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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十二章 Scorpius Cor(蠍の心臓)
371/405

30. 機種転換習熟訓練


 

 

■ 12.30.1

 

 

 若林が言ったとおり、最初の三週間は朝から晩までシミュレータによる仮想空間での戦闘訓練に明け暮れた。

 達也達は邑楽試験飛行場に隣接している日本陸軍の駐屯地内にある兵士宿舎に間借りし、朝起きて食事を摂った後は全員が兵員輸送車に詰め込まれ、少し離れたところにある高島航空宇宙開発(Takashima Aerospace Development Co.)という名の高島重工業のグループ企業の研究所に送り込まれ、ぶっ続けでシミュレータを使って戦闘訓練を行い、夜遅い時間になって再びバスで宿舎に送り届けられる、という生活を続けた。

 ろくに休憩も取らず十時間以上もぶっ続けで行われるシミュレータ訓練は、新兵であればヘトヘトに疲れ肉体的精神的ストレスで発狂寸前にまで追い込まれるほどのものであったのだろうが、死の恐怖を常に感じながら戦闘機の狭いコクピットの中で一日の大半を過ごして、その間何度も戦闘と待機を繰り返すという過酷な最前線での戦闘を長く経験してきた達也達にとって、命の危険も無くその気になればトイレでも喫煙所でも好きな時に行ってくることが出来るこの訓練は、ただ単に退屈な作業でしか無かった。

 

 しかしながら、仮想空間に於いてさえシミュレータに接続されてエンジン制御から機体管制、四門のレーザー砲による自動攻撃やミサイルリリースのタイミング取りと、ありとあらゆる場面で行動を補助してくれるAIを学習させるためにそれが必要なことだと知っていた。

 シミュレータでの学習を疎かにしていると、いざ実機に乗って宇宙(うえ)へ上がったときに思わぬ誤動作を引き起こし、最悪それが原因で死に至る可能性もあるのだという事を高島の技術者たちに指摘された。

 

 戦闘中に、自分の思うとおりに機体を操り敵を攻撃してくれるAIが居るのと、てんででたらめな動きをするAIに機体制御や攻撃を任せて飛ぶのとでは、生き残れる可能性が大きく違ってくるのは当たり前のことだろうと、達也は納得した。

 退屈な作業であっても疎かにしては後々そのツケを払わされることになる。

 逆に自分なりの戦い方を上手く教え込むことが出来れば、もう人間の手には負えないと半ば諦め掛けていた宇宙空間での戦闘を大きく改善するための足掛かりになるだろう。

 

 機種転換の際には、パイロットである自分自身が機体に習熟するための訓練を行わねばならないのはこれまでと同じ当然のこととして、その機体に搭載されているAIに自分の戦い方を教え込んで、機体の方も、搭乗するパイロットのパートナーとして習熟するための訓練期間が必要となる。

 人間だけではとても対応できない宇宙空間での戦いにおいて、こういうやり方がこれからは当たり前になっていくのかも知れないと、またひとつ時代が変わっていくことを達也は実感した。

 

 人間とAIがひとつの機体の中で協力し合いながら戦う。

 まだまだ原始的ではあるが、それはまさにCLPU(生体脳)とCEPU(補助電子演算ユニット)を持つファラゾアの機体と全く同じ構造であることに誰も気付いていなかった、或いは気付いていたとしても、それを口に出して指摘するものは居なかった。

 

「自分のAIに名前を付けてやってください。」

 

 三週間のシミュレータによる訓練期間という名のAIの為の教育期間を終え、いよいよ明日から実機に乗って、こちらも機体内に移されたAIとの調整を取るための実機訓練が始まるという日、AIの移植作業の時間を取るためにいつもより少し早めに訓練を切り上げた達也達に、高島航空宇宙開発の技術者の一人が言った。

 

「名前? ジョンとか、メアリとかか? 別に要らないだろう、そんなもの。今まで通り『AI』か、『コンピュータ』と呼べば問題無いだろう。」

 

 ウォルターが訝しげな声色でその高島の技術者に答えた。

 

「いえ。ひとつには皆がAIを『AI』と呼ぶと、通信などで他の人の音声が入ってきたときに混乱が生じる可能性があるので、その防止のためです。それと、皆さんとペアになっているそれぞれのAIはすでにペアの方に最適化されており、それぞれが別の『個性』を持っている状態です。システム管理の都合上、個体識別の為にもやはり固有名称が必要です。せっかくなのでペアになっている皆さんに名前を付けて戴こうかと。」

 

「なるほどねえ。じゃ、折角だから良い名前を考えてあげないとね。」

 

「はい。明日、実機に乗ったときに名前を設定して戴きます。それまでに考えておいてください。」

 

 とは言われたものの、すぐに名前が浮かぶわけでも無かった。

 所詮は戦闘機に搭載されたシステムなのだ。リセットすれば、名前も含めて全ての設定がクリアされる。

 ならば深く考えなくとも、ポチでもタマでも、呼びやすい名前を適当に付ければ良いと達也は思っていた。

 そして宿舎に戻り、食事をしてベッドに入る頃には、明日一番の仕事がAIへの名付けであるということさえ忘れていた。

 

 そして翌日、それまでの毎日と同じように日本陸軍の駐屯地にある宿舎の前で兵員輸送車に詰め込まれるところから一日が始まる。

 

「今日から久しぶりにやっと実機に乗れるぜ。しかし機種転換の度に毎回こんなんやってちゃ手間がかかって仕方ねえな。」

 

 と、無骨でろくなクッション性も無い鉄フレームのベンチシートに座って、なけなしの背もたれに身体を預け長い脚を投げ出すように伸ばしたウォルターがぼやく。

 

「アンタ話全然聞いてなかったでしょ。今回は何もかんもが初めて尽くしなので時間がかかります、ってタカシマの社員が言ってたでしょ。基本パターンが出来たら、一週間か、最短数日位まで縮まるらしいわよ。てか、将来的には自分の相棒のAIと一緒に機種転換、みたいな話してなかったっけ?」

 

「言ってたわね。自分の癖を覚えた相棒のAIとずっと一緒にやっていく、みたいなことを。新しいAIにパイロットの個性をイチから覚え込ませるよりも、パイロットに良く馴染んだAIに新しい機体の制御法を教える方が遙かに簡単で速い、って言ってたけれど?」

 

「ずっと自分について来るAIか。まるでSF映画かゲームみたいだな。」

 

 と、B小隊のジョージ。達也達に較べると若い世代に入るが、どうやら彼はファラゾア来襲以前に世界中で愛されていたサブカルチャーに詳しいようだった。

 ハードウェアやソフトウェアはファラゾア来襲後もそのまま残っていたのだ。ネットワークが必須のもので無ければ、電気さえ何とか手に入れば楽しむことは可能だった。

 北米大陸では一時期電気を手に入れるのが難しかったが、ヨーロッパや東アジアでは制限はあったものの電気の供給が完全に途絶えるようなことは無かった。

 いかなファラゾア電子戦機とは言えども、スタンドアロンで動いている家庭用ゲーム機や光学メディア再生機器程度の電子機器を攻撃対象にする事はさすがに無い。

 

「まったくだわ。今こうして地球上を移動してるけど、戦闘機に乗りさえすれば自由自在に宇宙に出られて、その気になれば月までたったの十分よ。完全にSF映画の世界よね。ケロシン燃やして20mmバルカン撃ってた頃からすると、考えられない。」

 

「やめてよババ臭い。あーやだやだ。」

 

「うっさいわね。アンタも大して変わりゃしないでしょうが。」

 

 ジェインとナーシャがじゃれ合うのを聞くともなしに聞きながら、昨夜高島の技術者から言われていた、AIの名前を考えていないことを達也は思いだした。

 特に気負っている訳でも無いのだが、その場で思い付こうとしてもなかなか良い名前が出てこない。

 そうこうしているうちに兵員輸送車は飛行場に到着し、ゲートを抜けて初日に訪れた格納庫の前に止まった。

 達也を含めて九人のパイロットが次々に荷台から飛び降りて、格納庫の中に入っていく。

 

 格納庫の中には、初日に見せられた高島重工製の新型宇宙戦闘機「紫焔」が、静かにその鋭い形状の機体を横たえていた。

 大柄な機体であるため、格納庫一棟につき三機しか入りきらず、三機ずつ、即ち各小隊毎に一棟の格納庫を使用する形になっているようだった。

 隊長機である達也の機体は、今入った格納庫の一番前、即ち居並ぶ九人の眼の前にあった。

 

「昨日はよく眠れたかね? 久しぶりに飛べるとあって、嬉しすぎて眠れなかったりしなかったか?」

 

 格納庫内の詰所から若林が出てきて、朗らかに笑いながら声を掛けてきた。

 若林の後ろには、昨夜AIに名前を付けろと言った高島の技術者が居る。

 

「さて予告通り今日からは実機に乗ってもらう訳だが。まずは着替えんとな。詰所に諸君らの装備一式を用意してある。パイロットスーツに着替えて、装備一式を身に着けてきてくれ。」

 

 若林に言われて詰所に入ると、達也達の名前が書かれた箱が幾つも床に置かれていた。

 どうやら一人当たり二箱ある様で、箱を開けてみると、片方はパイロットスーツが三着、他方の大きめの箱には、ヘルメットを始めフライトベストなどの装備品一式が詰め込まれていた。

 

「今着ている服はパイロットスーツの箱の方に入れておいてくれ。あとで諸君らの部屋まで届ける。明日からは、部屋を出るときにパイロットスーツを着て来れば良い。装備品は格納庫のロッカールームに置いていけ。それでも一応、最新鋭の装備なのでな。飛行場の外に持ち出してもらっちゃ困る。」

 

 詰所の入口近くの腰掛けに若林が座っていた。

 達也は上着代わりに着ていた所謂フライトジャケットを脱ぎ、箱の中からパイロットスーツを取り上げる。

 要は、この上に着用する、半ば船外活動服のフライトスーツのインナーである。

 達也は着ていたTシャツとズボンまで脱いだところではたと気付き、左を見た。

 

 隣ではナーシャが、着ていた服を下着まで全て脱ぎ、こちらに尻を向けた状態でパイロットスーツに脚を突っ込んでいた。

 一度出撃すると、最大数十時間にもなる火星までの往復の間のトイレ事情などの問題があり、パイロットスーツの下に下着を着用することは出来ないのだった。

 達也も特に躊躇うこと無く下着を脱いで、パイロットスーツに脚を突っ込む。

 

「全く、軍隊ってトコはデリカシーの欠片もあったもんじゃ無いわよね。男女別の更衣室くらい用意しろっての。」

 

 未だ上半身裸でパイロットスーツと格闘しながら袖に腕を通しているナーシャが隣でぼやく。

 視線を返して詰所の入口の方を見ると、一応若林は顔を横に向けて掲示物を読むふりをしてこちらを見ないようにしている様だった。

 

 ファラゾア降下点に近い最前線の小さな基地など、施設に気を遣う余裕など無く、更衣室もシャワールームも男女共用、宿舎も男女区別無く相部屋、パイロットは小部屋でベッドをあてがわれているだけまだマシ、などというところもザラだったと聞いていた。

 達也自身は運良くその様な基地に配属されたことは無かったが、例えば達也が最初に配属されたバクリウ基地など、ファラゾア来襲後に新造基地として建造が始まった当初は、まさにその様な状態だったと聞いた事があった。

 

「さて全員着替え終わったか。ではロッカールームに移動してフライトスーツを着用する。装備品が入った箱を各自持ってくるように。」

 

 大きなパッキングケースを抱えた九人が、若林の後に付いてゾロゾロと移動する。

 ロッカールームは他の格納庫と同じ様に詰所の脇にあり、達也達L小隊の三人以外は、隣の格納庫に向けて移動していった。

 従来も、ヘルメットや耐Gベスト、その他諸々の装備品を保管しておくロッカールームが格納庫の中、パイロット詰所の脇に設置されていた。

 戦場が宇宙に移り、戦闘機が宇宙空間を駆け回るようになって、ロッカーの中身が一つ増え、船外活動服を兼ねたゴツいフライトスーツがロッカーの中に追加で吊されるようになった。

 フライトスーツを着てベストなどの装備品一式を着用した達也は、格納庫の中で三機縦に並んだ一番前の自分の機体に近付いていく。

 

 先日見せられた試験機では無く、今眼の前にあるのは実戦配備された新鋭機である。

 それが証拠に、試験機では塗装もされず銀色の地肌を曝していた機体が、地球連邦軍機色である黒灰色に塗装されている。

 試験機では取り付けられていなかった口径1000mmx1350MW回転光学砲が四基、機体上面と下面の左右に、半ば機体に埋まり込むような形で設置されている。

 火器管制システムでレーザー砲をレッド(使用可能)にすると、機体に半ば埋没するように設置されているレーザー砲がせり出してきて、自由に砲身を動かし敵を撃てるようになる。

 

 実機には今日初めて乗り込むが、これまでの三週間、シミュレータの仮想空間で散々乗り回してきた機体だ。

 どこに何があってどの様に動くかなど、既に殆ど把握出来ている。習熟訓練など不要と思われるほどだ。

 

 足場のようなラダーを昇り、コクピットに潜り込む。

 どうやら整備習熟のために出張してきているらしい、整備兵が脇から突き出してくるHMDヘルメットを受け取り、すぐさま頭に被る。

 左に首を回してヘルメットを被り、フランジを合わせて右に回すとガチリと金属音がしてヘルメットが固定された。

 整備兵がヘルメットにコネクタを刺すゴトゴトという音がヘルメット越しに聞こえてくるのを聞いているとき、まだAIの名前を決めていなかったことを思い出した。

 流石にパトリシアという名前を付けるのは躊躇われた。

 自分で自分の精神的な傷口を抉る事も無い。多分、名前を呼ぶ度に心に痛みを感じることになる。

 

 どんな名前にすれば良いだろう、と考えながら、シミュレータ訓練ですでに一連の無意識の動作となっている操作で機体のシステムを起動する。

 システム起動画面がHMDに表示され、少し待つとシステムが立ち上がった。

 

「ごきげんよう、ミズサワ少佐。私に名前を付けてください。」

 

 レシーバから男とも女とも区別の付かない機械的な声が聞こえた。

 その中性的な声を聞いたとき、ふと頭にひとつの名前が浮かんだ。

 

「シヴァンシカ。」

 

「スペリングをどうぞ。」

 

「Shivanshika。」

 

「確認いたしました。わたしの名前はシヴァンシカ。ミズサワ少佐を呼ぶ時の呼び名を変更しますか?」

 

「変更する。」

 

「あなたを呼ぶときの呼び名を決めてください。」

 

「タツヤ。」

 

 達也は、彼女が自分を呼んでいたときの、呼気の多い「Thatsuyaa」とでもスペリングすべきアクセントで、自分の名前を設定した。

 

「スペリングをどうぞ。」

 

「Tatsuya。」

 

「確認いたしました。以後貴方のことはタツヤと呼びます。名称設定完了。システム起動シーケンスに入ります。システム起動率23%・・・」

 

 達也は、機体のAIが自分の発音を巧みに真似て、懐かしい呼び名を再現したことに少し驚きつつ、ヘルメットシールドの下で軽く笑みを漏らした。

 あれから随分経った。

 ファラゾアも居なくなり、世界も少しは落ち着いてきた。

 彼女は今、どうしているだろうか。

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 シヴィーちゃん突然復活! (名前だけ)

 パトリシアにするべきか、シヴァンシカにするべきか、散々悩みました。

 いくら達也でも、ここでパトリシアを選ぶほどイカレてはいないだろう、ということでシヴァンシカです。

 ・・・ああ、でも敢えてパトリシアを選ばせて、マジモンでイカレた奴をやらせても良かったかも。

 (未だに悩んでいる)


 ところで、年内は今回の更新で最後になると思われます。

 ちょうどこのタイミングで、200万PVを突破しました。

 これもひとえに、いつも拙作にお付き合いくださる皆様のおかげです。

 愛想を尽かさず誤字報告を送ってくださる方。

 併せてこの場を借りてお礼申し上げます。

 A CRISISまだ続きます。

 それでは皆様、良いお年をお迎えください。


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― 新着の感想 ―
[一言] 誰だっけ?となって 第二章 絶望と希望. 12. 死者への鐘 を読み直して来ました。 第四の壁を隔てた我々は結末を知っていますが、そういえば主人公は知る方法も無かったですね。 生きていると…
[一言] 懐かしい名前が・・ あの頃は達也もパイロットになる前でしたね。
[一言] シヴァンシカはクラッキングや撃墜される度に新しくシリーズ番号が増えて行くのかな。今度の機体は大型化しててパイロットの生存性だけは多少は高まってるみたいだし。
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