33. サヴァナ (Savanna)
■ 11.33.1
六機のスーパーサクリレジャーが縦横無尽に空を駆け巡る。
空力飛行を手放し、ほぼ重力推進によってのみ空を飛ぶように設計されたその機体は、風に乗って空を舞う優雅さを失った代わりに、空気に縛られずに思いのまま飛翔する鋭さを手に入れた。
その機体が空中で進行方向を変える様は、すでに旋回と言うよりも方向転換とでも言うべき動きであり、従来の飛行機の飛び方に目が慣れた者にとって、それは余りに異質で、そして鮮やかで機敏であった。
その軌跡を追って空中に線を引いたならば、角張って折れ曲がった直線の連続、或いは時に鋭角にさえ折り曲げられた立体的な長い折れ線、とでも言うべき形を描くであろう。
その尖って折れ曲がった直線の軌跡のみならず、一瞬で視野から消え失せる加速度や、進行方向とはまるで異なる方向に向いた機首から繰り出される攻撃用のレーザー光など、その全ての動きはすでに地球の航空機では無く、ファラゾアの小型戦闘機械のものに酷似していた。
勿論、ファラゾアの戦闘機械に較べればその性能はまだ低く、性能諸元を数字で並べるならば大きく見劣りするであろう事は間違いなかった。
しかし強い酸化性ガスで濃密に満たされた地球大気圏内というこの戦闘空間の限定された条件下において、機体破壊を逃れるために限界性能を発揮することは出来ず、性能の上限に蓋をされた様な状態においては、スーパーサクリレジャーはファラゾア小型戦闘機械と互角の性能を有していると言って良かった。
通称ファラゾアン・ホワイトと呼ばれる美しく光沢のある白銀色に塗られたファラゾア戦闘機械と、地球連邦空軍機色である暗闇になりきれない影のような黒灰色に塗られたスーパーサクリレジャーと。
区別の付かない動き方をするこの二種の戦闘機械が空中で入り交じり、強い陽光を反射して煌めく白い機体と、その光を拒絶した影のような黒い機体が、縺れ合い刺し合いながら空間を転がるように移動する。
黒い影のような機体に引きずられ追いかけるように動く白い機体が、一つ、また一つと突然失速し、薄煙を引きながらくるくると回転しつつ落下していく。
別の白い機体は、突然輝くように発光し、爆発の破片を飛び散らした後にやはり錐揉みで煙を引きながら落ちていく。
黒い機体を追いかけるもの、迎え撃とうと動くもの、他の機体と共に囲もうとするもの。
いずれも、蒼穹に落とされた影のような機体が動くにつれ、その周りで動くファラゾア機がまるで役目を終えた白い花びらの様に、次々と力なく地上へと落ちていく。
そのようにして空間を飛び交うスーパーサクリレジャーが六機。
いずれの機体もまだ目立った損傷は無く、その最新の機体性能と、機体を駆るパイロットの卓越した技量を存分に発揮して、周りの空間を埋め尽くすファラゾア機を手当たり次第に撃ち落としていく。
「ねえねえ、あれってライオンの群れじゃない? うわー、あたし野生のライオン初めて見る~。」
HMD正面に投映される円形のガンレンジ内に存在する敵機を認識し、適度に距離が近く撃墜しやすいものから優先的に選択して、システムは同時に四機の敵に対して一瞬の内に自動で照準を合わせる。
トリガーを引けば四門のレーザー砲からレーザー光線が放たれて一瞬の内に着弾し、敵機を破壊する。
十年もの時を掛けて改良され強化された200mmx200MW光学砲は、初期のレーザー砲とは比べものにならない破壊力を発揮し、一秒に満たない照射時間でクイッカーを十分に破壊できる。
「まあ、アフリカ育ちじゃなきゃ、野生のライオンなんて見る事無いでしょ普通。」
地上を逃げ惑うように走る金色の毛並みの動物の群れに歓声を上げるジェインと、興味もなさそうに素っ気ない答えを返すナーシャ。
「あたしってさー、NYC育ちじゃん? 動物なんて犬か猫か鼠しか居ないしさー。」
「なに? 自慢なのそれ? てか、あのディストピアで犬猫って食料でしょ。鼠も喰ったの?」
二十機ほどの集団がほぼ真上から垂直降下してくるのに気付くやいなや、二機のスーパーサクリレジャーが一瞬で機首を上に向ける。
AGGセパレータ技術が開発された後、機体のロールも重力推進で制御できるようになっているが、この機体は四枚の尾翼と二枚のカナード翼を組み合わせて空力で機体を回転させることも出来る。
高度18000mから急速に降下する二十三機のクイッカーは、二機のスーパーサクリレジャーの合計八門のレーザー砲により次々と破壊され、僅か五秒ほどで全滅した。
「あ、あの黒っぽいの、ハイエナでしょ? あ、子供もいる。あは、かーいー! 必死で逃げてるー。」
「そりゃまあ、頭の上でこれだけドンパチやられりゃ、怖くて逃げるでしょうよ。撃墜された敵機ボコボコ地上に落ちてるし。」
上を向き降下してきた敵を撃破した二機の内、一機はそのまま目の覚めるような加速で垂直上昇し、もう一機は機首を上に向けたまま僅かに高度を上げつつ水平に加速した。
上昇したナーシャ機は、上昇しつつ進行方向の敵を次々と撃ち落として自らの航路を切り開き、開けた空間に飛び込んで周りの敵をさらに撃墜しながら高度15000mまで上昇する。
ほぼ水平に移動したジェイン機は、上空を飛ぶファラゾア機に次々に照準を合わせて撃墜しつつ、さらに横向きに移動していく。
666th TFWはC中隊が装備するグングニルにてキヴ降下点上空12000mに停泊する敵戦艦を撃沈する使命を帯びており、そのためにはミサイルリリースポイントに到達するまでの数百kmもの空間を埋めるファラゾア戦闘機を排除しつつ進まねばならない。
適当にやりたい放題やっているだけに見える二人の行動であるが、敵が多く存在する上空に突入して辺りの敵を殲滅するナーシャと、C中隊の進行方向に向かって自機を水平に移動させつつ上空の敵を狙い撃ちするジェインと、いずれの行動も効率よく大量の敵を殲滅し、またC中隊の安全を確保する事も出来る理に適った行動だ。
「象さんいないかなー。キリンでも良いんだけどなー。あ、シマウマもいいなー。」
ほぼ水平に移動していジェインの機体からは、相変わらず地上の様子がよく見える。
機首だけは上を向いて、次から次へとガンサイト内に入り込んでくる敵を照準システムが捉え、四門のレーザーが一秒間に数機という数年前では考えられない効率で敵機を撃ち落としていく。
「アンタ達・・・よそ見してて墜とされたらただの馬鹿だからね。」
と、呆れ声の沙美。
沙美機は、敵機の密度が多いところを見つけてはそこに接近し、敵機集団の中には飛び込まずその周辺を何度も通り過ぎるか、或いは敵の集団の周りを周回するようにして、こちらも効率よく敵を墜としていく。
以前はセオリー通りにデルタ編隊を組んで敵の群れの中に突っ込んでいく戦い方をしていたA2小隊であるが、スーパーサクリレジャーという限定的ながらもファラゾア戦闘機に匹敵する機動力を持つ機体を手に入れてその戦い方を変え、達也達のA1小隊同様に互いにある程度の連携を取った個人プレーで戦うスタイルに変わっている。
そのためA2小隊長である沙美も、編隊を率いるわけでなく単機で戦っている。
「アホの子がシマウマ探してて地面に激突したら、末代まで笑ってやるわ。」
一般的にファラゾア機の密度が濃い8000m前後の高度を維持して戦っているナーシャ機は、断続して行われるランダム機動に、スーパーサクリレジャー特有の重力推進による横向き飛行や時には後ろ向きにさえなって、その動きはまるで複雑なステップを踏むダンスを踊っているようにも見える。
「残念でした。激突したらあたしは死ぬから、末代はあたし。」
ジェイン機の前方から数百発のミサイルが打ち上がる。
ヘッジホッグが地上で待ち伏せを行っていたものと思われた。
誰が音頭を取ったわけでもなく、ミサイルの群れに四機のスーパーサクリレジャーからの一六本のレーザー光が集中する。
勿論ジェインも、低空を嘗めるように飛行しながら前方で上空に向かって駆け上がっていくミサイル群を狙う。
発射直後の過密状態のミサイルの何発かが破壊され爆発すると、その周辺と後続のミサイルがその爆発に突っ込み、誘爆する。
それでもミサイルの数はまだ多く、百発以上のミサイルが上空に向かい、低空で交戦しながらもキヴ降下点へと向かうC中隊の方角へと進み始めた。
突然そのミサイルの群れの前に黒い機体が二機現れ、ミサイルの集団の前方を横切るように飛ぶと、殆どのミサイルがその動きに釣られて二機を追尾し始める。
すでに音速の数倍の速度が出ているミサイルを引き連れ、二機のスーパーサクリレジャーがゆっくりと進路を変えて地面に向けて急降下し始めれば、今上昇してきたばかりのミサイル軍もそれを追尾して急降下する。
音速を超えて地面に激突しそうな勢いで急降下した二機は、対地高度100mほどの高さで突然静止し、そのまま水平に加速した。
速度が十分に乗りすぎており、追尾能力も甘いファラゾアのミサイルはこの動きに追随することが出来ず、次々と地面に突っ込んでは爆発の火球を生じる。
その頃には水平に飛ぶ二機はすでにミサイルに興味を失ったかのように、上空を飛ぶ敵戦闘機に向かって攻撃を開始している。
結局無事にC中隊に到達したミサイルは三十発にも満たず、低空で慎重に行動しているC中隊も、流石にこの時は重力推進を使った急加速を繰り返すことでこれを避ける。
過去二回の降下点攻略作戦においてファラゾアは駆逐艦隊を大気圏内に投入して降下点防衛を行おうとしたものの、いずれの場合も桜花ミサイルによって駆逐艦隊が撃破されたことから、今回はこれまで以上の数の駆逐艦を投入してくるか、或いはより大型の艦艇、即ち戦艦を投入してくる可能性が高いと予想されていた。
桜花或いはグングニルを多数搭載する攻撃機である桜護は、機体の大きさが潜水空母搭載可能サイズを大きく超えているため陸上基地からしか運用できない。
それがこれまで潜水機動艦隊の艦載機部隊が戦闘機のみで構成されてきた理由であったのだが、この度666th TFWのC中隊に配備された高島重工製「斬光」は、推進装置にP-Hybridを採用したことで機体形状に余裕が出来、潜水空母搭載可能サイズでありながら胴体下に二発の桜花系ミサイルを搭載可能とした。
その斬光に搭載するために666th TFWに与えられたミサイルは、最新のグングニルmk-2ミサイルであった。
先の降下点攻略戦で投入されたグングニルの実戦使用フィードバック情報を反映して改良されたグングニルmk-2は、搭載されたゼロスペース機能(ごく短時間、ミサイル弾体周辺に限られたごく小さな空間に限り、ファラゾア艦が展開する重力シールドさえも無効化する「絶対均一時空間」を展開することが出来る)を十分に有効に利用するための改良が行われている。
地球を含め大気がある惑星地表近傍での使用の場合、大気の断熱圧縮による高熱が発生するため、ミサイルは宇宙空間に較べて十分な速度を出すことが出来ない。
例えゼロスペース機能があろうとも、速度が上がらず敵艦に避けられてしまっては命中率は大きく低下する。
グングニルmk-2では、対地ミサイル菊花で採用されたものと同様の分厚い帽体が取り付けられているため、敵艦に突入する数秒前からミサイルは最大加速で急加速することにより、敵艦が回避行動を始めるタイミングを外すことが出来る。
爆発シーケンスにも手が加えられており、着弾と同時に爆発するミサイルは、先端の分厚い帽体でまるで徹甲弾のように艦体の中に侵入しながら激発する。
逆に敵艦に避けられてしまったミサイルは、例え地上に激突しようとも爆発しない。
ゼロスペース機能によりファラゾア艦の重力シールドを無効化する事が可能であるため、着弾直前で針路を大きく逸らされることがなくなり、着弾の成否を予測できるようになった事で搭載されたシーケンスである。
「クラーケン02よりフェニックス。ミサイルリリースポイントはZone04外縁、即ち目標より地上距離で500km。敵戦艦の現在高度12000m。目標から500kmの距離で、高度1200m以下は地平線の下になる。フェニックスCが高度10にて全ミサイルをリリースした後、全フェニックスは反転、地平線以下の高度を保ちつつZone07まで戻れ。
「フェニックス、距離と干渉ノイズでそちらの正確な位置が把握しづらい。済まないが、リリースポイントはそちらで判断してくれ。
「分かってると思うが、迂闊に地平線の上に出るんじゃないぞ。戦艦の艦砲の集中砲火を受けたら、戦闘機なんざ一瞬で蒸発するぞ。」
現在達也達はZone06-10をキヴ降下点に向かって侵攻中であるが、AWACS子機は現状Zone09辺りまでしか前進出来ないので、距離が離れたことと、周囲に大量のファラゾア機が居る事でAWACS搭載のCOSDAR探知精度が低下してしまい、正確な誘導が出来なくなっているようだった。
一部隊だけで敵密度の濃い中に突出した事に依る障害だった。
もっともそのAWACS側も、以前は「始末屋」という役割を担っていた、現場での戦況判断に長けたST部隊であるため、早々に諦めて自分達で判断しろと匙を投げた様だった。
「フェニックスCは現在Zone06-10。リリースポイントまで約150km、約200秒。」
C中隊の後ろ側に付いているL小隊の、攻撃隊であるC中隊の現在位置を読み上げるレイラの声を聞きながら、達也は正面を見る。
HMDには、地平線の向こう側、即ち地面と重なる様に六つの紫色のTDボックスで敵艦隊が表示されていた。
敵戦艦を示すマーカにはPH-BB-001、002と表示され、駆逐艦にはPH-DD-001から004が表示されている。
要は、こいつらが地平線の上に出てきて、直接目視できる状態にならない様に飛べばいいわけだ、と納得しつつ、達也はまた操縦桿を捻り、トリガーを引いた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
そう言えば、準主役級なのにこいつら全然出てきてねえな、と思い、A2小隊の三人娘を書いてはみたのですが・・・
・・・ホントにただのアホの子にしか。w




