16. 地球連邦宇宙軍コルベット艦VTSP-004「オルペウス(Orpheus)」
■ 11.16.1
二十人乗りの兵員輸送機MONEC T06A「チコーニャ(Cicogna)」が青色の地球を背景にしてゆっくりとL1ポイントに接近し、減速する。
チコーニャは小刻みに位置を調整し、既にL1ポイントに停泊していた全長50mほどの小型船の近くで速度を合わせて停止すると、エアロック兼用となっているカーゴルームの後部ハッチを開放した。
連邦空軍機色と同じダークグレイで塗装されたそのコルベットは、その先端を太陽に向けている金属製のパネルが繋ぎ合わされた八角錐の構造物、通称「アンブレラ」の影になるように停泊しているが、艦体各所に設けられているハードポイントには、大型のタンクやミサイルなど多数の装備が取り付けられており、元の形が分からない程の一大オブジェと化していた。
チコーニャの開いたハッチから四つの船外活動服(Extravehicular Activity Suit:EAS)がゆっくりと機外へ出てきて、一人ずつ狙い澄まして機体の外装を蹴ると、命綱を曳きながらコルベット艦に向かって漂い、30秒ほどの宇宙遊泳の後コルベット艦に到達した、
EASはコルベット艦のエアロック付近に展開されていたキャッチャーネットに捕らえられると、一辺20cm程度の網の目をザラル繊維ザイルで編まれたネットを伝って、こちらも開放されたままのエアロックに到達する。
開放中であることを示す赤色の明かりに満たされたエアロックに到達したEASは、腰に固定された巻き取り式の安全索の先端に付いているカラビナをエアロック内の取っ手に引っかけて安全を確保し、チコーニャと繋がっているザイルを取り外した。
四名のうち最後の一人がエアロックに入り、チコーニャと繋がっているザイルを取り外して、ザイルがチコーニャに向けて巻き取られていったことを確認すると、最後の一人がエアロック周辺に展開されたキャッチャーネットを半手動で折り畳み、コンパクトにまとまったネットをエアロック内に引き入れた後、エアロックの外扉を閉じた。
外扉を閉じて手動で扉をロックすると、扉の位置を示すために周囲を囲むように赤く灯っている明かりが、ロックされた事を示す緑色へと変わった。
艶消し白に塗装されたエアロック内を緑色の明かりが満たす中、最初にエアロックに入ったEASが与圧ボタンを押すと、エアロック室内の四方から空気が噴出する。
エアロック内に空気が充満し始めたことで、急速に空気が充填されていく耳障りなノイズが徐々に聞こえるようになり、やがてその音も収まると、エアロック内の全ての明かりが白色に変わり、与圧が完了したことを知らせた。
内扉脇に表示されている圧力計を確認し、エアロック内の気圧が700hpa(0.7気圧)であることを確認した後、この新造コルベット艦の艦長にまさに今着任したハインリヒ・ヴィルデンブルッホ少佐はEASのヘルメットを取り、大きく息を吐いた。
気圧計を確認していた艦長がヘルメットを取ったのを見て、他の三人も次々とヘルメットを取り始める。
「全く、無茶苦茶やらせやがるぜ。船の間を宇宙遊泳して移動とか、有り得ねえだろ。」
ヘルメットを取った副艦長トレイシー・ファッブリ大尉の第一声は、L1ポイントで待機していた自艦への移動方法に関する愚痴だった。
「しゃあないっすよ。宇宙ステーションなんてえシャレたもの作れるほどまだこの宙域は安全じゃないっすからね。」
皮肉そうな苦笑いを浮かべながら、航海士であるジェラルド・ミハルチーク中尉がそれに応える。
地球上に打ち立てられたファラゾア降下点とその周辺に設置された地上施設は、これまで実行されてきた戦術級計画ボレロによって、十二箇所存在した内の十一箇所までが殲滅され、地球大気圏内部の大部分において地球人類は制空圏(Air Superiority)をその手に取り戻すに至った。
同時に大気圏内から攻撃可能である高度1000km以下の低層周回軌道についても、それに附随して大きく安全が確保出来ている。
月軌道までを含めた地球周辺宙域に関しては、宇宙用戦闘機による地上基地からのスクランブル、ラグランジュポイントなどの重要領域を中心に、月軌道を含んだ宙域に散布設置された桜花型対艦ミサイルと移動砲台によって、一応の制宙権(Space Superiority)は確保されたと見なされている。
しかしながら、地球から三十八万kmの月軌道までを含む球状の空間は、やっと宇宙に手が届いたばかりの地球人類にとって余りに広く、実際のところは有力なファラゾア艦隊が突入してきた場合には、防ぎ切れていないのが現状であった。
また、射程百万kmを上回るものと考えられているファラゾア戦艦の大口径レーザーにて超遠距離から狙撃された場合、一応は奪い返したと考えられている月軌道内部の空間に於いてもこれを防ぐ手立ては殆ど存在しなかった。
その為、駆逐艦ドラグーンが公式に泊地として指定しているL1ポイントを含め、地球周辺宙域に完全に安全と言える場所など無く、その存在が知られれば地球人類の手が簡単に届かない百万kmも彼方のアウトレンジから易々と狙撃され撃破されてしまうであろう、座標固定された宇宙ステーションのようなものを建造する事は未だ夢のまた夢と云った状況であった。
エアロックの中の四人とも、口を動かしながらも手を動かしている。
ザラル繊維など、ファラゾアから得たオーバーテクノロジーを多用する現代の船外作業服は、二十世紀の宇宙進出黎明期のものと較べてかなりコンパクトになり、構造も簡単で一人で着脱可能となっている。
それでもまだまだ動きにくいことには変わりなく、与圧されている艦内では艦内服で任務に当たるのが普通となっている。
艦内服とは、要はESAのインナースーツであり、緊急時など艦内服の上にすぐそのままESAを着用できる。
宇宙空間での任務が長い四人であり、要領よく手早くESAを脱ぐと、かさばるESAを引きずりながらエアロックの内扉を抜け、艦内主通路を挟んでエアロックの向かい側にある、通称「クローク」と呼ばれるESA保管室に設えてある保管用固定具にESAを引っかけて固定する。
「よし。手早くお出かけの準備だ。所定の出発時間に遅れたら、軌道計算のやり直しになるからな。」
ハインリヒは三人に声を掛けると、無重力の艦内をクロークから艦橋に移動する。
艦橋という大層な名称が付いてはいるが、実際のところその部屋は彼らが従来乗り組んでいたOSVのコクピットよりも少々広い程度であり、エアロックの内扉から艦内主通路を僅か数m艦首方向に進んだだけの突き当たった先にある。
無重力の艦内を泳ぐようにして艦橋に入室した四人は、艦橋で作業している整備兵に声を掛ける。
「艦長のハインリヒ・ヴィルデンブルッホ少佐以下四名、着任した。起動作業を交代する。」
ハインリヒは空中を漂いながら腕だけで敬礼を行う。
作業を行っていた整備兵二名がそれぞれ、ハーネスを外して艦長席と副長席から立ち上がり答礼する。
「お待ちしておりました。起動シーケンスは完了し、搭載してある各種装備を放出するための火器管制システムのベリファイ中です。進行度は65%。あと数分で完了します。」
「諒解した。ご苦労だった。以降の作業はこちらで引き継ぐ。二名の退艦を許可する。」
「イエス・サー。作戦の成功をお祈りしております、サー。」
二人の整備兵は敬礼したまま返答すると、席を空け、空中を漂って艦橋から出て行った。
起動作業を終えた二人は、クロークの隅に重ねてあったESAを着た後艦外に出て、四人が乗ってきたチコーニャに乗り地球に戻る予定となっている。
「艦管制システムオールグリーン。サブシステム、火器管制システムチェック中。78%完了。リアクタフュエル100%。外部燃料タンクフュエル100%。エアコンディショニングシステム、グリーン。艦外ハードポイント、Gプラットフォーム十基、グリーン。プラズマジェットアタッチメント三基、グリーン。各アタッチメントのリアクタフュエル、オール100%、グリーン。FOX1、十機、グリーン。アーマメントコントロールシステム、チェックコンプリート、グリーン。オールサブシステム、グリーン。VTSP-004『オルペウス』、発進準備完了。」
トレイシーが手元のコンソールに表示される起動シーケンスの結果を読み上げ、発進準備完了と宣言すると同時に、ハインリヒも手元のコンソールを見て予定発進時刻までの余裕を確認する。
L1ポイントには、陸上基地のような管制官も居なければ、管制塔も存在しなかった。
それもそのはずで、今のところはこのL1ポイントを泊地としているのは、つい先日進水したばかりの地球人類初の宙航戦闘艦である、駆逐艦「ドラグーン」ただ一隻であり、そもそもが管制官などを常駐させて交通整理をせねばならないほどに地球人類は宇宙船を保有していなかった。
この度この雷級コルベット四番艦であるオルペウスがL1ポイントを出港地としたのは、大量の装備品をハードポイントに満載するためには宇宙空間で取り付け作業を行うほかに方法が無かった為であり、本来コルベット艦はOSVと同様に地上基地を母港とするのだ。
理由はどうあれ、停泊地に管制官がいないことは事実であり、その為彼ら四人は発進のための全てを自分達で行わねばならないのだ。
それは裏返せば、ルールや規定にとらわれず、全て自分達の都合の良いように自由に行えるという意味でもあるのだが。
「チコーニャ、ヴァルポリチェッラ03、整備員収容作業完了。離れていきます。ヴァルポリチェッラ03より通信。『グッド・ラック』。」
機関士であるウェイ・リュウ少尉が、彼らをL1ポイントまで連れてきて、代わりに艦の起動に残っていた整備兵を地球に連れて帰る輸送機が地球に向けて発進したことを伝えた。
「諒解。エアロック与圧しておけよ。本艦発進まで240秒。各員最終確認。」
「与圧完了しています。推進系オールグリーン。センサー類オールグリーン。生命維持関連オールグリーン。」
「航法オールグリーン。」
「火器管制オールグリーン。
「宜しい。
「さて諸君おさらいだ。本艦は行動開始直後から重力推進にて1000Gの加速を300秒間行う。その後ファラゾアからの探知を逃れるために重力推進をカット、5Gのジェット推進で目標とのランデブー地点を目指す。途中九十分毎十分間の小休止と、二回の四時間の仮眠時間を挟んで、目標とのランデブー予定は、約二十五時間後。目標を光学で確認後、目標をパッシブ光学観察にて概形を確認し、データを司令部へ送信する。司令部からの指示を受信後、船外活動に入る。以上が前半の工程だ。
「作戦の予定と進行状況は各自コンソールでいつでも確認できる。また実行する作業の詳細は都度指示する。目標とのランデブー予想地点は地球から約五億kmの彼方だ。だいたい地球から木星軌道までの距離と思ってもらって良い。
「本作戦が成功すれば、有人無人を問わず、また乗務員の生死をも問わず、本艦と我々は人類史上最も地球から離れた場所に到達し帰還した宇宙船とその乗組員となる。最も遠距離からサンプルを持ち帰った作戦、人類史上最高速度を叩き出した男達の栄誉もおまけで付いてくる。
「間違いなく歴史の教科書に載って、四人ニッコリ笑顔の写真でハイスクールの学生達に愛想を振りまく事になるだろうが、それも全て生きて帰ればこそだ。教科書は棺桶と死体の写真なんぞ載せてはくれんからな。人類史上初のファラゾア戦艦撃沈のレコードは俺達のチームが既に持っている。さらに幾つか追加して三冠王目指すぞ。俺の老後の目標は、盤上に並べた勲章でチェスをして、トレイシーをコテンパンに負かすことだ。まだ少々駒の数が足りん。俺の野望の達成のためにも、各員の奮闘を期待する。生きて帰らなけりゃ、勲章も貰えんからな。以上、艦長からの訓示だ。」
たった四人しか居ない狭い艦橋に響いていたハインリヒの声が消える。
副艦長席のトレイシーがニヤリと笑いながら言った。
「その老後の野望はちょっと望み薄だぜ? 今んとこ対戦成績はほぼ俺の全勝だ。」
「ふん。退官までまだあと二十年もある。いつまでも笑っていられると思うなよ?」
「あーその話は後でヒマんなってからにして下さい。発進まであと60秒っすよ。」
「カウントダウン開始します。60秒前。」
暇な時間に二人でよく行っているチェスとポーカーのイカサマの話をし始めると際限なく続く事を良く知っているジェラルドが、上官を上官とも思わない素っ気ない口調で割り込んで雑談が続く事を遮った。
その横で、この度このコルベット艦に着任するとき新たにチームに合流したウェイが、艦長と副艦長の間のやりとりに呆れているのか怒っているのか、感情の読めない表情のまま出発までのカウントダウンを始めた。
「60秒前、諒解。リアクタ出力確認。」
「リアクタ#1、#2ともに出力40%。」
部下二人の冷たい対応に我に返ったか、ハインリヒもトレイシーも発進シーケンスの確認に戻った。
発進を遅らせてしまうと目標とのランデブーが上手く行かなくなり、軌道計算を一からやり直さなければならなくなる事を二人ともよく理解しているのだ。
「20秒前・・・10秒前。」
「リアクタ出力60%に上昇。」
「イエス、サー。リアクタ出力#1、#2ともに60%。」
「5、4、3、2、1、ゼロ。」
「オルペウス、発進。加速1000G。300秒後にAGGカット、リアクタ直結経路(Plasma Direct Injector:PDI)を開き、ジェット推進5Gに移行する。」
ハインリヒの号令と共に、航海士であるジェラルドは、自席脇に設置されているスロットルを大きく開いた。
虚空に停泊していたコルベット艦オルペウスの姿は、大気の無い宇宙空間に於ける容赦のない加速によって、L1ポイントから一気に姿を消した。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
地球連邦宇宙軍の艦種の設定は、大きさ順に
戦闘機<艇<コルベット<フリゲート<駆逐艦<巡洋艦<戦艦
となります。
ざっくりですが、全長50m以下が「艇」、100m以下がコルベット、300m以下がフリゲート、600m以下がデストロイヤー、1500m以上で戦艦、と云ったところです。
曖昧な部分もあり、例えばフリゲートの定義は「小型の多目的艦」であるので、それに当てはまらない場合は全長200mの駆逐艦何てのもアリです。
もちろん、戦艦なんて作れるのはまだかなり先です。
あと、空母は上記のクラス分けに含まれません。艦載機を搭載/発進/整備/補給する機能を有するものを空母とします。
また、ただの空母では無く、多数の砲塔を持ち、直接的な打撃力も併せ持つ空母を戦闘空母とします。
こちらも、戦艦ではなく空母の範疇であるので大きさには縛られません。




