15 一緒にいたい
「は? オリ。あなた自分がなにを言ったかわかってますの? そんな態度をとって将来的に私が殿下の愛人になったとき、後悔するわよ?」
「そうだぞオルヘルス。そうして殿下に捨てられたとき、今度は私がお前を愛人にしてやってもいい。なんだかんだ言って、お前だってまだ私に未練があるんだろう?」
オルヘルスはムッとして答える。
「アリネア様、殿下はそんなかたではありませんわ! それに、エーリク様。はっきり言っておきますけれど、私エーリク様に未練なんてありませんの。前にも言いましたけれど、私たちの婚約は政略的なものでしたでしょう? どうしたらそんなふうに考えられますの?! アリネア様もエーリク様もどうかしてますわ!」
するとアリネアが一歩前に出て、手を振り上げて言った。
「わかる? 生意気なことを言うからこうなるの」
そう言って、その手を振り下ろそうとした瞬間だった。アリネアは間一髪のところでやって来たオルヘルスの護衛に取り押さえられる。
「あなたたち、離して! 違いますの、誤解ですわ!」
アリネアはそう叫ぶと、身動ぎした。
そこへグランツが押っ取り刀でやって来ると、オルヘルスを抱きしめる。
「オリ、怖い思いをさせてすまない!」
オルヘルスは恐怖で固まり、少し手を震わせていたがそれでも笑顔を作ると言った。
「大丈夫ですわ」
グランツはオルヘルスが固く握りしめているハンカチとポーチをその手から抜き取ると、さらに強く抱きしめオルヘルスの背中を優しくなでる。
「強がらなくていい、もう大丈夫だ。よく戦ったね、頑張った」
オルヘルスにそう言うと、振り返りエーリクを見つめた。エーリクは一瞬びくりと肩を震わせる。
「違う。オルヘルスとはたまたま鉢合わせて、少し世間話をしていたらアリネアとケンカし始めたんだ。二人は仲がいいから、よくケンカをする」
「そんな言い訳が通用するとでも? 遠くから会話は聞こえていたんだが?」
「ではなんと言えば? とにかく、私たちだけが悪いような言い方をされても困る」
そう言って不満そうにそっぽを向くエーリクに対し、グランツは怒りを露にした。
「こんな卑劣なことをして、後悔するなよ、エーリク」
それを聞いて、エーリクはグランツを見つめニヤリといやらしい笑みを浮かべる。
「私はホルト公爵家の跡取りだ。いくら王太子殿下と言えど、私をどうにかしようなんてできるはずがない」
それを聞いてグランツは鼻で笑った。
「さて、それはどうかな?」
二人はしばらく対峙すると、エーリクの方が先に視線を逸らした。
そして、アリネアに向き直るとオルヘルスの護衛に悪態をつき、アリネアの腕を引っ張って向こうへ去って行った。
グランツはあらためてオルヘルスの顔を見つめる。
「来るのが少し遅れてしまってすまない」
「いいえ、来てくださったではありませんか」
「いや、一人にしてしまったことを後悔している。今後はこんなことはないようにする。いいね?」
オルヘルスがうなずくと、グランツはオルヘルスの腰に手を回し馬車に向かって歩き始めた。
「殿下、もう戻られるのですか?」
「あんなことがあったあとでは、君も話をする気分ではないだろう?」
そこで思いきってオルヘルスは言った。
「あの、殿下。私今は一人になりたくありませんの。それに、まだ殿下と一緒にいたいですわ。できれば、その、少しだけお話相手をしてくださらないでしょうか」
すると、グランツは立ち止まりオルヘルスに優しく微笑んだ。
「わかった。甘えてくれて嬉しいよ」
それを聞いてオルヘルスは慌てる。
「申し訳ありません。我が儘を言いましたわ」
グランツも慌てて答えた。
「そんなことはない、君が本音を言ってくれて私も嬉しいんだ。そうか、『一緒にいたい』か」
そう言われ、オルヘルスは顔が赤くなるのを感じた。
「は、端ないことを言ってしまいました! は、恥ずかしぃ」
そう言って、顔を両手で覆った。すると、グランツは目を固く閉じ大きくゆっくりと息を吐くと呟く。
「今日は狩りに来たのに、私の方が狩られてしまっている」
「えっ? あ……。す、すみません。狩りに来ましたのにそれではつまらないですわよね」
「いや、そんなことはない。私も嬉しい。そうだな、王宮でゆっくりしてもいいが、それだと君が危険だ。ここから少し離れたところに見晴らしの良い丘がある。そこへ行こう」
オルヘルスは王宮が危険とは思えなかったが、外の空気を吸えば少しは気が晴れるような気がした。
「ありがとうございます」
「こちらこそ礼を言いたいぐらいだ。では行こう」
そうして馬車に乗り込むと、丘へ向かった。
その丘の周辺は丘陵になっており、他に遮るものがないせいか遠くまで見渡すことができた。
その素晴らしい景色を見ながら、澄んだ空気を胸一杯吸い込んでいると、そこに天蓋とテーブルと椅子がセッティングされていた。
「座って、ゆっくりお茶を楽しもう」
そう言ってグランツが椅子を引いてくれたので、そこへ腰かけるとお茶が運ばれてくる。
こんななにもない場所で温かいお茶が出てきたことにオルヘルスが驚いていると、グランツは微笑んだ。
「驚いたか? 今日は狩猟会のために全て準備してきている。これぐらいは容易いことだ」
「そうなんですのね、ならば存分に楽しませていただきますわ」
そう言ってお茶の香りを楽しむ。
そんなオルヘルスを見つめ、グランツは真剣な顔をするとオルヘルスに訊いた。
「ところで、こんな話はしたくもないだろうが、なぜアリネアは君にあれほど執着するんだ? 理由がわかるか?」
「わかりませんわ。私のお父様とコーニング伯爵の親交があって、ある日私の屋敷に連れられて遊びに来たことが始まりですの。それ以来ずっとですわ」
「ずっととは、出会った頃からあぁなのか?」
「はい。アリネア様は私より家柄もよろしいですのに、なぜかこう張り合ってくるというか……」
「ライバル視してきた、と?」
「そうですわね、そんな感じですの」
すると、グランツはしばらく考えてから言った。
「昔聞いたことがある噂なのだが、アリネアとイーファとの婚約の話が出ていたことを知っているか?」
「お兄様とですの?!」
「そうだ」
「いいえ、私はその話を初めて聞きましたわ。それにしても信じられませんわ、お兄様とアリネア様とでは家柄が釣り合いませんもの」
すると、グランツはふっと笑って言った。
「それは私たちもか?」
「あっ、いえそういうわけでは……」
「冗談だ。意地の悪いことを言ってしまったな、忘れてくれ」
そう言ってオルヘルスの手を優しく握ると微笑み、話を続ける。
「それに、家柄は関係ない。リートフェルト家はここ数百年、誰も新たに叙爵することがなかったのに、爵位を授かった家だ。それがどれだけ凄いことか、わかるだろう?」
確かに言われてみればそうである。貴族たちは気位が高く、自分たちの血族のみを特別な存在とするため、これ以上貴族が増えることは望まないし、排他的なところもある。
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