41. 敵艦隊再侵攻
■ 11.41.1
高度4800m、一秒を切る頻度でのランダム機動を繰り返しながら、眼の前に立ちはだかる壁のようなファラゾア戦闘機の群れの中に、M4.0(約1400m/s)で急速に接近する。
機動性と高速性を追求したスーパーサクリレジャーの機体は、ファラゾアの戦闘機械に使われているオーバーテクノロジーを解析して開発された高耐熱チタン合金を多用してある為、高度5000m以下の濃密な大気の中でM4.0の高速による断熱圧縮で発生する高温にも耐えられる。
それは、主翼という巨大な突起物を廃して、まるで宇宙戦闘機のようにコンパクトにまとめられた機体形状に依るところも大きい。
他の友軍機が交戦の為と敵に対する角速度を稼ぐ為に、敵の集団と接触する直前に進路変更しているのに対して、達也はランダム機動を続けつつも針路は一切変更せず、M4.0のまま真っ直ぐ敵の群れが作る銀色の雲の壁の中に突っ込んだ。
途端にHMDの表示が賑やかになり、辺り一面どちらを向いても敵の存在を示す緑色のTDボックスで視野が埋まっている。
ランダム機動と進路変更、機体姿勢変更を複雑に組み合わせながら、達也は手当たり次第に周囲の敵を攻撃する。
ガンサイトに敵マーカを入れさえすれば、狙うに最適な敵機を瞬時に判断し、自動で照準を付けてくれる自動照準機能は非常に有り難かった。
達也がやらねばならないことは、敵に狙いを定めさせないように常に機位を変えるためのランダム機動を行い続ける事と、味方機の位置や敵の密度、攻撃を途切れさせない為の有利な動線などを考慮した進路変更を伴う戦闘機動を続ける事だけだった。
感覚的には、頭の2/3程を使ってその判断と行動を行い、残り1/3程を使って機体の向きを変えて敵機をガンサイト内に捉え、敵マーカがハイライトした瞬間にトリガーを引くという動作を行っていた。
背中や首筋に、冷たく落ち着かない寒気か軽い痛みにも似た嫌な感触を感じた時は、それは敵に狙われている、或いは不利な位置を敵に取られた事を本能的に感じ取ったサインであり、それを感じたならば敵位置を確認する等よりも先に、少しでも有利だと本能が囁く空間に向けてすぐさま操縦桿を捻る。
空力を無視した連続的な鋭角的な方向転換と一瞬たりとて気の休まる暇の無いランダム機動の中、達也は周囲を見回してA中隊各機の生存を確認する。
夥しい数の緑色のマーカでHMDの視野が埋め尽くされる中、それらに埋もれる様にして時折味方機を示す青色のマーカが視野を横切る。
マリニー、ジェイン、優香里、再びマリニー、優香里、沙美、ジェイン、ナーシャ、またマリニー。
自機の方向転換で正面に見えている方角がめまぐるしく変わる中、戦闘機動で激しく位置を変える味方機が視野を横切る度に、マーカに添付されたキャプションを確認していく。
A中隊は全機元気に飛び回っているようだった。
離脱を申告する機体が無いという事は、どの機体も深刻なダメージを負ったりはしていないのだろう。
「こちら統合管制オッキオ01。太陽L1ポイントの敵艦隊が行動を開始した。戦艦一、空母二、護衛艦八。状況から、キヴ降下点に投入されるものと推定される。攻撃開始は推定七分乃至九分後。空域の全機は艦砲射撃に警戒せよ。敵戦闘機推定九千機の降下が予想される。併せて警戒せよ。敵艦隊情報は逐次知らせる。」
戦域に散っているヒュドラなどの電子戦機による妨害の影響で酷い通信品質のラジオ通信ではあったが、AWACSからの警告は十分に聞き取れた。
警戒せよ、と言われても、前線で敵味方入り乱れての激しい戦闘中に、頭上から降ってくるレーザー砲撃を警戒するのは不可能だった。
せいぜいすでに照射されたレーザー砲の移動先を避けるか、後は当たらないことを祈る程度しか出来ることはない。
一方その頃、太陽L1ポイントを発した敵艦に対応する為、フランス・エクサンプロヴァンス基地に待機していた連邦宇宙軍第9102と9104戦術戦闘機隊の三十機は、慌ただしくスクランブル発進を行っていた。
連邦空軍機色と同じダークグレイに塗られたMONEC社製ミョルニルが、スタブ翼の上下に四発のグングニルmk-2ミサイルを搭載し、一機、また一機と南仏の淡い青色の空へと駆け上がっていく。
この二部隊は当初、作戦の開始に呼応して行動を開始するであろう敵艦隊を迎撃するために、月L1ポイントで待機する事を提案されていたのだが、作戦開始時の月の位置が悪いこと、作戦地域であるアフリカ大陸から比較的近い位置に基地があることから、先に出撃した9060TFSと同様にエクサンプロヴァンス基地にてスクランブル待機していたのだった。
三十機のミョルニルが、まるでSF映画さながらのスクランブル発進を行っている。
黒い機体が次々に駐機場からふわりまたふわりと浮き上がり、そのまま50mほどするすると上昇した後に機首を上に向けると、次の瞬間その姿はかき消すように見えなくなる。
100Gで加速した機体は、僅か5秒後には高度25000mに達し、速度も4.9km/s(M14.4)となる。
断熱圧縮で加熱された大気の炎の尾を一瞬だけ淡く引きながらも、そのまま加速して機体は大気圏外へと躍り出る。
数秒間高熱に晒された機体外殻の温度上昇は、熱伝導と熱容量を考慮された設計により300℃にも達することは無い。
やがて宇宙空間に出れば地球大気も無くなり、今度は逆に機体表面から放熱が始まる。
二部隊三十機のミョルニルは、高度100kmを越えたところで編隊を整え始め、10000kmに到達する頃には、各小隊がそれぞれ機体間隔を500mほど開けたデルタ編隊となって、緩く隙間の空いた編隊を組み終えた。
地球から約32万km、月L1ポイントにて太陽L1ポイントに停泊している敵艦隊の動向を詳細に探っていたSWACS(Space Warning and Control System )母機、Boeing社製ギプス(Gyps:マダラハゲワシ)から、9102TFS編隊長機へと通信が入った。
「スターバック、こちらカルリシアン01。貴部隊の発進を確認した。敵艦隊はアラビア半島上空領域、地球から80万kmの宙域を1500Gにて加速中・・・待て、状況が変わった。敵戦艦は約3000Gで減速に入った。月軌道周辺宙域に停止する予想。空母二と護衛艦八は引き続き1500Gにて加速中。地球近傍まで突入し軌道降下を行うと思われる。
「スターバック(9102TFS)は敵戦艦を迎撃する。アシーナ(9104TFS)は空母と護衛艦だ。目標情報と軌道情報を送る。スターバックはカウント10で1000G加速。アシーナはカウント20で1000G加速。データは行ったか?」
「カルリシアン01、こちらスターバック・リーダ。データ受信した。カウントダウン、8、7、6・・・」
「カルリシアン01、こちらアシーナ・リーダ。こちらもデータ受信した。全機受信確認。カウントダウン開始する。13、12、11・・・」
三十機のミョルニルが二グループに分かれて、最大加速度1000Gで地球を離れる。
対するファラゾア艦隊の十一隻のうち、戦艦一隻が地球から約40万kmの位置から艦砲射撃を開始し、その後25万kmの位置で地球に対してほぼ静止しつつ砲撃を継続する。
月軌道の内側に布設されている、桜花R3と移動砲台トリパニアによる防衛システムが戦艦に対して攻撃を加えているが、数千kmの彼方からリリースされ着弾まで10秒以上の時間がかかる桜花は回避されてしまい、またトリパニアのレーザー砲は命中弾を出しはするものの、位置を特定されてしまい、より強力な戦艦の艦載砲で次々と撃破される。
地球人が苦労して布設した防衛システムは、敵戦艦に対して無力とは言わないまでも、しかし有効な損害を与えるに至ってはいなかった。
「スターバック、こちらカルリシアン01。敵戦艦は予想より内側に入って静止した。修正軌道情報を送る。12秒後に進路変更。約50秒後にミサイルリリースだ。敵戦艦がこちらの動きに対応して移動する可能性がある。修正軌道に基づいたナビゲーション指示に従え。」
「スターバック、コピー。10秒後に進路変更。その後はシステム指示に従う。」
数kmの間隔で密集した5つのデルタ編隊を組んだ9102TFSは敵戦艦との相対速度を約1200km/sとし、さらに加速しつつ地球に向かって艦砲射撃を繰り返す戦艦に急速に接近する。
3000Gの加速力を持ち、敵戦艦の強固な重力シールドを突破出来るゼロスペース機能を持つグングニルmk-2ミサイルではあるが、敵戦艦は同等の3000Gかそれ以上の加速力を持つ。
タイミングを上手く合わせて最初の一撃で命中を出せなければ、戦艦に逃げ切られてしまうか、或いは最悪逃げ回られつつ艦砲射撃を継続される恐れがあった。
SWACSからの情報に自機の索敵情報を加え、細かな軌道修正を要求してくる航法システムの指示に従い、十五機のミョルニルは何度も針路を微調整しながら相対速度1548km/sでファラゾア戦艦に襲いかかった。
しかし、9102TFSがミサイルをリリースする僅か3秒前、ファラゾア戦艦は突然加速して9102TFS針路と垂直の方向に3500Gで移動した。
最大加速度1000Gのミョルニルと、3000Gのグングニルmk-2ミサイルはファラゾア戦艦のこの動きに追従することが出来ず、リリースしたミサイル三十発は空振りして虚空に消えていき、9102TFSも戦艦から1500km近く離れた空間を通過した。
ミサイルリリース直後に三機が撃墜されて十二機となった9102TFSのパイロット達は、秒速1500kmで後方へ遠ざかる敵戦艦のマーカを恨めしげに睨みながら、航法システムの指示に従い最大加速で減速して再攻撃の準備に入る。
一方、戦艦よりもさらに地球に近づいている空母二隻と護衛艦八隻を迎撃に向かった9104TFSは今まさに敵艦隊と接触しようとしていた。
空母艦隊に対しても布設型迎撃ミサイル桜花R3と移動無人砲台トリパニアによる防衛システムは作動しているが、桜花R3は空母に対して一発の命中弾を出しはしたものの、一隻の空母に十二基搭載されている戦闘機格納庫の僅か二つを大破させたのみであり、空母の侵攻自体を止めることは出来ていなかった。
トリパニアのレーザー砲も多数の命中弾を出しはしているものの、巨大な空母に多数の引っ掻き傷を付けた程度の損害でしか無く、こちらも致命的なダメージを与えることは出来ていない。
空母艦隊は戦艦に較べて地球周辺宙域に深く侵入しているため、航路の選択に余裕があった9104TFSは相対速度1087kmで二隻の空母の側背を強襲する航路を採っていた。
最大の加速度が1000~1500G程度である空母と、その加速度に足並みを揃えざるを得ない駆逐艦は、単独で行動する戦艦に較べて撃破しやすい目標と言える。
また空母は戦艦のような大口径のレーザー砲を備えておらず、接近中に撃墜される危険性が低いとされる。
しかし実際のところ、地球人が宇宙空間で戦える戦闘機を開発したのちに、敵空母による軌道降下は行われたことが無いため、空母を目標とした攻撃は今回が初めてであった。
減速する空母艦隊に対して、斜め方向から接近する戦闘機隊があと数十秒でミサイルリリースを行おうという位置に接近したその時、未だ減速し切れておらず地球に対して数百km/sの速度を保ったまま、二隻の空母が戦闘機格納庫を開放した。
巨大な戦闘機格納庫が僅か数秒という目を疑うような早さで開放され、格納庫の中から数千機という戦闘機が一斉に発進する。
そのうちの一部は、今まさに空母に接近しようとしている9104TFSに対して迎撃行動を取った。
それは、固定武装を殆ど持っていない筈の空母の周辺空間に、一瞬にして小口径とは言え数百もの移動砲台が展開したに等しい。
クイッカーが搭載する中口径のレーザー砲でも、一発の直撃弾で地球側の戦闘機は深刻なダメージを負うこととなる。
ましてや駆逐艦の砲塔並のファイアラーの大口径レーザー砲を食らえば、確実に一撃で撃破される。
ファラゾア戦艦の艦載機の用法について教育を受けていたミョルニルのパイロット達は、空母の周りに敵戦闘機が展開したその意味を十分に理解していた。
しかし、ミサイルリリースポイントを目の前にして、すでに攻撃の態勢を整え終えてている彼らが今更軌道修正を行うことは出来ない。
もし今恐怖に負けて軌道修正を行えば、ミサイルリリースのタイミングを完全に失う事となり、長い時間を掛けて減速し、再び加速して攻撃の態勢を整え直さねばならないのだ。
そんな反復攻撃をするくらいならば、地上から別部隊を上げた方が早い。
彼らは実質的にただ一度きりの攻撃のチャンスを逃さぬよう、無茶を承知で航路を維持して、そのまま突っ込んだ。
「オリヴァーが!」
「ルーディガー、05ダウン!」
「アシーナ全機、突撃針路そのまま! ミサイルリリース5秒前、3、2、1、リリース! 全機、ブレイク、ブレイク!」
「クソッタレがぁぁ!」
「敵機に構うな! 避けろ!」
ミサイルリリース直前で二機が撃破され、十三機となった9104TFSが各機二発ずつ放った二十六発のグングニルmk-2は、細大加速3000Gでファラゾアの空母艦隊に向かって突進する。
リリースから着弾まで僅か3秒。
遠距離からのミサイル攻撃では目標の空母や駆逐艦に回避行動を取られてしまうことを恐れ、ギリギリまで肉薄してのミサイルリリースが功を奏したか、片方の空母に四発が直撃し撃沈、もう一方の空母に三発が直撃し大破させた。
併せて八隻の駆逐艦の内三隻を撃破しており、戦術戦闘機隊一部隊としては十分な戦果を挙げることが出来たといえる。
「アシーナ、こちらカルリシアン01。見事な戦果だ。残った駆逐艦は後続のブーマー(9103TFS)が始末する。一息ついたところで悪いが、次の目標は敵戦艦だ。スターバックが墜とし損ねた。スターバックが戻るより、お前達が進路変更した方が早い。修正航路を送る。最大加速で180秒後にミサイルリリースだ。出し惜しみ無しで、全弾食らわせてやれ。」
「アシーナ目標変更、戦艦を攻撃。諒解。航路データを確認した。全アシーナ、進路変更、最大加速。」
空母二隻を撃破し士気が高揚している9104TFSは、急な攻撃目標の追加にも不平一つ云う事無くSWACS指示に従って針路を変更した。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
地上ではキヴ降下点に向けた総攻撃が始まり、一方宇宙では・・・というお話です。
ちょっとこの戦い長くなりすぎてますね。
いい加減締めて次の展開に持っていかねば。




