8. 命令違反
■ 13.8.1
「敵艦隊先頭まで距離108M、接触まで900秒。敵艦隊針路変わらず。友軍第一波ミサイル着弾まで45秒。」
シヴァンシカの声を聞いて、達也は左側の視野の隅に最小化されアイコン表示になっている戦術マップに視線を向ける。
2秒ほどアイコンを注視していると、視線を判定したHMDが戦術マップウインドウを左眼の視野に展開する。
赤色のマーカで示されている敵艦隊とその予測光路の赤い線、青色のマーカで示されている味方部隊とその予定航路である青色の線、そして緑色の自分達9265TFSのマーカから伸びる黄色の予定航路が表示される。
1億kmも彼方の敵艦隊はまだ距離がありすぎ、全体がひとつのマーカで表示されているだけでその内訳や各艦艇の位置関係までは分からない。
「シヴァンシカ、敵艦隊の配置を表示してくれ。3D。5000m級を中心。」
敵艦隊のど真ん中を突っ切るにしても、どこをどの様に突っ切るかによって戦果も変われば、当然こちらが受ける損害も変わってくる。
敵艦隊との接触までまだ15分近くある。
突入コースを検討する時間は充分にあった。
「5000m級は艦隊中央部前よりの所に固まってるわね。八隻いた5000m級のうち一隻はさっきの624IESの突撃で四発のミサイルを受けて大破。彼女、やるわね。でもこれで、デスサイズが5000m級のシールドを本当に抜けることが証明されたわね。」
ミサイル放出のタイミングは、人間に制御できるレベルではないのでAI任せとなる。
しかし、敵艦隊のどこに飛び込み、どの艦を目標にするかなど、人間のパイロットが判断してAIに指示できる事柄は多い。
熟練のパイロット、或いは艦長や戦隊司令官などが発する的確な指示は戦果を大きく左右する。
さらに言うなら、その様な的確な指示の元学習したAIは正しく適切なタイミングでミサイルをリリースし、僚艦や僚機のAIと連携を取りながら適切な目標設定が出来る能力を伸ばしている。
適切な指示が出来る指揮官と、その様な人間の下で経験を積んだAIとのペアは大きく戦果を左右するという正に典型例であった。
達也のHMD視野全体が3D表示の敵艦隊に切り替わる。
敵艦との接触までまだ時間があるので、視野を全てマップ表示に占領されても問題は無い。
飛んでくるミサイルを躱す程度のことはシヴァンシカが自動でやってのける。
BBB01から07の番号を振られた七隻の5000m級戦艦は、数十万kmにも長く繭状の塊を作っている敵艦隊の前方1/3あたりに固まって配置されているようだった。
その回りをBBという識別記号を振られた3000m級戦艦が囲むように存在している。
敵艦隊との距離はまだ1億km近くあるのでレーザーによる砲撃戦は発生していない為、敵艦はランダム機動を行っていない。
とは言え、この後達也達9265TFSが突入するまでの間に何度かのミサイルの襲撃があるので、細かな敵艦の位置関係は変わる可能性があるが、それを見越した上で敵艦隊のどの辺りに向かって突撃するのかを考える必要があった。
達也は右手の操縦桿上に取り付けてある小さな円形スティックと、左手のスロットル上にあるダイヤルとボタンを使いながら、角度を変えて敵艦隊の配置を確認する。
流石と言うべきか、5000m級戦艦はその回りを3000m級戦艦がエスコートするように配置されており、さらにその外側に2000m級の巡洋艦が多数取り囲んでいた。
安直に敵艦隊の中心部にまっすぐ突入すれば、周囲から嵐のような集中砲火を受けて一瞬で撃破されてしまうであろう事は想像に難くなかった。
とは言え相対速度が0.4光速にもなる対向戦では敵艦隊の中を通り抜けるのは僅か一瞬のことであり、それほど複雑な動きが出来るわけもなく、採れる突撃航路の選択肢はさほど多いものではない。
「狙うなら、やはり大物だな。」
二重の構造を持つ巨大な繭玉のような敵戦艦の配置を見ながら、半ば独り言のように呟いた。
「絶対そう言うと思った。こんなコースはどう?」
シヴァンシカの声と同時に、達也が見ている3D画像に一本の黄色い線が引かれる。
その黄色い線は敵艦隊の手前で緩く曲がりながら、画像の斜め上から3000m級戦艦の集団の中、5000m級戦艦の集団の前方を横切って、敵艦隊の反対側に抜けている。
その線に沿って緑色のマーカがアニメーションで動き、マーカが3000m級戦艦の集団に触れる少し前で、ミサイル群の広がりを示す淡い青色の半透明な円錐形が現れた。
時間の経過と共に青色の円錐形はその底面方向に向かって大きく広がっていき、5000m級戦艦の群れの殆どが円錐の中に含まれることになった。
その頃には、自分達0265TFSを示す緑色のマーカは、敵艦隊の向こう側に抜けている。
5000m級戦艦を中心として、周りの3000m級も同時に攻撃対象にする大物狙いのコース取りだった。
これを、戦艦の艦砲射撃一発で吹き飛ぶような、十五隻のコルベット艦からなる戦闘機隊で行おうというのだ。
正気の沙汰では無かった。
当然敵もそう思うだろう。
「悪くない。これでいこう。どれだけ付いてくるかな。」
指示されたコースを外れて、ほぼ命令違反である上に、大きな損害が発生する可能性がある突撃コースなのだ。
666th TFWの連中ならともかく、色々な意味で前途ある今の部下達にこの突撃コースを強制するつもりは無かった。
ジャンプシップ護衛部隊はその名の通り、元々の任務がジャンプシップの護衛であり、突然太陽系外縁に来襲した大艦隊と正面切って戦うような編成になっていない。
特に、本来火力不足を数で補う戦法を採る筈のコルベット艦からなる戦闘機部隊の数が絶対的に不足していた。
第二機動艦隊から戦闘機隊に指示された「腰の退けた」突撃コースは、それを考慮した無理の無い攻撃を行うためだろうと達也は思った。
戦力の整っていない護衛部隊は無理に突っ込んで大損害を発生させるよりも、威力偵察に近いひと当てを行うだけに止めておいて、本格的な迎撃は後方で現在防衛ラインを編成中の迎撃専門部隊に任せてしまえば良い、という考えなのだろう。
もっとも、任務関係無く完全編成である第二機動艦隊だけはどうやら本格的に突撃を行うつもりであるらしいのが、表示される予定航路から見て取れるが。
「コピアナリーダより各機。リーダ機はより撃破数が稼げるコースを取る。その分損害が見込まれる。航路データを確認せよ。強制はしない。従来のコースと好きな方を選べ。」
途端にレシーバにざわめきが聞こえ始める。
まあそうだろうな、と達也は苦笑いを浮かべる。
部隊を放り出して突っ込んでいく隊長機も、気が進まない奴は来なくて良いなどと放言する隊長機も、どちらも軍隊の常識から大きく外れている。
そんな事を言われた部下は、それは戸惑うだろう。
「中佐。変な指示を出してもらっちゃ困ります。」
案の定抗議の声が上がる。
A中隊長のダシャ・チャクラバルティ大尉。
ファラゾアがまだ太陽系内を我が物顔でうろついていた時代を知る男だった。
第二次火星侵攻作戦に参加した経験があると聞いていた。
冷静沈着で常識人、という印象を達也は持っていた。
「済まんな。ちょっと大物釣りがしたくなった。付き合う義務は無いぞ。突っ込めば何人かは死ぬ。若い奴が死に急ぐ必要は無い。」
ダシャの溜息が聞こえた。
宇宙空間のレーザー通信は、雲や大気と云ったノイズのもとになるものが存在しないため、通信相手の音声が案外クリアに聞こえるのだ。
安全なところからミサイルを撃つだけの戦いに慣れた若い連中には、リスキー過ぎて手を上げる奴は居ないだろう。
それでいい。
断りにくくなるところを、常識人のダシャが断ってくれれば、他の気が進まない連中を無理に巻き込むこともない。
「美味しいとこ独り占めしないでください。へっぴり腰で及び腰のヌルい突撃には、俺達もウンザリしてるんだ。A中隊、行けるか?」
「04、行くぜ。」
「つれねえ事言いっこ無しだぜ。08、行くぜ。」
「目の前にビッグゲームがあるのに、参加しない手はないよね。12、行くよ。」
「そっちだけで勝手に盛り上がんないでくれる? B中隊?」
B中隊長のブリジッタ・バスティアニーニ大尉。
「隊長責任取ってくれるんでしょ? 11、行くよー。」
「一度敵艦生で見てみたかったんだよね。14、参加。」
「宇宙空間の戦闘は敵艦隊の中突っ切ってこそでしょ? タイファイター出てくるかな? 09、絶対行く。」
「L小隊は隊長機の後ろに詰めてこそでしょ。06、付き合いますよ。」
「中佐、どうする? 全員行くって言ってるわよ?」
ブリジッタが楽しそうな声で聞いてくる。
彼女も第二次火星侵攻を生き残ったパイロットだった。
「予想より随分大所帯になったが、ついてくると言っているのを止める気は無い。気が変わったらいつでも抜けて良いからな。」
「誰も抜けないと思いますよ。みんな子供の頃から奴等には相当頭にきてて、ついでに云うと腰の退けた攻撃ばかり命令する連邦軍にもいい加減腹を立ててますからね。」
部隊内で一番の常識人であるはずだったダシャまでが、面白がっている声色で言った。
「分かってるのか? 命令違反だし、相当危険だぞ。」
「何を今更言ってんですかねえ。」
「部下は上官を見て育つって言うからねー。」
「自分達の編隊長が伝説的な人物だってのは、みな知ってますからね。」
「いつやらかしてくれるんだろうと思って待ってたら、やっとだよ。」
「ジャンプシップ護衛戦闘機隊ミサイル第一波着弾。四百七十八発に対して撃破七隻。巡洋艦一、駆逐艦六が大破。第一波迎撃戦闘機隊、9301TFS、9310TFS、敵艦隊との距離220万kmで追撃のミサイルを放出。四百七十六発。第一波迎撃戦闘機隊は針路反転、離脱中。追撃ミサイル着弾まで30秒。」
突撃コース変更への意思表明で部隊内の雰囲気が弛緩したところに、シヴァンシカから最初に突撃していった戦闘機隊の戦果報告が入る。
五百発ものミサイルをばら撒いておいて、得られた戦果はたったの七隻だったようだ。
これを命中精度の悪いミサイルによる無駄弾ととるか、リソースを最大限に有効活用した人的損失の防止ととるか。
敵のシールドを無効化する新機構を採用して命中率が劇的に向上するという鳴り物入りで投入されたデスサイズミサイルであったが、蓋を開けてみればこんなものだった。
宇宙は広く、ミサイルの脚は遅い。
着弾の何十秒も前から探知されているミサイルなど、いくらでも迎撃可能であり、タイミングを合わせれば回避するのは容易い。
使い方を間違えれば、新兵器もただのデブリでしかない。
シールド解除機能も、ミサイルが着弾コースを外されてしまえば意味は無い。
ミサイルを高い確率で当てるためには、連中が一番苦手とする戦い方、そして地球連邦軍が極力回避しようとしている戦い方、すなわちファラゾア艦隊に肉薄して連中がろくに反応できない距離で大量のミサイルをぶちまけ飽和攻撃するのが最も効果的であるのは少し考えれば分かる事だった。
ただし肉薄する分だけ当然こちらも墜とされる。
そして喉元を過ぎて熱さを忘れた連邦軍はそれを嫌う。
ろくに戦果が挙がらないのも当然の話だった。
「第二波ミサイル着弾。撃破五。巡洋艦二、駆逐艦三。敵艦隊残五百四十五隻。第一波追撃ミサイル群着弾まで15秒。
「敵艦隊が艦載機を放出。数五百・・・六百、増加中。」
第一波突撃隊の9301TFS、9310TFSが放った追撃ミサイルよりも、第二波突撃隊が遠距離から放ったミサイルの方が充分に加速して速度が乗っていたため、先に着弾した。
戦果は相変わらずだったが。
それよりも、接近してミサイルを撃ってくる地球側の戦闘機隊に対応するためであろう、敵艦隊が戦闘機隊を放出してきた事の方が問題だった。
宇宙空間では、戦闘機は母艦から放出された独立連動する小型の移動砲台と考えることが出来る。
地球側のコルベット艦数十機で行われる波状攻撃に対して敵艦隊が大きく進路を変える事は無いという前提のもとに行われている、敵艦砲のアウトレンジからミサイルを発射する及び腰の遠距離ミサイル攻撃であるが、当然のことながら敵艦載機はその距離を詰めてくる。
全長20m前後のファラゾア戦闘機に対して、全長60~80mもあるコルベット艦であるため、全長30m程度であった昔の地球側戦闘機のようにファラゾア戦闘機のレーザー砲直撃一発で墜とされるようなことは無いが、しかし敵戦闘機はとにかく数が多い。
すれ違いざまに囲まれて集中砲火を浴びれば、コルベット艦と言えども一瞬で大破する。
「第一波突撃隊追撃ミサイル着弾。撃破九。駆逐艦九のみ。敵艦隊残五百三十六。第三波ミサイル着弾まで25秒。」
予想通り、第一波の戦闘機隊が放った追撃ミサイルは、遠距離からのものよりも多数の戦果を挙げたようだった。
「敵ミサイル群、本隊に接近中。数六百。距離8M。約50秒後に交差。
「指定された追撃ミサイル放出ポイントまであと120秒。」
「敵ミサイル回避できるか?」
「無理。ミサイルを回避すると突撃コースから外れて、このタイミングでは元に戻せない。」
「諒解。敵ミサイル群は突っ切る。
「コピアナリーダより各機。敵ミサイル群はこのまま突破する。ファラゾアのミサイルは追尾性が高くない。各機表示される予想進路をよく見て避けろ。出来る筈だ。
「第三波攻撃隊ミサイル着弾。撃破七。巡洋艦一、駆逐艦六。」
自分達が撃ったミサイルが敵艦隊に着弾し、多くないとは言え戦果を挙げたことで、部隊内で歓声が上がる。
しかし喜ぶのは早い。
「敵ミサイル群、来ます。」
ここからが本当の戦いだった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
タイトルの命令違反とか、まあ今更なんですが。w
実は、辻褄が合わないところを流れで無理矢理繋げてます。違和感あったらご指摘ください。




