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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十二章 Scorpius Cor(蠍の心臓)
379/405

38. 軌道降下作戦


 

 

■ 12.38.1

 

 

 一方、達也達突撃救難隊は第一機動艦隊のもとを離れた後、途中までは突撃部隊と共に進んだ後、大きく弧を描いて浅い角度で敵艦隊に接触する航路を採った突撃部隊から離れて、直線的に火星を目指していた。

 突撃部隊は当然ながら敵艦隊を攻撃すること自体も目的としていたが、その一方で達也達突撃救難隊から敵の目をそらすための囮、或いは陽動としての役割も担っていたのだ。

 

 突撃救難隊の四十一機は敵艦隊から10万kmの距離を維持したまま、敵艦隊の前方を横切る。

 視認から攻撃、着弾までの時間が1秒を切る10万kmという距離は、本来であれば必中距離と言って良い。

 戦闘中であるならば例えランダム機動を行ったとしても、1秒以下の間隔でランダム機動を行うのは難しいからだ。

 それは技術的な理由では無く、戦闘中であるからには当然自分も敵を攻撃せねばならず、一般的に1秒以下の間隔でランダム機動を行うと敵に狙いを定めてレーザー砲で攻撃を加えるだけの充分な時間が取れない事が主な理由である。

 いかな半自動照準とは云えども目標を判別し狙いを定める演算処理を行い、レーザー砲の砲身を機械的に動かすには僅かとは云えども時間が必要だ。

 敵に狙いが定まったことを認識し、パイロットがトリガーを引き、そして次のランダム機動に移るためにはもっと時間が必要だった。

 それらを全て合わせて1秒未満に抑えるのはかなり難しい。

 となれば当然、1秒以上その場に留まって敵を攻撃することとなる。

 

 対して10万kmという距離は、光が移動するには0.3秒しか掛からない。

 敵位置情報の伝達に0.3秒、レーザーが着弾するために0.3秒、敵を認識し照準を合わせる行動にたっぷり0.3秒かかったとしても、全て合わせて1秒を切る。

 勿論相手側についても、実質的に1秒以上の時間がかかってしまうと云う条件は同じであるが、いずれにしてもお互い1秒以上その場に留まり、そのため命中する可能性が飛躍的に向上する、ということに変わりは無い。

 これが、10万km以下の距離が必中距離であると言われるゆえんである。

 

 達也達はその必中距離ぎりぎりの10万kmを保ちながら、対火星相対速度2300km/sを維持して無推力の等速直線運動で火星を目指している。

 無論あらゆる通信は全て使用禁止である。

 例えレーザー通信であったとしても、僅かに僚機を逸れてしまったレーザー光や、僚機の表面で反射する反射光などが敵に探知されてしまう可能性は低くない。

 ただ、第一機動艦隊付きのSPACSからのデータ通信は、暗号化された電波信号によって広範囲に発信されているため受け取ることが出来る。

 

 戦闘機突撃部隊が文字通り命を削ってまで囮役を演じてくれているというのに、達也達の方で何かミスをして敵の注意を引くわけにはいかない。

 目立たないように、戦闘突入前に切り離され放出された何らかの保安部品によるデブリの振りをして、無推力で火星に接近しているのだ。

 実際第一機動艦隊からは、達也達突撃救難隊と似た様な速度、似た様なコースでわざわざここまで持ってきたガラクタを放出して、救難隊がより目立たなくなるような小細工までしている。

 それらのデブリ達と共に救難隊の機体も全て当然ファラゾアに探知されてはいるであろうが、三千発ものミサイルと共にミサイルを乱射しながら敵艦隊中心に向けて切り込んでいく戦闘機隊が存在する限り、敵の注意がデブリに振り向けられる可能性は相当に低いものと見積もられていた。

 

 息を潜めて移動せねばならず、何もすることが無い達也はヘルメットのシールドバイザーをかねたHMDスクリーンを火星の方に向けて戦況を注視している。

 突撃部隊と分かれてからすでに数百秒が経過していた。

 突撃部隊はすでに敵戦闘機群と接触し、激しい撃ち合いが発生しているのが分かる。

 戦闘が行われている空間まで数万kmの距離があるが、光学映像をズームして投映しているHMDスクリーンには、レーザー砲によって過熱して爆発蒸散する金属の灼熱した火花や、直撃を受け一瞬の煌めきを残して虚空に爆散する機体の爆発炎が、小さいながらも確かな激戦の証として映し出される。

 

 そこに大量のファラゾアが存在する。

 達也はその敵目掛けて今にも飛び出していきたくなる衝動を抑えつける。

 いかなファラゾアキリングマシンと仲間内から揶揄され、実際に見敵必戦の行動を取る達也であろうと、流石にそんな事をしてこの作戦を台無しにするわけにはいかないと判断する程度の分別は持ち合わせている。

 達也の内には自らの手で直接ファラゾアを叩き墜とし充足感を得る感情と、兵士として上官から下さされる指示に従い全体として地球人類がファラゾアに対して勝利すれば、一人でやるよりもより多くの損害を仇敵に与えることが出来るという満足感を得る思いとが、常にせめぎ合っていた。

 

 火星に居座るファラゾアを駆逐するために、火星侵攻作戦を行わねばならないというバックグラウンドがもともとあったとは言え、たった二十二人の要救難者を救うために数千の犠牲を出すことが確実なこの作戦は馬鹿馬鹿しい限りだと思っていた。

 どう考えてもその二十二人は見殺しにする方が正しい。

 そして慌てること無く戦力を整え、最適のタイミングで、救出作戦などという無理難題に惑わされること無く純粋に敵を撃破することのみを追求するのが、少なくとも全地球人類の未来を考えなければならない連邦政府と連邦軍にとって最適解であることは間違いなかった。

 

 そのバランスや長期的戦略も理解できず、火星に取り残された兵士達の救出を感情的に声高に叫ぶ民衆の愚かさには呆れ果てたし、状況を理解できているのか居ないのか、発行部数を伸ばすためだけに民衆受けするだけの感情的でセンセーショナルな記事を書き立てる新聞記者やジャーナリストどもの頭の程度を疑った。

 そして損益のバランスを理解しつつもそれよりも自らの知名度や影響力を増すための損得勘定を優先した政治家達を唾棄すべき者達と見下げ果ててはいたものの、しかしその一方で敵地のど真ん中に置き去りにされている要救難者達を、敵の目の前で掻っ攫い連れ帰って敵の鼻を明かすのもまた痛快なことであると思っている自分が居ることにも気付いていた。

 もちろん、それが成功すれば、の話だ。

 

 ハリウッド製の安直なアクション映画でもあるまいし、敵地深く入り込んで敵の眼前から味方を連れ戻すなど、よほどの幸運が有り得ないほど積み上げられなければ成功しないであろう事は考える必要も無く分かる事だった。

 しかもそれを、百万を超える敵戦闘機が待ち受けるであろう、九億km彼方の他の惑星上で、ついこの間やっと宇宙空間に漕ぎ出したばかりの地球人類が行おうなどと。

 古代中国の武将でもなければ、百万の敵中突破など出来る筈も無い。

 それは尾ひれ背びれに、ついでにジェットエンジンまで追加されたようなお伽噺だ。

 

 しかしその命令を下され、嫌も応も無くここまでやって来て、そして実際に地球艦隊を待ち受ける敵艦隊に突撃した味方の戦闘機隊が目を覆いたくなるような速度で損耗していくのを目の当たりにしてなお、自分だけは絶対に死なないという気持ちが達也にはあった。

 例え率いる部隊の全員が撃墜され虚空の彼方に消えようとも、自分だけは絶対に生き残って地球に還るという確信にも似た自信。

 そしてそれは、達也だけでは無かった。

 666th TFWの全員が似た様な考えに基づいて行動しており、そして多分、共に行動している9102TFS、9103TFSのパイロット達にしても同じだった。

 

 第一機動艦隊から離れた突撃戦闘機部隊が敵艦隊と接触し、激しく戦う様子を横目で睨み付け凝視していた達也であったが、不意にレシーバに響いた電子音で我に返った。

 HMDには戦闘機隊との合流に向けて加速するポイントまで残り15秒を切ったことが表示されている。

 

救難隊全機(オールレスキュー)、無線封鎖解除。カウント10で再加速する。800G。対火星速度3000km/sまで加速し、突撃隊と合流する。10、9、8・・・」

 

 達也はOFFにしていた通信機を再起動すると、予め指示されていた行動を、再確認のために口頭で突撃救難隊全機に伝えた。

 達也が今見ているHMDの情報は全機出撃前にロードされているので、全員が同じ情報を見ているはずだった。

 突然カウント10から初めても、すでに皆そのつもりで準備は出来ているのだ。

 

 戦闘機隊が大きく弧を描いて火星西側から太陽黄道面に沿って敵艦隊に突撃する間、達也達救難隊は敵艦隊から離れた所を火星に向かって無推力で飛び続ける。

 戦闘機隊が敵艦隊を東方に突き抜けたところで再び合流する事になっていた。

 

 カウントダウンが終わり、四十一機からなる救難隊が火星に向かって加速を始める。

 戦闘機隊の様に敵艦隊のど真ん中に突っ込んでいる訳ではないが、それでも敵艦隊との距離はこの時点で10万kmを切っている。

 通信を再開し加速し始めたならば、当然それなりに目立つこととなり、敵から砲撃を受ける可能性は高くなる。

 

 再び達也の耳元で電子音が鳴る。

 

「救難隊全機、対火星速度3000km/sに到達した。減速開始。目標NAV D、マイナス800G。戦闘機隊と合流まで45秒。」

 

 達也が右手を見れば、攻撃開始時点に較べて2/3もの機体を撃墜され満身創痍になりつつも、確かな戦果を挙げた攻撃の後に敵艦隊から急速に離脱しようとしている戦闘機隊の青いマーカが見えた。

 救難隊は減速しながら、戦闘機隊に急速に接近する。

 

「救難隊全機、戦闘機隊と合流したところで針路NAV E、加速度プラス800G。戦闘機隊に足並みを揃えろ。間違ってもオーバーシュートするな。」

 

 僅か30秒ほどの間で戦闘機隊と救難隊の間隔は急速に小さくなり、やがて戦闘機を肉眼でも判別可能となった。

 偶々達也の前を通り過ぎたミョルニルは、ズームで確認すると機体の外殻のあちこちがささくれ立った様にめくれ上がり、所々にレーザーが直撃したのであろう大きな破壊口も開いていて、外観だけ見ればとてもまともに飛行出来る様な状態には見えなかった。

 それでもそのミョルニルはしっかりと安定した飛び方で、火星に巣食う敵艦隊の艦船を何隻も撃破した戦果を誇らしげに、意気揚々と引き上げていっているようにも見えた。

 

 やがて戦闘機隊と救難隊はともに火星に接近する。

 戦闘機隊は敵艦隊から見て火星の反対側を回り、火星を盾にしてその陰を利用して敵艦隊から離脱するコースを取る。

 太陽系スケールで見れば、惑星など芥子粒ほどの小さな岩塊にしか過ぎないのだが、充分に接近すればそれは確かに直径7000km弱の巨大な天体なのだ。

 針路の取り方によっては、敵の砲撃から身を隠すために充分な大きさの遮蔽体としての役割を果たしてくれる。

 

「救難隊全機。NAV G到達。全機戦闘機隊から離れ、火星周回軌道を西方に周回、減速1000G。

「シヴァンシカ、作戦目標地点を表示。目標上空100kmを移動目標にする航路を取れ。」

 

「諒解。作戦目標地点を火星映像上に表示しました。針路目標上空100kmを移動目標に設定。」

 

 救難隊四十一機が再び戦闘機隊から離れる。

 戦闘機隊は敵艦隊から見て火星の東側から裏側に回り込み、火星に隠れる様にしてその陰を真っ直ぐ深宇宙方向へ向かって離脱し、火星軌道から充分に離れたところで第一機動艦隊と合流する。

 救難隊は火星周回軌道に沿って最大加速で減速し、二十二人の兵士達が待つ目標地点に向かう。

 2000Gを越える加速性能を持つ紫焔とヴィルゾーヴニルに対して、ミョルニルDの最高加速度は1000Gでしかない。

 故に救難隊全体の最高加速度は1000Gである。

 高加速できるからと飛び出してみたり、逆に加速度が十分でなく取り残されたりして、敵地のど真ん中で散開するのは余りに危険だった。

 少なくとも成功の可能性が低い無謀な救出作戦の序盤で行うべき事では無かった。

 

 二十二名の兵士達が身を潜めるカンドル谷はちょうど今夕暮れ薄暮の時間帯にある。

 救難隊は火星東方、即ち火星の夜の側の東側から火星周回軌道に侵入するため最長の距離を使って減速できる上に、地平線上にファラゾア艦隊が出て射線が確保されるまでほぼ十二時間ある。

 多少の作業の遅れが出ようともファラゾア艦隊からの艦砲射撃を受ける心配をする必要は無かった。

 それよりもむしろ、数千km離れた所にあるファラゾアの戦闘機生産工場と思しき地上施設の存在の方が大きな問題だった。

 

 地球からのGDDDSによる観察データから、火星全土がびっしりと夥しい数の戦闘機で埋め尽くされている、というような事は無く、また火星大気中をファラゾア戦闘機がそれほど頻繁に飛び回っているわけでも無い事は分かっていた。

 火星は自分達がすでに完全に占拠した惑星であり、そして地球人が火星に攻め込むには相当な無理をせねばならない事を奴等も理解しているのだ。

 つまり、敵がいるはずも無いところをパトロールする必要も無い、という訳だった。

 

 随分舐められたものだ、と、達也は夜の火星表面を眺めながら思った。

 地球のように人が暮らす街があるわけでも無く、夜の火星は真っ暗だった。

 光学映像だけでなく、GDDによる重力探知反応も殆ど存在しなかった。

 

 ついこの間まではこちらが降下点を攻め立てる側で、軌道から降下してくる敵戦闘機を忌々しげに睨み見上げていた。

 今度はこっちが軌道から降下する番だ。

 さて奴等はどんな反応をするだろうな、と思うと自然と僅かに口角が上がる。

 

「移動目標到達15秒前。」

 

 AIの冷たい声がレシーバから流れる。

 

「オーケイ。アイハヴ。

「救難隊全機、目標上空に到達した。垂直降下で一気に突っ込むぞ。パーティハットはいきなり高度ゼロまで突っ込め。スターバック、ブーマーは高度50から200を中心に制空権の確保。フェニックスは高度100km以下全域をカバーする。全機降下開始。遅れるな。」

 

 達也が操縦桿を捻るのに応じて、HMDに映し出された光学映像がぐるりと回転する。

 頭上に来た赤い惑星に向かって達也は操縦桿を引き、赤い大地に機首を突き立てようかとする様に急速に降下を始めた。

 

 こうして地球人類が初めて経験する軌道降下作戦が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 そう言えば書き忘れてました。

 本第二次火星攻略作戦時の地球と火星の位置関係を、「太陽を挟んで反対側」としていましたが、間違ってます。

 実際の2054年09月17日の地球と火星の位置関係はもっと近いです。

 多分、計算するときにデータ入力をまずったか、或いは勘違いして全然違う日付をインプットしたかだと思います。もうしわけない。

 もうこれで書いちゃったのでこのままいきます。スマン。

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