45. ファラゾア地上兵器
■ 11.45.1
あまりに唐突な出来事に、その場にいる兵士は―――指揮官も含めて――― 一瞬思考停止し、硬直した。
彼らがこれまでに何度か経験していたファラゾア地上施設の内部探査任務では、生存していたテトラなどの地上施設内部防衛機構からの反撃を受けることはあったが、それはあくまで小型レーザーで灼かれる程度の被害であり、間近にいた同僚の上半身が一瞬で粉砕され消滅するような強力な攻撃では無かったからだ。
一瞬思考停止はしたものの、しかし良く訓練され、これまで幾つものファラゾア地上施設突入戦を経験してきた彼らが我に返って正常な反応を示し始めるのは早かった。
「壁に隠れろ! 姿を曝すな! 死ぬぞ! ロイ、ヘッドカムを外して棒の先に付けて突き出せ。デシレア、ロイのカメラの信号をモニタに出せ。
「フェニックス10、11! 隔壁の向こう側を明るくしてくれ! 俺達に当てるなよ!」
隔壁開口部に一番近い場所にいた指揮官である、クリス中隊01小隊長が矢継ぎ早に指示を出す。
隔壁に近い場所にしゃがんでいる兵士が、ヘルメット脇に取り付けられているカメラを外し、所謂自撮り棒のような伸縮可能な棒の先に取り付けて、隔壁の影から棒だけを突き出して向こう側の画像を撮影する。
マリニーと優香里の機体が、スタブ翼下に取り付けられたハイドラロケットランチャーから、M292イルミネーションフレア弾をそれぞれ一発ずつ発射した。
通路左右に陣取っていた二機から発射されたロケット弾は開口部に向かって直進し、狙い違わず兵士達の頭上15mほどの場所で開口部を交差しながら通り抜け、さらに数百m進んでからフレア弾頭に点火して、暗闇の通路内に強烈な明かりを撒き散らしながら通路壁面に激突し、そのまま通路内を撥ね回った。
最終的に床に落ちて止まったフレア弾であったが、消えること無く光を発し続けて、隔壁の向こう側の空間を明るく照らし出した。
その明かりの中に、床面を埋め尽くすほどの夥しい数の白銀色に光る異形の物体が浮かび上がる。
「なんだ、こりゃ? ロボットか? クソ、すげえスピードで近づいてくるぞ。撃て! こいつ等を近づけるな!」
兵士の一人が手に持つ携行型のモニタには、白銀色の筒状の物体に腕が生えたような姿のものが、数え切れないほど隔壁の向こう側におり、急速にこちらに向かって進んできている姿が映し出されている。
NVGを跳ね上げた兵士が、隔壁を遮蔽物にして開口部から僅かに身体を乗り出して、向かってくる異形に向けて立て続けに発砲する音が幾重にも重なって通路内に響く。
しかしその多くの発砲音に対して、こちらに向かってくる白銀色の円筒状のモノが、ひとつでも脱落した風には見えない。
モニタの中を徐々に大きくなるソレにまたひとつライフル弾が着弾した火花が弾けたが、貫通孔も見当たらなければ、こちらに向かってくる速度を落とすことさえも無い。
白銀色のソレがまるで両脇に抱えているように見える物体から、白い閃光が幾つも発射されると、一瞬で隔壁開口部に辿り着いて通り抜け、目で追うことも出来ない高速で後方の暗闇の中に消えていった。
白い閃光弾はさらに立て続けに発射され、見えた次の瞬間には開口部に到達しているという異常な高速で後方に飛び抜けていく。
また一人、湿った破裂音を立てて兵士の頭部が破裂したかのように飛び散り消滅した。
隊長達の判断は早かった。
こちらの弾は敵を足止めするどころか傷さえ与えられず、敵の弾は有り得ない威力で兵士達の身体と命を文字通り散らしていく。
「全員下がれ! 輸送機に戻れ! フェニックス、援護してくれ! 急げ、急げ、急げ、急げ!! 遅れたヤツは死ぬぞ!」
位置を下げたというよりも、脱兎の如く逃げ出した、という表現の方が正しいくらいに、全ての兵士が後ろを向いて一目散に駆け出す。
彼らが輸送機に向かって走る間にも、眩く光る敵弾が彼らの中を通過していき、悲鳴が上がり血飛沫が撒き散らされる。
マリニーと優香里がスタブ翼のハイドラロケットランチャーからM302フレシェット弾を二発ずつ発射する。
オレンジ色の噴射炎を引いたロケット弾は、発射と同時に高速回転してWAF(取り巻き翼)を展開しながら加速し、兵士達の頭上を通過して一直線に隔壁の開口部を抜け、反対側のスペースを埋めるファラゾアの地上兵器に直撃し、爆発する。
爆発と同時に無数のフレシェットが周囲に撒き散らされる。
爆風でなぎ倒された白銀色の地上兵器は、すぐに何事も無かったかのように起き上がり、再び開口部に向かって移動し始めた。
白く眩く光る敵弾が幾つも開口部を抜けてこちら側に着弾する。
達也は隔壁の向こう側に、戦闘機に較べれば遙かに小さいが、明確な重力波がGDDによって検出されていることに気付いた。
マリニーと優香里は、兵士達が輸送機に向けて移動するに従って、開口部から200mほどの位置にまで下がり、通路の左右に陣取って開口部に向けて援護射撃を続ける。
達也は兵士達の動きに逆流し、その頭上を飛び越えてマリニー達とほぼ同じ位置にまで前進し、高度50mで通路中央部に位置取った。
どの攻撃が最も有効であるのか分からないまま、20mmガトリングガンと、ハイドラロケット、機載固定武装の200mmレーザーを次々に切り替えながら開口部の向こう側に叩き込む。
首筋にざわつくような寒気が走り、スロットルレバーを右に倒して一瞬で通路の右端にまで機体を移動させた次の瞬間、今まで達也の機体が浮いていた場所を何発もの白い光弾が通過した。
それと同時に、白銀色のファラゾア陸上兵器が数機、開口部を抜けてこちら側に躍り出る。
慌てた兵士が放り出していった明かりに照らされたその姿は、横に倒した筒状の胴体の前後にまるで動物のような四本の脚があり、胴体最前部から垂直に立った円筒状の構造物の左右に二対の腕が突き出た、四脚四腕の構造を有していた。
馬の身体の首の部分に左右二本ずつ腕を取り付けた、と表現する方が分かりやすいだろうか。
その姿になぜか生理的嫌悪を感じた達也は、数体のその地上兵器が開口部を抜けて姿を現したと同時に、反射的にトリガーを引き、20mmガトリングガンを数体に向かって叩き込んだ。
機体を伝わってガトリングガンが火を噴く懐かしい音がコクピットまで響き、十発に一発の割合で組み入れてある曳光弾がオレンジ色の光で暗闇を切り裂く。
20mm弾の掃射を受けて吹き飛ばされた四脚四腕の地上兵器は、その勢いで隔壁に叩き付けられて床に落ちたものの、機体に破壊孔ひとつ無くすぐに立ち上がり再び走り始める。
1000m/sを優に越える弾速の20mm焼夷徹甲弾を何発も食らってなおダメージの無いその機体に驚きを感じたものの、達也はすぐさま武器を200mmレーザーに切り替え、再びその四足機械を狙い撃つ。
戦闘で発生した煙や埃が充満する空間を、不可視である筈のレーザー光が、空間に充満する微粒子を灼く事で可視化された四条の光線となって薙ぎ払う。
レーザーが当たった場所が一瞬で白熱し、金属が一瞬で蒸発して爆発を起こす。
白い光の筋が床を灼き、四足の戦闘機械を灼く。
20mm砲弾の直撃を難なく弾いた非常識な装甲を持つ敵地上兵器が、流石にレーザーの超高熱には耐えられないのか、手足や胴体を焼き切られてバラバラにされ、煙を上げながら爆発の衝撃で床に散らばる。
「レーザーで潰せる。20mmとロケット弾は掃き寄せるのに使える。が、ダメージはゼロだ。」
当然彼女達も今の達也の攻撃の戦果を見ていただろうと思うが、念のために口頭で伝える。
達也は再び一瞬で開口部正面に回り込み、同時に左右のフレシェット弾を四発発射し、ガトリングガンで開口部を抜けようとする地上兵器を開口部の向こう側へ押し戻す。
さらにレーザーで開口部の向こう側を一薙ぎして再び壁際に移動する。
今まで居た空間を、再び白熱した敵弾が数十も飛び抜けた。
マリニーと優香里もロケット弾を開口部に撃ち込み、詰め寄る地上兵器を吹き飛ばし、開口部前後にフレア弾を落として辺りを照らし出す。
なおも開口部を抜けようとする敵はレーザーで焼き払い、開口部の周りに瓦礫の山を築き上げる。
「こちらシュウェッツ03、陸戦隊を収容したら離脱する。フェニックス、援護頼む。」
「フェニックス02、諒解。ケツは任せろ。」
HMDの中で紫色に表示される重力反応がひとつ、開口部を抜けた。
しかしその姿は、他の四脚四腕の地上兵器と変わらない。
不審に思い注視すると、四つの腕が左右に一つずつ、白く長い箱のようなものを抱えていることに気付く。
その箱の先端から、白熱した光弾が発射される。
達也がトリガーを引く。
バラバラになり吹き飛ばされる地上兵器の腕が、その箱をしっかりと抱えているのが見えた。
「マリニー、優香里、狙えるようなら、重力反応を重点的に狙え。あれがライフルだ。」
「諒解。成る程ね。」
二人の機体が時折ロケット弾を織り交ぜて敵を牽制しつつ、レーザーを開口部の向こう側に叩き込む。
充満する微粒子にすでに可視兵器となったレーザーの光条が何本も交錯し、まとめて何体もの敵地上兵器を破壊していくが、敵はまるで蟻の巣を突き壊したかの様に無尽蔵に湧き出してくる。
開口部から顔を覗かせようとする奴はガトリングガンで叩き戻し、寄って来る大群はロケット砲で吹き飛ばし、運良く開口部を抜けてこちら側に現れたものはレーザーで焼き払い破壊する。
「フェニックス、こちらシュウェッツ。陸戦隊収容完了。離脱する。もうしばらく持ちこたえて。」
「任せろ。大丈夫だ。向こう側に居ないと良いな。」
「嫌な事言わないで!」
二機のクエイルが、後部ハッチを閉めながらほぼ同時に宙に浮き上がる。
後ろ向きに急加速して離脱しつつ、空中で向きを変える。
まだハッチが閉まりきらないままに前後を入れ替えた二機は、通路の反対側に向かって加速していく。
その後を、隔壁の開口部の向こう側から幾つかの白熱弾が追うが、命中はしない。
中型輸送機という大柄な機体で、この狭い通路を二機で飛びながらそのような芸当をやってのけるパイロットの技量に、輸送機とは言えども空挺団のパイロットの腕は捨てたもんじゃないなと、達也は感心した。
クエイルは二十秒ほどで通路の反対側に辿り着くだろう。
「こっちも引き上げるぞ。一旦隔壁から1500mまで下がる。敵がこっちに溢れても構わん。その間、重力反応を徹底的に潰せ。あれは厄介だ。」
後方外部光学センサーからの画像をHMDに投映して片目で確認しながら、マリニーと優香里に指示を出す。
三機のスーパーサクリレジャーが、レーザーを乱射しながらまるで尻込みをするかの様に数十m/sの低速で後ろ向きに下がっていく。
500mほど下がると、隔壁の開口部全体がレーザー砲のガンサイトの内側に収まった。
後は自動照準システムが、光学とGDDの両方で認識された目標に優先的に照準を合わせるのに従ってトリガーを引くだけで良い。
見たところあの四足地上兵器が持っている武器は、先ほどの白い箱状のアサルトライフルと思しき物だけであり、全ての個体が持っている訳ではない。
そして多分、重力レールガンなのであろうアサルトライフルは、GDDではっきりと認識する事が出来る。
奴等が地上を走る走行速度は200km/h程度であり、加速力もそれほど高くない。追い付かれる事はない。
重力推進を使わず、本当に四本の脚だけで走っているのだろう。
であれば、この撤退戦はそれほど難しいものではない。
少し余裕が出来た達也は、四足地上兵器をズームして観察する。
横向きの胴体は少し大柄で、多分その中に動力源が格納されているのだろう。
縦の胴体部分の最上部に幾つか、まるで複眼の様に直径10cmほどの赤色の丸いものが設置されている。光学センサーだろうか。
四本の腕の先端には器用そうな五本の指があり、二本対三本のカメレオンの手の様な構造になっている。
全体がファラゾア特有の白銀色の金属外殻で覆われており、少なくとも胴体部分は、劣化ウラン製の20mm焼夷徹甲弾を無傷で弾き返すだけの装甲強度を持っている。
「ベヌウ03、こちらシュウェッツ03。敵の地上兵器だ。陸戦隊がかなりやられた。一旦離脱す・・・」
「おい、なんだあれは。向こうから何か大量にやって来るぞ。」
「うお! 何だ! 白い弾・・・ヤバい! 陸戦隊、すぐに戻れ! モニカ、離脱しろ! ヤバい、ヤバい、ヤバい! 奴等隠れてやがったな!」
ピット縦坑まで後退した二機のクエイルがAWACSに通信しようとしたところで、通信がにわかに騒がしくなった。
どうやらピットの外、メインシャフトの底部に着陸して陸戦隊を展開していた連中の方にも襲撃があった様だと、達也は理解する。
屋内に完全に引き込んでから罠に掛けて一気に潰す、という訳だ。まあ、当然だろうな、と妙に冷めた頭で屋内戦のセオリーを思い出す。
「シュウェッツ03、04、フェニックスA1! こちらフェニックスB。 速やかに脱出しろ! シャフトに大量のロボットが出た! 挟まれるぞ!」
「ヤバい、シュウェッツ01、大丈夫か!?」
「陸戦隊! 輸送機に戻れ! 装備は置いていけ! 急げ、急げ、急げ、急げ!!」
「畜生! シュウェッツ03、04、上昇してそのまま外に離脱する! フェニックス、もう良い、こっちは大丈夫! タツヤ! 早く逃げて!」
ピットを上昇して急速に離脱するクエイルのパイロットからの、悲鳴の様な通信が聞こえた。
「マリニー、優香里。慌てるな。尻を見せたらやられるぞ。このまま後退、増速。重力反応だけ狙い撃て。あのライフル弾だけは本気でヤバい。」
「コピー。」
「アンタと一緒だと、ホントこんなんばっかり。」
優香里のぼやきを聞きながら、三機は増速して後退する。
空挺団のパイロットに知り合いは居なかったはずだが、と自分の名前を呼んだ女の声を思い出し、冷静にトリガーを引きながら達也は訝しんだ。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
お初の地上兵器です。
戦闘機と輸送機とで屋内戦とか、意味不明なんですが? という非難の声が聞こえてきそうです。
仕方ないですね。本作のジャンルは航空アクションなので。 (ドヤ
・・・あっ、石を投げないで。




