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勘違い系○○  作者: 流音
第三章:大学生
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3-20前を向く


山本君に胸の中にあったわだかまりを打ち明けてから、

私は自分の気持ちに変化が現れているのに気付いた。


今までは毎日のように吉田君の事を思い出して、気持ちが落ち込んでいたのだが、思い出す回数が減ったためか気持ちが軽い。

また、前まではあんなに他人に頼るのが嫌だったはずなのに、今はそんな嫌悪感もない。

山本君に言われた『弱くてもいい』という言葉が、私の心に残って支えてくれている感じだ。

あの日、勇気を出して電話をしてみて本当に良かった。


山本君なら冷静な目で私の不安を打ち消してくれるんじゃないかと期待してした事だったのだが、その通りで山本君には感謝してもしきれない。

中学のときから思ってたけど、山本君は落ち着いた影のリーダータイプだ。

吉田君をリーダーとするならの話だけど。

翔君は場を盛り上げる役って感じだし…リーダーってタイプじゃないもんね…


そんな風に三人の関係を分析して笑えることが、自分にとってはすごい進歩だと言える。


私はニコニコと顔が緩みっぱなしで大学の構内を歩いていると、前に美優ちゃんが歩いているのを見つけて声をかけた。


「美優ちゃん!」

「あ、紗英ちゃん。」


振り返った美優ちゃんは少し元気がないようだった。


「どうしたの?何か元気ないみたいだけど…。」

「え…。ううん。何でもないの。」


私が尋ねても美優ちゃんは気持ちを押し隠すように笑う。

私はそんな強がりが目に見えていて歯痒い。

何とか打ち明けて欲しい気持ちで、私が言われて嬉しかった事を言ってみることにした。


「美優ちゃん。人は一人だと弱いけど、こうして一緒にいると強くなれるんだよ。

友達ってそういう事でしょ?何かあるなら、話してほしいな。」


美優ちゃんは私の顔をじっと見つめると何度も目を瞬かせた。

黙って見つめられると恥ずかしくなってくる。

もしかして…痛いセリフ言っちゃった?

私は自分が言われて嬉しかったからとはいえ、人にどや顔で話すべきじゃなかったかもと後悔した。

すると、美優ちゃんは急に笑いだして、顔を綻ばせた。


「あははっ…まさか、紗英ちゃんにそんな言葉を言われるとは思わなかったよ。

いっつも周りに心配ばっかりかけてるのに、珍しいよね。」


私…そんなに周りに心配かけてるのだろうか…?

自分では気づいていなかっただけに、何だか申し訳なくなってくる。

美優ちゃんは笑いを収めると、視線を前に戻して言った。


「私の悩みなんて…ほんと…何でもないような事なんだ。だから、紗英ちゃんは気にしないで?」

「…そんなこと言われても…気になるよ…。」


隠し事をされているようで、何だか悲しい。

美優ちゃんは私の背をポンと叩くと、私の顔を覗き込むように見た。


「私は紗英ちゃんの事の方が気になるよ。山本君とはどういう関係なの?」

「山本君?ただの友達だよ。」

「ふーん…じゃあ、本郷君は?」

「翔君こそ、ただの友達代表だよ?まぁ、過去には色々あったけどさ。」

「それ本心?」


美優ちゃんは何を確かめたいのだろうか?

二人は友達だ。

それ以上でも以下でもない。

私だって恋ぐらいしたことがあるんだから、見分けはつく。


「本心だよ。友達からランクアップすることはない…と思う。」

「…と思うなんだ。じゃあさ、新しく恋する気はないの?」


恋?

恋と言われても…、しようと思ってもできない代物のような気がするんだけど…


「恋って…しようと思ってするものなのかな?」

「え?」

「なんか…こう…いつの間にかしてる感じじゃない?恋しようって意気込むんじゃなくってさ…。」


私は上手く説明できない。

でも私の中に恋っていうものがあるとすれば、それは吉田君だ。

話してる内にいつの間にか好きになってた。

一緒にいたいな…とか、もっと話したいなって思う相手がいることが恋なんじゃないだろうか?


「恋って…気づかない内にしてるものだと思う。

だから、今はそういう相手がいないだけだと思うんだけど…それじゃあ、ダメ?」


美優ちゃんは私の答えに驚いているようで、目を見開いている。

伝わりにくかったかな…?


「気づかない内にしてる…か…。」

「美優ちゃん?」


何か思う所があるのか、美優ちゃんは考え込んでいるようだった。

立ち止まってじっと地面を見つめている。

私はそんな様子を見ているしかできない。

なんとなくだけど、美優ちゃんが自分で答えを出そうとしているように見えたからだ。

すると美優ちゃんは顔を上げて私を見ると、何かが吹っ切れたように笑った。


「紗英ちゃんのおかげで、分かったかも。ちょっと、行ってくるね。」

「美優ちゃん?どこに行くの!?」


走り出した美優ちゃんに慌てて声をかける。

美優ちゃんは止まらずに少し振り返ると「圭祐君のところっ!!」と言って、走り去ってしまった。

な…なんだったんだろう…?

結局、美優ちゃんの悩みが何かも分からなかったし、質問の意図も分からなかったけど

美優ちゃんが何かに吹っ切れたようだったので、良しとすることにした。





***





美優ちゃんと別れてから、私は大学の図書館に来ていた。

卒論に取り組むためだ。

仕上がりまであと少しなのだが、中々上手くまとめられなくて苦戦中だった。

だんだん煮詰まってきて、手を止めると大きく伸びをした。


そしてふと、この空気感に覚えがあるな…と辺りを見回した。


そうだ…確か一回だけ、吉田君と図書館で勉強したことがあったんだっけ…


私は意外と気楽に思い出せたことが、不思議だった。

今までだったら思い出す度に顔をしかめて、辛い気持ちが蘇っていた。

でも、今はそれほどでもない…

少しずつ過去にしていけているという事なのだろうか?


今なら吉田君に会ったとしても、笑ってお帰りって言える気がする。


自分が少し大人になったようで、嬉しくなった。


この気持ちの変化を誰かに話したくなって、私は机の上に広がっていた荷物をまとめて立ちあがった。

図書館を後にすると、翔君に電話をかけた。

翔君はケータイを見ていたのか、呼び出してすぐ繋がった。


『紗英!?何!?』

「びっくりしたー…、急に大声で電話に出ないでよ。」


翔君は焦ってるのか、口調が荒かった。


『今、圭祐の勝負所なんだ。』

「勝負所?…何それ?」

『――――っし!!上手くいったっぽい!!』


電話の向こうの翔君が喜んでいるのが伝わってくる。

圭祐君の勝負所ってなんなんだ?

説明してくれない翔君にうんざりしてきた。


『あ、わり!紗英!で、用件何だった?』


何だか翔君に話す気が失せたので、適当に説明して電話を切ることに決める。


「私、吉田君のこと過去にし始めているみたいで、前に進もうと思って。さっきまでそれが分かって嬉しかったんだけど、なんか気分下がった。それだけだから。またね。」

『えぇっ!?さっ…紗英!?』


驚いている翔君を無視して電話を切る。

この気持ちを共有したくて電話したのに、翔君のバカ。

私はこのムカムカを分かち合えるだろう人にも電話することにした。

山本君のアドレスを開いて電話をかける。

しかし繋がらなくて無情なツーツーという音が鳴り響いた。

話し中かな…?

私は電話を切って、腕時計で時間を確認すると三時過ぎだと分かり、少し悩んだ。

まだ時間も早いし…家か大学に行ってみようかな…

私はこの間山本君と仲直りした場所を思い出して、行ってみることに決めた。


そのとき翔君から電話がかかってきたが、今は話してもケンカになりそうだったので無視することに決めて駅へ向かって歩き出した。





***





私は山本君の家の最寄り駅である駅に降り立つと、慣れない駅に辺りを見回した。

以前来たときと同じように大学生がたくさん歩いている。

私はとりあえず前来たときと同じように通った道を歩き出す。

山本君と会ったオシャレなカフェを覗いて、いないのを確認するとふうと息を吐いた。

大学か家か考えて、とりあえず家に向かうことにした。

家にいなければ大学のはずだ。


しばらくうろ覚えの道を確認しながら歩いていると、目の前から運の良いことに山本君が歩いてきた。

どうやらお友達と一緒のようで、山本君を挟むように男の子が二人並んでいた。

山本君が口を大きく開けて笑っていて、そんな顔は初めて見ることに気づいた。

男友達と一緒だったらあんな顔するんだ。

私は彼の子供のような表情に少し胸が温かくなった。

すると、山本君が私に気づいたのか驚いて立ち止まった。


「沼田さん!?」

「あ、見つかった。」


もう少し談笑する山本君を見ていたかったが、気づかれてしまっては仕方がない。

私は彼に駆け寄ると、お友達に小さく会釈した。


「なっ…何?会いにくるとか初めてじゃない?」

「だって電話繋がらなかったから…。」

「あぁ…。悪い。今、かかってくる電話多くてさ。」


山本君はケータイが入っているのかズボンのポケットを手で押さえている。

今も着信があったのか震えているようだった。

私はそれに出ない山本君が不思議だった。


「で、会いに来るほどの用って何?」


「え…えっと…。」


私は山本君のお友達を気にして、戸惑った。

あまり他人に聞かれたくはない…。

山本君は気づいてくれたのか、お友達に先に行っててと言って私と二人になれるようにしてくれた。

私はお友達の背中を見送って、安心すると山本君に向かって宣言した。


「あのね、私…初めて吉田君を過去にすることができたんだ。だから、これからは少しずつ前に進むって言っておきたくて。」

「……ふぅん…。そっか、良かったな。でも、何でわざわざ俺に言いに来たんだよ?」


何で…?

そういえばそうだ…。

私が前に進もうと進まないでいようと山本君には関係ない。

というか…翔君にだって関係ない。

自分の気持ちの変化が嬉しくて、深く考えなかったが…ふと伝えたいなと思ったのが二人の顔だった。


「え…えっと、心配かけたからかな?…山本君には色々話も聞いてもらってたし…

もう、吉田君のことで気を遣ってほしくなくってさ…そういうこと。」


とりあえず理由を口に出してみた。

一応これも本心だ。

二人には色々気を遣わせたと思う。


「まぁ…いいけどさ。じゃあ、これからは竜聖を忘れて新しく恋するわけだ?」

「そ…そうなるのかな…?」

「そうなるのかなって…本当に竜聖の事忘れるなんてできるわけ?」


忘れるなんて…できるとは思えない…

だって吉田君はずっと特別だ。

吉田君以上の人なんて…きっと見つからない…

今はそう思う。


「努力はするよ…。」

「ははっ!!努力ね。じゃあ、今後の様子を見させてもらう事にするよ。」


山本君は嬉しそうに笑うと、私の顔をじっと見つめた。

急に見つめられてドキッと心臓が跳ねた。

山本君の目がいつもと違う気がして、なんとなく緊張する。


山本君は何も考えてないように口の端を持ち上げて微笑むと、お友達の後を追いかけるように歩き出した。

私は一歩遅れて追いかけると、自分の中に生まれた違和感に見ないふりをするように前を向いた。




紗英の気持ちが大きく前進しました。

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