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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十二章 Scorpius Cor(蠍の心臓)
347/405

6. 火星直接攻撃


 

 

■ 12.6.1

 

 

 15 January 2053, United Nations of TERRA Central General Administrations Headquaters (UNTCAH), Strasbourg, France

 A.D.2053年01月15日、フランス、ストラスブール、地球連邦軍参謀本部

 

 

 フランスとドイツの国境の街ストラスブール。

 ファラゾア来襲後は、あらゆるライフラインがダウンし、またファラゾア襲撃時にシステム的に崩壊してメルトダウンした多数の核分裂式原子力発電所から漏れ出した放射能による強い汚染に曝されたために放棄された、マンハッタンのイースト川沿いに存在した一角に代わって国際連合本部が移転され、同時に侵略者に対する組織的な反撃と防衛の要となった国連軍本部もこの街に設置された。

 ファラゾアとの戦いの中で、大小二百余りの国々による緩い連携をまとめるだけの存在であった国際連合は、紆余曲折を経てそれらの国々を統括し意思を統一するための組織、地球連邦へと姿を変え、強大な外敵に対抗するためという形で歴史上初めて地球人類はこの惑星上に統一政府を設立することに成功した。

 

 市街地に設置された国連軍参謀本部をそのまま受け継いだ地球連邦軍の中央組織たる連邦軍参謀本部であったが、ファラゾアに捕獲され彼等からの指令を受け取るバイオチップを埋め込まれた地球人類、いわゆるチャーリーによって2051年に実施された連邦軍参謀本部襲撃爆破事件を機に、旧くなり破壊された建物を捨て、市街地から南西の方角に10kmほど外れた場所、ストラスブール空港に隣接した土地に新たに建築された参謀本部ビルへと移転した。

 

 ファラゾア来襲前、元々は民間用に整備され運営されていたストラスブール空港であったが、民間の航空機など殆ど一切飛行していないこの時代に軍用空港として姿を変え、また旧国際連合の組織をそのまま引き継いだ地球連邦政府本部を中心に、連邦軍本部など数多くの中央組織が置かれたこのストラスブールという街が持つ首都機能の一部として急速に拡張され再整備が行われた。

 

 今や軍を含めた政府専用空港となったストラスブール空港の脇に建つ地球連邦軍参謀本部ビルの地下にある、巨大な作戦指揮所である中央官制司令室にこの日多くの将官と作戦を実際に指示するオペレータが集合しており、そしてその室内は大作戦実施時とは少し異なる一風変わった緊張感によって満たされていた。

 

「ショット01、火星まで30万km。着弾まで600秒。ショット02、同42万km。着弾まで840秒。」

 

「火星周辺宙域に重力反応無し。火星表面も同様。」

 

 オペレータが感情のこもらない声で状況を読み上げる。

 その声がスピーカ越しに、様々な話し声が混ざり合いバックグラウンドノイズとなっている司令室内に僅かなエコーを伴って響き渡る。

 

 彼女が読み上げている状況は、遙か1億2000万km、光でさえ片道六分近くかかる彼方の出来事。

 2052年10月後半に地球まで僅か6600万kmにまで最接近した火星は、その後約三ヶ月経った今は少し距離を広げて1億2000万kmの彼方にある。

 キヴ降下点を攻略し、地球上のファラゾア降下点を一掃して僅か数ヶ月というタイミングで火星が地球に最接近するという事実に、軍首脳部は皆ファラゾアからの熾烈な報復攻撃がある事を恐れた。

 

 しかしそれは裏を返せば地球人類側にとっても、目の上のたんこぶよりも更に鬱陶しい、火星表面に設置されたファラゾア地上施設、とりわけ彼等の小型戦闘機械を製造する工場を、地球から直接攻撃することが出来るチャンスでもあった。

 

 そしてそれは計画に移された。

 

 今彼等は、多数の重力プラットフォームを使用して太陽系相対速度500km/sにまで加速された、百四十四発のマスドライバ弾の行方を固唾を呑んで見守っているのだ。

 

 底面直径0.4m、長さ1.6mの砲弾型をしたそれらのマスドライバ弾は、オーステナイト系の耐熱合金を主体として、耐熱セラミック、炭素繊維などの複合材料で表面を覆われた構造を持つ。

 一発当たりの重量約1.5tであるこのマスドライバ弾は、三列x四列のロケットランチャの様なケーシングに格納され、ケーシングごと重力プラットフォームにて宇宙空間に持ち出された。

 重力プラットフォームによる加速で太陽系相対速度500km/sにまで加速された後、ケーシング一個当たり十二発のマスドライバ弾は、僅かな速度差を付けられつつ宇宙空間に放出された。

 その様なマスドライバ弾ケーシングは全部で十二基あり、計百四十四発のマスドライバ弾が、太陽系内に存在する天然の物体にはあり得ない速度で解き放たれたのだった。

 

 その百四十四発のマスドライバ弾が目指すは火星。

 火星は太陽系内におけるファラゾアの本拠地であると見なされており、幾つかの地上施設の存在も確認されている。

 今回のマスドライバ攻撃で目標となったのは、火星に三箇所確認されている小型戦闘機械製造工場である。

 

 前述の小型戦闘機械製造工場が確認されているのは、「Simud Valles(シムド谷)」「Amazonis Planitia(アマゾニス平原)」「Hellas Planitia(ハラス平原)」の三箇所であり、今回十二発x十二群=百四十四発のマスドライバ弾のうち、最初の二群二十四発が目指すのはシムド谷である。

 

「ショット01、火星まで25万km。着弾まで500秒。ショット02、同37万km、740秒。続いてショット03、86万km、1720秒、ショット04、92万km、1840秒。」

 

「火星周辺宙域、重力反応なし。」

 

「今のところは順調、と云ったところかな。」

 

 大型のモニタが並ぶ正面モニタ群に対して司令室の反対側最奥、一般のオペレータや士官達が忙しく働くフロアよりも少し高い位置に設えられた高級将官専用フロアのさらに最奥の席に座る、地球連邦軍の最高司令官である地球連邦軍参謀総長フェリシアン・デルヴァンクールが、室内に響くアナウンスを聞いてぼそりと呟いた。

 

 一つのケーシングから放出された十二発のマスドライバ弾群は、ケーシング毎にそれぞれショット01、ショット02と名前を付けられている。

 各マスドライバ弾の尾部には小型のレーザー発信器が設置されており、指向性が極めて高いレーザーを地球に向けて発振する事によって、火星周辺宙域に停泊する敵艦隊に気取られることなく自分の位置を知らせる仕組みになっている。

 重力推進式のミサイルに較べ、動力を持たないマスドライバ弾体は、500km/s程度の「低速」では殆ど重力波を放出することなく目標に接近する。

 炭素繊維を主成分とする黒色の外皮は、太陽からの電磁波を受けて赤外線を中心としたどうしても避けられない黒体放射を発生しはするが、宇宙空間に於いてそれ以外の波長では殆ど視認不可能である。

 

 そして1.5tもの重量を持つ弾体は、地球に較べて希薄な火星の大気に殆ど邪魔されることなく500km/sというマスドライバ弾体としては驚異的な速度を持ったまま火星地表に達し、そこに存在するファラゾアの小型戦闘機械製造工場を跡形もなく吹き飛ばし、直径数十km深さ数kmの巨大なクレータの連なりが残るのみとなるほどに破壊し尽くす事が予想されている。

 

 ファラゾアの小型戦闘機械製造工場が物質転換器を持ち、火星を構成している物質を浸食し続けてチタンや鉄、ニッケルなどの兵器を製造するための資源を生み出し続けて居るであろう事は、最早推測ではなくほぼ確定事項であった。

 物質転換器を用いてまるで白蟻の様に火星そのものを喰い進むファラゾアの小型戦闘機械製造工場が、地表から数km、或いは数十kmもの深さにまで到達している可能性は否定できなかった。

 地中に深く掘り進んだその工場の深部までを完全に破壊する目的で、1.5tの重量の弾体に500km/sもの速度を乗せて隣の惑星へと送り込んだのだった。

 

 火星の公転軌道や自転運動にさえ影響を与えかねない、500km/sというマスドライバ弾体にしては破格の高速度で放たれた百四十四個の金属製実体弾であるが、ただ一つ懸念点を挙げるとするならば、数千~数万km/sという速度で行われる宇宙空間での戦闘時の艦艇或いは戦闘機の速度に較べて、その速度は「遅すぎる」のだった。

 その速度の遅さはまるで、超音速で戦うジェット戦闘機と、風に吹かれて流されるゴム風船の速度差のようなものであると言い表せる。

 

「ショット01、ロスト。ショット02、火星まで33万km、着弾まで・・・訂正。ショット02もロスト。ショット03以降は継続して火星へ接近中。」

 

「火星周回軌道に僅かな重力反応を検知。すぐに消えました。現在重力反応無し。」

 

「やられた、か。」

 

「はい。火星周回軌道上のファラゾア艦隊からの迎撃を受けたものと思われます。ショット01、02からの信号全く拾えません。」

 

 実のところ、それは予想されていたとおりの事態だった。

 前述の通り、戦闘時に艦艇が宇宙空間を機動する速度に較べると、この度のマスドライバ弾体の速度は止まっているにも等しいほどの低速であった。

 ファラゾア艦隊にとって、その様な低速の「デブリ群」を艦載砲で狙うなど造作も無いことであり、1.5tの等速直線運動を行う物体に連続してレーザー砲を照射し、表面爆発を連続して発生させてその反動で軌道を変えてしまうなど、赤子の手を捻るが如く簡単な作業であっただろう。

 僅か十二発の物理弾体で構成された各弾体群は、ファラゾア戦艦一隻当たり数十門も搭載されている大口径大出力レーザー砲からの集中砲火を浴び、軌道を変えられるどころか余りの熱量に跡形も無く蒸発し消え去ってしまったのだった。

 

 500km/sで遙か彼方から等速で接近してくる複数の目標にレーザー砲の照準を合わせるなど、地球連邦宇宙軍の新造駆逐艦にでも簡単に可能である。

 況んやファラゾア艦においておや、というものであった。

 

「あわよくば、と思ったのだがな。仕方がないか。」

 

 そう言いながらフェリシアンは深く腰を下ろしていた椅子から身を起こし、立ち上がった。

 すぐ脇の席に座っていた、地球連邦軍参謀本部長のロードリック・ムーアヘッドも立ち上がりフェリシアンの横に並ぶと、低い声で何事かを話しながら司令室から出て行った。

 

 火星に向けて放たれた百四十四発のマスドライバ弾体のうち、火星に到達したものは皆無であった。

 

 

■ 12.6.1

 

 

 地球宙域からどうにかファラゾアを蹴り出す事に成功し、地球周辺宙域をある程度活用出来る様になって以来、敵生産施設が存在する火星を地球から直接攻撃する構想が幾つも打ち上げられた。

 その内の幾つかは実際に実行に移され、また別のものは実現するには明らかに障害が存在するとして棄却された。

 

 実際に実行に移されたのは、重力プラットフォームを用いて加速した金属弾体を火星のファラゾア地上施設に向けて撃ち込む計画と、燃料タンクを増設した菊花或いは桜花ミサイルを用いて、それぞれ火星の地上施設と、周回軌道上の艦隊を攻撃する計画の二つのみであった。

 

 巨大な重力マスドライバを月面に建造し、月から切り出した岩塊を火星に向けて飛ばす方法は早々に却下された。

 地上に設置したマスドライバでは、幾ら巨大化させて加速エリアを長く取ろうとも、所詮は太陽系相対速度数十km/sの速度しか得られず、その様な低速で等速直線運動を行う弾体など、ファラゾアにとってただの標的にしか過ぎないことは明らかであったからだ。

 

 その代案として、地球上で製造した金属製の弾体を重力プラットフォームに持たせ、自動プログラムで充分な速度まで加速した後に弾体を放出するという方法が提案され、これは実際に実施された。

 しかしその結果は惨憺たるものであった。

 例えマスドライバ弾体が500km/sに増速したとしても、それは所詮まだ低速な飛来物にしか過ぎず、のんびりと時間を掛けて火星に接近した弾体は全て、火星周回軌道上に停泊していたファラゾア戦闘艦によって迎撃された。

 

 弾体速度を光速の20%である60000km/sにまで増速してはどうかという提案があったが、1.5tもの重量の物体が光速の30%もの速度で数十発も火星に直撃したならば、火星の公転軌道を確実に変えてしまう、最悪火星を破壊する可能性もありうるとして、却下された。

 

 桜花あるいは菊花ミサイルに燃料タンクを増設し地球宙域から直接加速させて、火星周回軌道上に存在するファラゾア艦を狙い撃ちにする、或いは火星地表に設置されている小型戦闘機械製造工場を直接攻撃する計画も実行に移された。

 結論から言えば、この計画も全て失敗に終わった。

 

 そもそもが地球周辺宙域に於いてさえ、たった数万kmという「近距離」から桜花ミサイルを撃てども、ファラゾア艦に撃墜されるか、或いは闘牛士の如くひらりと避けられてしまうのだ。

 遙か数億kmの彼方から重力波を撒き散らしながら数十分も掛けて飛んでくるミサイルを迎撃する、或いはひらりと避ける事など、ファラゾア艦にとって欠伸が出るほどに退屈で簡単な作業であったに違いなかった。

 事実、発射された桜花ミサイルのうち、ファラゾア艦に命中したものは皆無であった。

 

 一方菊花ミサイルと言えば、地球上からファラゾアの地上施設を全て排除する事に成功した一連の作戦に於いて、忘れてはならない最大の功労者である。

 その様な背景から対地ミサイルとしての菊花への期待値は大きく、地球圏から火星地表の敵戦闘機改正蔵工場を直接攻撃するという話が持ち上がったとき、ほぼ誰しもがその名を思い浮かべたほどである。

 そしてそのアイデアは実際に実行に移された。

 そしてその結果は、皆の期待を大いに裏切るものであった。

 

 そもそも菊花が火星に着弾する場合、先のマスドライバ弾体の場合と同じく、数千km/sや数万km/sなどと云った高速であってはならなかった。

 宇宙空間という無二のだだっ広い場所であったにも関わらず、まるで自動車教習所の練習コースか或いは密集した住宅地を抜ける生活道路かと云うほどに速度制限をされてしまった菊花ミサイルが、火星に到着した際に現地のファラゾア艦隊からどの様な歓待を受けたかは考えるまでも無い事であろう。

 

 火星地表の敵戦闘機械製造工場と周回軌道上の敵艦隊を攻撃する案が幾つも提案され、そして一番成功率が高そうに思えたその内の二つが実行に移された。

 

 そしてそれらの結果を目の当たりにした地球連邦軍参謀本部は、結局パイロットが乗った戦闘機械で火星に直接乗り込んでいって、至近距離から敵を殴り倒すしか方法は無いのだ、という結論に至ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 なんとか更新に漕ぎ着けました。

 ので、寝るっすー。


修正:

20240210

Gordii Cracks(ゴルディ峡谷) ⇒ Simud Valles(シムド谷)

Cimmerian Sea(シメリアン海) ⇒ Amazonis Planitia(アマゾニス平原)

Ascraeus Lake(アスクレウス湖) ⇒ Hellas Planitia(ハラス平原)

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