ごめんっ…!線はってたとかじゃなくて…翔君に私の気持ちの変化なんか伝えても、だから何?って感じじゃないのかなと思って…、その…決して言いたくないわけじゃないの!」
「だったら、言ってくれよ。今まで思ってた事、全部!全部ちゃんと聞くから…」
今にも泣きそうな翔君の姿に、私は何だか切なくなってくる。
何で私なんかのために…こんなに必死になってくれるんだろうか…
私は翔君を見つめると、しっかりと頷いた。
「うん。話す…話すよ。ちゃんと、全部…。」
私は翔君に近づくと、家のカギを開けて中に入った。
落ち着いて話すなら家の中の方が良い。
私は翔君を中へ促すと、自分の荷物を置いて飲み物の準備に取りかかった。
外はもう冬の気温なので、体が冷えているはず。
温かい飲み物の方が良いと思い、ポットにお湯を沸かす。
翔君はいつも通りテーブルの前に座っていて、無言のままムスッとしている。
泣きそうになったり、怒ったり…翔君は見てて本当に飽きない。
私はお湯が沸くまでの間、とりあえず立ったまま話すことにした。
「私ね、吉田君がいなくなって、すごく悲しかった。それこそ世界が澱んで見えるぐらい…。
毎年、吉田君がいなくなった日に吉田君の家にも行ってるし、帰ってくるってずっと信じてる。それは今も変わらない。」
翔君は黙ったまま、私を見て耳を傾けてくれている。
私はそんな彼の目から視線を下に外すと、自分の中の変化を伝える。
「でも…私の中で…いつの間にか彼氏の吉田君は過去になってきてるんだ…。っていうのも、最近色んな人から吉田君の事を聞く機会があって…。自分がどれだけ吉田君に想われてたかってのが実感できたからなんだ。」
「実感…?」
「うん。前までの私は吉田君との約束に…吉田君との思い出にすがりついていて、本当の吉田君が見えてなかった。帰って来るって約束を破るはずないって思わなければ、立ってられなかったんだと思う。」
私はここで細く息を吸い込むと、自分の中にあった不安を口に出した。
「好かれてる自信がなかったから。」
「紗英っ!!それはない!!あいつは紗英の事…本当に好きだったよ!!」
翔君はテーブルを叩くと、私に向かって真剣な目で言った。
私は今まで聞いてきた話と翔君の言葉が同じで嬉しくなった。
「うん。それが…最近、実感できるようになって…。だから、やっと前に進めるようになったの。
思い出にしても…大丈夫になってきた。これって…私の中ではすごい変化なんだよ?」
「紗英…。」
ここで沸かしていたポットが鳴って、火を消してカップにお湯を注ぐ。
紅茶のパックを揺らしながら、私は翔君に背を向けたまま言った。
「吉田君を待つのはやめないよ。約束だから。でも…想い続けるのは…もういいかなって思って…。」
口に出すと急に胸が苦しくなってきた。
想い続けるのをやめる…
そんな事、今の私には絶対無理だった。
でも、誰かに宣言しないとまた昔の自分に戻りそうだった。
私はパックをカップから取り出すと、砂糖とミルクをお皿にのせてテーブルまで運ぶ。
翔君の前に紅茶を置くと、私は彼の前に座った。
「大丈夫。いつか吉田君以上に好きになれる人…見つけるから。」
翔君の瞳が震えていて、驚いているのが伝わってきた。
私はそんな翔君に明るく笑いかけた。
「以上っ!私の報告でした。さ、紅茶飲んで?」
私は話すことで少しスッキリした。
自分のカップに口をつけて飲みながら、翔君の様子を伺う。
翔君は何か考えこんでいるようで、テーブルを見つめて動かない。
重かった…かな…?
私は吉田君がいなくなってから、翔君の前で吉田君の話をするのは初めてだった。
何となく吉田君のことを知ってる人に、吉田君の事を話すのを避けてたためだ。
以前は過去形で話すのが、すごく嫌だったから…
翔君は急に視線を上げて、私を見ると熱い紅茶を一気に飲み干した。
私は火傷しなかっただろうかと心配になる。
「紗英!俺も信じて待つよ。竜聖のこと。あいつは…紗英のこと置いて…ずっと姿を眩ますはずない。いつか必ず、俺たちの前に帰ってくるはずだ。」
翔君はカップの取っ手を握りしめて、まっすぐに言い放った。
「だから、一緒に待ってよう。竜聖のことを。ずっと。」
一緒に待とう…
その言葉が胸に響いた。
一人じゃ弱くても…一緒にいれば強くなれる…
私は山本君の言葉も思い返して、目頭が熱くなってきた。
私はなんていい友達に囲まれてるんだろう…
山本君も…翔君も…加地君も…板倉さんに美合さん…相楽さん…
皆、私のことを励ましてくれる。
みんな…吉田君のことを信じてる…
それが…すごく嬉しかった。
私は涙が出そうになるのを堪えると、翔君にお礼を告げた。
「ありがとう…。嬉しいよ。やっぱり持つべきものは友達だね。」
「んぁ…?…あぁ…うん。そうだな。」
私が笑いかけると、翔君は複雑そうな顔をしていたけど、すぐ笑顔になって私は安心した。
吉田君はいつ帰って来るのか…分からないけど…
私には支えてくれる友達がたくさんいる…。
それってすごく幸せなことだ…
私はそのことに気づけて、胸が温かくなるのを感じていた。
紗英が大きく前進しました。
そして、ここから翔平も少しずつ変わっていきます。




