2. アルティプラノ高原
■ 11.2.1
艦隊が飛ばしたAWACSからであろう緊急通信を聞いて、達也はすぐさま作戦に重大な齟齬が生じたことに気付いた。
昨日の内に行われた作戦内容説明では、艦載機隊が南米大陸に到達し、アンデス山脈に隠れて大量に待ち伏せて居るであろうファラゾア戦闘機械と交戦に入るのと前後して、菊花によるカア=イヤ降下点殲滅攻撃が行われるとのことだった。
前回のアジュダービヤー降下点攻略時のファラゾアの対応から、ファラゾアが前回よりも多い数の艦艇を大気圏内に送り込んでくる可能性が指摘されていたが、それはあくまで菊花による地上殲滅攻撃が行われた後のファラゾア側の対応として想定されていた筈だった。
しかし現実には今、いまだ菊花による攻撃が開始されたとの知らせも無いまま、先にファラゾア艦隊が動いたという緊急通信が飛び込んできた。
実はすでに菊花による攻撃は行われていて、ただ単に連絡が遅れているだけ、という可能性は考えにくかった。
今回の作戦では、ファラゾアが再び艦隊を大気圏内に送り込んでくる可能性を考慮して、それよりも前に戦闘機隊がZone00に到達できるように、菊花による攻撃は戦闘機隊が衝撃波による被害を受けないであろうと想定されるギリギリの位置、Zone05に到達した時点で行われる予定だったのだ。
達也達はまだZone05境界であるアンデス山脈中央部に到達しておらず、また戦闘機部隊の安全に直結する重要な情報である菊花発射の知らせを忘れてしまう程にAWACSが間抜けとは思えなかった。
少し考えた達也は、例えそれでも自分達のすべきことに特に大きな影響は無いという結論に至った。
ファラゾア艦隊が降下点まで降りてくるならば、中米辺りの地上基地から南下してくる、新兵器を満載しているという攻撃機部隊のためにアンデス山脈で待ち伏せる敵機を徹底的に叩けば良い。
連中が地上まで降りてこないならば、同様にアンデス山脈で敵機を叩きのめした後にそのまま降下点まで雪崩れ込めば良いだけの話だった。
どのみち眼前に横たわるアンデス山脈山中での格闘戦は行わねばならないのだ。
作戦に何らかの変更が発生したとしても、自分達がアンデスで戦っている間に司令部の方で何か対応策を考えて伝えてくるだろう、と達也は思った。
どこで戦うことになろうが、自分達戦闘機乗りに適した戦場を指定され、思う存分敵を叩き落とすことが出来るのであれば、自分がやらなければならないことに変わりは無く、そして達也にとって特に不満も無かった。
「ちょっとした手違いがあったようだが、指示に変更は無い様だな。」
他のパイロットが聞けば呆れるほどに大雑把な結論に至るのとほぼ同時に、多分似た様な事を考えたのであろうレイラからの通信がレシーバから聞こえてきた。
666th TFW部隊内から特に抗議の声も上がらなかった。
誰も声には出しはしないが、多分皆似た様な事を考え、そして同じ様な結論に至ったのだろうと達也は思った。
「空域内の全機に告ぐ。キッカミサイルによる対地殲滅攻撃を実施する。全機衝撃波に備えよ。衝撃波到達時間はZone05に25分後の予想。」
程なくして、AWACSから菊花による対地攻撃実施の知らせが届く。
その通信を受信して10秒も経たない内に、前方の空に眩い光が沸き起こるのが見えた。
600kmも彼方の事であるので、菊花をそれぞれ個別に観察することなどできはしないが、昼間の空でもなお眩しく感じるほどの鋭い光が眩さを変化させながら遙か前方の高空に発生したことははっきりと見て取ることが出来た。
その光に一瞬目を奪われた達也であったが、すぐに眼前に迫り来るアンデス山脈に視線を戻した。
アンデス山中に多数の敵が待ち伏せているのはほぼ確定事項と言って良かった。
菊花の発する光を呆けて眺めていて、撃墜されたのでは余りに間抜けすぎる話だった。
アンデスの東部山系に向けて地表の高度が徐々に上がっていくのに応じて、達也達も対地高度1000mを維持しながら高度を上げていく。
比較的高度の低い東部山系の峰々を越え、比較的平坦な地形であるアルティプラノ高原へ向けて高度を下げようとしたところで、再びAWACSからの通信が入った。
「空域内の全機。こちら空域管制クラーケン01。太陽L1ポイントから接近中の敵艦隊詳細は駆逐艦二十五。駆逐艦のみで構成された艦隊。現在地球から距離15万km、約2000Gにて制動加速中。30秒後に大気圏上層部に到達する。艦隊の一部は大気圏内に突入が予想される。全機大気圏内外からの艦砲射撃を警戒せよ。」
ファラゾアが二十五隻もの駆逐艦を投入してきた事に少し驚かされた達也だったが、一方ではファラゾアらしいやり方だと納得する思いもあった。
昔からファラゾアは基本的に数でゴリ押しする戦術を多用する。
降下点防衛然り、ロストホライズン然り。
数を揃えて戦いの臨むのは、それ自体が極めて正しい基本に忠実な戦術であると同時に、彼我の技術力と物量の差に常に喘ぎ続ける地球人類側戦力を効果的に殲滅する事を考えても、非常に効果的な戦い方であると言える。
連中は今回もまた、基本に忠実且つ効果的な、使い慣れた戦術を採ってきたに過ぎなかった。
「今度は二十五隻、だとよ。」
「まあ、無理でしょうね。」
「無理だな。」
「誰か何かこういうときに使う必殺技持ってねえ? ババーン! ってよ。」
「あるかアホ。」
AWACSからの絶望的な情報を聞かされた666th TFWの面々の反応は、なんとも気の抜けるようなものだった。
しかしそれは、部隊内の誰も絶望しておらず、また恐慌に陥ってもいないという意味でもあった。
誰も戦う意思を失っておらず、例えそれが象に挑みかかる蟻の様なものであったとしても、持てる最大の力を叩き付け、可能な限りの損害を敵に与えることのみを皆が考えていた。
そういう連中であった。
ただ、いくら彼らST部隊のパイロット達が戦う意思を失わずとも、ファラゾアが独創性も面白みの欠片も微塵にも存在しない基本に忠実な圧倒的な力による戦いを仕掛けてきたという事実と、それに対抗する事は全くの別問題であった。
アジュダービヤー降下点での戦いにおいて、わずか三隻の駆逐艦を投入されただけで、ヨーロッパ南岸を発した戦闘機部隊はその1/3を失うという大損害を受けたのだ。
二十五隻の駆逐艦全てが大気圏内に突入することは無いとしても、南太平洋上の機動艦隊を発した四百機程度の戦闘機では、この艦隊に対して殆ど手も足も出せない程度の戦力でしかないのは火を見るよりも明らかなことであった。
耳元で電子警告音。
HMDに個別に分離できないほどの数と密度の多数の重力推進反応が、何重にも重なりあった幾つもの紫色の円で表示される。
アンデス山中に身を潜めた多数のヘッジホッグからのミサイル攻撃だった。
数え切れない大量のミサイル群が急激に上昇する様はまるで、いまだ数十kmもの彼方に霞む黒ずんだ岩肌のアンデス東部山系の山々から沸き起こる、陽光を受け白銀色に輝く小さな点が無数に集まって形作った積乱雲の様にも見えた。
「敵に発見された。エンゲージ。ミサイルだ。全制限解除。」
レイラが感情の籠もらない声で部隊内に指示を飛ばす。
実際は、666th TFWのパイロット達はその様な指示など無くとも各自の判断で最適な対応を取る事が出来る。
レイラの指示はどちらかというと、戦闘機隊が接敵し、それを問題無く認識出来ている事を後方のAWACSに知らせるアナウンスのようなものだった。
達也はすぐさま自動照準のモードを光学センサ情報を使用するように切り替えた。
レーダーではろくに捉えることも出来ない小さなミサイルであり、また余りに数が多く重なり合いすぎていて、GDDでは個体の分離が甘くなる。
ミサイルを捉えようとするならば、光学カメラは比較的良好に個体を識別する事ができ、またその情報を照準システムで直接使用するのに適していた。
HMDの視野の中でぐんぐんと高さを稼いでいく無数のミサイル群。
その中の、群れの先頭に近い場所を飛ぶ一発のミサイルに達也は狙いを付け、トリガーを引いた。
目標が小さい割に距離があり、すぐにはレーザーが命中しない。
二度目のトリガーを引いたとき、目標としていたミサイルが爆発する。
共に飛ぶ四百機余りの戦闘機もそれぞれ皆が達也と同じ行動を取ったため、前後して数百のミサイルが空中に白熱した火球を発生した。
機動艦隊の艦載機部隊に選抜されているパイロット達は、この程度の対応は指示など無くともできる。
後続のミサイルが前を行くミサイルが作った火球に突っ込み、また新たな爆発を生じる。
無駄に爆発力が高いファラゾアのミサイル特有の弱点だった。
かなりの数のミサイルがそうやって連鎖で爆発したが、ミサイルはまだまだ無数に残っている。
大量のミサイルが次々に、爆発と爆発の間をすり抜けて、地球側の戦闘機隊の上空から覆い被さるようにして急速に接近する。
達也はすぐに次のミサイルに照準を合わせ再びトリガーを引く。
再び大量の爆発。
そしてその間を抜けて接近して来るさらに大量のミサイル。
「A中隊、ミサイル群の下を向こうに抜ける。続け。」
数度ミサイル迎撃を繰り返し、ミサイル群の先頭までの距離が15kmを切ったところでミサイル迎撃を止め、達也は僚機に指示を飛ばしてGPUスロットルを押し込んだ。
大量のミサイル全てを生真面目に相手にする必要は無かった。
適当に数を減らした後は、避けてしまえば良い。
高速で大量に飛来するが、追尾性、旋回性が今ひとつよろしくないファラゾアミサイルのもう一つの弱点だった。
示し合わせたわけでは無いが、レイモンド率いるB中隊、レイラ達L小隊も、ほぼ同じ動きを取っていた。
敵の動きに対する定石というものがある。
特に、毎度毎度飽きもせず同じ手で攻めて来る、あるいは同じ手に引っかかるファラゾアには、この定石が良く効く。
666A中隊の六機は対地高度約1000mで飛行していたが、さらに高度を下げながら増速し、まるで大波のように覆い被さり迫る無数のミサイルの下に潜り込む。
その動きに対応して達也達を追尾するミサイルが、群れを離れ急降下を始める。
それに構わず、A中隊はさらにミサイル群の下を反対方向に向けて突き進む。
それを追尾しようと、ミサイルは急激に旋回する。
旋回しきれずに地面に突っ込んで爆発するもの。
その爆発に巻き込まれて誘爆するもの。
なんとか旋回し切れて、達也達を追って急加速し始めるもの。
艦載機隊の全てが達也達と同じ様に、ミサイル群の下に潜り込んで突破しようとすれば、当然全てのミサイルがそれを追尾して急降下してくる。
地球側の戦闘機は全て、高度を低く維持して、突っ込んで来るミサイルを右に左にと避けながら、旋回性の悪いファラゾアミサイルが次々に地面に激突するように仕向けている。
それでも元々の数が凄まじく多いので、生き残って追尾してくるミサイルの数はそれなりのものになる。
対地高度300mほどを維持し、達也達はさらに加速して追尾してくるミサイルから逃げる。
加速力だけは良いファラゾアのミサイルは、地面に突っ込みさえしなければ、向きを変えた後に一瞬でM10にも達して、急速に接近して来る。
「クラーケン01より、戦闘機隊全機。敵艦隊は五隻が高度1500kmにて待機、二十隻が大気圏内に突入した。カア=イヤ降下点上空に陣取るつもりらしい。」
AWACSからの通信が入った。
二十隻だろうが二十五隻だろうが、戦闘機隊では全く歯が立たないことに変わりは無かった。
しかし降下点上空の二十隻の駆逐艦を気にするよりも前に、今まさに迫り来るミサイル群と、東部山系に潜むであろう大量の敵機をどうにかしなければならなかった。
「後ろのうるさいのを墜とすぞ。針路このまま。東部山系との距離に気をつけろ。」
達也は中隊に指示すると同時に、針路をそのままに機体の向きを水平に180度回転させて、追い縋るミサイルに照準を合わせた。
他の五機もそれに続く。
このまま逃げ回っても良いが、東部山系に近付けば、そこで待ち伏せするファラゾア機との間で挟み撃ちにされてしまうだろう。
比較的平坦な地形の続くアルティプラノ高原の東端には、標高5000mに達する峰々が連なるアンデス山脈の東部山系が存在する。
ミサイルを迎撃しながら後ろ向きに音速の数倍の速度で飛べば、幅200km近くあるアルティプラノ高原とは言えどもあっという間に東部山系に到達し、ミサイルに気を取られているとそのまま山腹に激突することになる。
山腹に激突しないまでも、山中に隠れて待ち伏せている敵にとってただの良い的となりかねなかった。
針路08、速度M4.0で飛行しながら、機体は後ろ向きで追尾してくるミサイルを次々と撃ち墜としていく。
達也は後方の東部山系との距離を計りながら、追い縋るミサイルに狙いを付け続ける。
さらには、地上に隠れ、接近すると追加のミサイルを打ち上げてくるヘッジホッグからの攻撃が加わる。
東部山系に身を潜めるクイッカーなどの戦闘機もそろそろ姿を現して対応してくるものと思われた。
「こちらクラーケン01。空域の全戦闘機に告ぐ。目標変更。針路33。山脈沿いに北上しながら、アンデス山中に潜伏する敵を殲滅せよ。エクアドル方面から山沿いに南下してくる攻撃機隊の為に露払いだ。艦隊攻撃の切り札だ。赤い絨毯を敷いて迎えてやってくれ。繰り返す。空域の全機、目標変更。針路・・・」
東部山系の向こう側から一斉に飛び上がった数千もの敵戦闘機を示すGDD表示を気にしつつ、未だ後ろ向きに飛びながら、しつこく追い縋るミサイルを東部山系の山腹に叩き付けるタイミングを計っているとき、第八潜水機動艦隊のAWACSからの新しい指示が飛び込んで来た。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
なんか最近、菊花ブチ込んで、残ったヘロヘロの敵を殲滅して、って勝ちパターンが出来てきてしまって全然絶望的状況にならないっすね。
と言うわけで、三隻でも敵わないのなら、絶対敵わない二十隻ドドーンと登場。w
ファラゾアのドクトリン。「物量こそ絶対」w
真理ですけどね。




