37 謝罪
そのときイーファがオルヘルスとエーリクの間に割って入る。
「いい加減にしてください。あなたがたはなぜそうも人の話を聞くことができないんだ」
「イーファ、貴様誰に向かって口を利いている」
ふたりがそう言い争いをし始めた瞬間、楽団が両陛下の到着を告げる曲を奏でた。
その場にいる者たちが全員ホール入口正面にある扉に集中すると、膝を折って出迎える。ゆっくりと扉が開かれ両陛下とそれに続いてグランツも姿を現す。
両陛下は用意されている玉座に腰かけ、グランツのみそのまま進みホールの中央に゙立つと周囲を見渡した。
「今日は私のために集まってもらってありがとう。周知のとおり私は婚約が決まった。その相手を今日この場で報告しその喜びをみんなと分かち合いたい。それともうひとつ素晴らしい報告があるから楽しみにしていてほしい。では、まず私の婚約者を紹介しよう」
そう話すと、グランツはオルヘルスを真っ直ぐに見つめこちらに向かって歩き始めた。その瞬間、アリネアはグランツを見つめうっとりとした顔をした。
「やっぱり、グランツ様は私を選んでくださるのね」
そう呟くとこちらへ振り返り、オルヘルスを憐憫の眼差しで見つめる。
「オルヘルス、わかったかしら。結局あなたは私に勝つことはできないのよ」
そう言って、なにを思ったのかそのままグランツの方へ駆け寄った。
「グランツ様〜!!」
その瞬間、目にも止まらぬ早さでレクスがアリネアを羽交い締めにした。
「殿下に害をなす不届き者め!!」
「な、なんですの? この老いぼれ! 無礼ね。放しなさい!!」
アリネアはそう言って振りほどこうと暴れるが、レクスはピクリともしない。そうして揉めているふたりの目の前をグランツは涼しい顔でとおり過ぎると、オルヘルスの前に立ち微笑み手を差し伸べる。
「オルヘルス・リートフェルト男爵令嬢、私と共に来てくれるね?」
オルヘルスは微笑み返すと、その手を取った。
「もちろんですわ、グランツ様」
そうしてふたりはホールの中央へ進み出ると、グランツはオルヘルスの腰に手を回し抱き寄せ周囲を見渡す。
「紹介しよう、私の婚約者であるオルヘルス・リートフェルト男爵令嬢だ」
グランツがそう言った瞬間に、周囲から歓声が上がりお祝いムードに包まれた。アリネアはその中にあっても、まだ納得がいかない様子で抵抗していた。
それに気づいたグランツはレクスに命令する。
「いい、放してやれ。なにか問題があるならこの場ではっきりさせたい」
アリネアは嬉しそうに叫ぶ。
「ありがとうございます。流石グランツ殿下ですわ。ちゃんとわかってくれましたのね」
そう言ってグランツたちの前に歩みでた。そんなアリネアにグランツは訊く。
「お前はなにか言いたいようだな」
「はい、グランツ様ならわかってくださると思います。オリを選ぶなんて間違ってますわ」
「なぜそう思う?」
「だって、オリを見ていればわかりますでしょう? ちゃんとした礼儀がなっていませんもの」
オルヘルスはアリネアがまだそんなことを言っているのかと呆れながら、どう言えばアリネアが自分の間違いを認めるのかと頭を悩ませた。
思わずため息をついてグランツの顔を見上げると、グランツはオルヘルスに向かって安心させるように微笑んだ。
そして、レクスに目配せをすると一人の女性が連れてこられた。その女性にグランツはにこやかに話しかける。
「ニコール、久しぶりだな」
「殿下、ご活躍はかねがね。それに、オルヘルスあなたも元気そうね」
オルヘルスは驚いてニコールとグランツの顔を交互に見つめると我に返って言った。
「ニコール先生、お久しぶりです。ところで、グランツ様とお知り合いですの?」
ニコールはオルヘルスに微笑み返す。
「そうです。私はエリ女王陛下の命令で殿下とオルヘルス、あなたがたを指導していたんですから。ふたりとも、私の人生の中でも一番優秀な生徒たちでしたよ?」
すると周囲の貴族たちがヒソヒソと話し始める。
「ニコール様ってあの、エリ女王陛下のお姉様ですわよね? レディの称号を持ってらっしゃる」
「隣国に嫁いだと聞いていたが……」
グランツはそんな周囲の貴族を黙らせるように大きな声で言った。
「紹介しよう。私の伯母でもあり私とオリのマナー講師であるレディ・ニコールだ」
ニコールは一歩前に出ると恭しくお辞儀をした。
「本日は殿下の婚約のお祝いにこちらに伺いました。まさかこんな茶番を見ることになるとは思っておりませんでしたが」
そう言ってグランツの方へ向き直り苦笑する。それを受けてグランツも苦笑しながら答える。
「ニコール、わざわざ来てくれたのにこんなことで本当にすまないんだが、一つ聞きたいことがある。そこの令嬢がオリの礼儀がなっていないと言うんだが」
すると、ニコールは扇子で口元を隠しクスクスと楽しそうに笑うと言った。
「まぁ、そこの礼儀知らずな令嬢がそんなことを? それが本当なら、とんでもないことですわ」
そう言うと続けてアリネアに問いかける。
「オルヘルスにマナーを教えたのはこの私です。私のことも否定なさるということですわね?」
アリネアは慌てて叫ぶ。
「ち、違いますわ! 私そんなこと……」
それに対してニコールはピシャリと言い返す。
「言い訳をするのはおやめなさい、見苦しい。どう違うというのです? 自分の言ったことに責任を持ちなさい。それにしてもあなたのような令嬢が堂々と社交界デビューしているなんて、なんて嘆かわしいことかしら」
そんなふたりを見ながら、オルヘルスはニコールがエリ女王の姉だと知らなかったので内心とても驚いていた。
だが流石姉妹、エリ女王が怒ったときとニコールの物言いが似ている。そう思いながら玉座に座っているエリ女王に視線を移すと、エリ女王は必死に笑いをこらえていた。
ニコールは攻撃の手を緩めない。
「私を否定するということは、私が指導した殿下をも否定するということ。あなたの考えはそうということでよろしいかしら?」
そう問われたアリネアは、しどろもどろになりながら答える。
「そ、そんな、そういうことではなくて……。そんなこと思ったこともないですし、違くて私はオリの礼儀がなってないと……」
ニコールは大きくため息をつく。
「あなた、頭の血の巡りが悪いのね。何度言えば理解するのかしら。それとも事実を認めたくないだけ? なんにせよ、殿下に楯突くつもりがないのならこの場で今すぐに自身の発言を撤回し、オルヘルスに謝る必要があるわねぇ」
その様子を見ていた周囲の貴族たちが、アリネアに対し嘲笑を向けると、アリネアはドレスをギュッとつかみオルヘルスを睨み付け歯ぎしりし、絞り出すように言った。
「オリの、オルヘルスの礼儀は完璧です……。私が間違っていました。すみません」
「なんですかその言い方は。しっかりなさい。『すみません』ではありません。やり直し!」
「も、申し訳ありませんでした」
アリネアは慌ててそう言い直すと、頭を深々とさげた。ニコールはため息をついて言った。
「まだまだ改善の余地がありますけれど、今のあなたにしたらそれが精一杯なのでしょう。これぐらいで我慢します。殿下、よろしいかしら?」
グランツは少し不満そうにしていたが、あきらめた顔でうなずく。
「そうだな、とりあえず今の発言に対しての謝罪はそれで我慢するとしよう。アリネアにはそれが精一杯なのだから仕方ない」
それを聞いてニコールは満足そうにうなずくと、グランツに一礼してうしろへ下がった。
グランツはあらためてアリネアに向かって言った。
「社交界で今、お前がどのように言われているか知っているか? 礼儀知らずで恥知らず、ところかまわず意味の通じないことを叫び、駄々をこね、挙げ句に男性と見れば誰彼かまわず媚を売ると有名だ。それについてはどう思っている?」
「そ、そんな、出鱈目ですわ」
「いや、お前がエーリクをオリから奪い取ったのがいい証拠だと思わないか?」
そう問い詰められ、アリネアは悔しそうな顔をしたが突然ニヤリと笑うと、オルヘルスのドレスを指さした。
「でも、そのドレスを見てくださるかしら? こんなドレス見たことありませんわ。ちゃんと正装できないなんて、問題だと思いますの。それに比べて私のドレス、これはファニーの最新のデザインですのよ?」
そこでファニーが声をあげた。
「やーめーてーよー! それにアリネアとかいう令嬢の着ているデザインさぁ、僕が持ち運んでる間に誰かに盗まれたやつなんだよねぇ」
そう言ってアリネアの前まで行くと、アリネアのドレスの袖のレースを少しつまんで見つめる。
「それに~、僕のところのお針子はこんな雑な仕事はしないもん。せっかくのデザインがこれじゃあ台無しだよぉ。あ〜あ、このデザインはもう用済みだね。ケチが付いちゃったし~、あげる~。そのかわりさぁ、僕がデザインしたなんて言わないでね!」
そして、オルヘルスに向き直ると続ける。
「それに比べて、見てよ! オルヘルスのこのドレス! これからのドレスは、体の柔らかいラインを美しく見せる、着心地も見た目もいいエンパイアスタイルが流行! コルセットやパニエなんてもういにしえの産物だよ!」
その言葉に周囲の者たちはどよめき、オルヘルスのドレスに注目し感嘆の声を漏らす。オルヘルスは少し恥ずかしくなりうつむいた。
するとアリネアは不機嫌そうな顔をする。
「なっ! なんて失礼なデザイナーなの!!」
だが、アリネアのその声は、周囲の貴族たちの声にかき消された。すると、アリネアは我慢ならないとばかりにグランツに走りより大声で叫ぶ。
「ちょっと待ってください。本当にグランツ殿下はオリと婚約するというのですか?! それに、私がオルヘルスよりも劣っていると? ではなぜエメラルドピアリアドで私 のリボンを?」
グランツは不愉快そうに答える。
「このリボンがお前のリボンだと?」
アリネアは大きく首を縦に振る。
そう言われて、オルヘルスは自分が作ったリボンがアリネアのものと形が少し似ていることに気づいた。
アリネアのことなので、ただ否定するだけではそれを受け入れないと思ったオルヘルスは、ハンカチと同じ刺繍を入れたことを思い出しグランツに耳打ちした。
この日もお互いにタイとリボンを装着していたので、ふたりはオルヘルスの手作りのハンカチを取り出し刺繍を見せた。
そしてグランツが説明する。
「君のリボンなど着けていない。このリボンはあらためてオリに作ってもらったものだ。見てみろ、このハンカチとリボンには揃いの刺繍が入っている」
そう言ってグランツがアリネアの眼の前にハンカチを突きつけると、アリネアはハンカチとリボンを交互に見比べ悔しそうな顔をした。
その様子を見て、オルヘルスはハンカチとリボンの刺繍を揃いにしておいてよかったと胸を撫で下ろした。
だがなぜアリネアが自身のリボンをグランツが持っていると思ったのか不思議に思っていると、グランツがなにかに気づいたように言った。
誤字脱字報告ありがとうございます。
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※この作品フィクションであり、架空の世界のお話です。実在の人物や団体などとは関係ありません。また、階級などの詳細な点について、実際の歴史とは異なることがありますのでご了承下さい。
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