3-21圭祐
「天国から地獄に突き落とされた気分だ…」
俺は大学で圭祐を捕まえて話を聞いてもらっていた。
圭祐は面倒くさそうな顔で椅子にもたれかかっている。
俺は食堂の机に突っ伏してため息をついた。
「ばっかじゃねぇの?お前。」
圭祐は俺を嘲笑うように見て、罵った。
「だぁって、境界線とか言って落ち込んでたと思ったら、いつの間にか友達になってんだよ。
意味分からねぇ。」
「そんないつまでもお前にだけの紗英ちゃんなわけねぇだろ?新しい出会いもあれば、そりゃ友達にもなったりするさ!ましてや、中学の同級生なら尚更な。」
確かに…
前までの紗英は人にバリアがあった気がしたから、安心してたけど…
竜也相手だったら…そのバリアは緩くなるのかもしれない…
なんせ竜聖を一番近くで見てた奴だから…
今も竜聖を待ってる紗英にとったら、竜也は良い相談相手だろう。
俺は一番の友達というポジションまで奪われそうで、ムスッとした。
「まさか…好きになったりしねぇよなぁ…?」
「紗英ちゃんが山本君をか?…どーだろーなぁ…。」
「否定してくれよ!!」
俺は思わず立ち上がった。
紗英が竜也を好きになるなんて…竜聖が戻って来るよりショックだ…。
そうなったら俺はきっと立ち直れない。
「まぁまぁ、また吉岡さんに紗英ちゃんのこと聞いておいてやるよ。」
俺はここで今までずっと疑問に思ってきたことが気になりだして、何気なく圭祐に訊いてみた。
「お前さぁ、付き合ってるのに吉岡さん呼びなの何で?」
「え?」
「だって紗英のことは紗英ちゃん呼びなのに、吉岡さんの事は名字なんておかしいじゃねぇか。」
素朴な疑問だった。
付き合ってだいぶ経つのに、どう考えても距離感がおかしい。
大体いつの間にそういう関係になっていたのかも聞いていなかった。
圭祐は気まずそうに目を泳がせると観念したように言った。
「…その…俺たち…偽のカップルっていうか…」
「はぁ?」
「その…付き合ったきっかけっていうのも…お前たちに嫉妬させたかっただけなんだよ。」
お前…たち?意味がわからない。
「俺が紗英ちゃんのことを好きだったってのはお前…知ってる訳だから、正直に話すけど…」
「うん。」
「俺、大学に入ってからもずっと紗英ちゃんの事好きだったんだよ。」
「はぁ!?」
圭祐の奴はとっくの昔に諦めたと思っていた。
高校のとき自分から宣言していた。
なのに今更なんなんだ!?
「実は吉岡さんに俺の気持ちがバレてたんだ。それで、吉岡さんも俺と同じように隠してきた気持ちを抱えてることを知って……その……付き合う事にした…。だから…お互い好きだから付き合ってるわけじゃねぇんだよ。」
「意味分かんねぇ…好きじゃないのに、何で付き合ってんだよ…。」
吉岡さんの隠してきた気持ちってのが分からないが、俺は圭祐のしたいことが見えてこない。
「だから…最初に言ったけど…お前らに嫉妬させたかったんだよ…。付き合ってるって聞いて…少しでも気持ちが動くか…賭けたんだ。」
「お前らって…誰のことだよ?」
「だから…お前と…紗英ちゃん。」
うん?俺と紗英?
圭祐は紗英が好き…ってことは吉岡さんが隠していた気持ちってのは…
そこまで考えて気づいた。
俺は圭祐を見つめて固まった。
圭祐は少し悲しそうに笑っていた。
「分かっただろ…吉岡さんはお前が好きなんだよ。」
「ちょっ…!!えっ!?何で…俺!?」
俺は彼女との接点が見つからない。
話したことがあるのだってほんの少しな気がする。
好きになられる理由が見つからなくて頭の中がパニックだった。
「高校のときからだって言ってた。気持ちが届くことはないのは分かってるって…
だから、最後に賭けに付き合ってほしいって言われたんだ。」
「…そっんな…。」
俺は気づいてあげられなかったことに胸が苦しかった。
また、彼女の気持ちを知っても少しも動かない心に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
紗英の友達である彼女をそんな風に陰で傷つけていたなんて…俺は大馬鹿野郎だ。
「最初は紗英ちゃんの気持ちが少しでも動いてくれるならって気持ちだった。
でも、吉岡さんと付き合ってさ…」
俺は不自然に言葉を切った圭祐の顔を見て、圭祐の気持ちが分かった。
「…まさか…吉岡さんの事…本当に好きになったとか…?」
圭祐は少し頬を染めて俯くと頷いた。
その照れっぷりにこっちが恥ずかしくなってきた。
俺は圭祐が本当に好きな子ができたことに素直に嬉しかった。
「じゃあ、何の問題もねぇじゃん?気持ち伝えて本当に付き合っちまえばいいんだよ。」
「ばっ!!そんなこと言えるわけねぇだろ!?
聞いてなかったのか!?吉岡さんはお前が好きなんだよ!!」
「俺は吉岡さんに気持ち聞いたわけでもねぇし、お前から聞いたってことも聞かなかったことにする!!
だから、何の問題もねぇ!当たって砕けて来いよ!!」
「砕けるって…」
圭祐は少し気持ちが前向きになったのか、喉を鳴らして笑い出した。
俺は机に肘をついて、圭祐に近づくと言った。
「大学生活も残り少ないんだ。今言わなきゃ後悔するぞ?」
圭祐は笑いを止めると、ふうと息を吐き出して「だな。」と言った。
俺は圭祐が上手くいくように心の中で応援した。
頑張れ…圭祐
***
圭祐と食堂で話した午後―――――
俺は講義を終えて家に帰ろうかと思って、ケータイで時間を確認していたら
目の前に圭祐と吉岡さんが話しているのが見えた。
俺は昼に話した事が気になっていたので、物陰に隠れると二人の様子を見守った。
あの雰囲気…どう見ても告白だよな…
圭祐は顔を真っ赤にして何か言っているし、対する吉岡さんも少し頬が赤い。
話している内容が気になって、俺は近づきたい衝動にかられたが、これ以上近寄ると身を隠す所がないので見つかる可能性が高い。
二人を見てウズウズしていると、手に持っていたケータイが急に鳴り出した。
俺は慌てて画面を開けて誰か確認すると、電話に出た。
「紗英!?何!?」
『びっくりしたー…、急に大声で電話に出ないでよ。』
俺は二人に目が釘付けになったまま、期待を表すかのように声が大きくなっていることに気づいて身を縮めた。
「今、圭祐の勝負所なんだ。」
『勝負所?…何それ?』
紗英が呆れたように言ったとき、二人が抱き合うのが目に入ってきた。
「――――っし!!上手くいったっぽい!!」
嬉しすぎて思わず紗英に実況する。
っしゃ!!良かったな!!圭祐!
俺は圭祐の頑張りに賛辞を贈った。
ここで、紗英のことをほったらかしになっている事に気づいて、慌てて電話に意識を戻して謝る。
「あ、わり!紗英!で、用件何だった?」
『私、吉田君のこと過去にし始めているみたいで、前に進もうと思って。さっきまでそれが分かって嬉しかったんだけど、なんか気分下がった。それだけだから。またね。』
「えぇっ!?さっ…紗英!?」
紗英は怒っているのか、一気に早口で捲し立てると電話を切ってしまった。
俺は紗英から出た竜聖の話に驚きすぎて、反応が遅れてしまった。
紗英が竜聖の名前を出すなんて、いったいいつ以来だろうか?
過去にし始めてるって言ってたよな?
前に進むって何だ!?
俺は紗英の中で何か変化があるのだけは分かったが、それをどうして俺に伝えようとしてくれたのかが分からなくて、紗英に電話をかけ直した。
紗英の中で竜聖の事が整理できて、俺のことを少しでも見てくれてるのだとしたら…
俺は今が大事なチャンスだということだけは感じ取ることができた。
しかし紗英は電話に出てくれない。
相当怒らせてしまったようだ。
俺はさっきまでの自分の行いを後悔した。
圭祐の恋愛事情より、まず俺だろ!!
俺は繋がらない電話を切ると、上手くいった二人を横目に走り出す。
今、紗英の話をきかないといけないと俺の直感がそう告げていた。
今回はサイドストーリーでした。
圭祐、美優も目立ちませんが好きなカップルです。




