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第295話 戦乱 12  自称無能には欲しいモノがあった

 欲しい物は有った。

昔から、子供の時から、いつだって欲しい物は有った。


 子供の時は親父が身に着けていた、鎧と剣。

でもあれはノーヴァ家の家督を継ぐ者が代々受け継いで来た物。

つまりは兄貴の物となった。


 次に欲しかったのは馬。

ノーヴァ家の所有する馬に綺麗な白馬が居た。

親父は誕生日にプレゼントすると約束してくれたけど…誕生日の直前に病死してしまった。


 次に欲しかったのは弟か妹。

だが手に入らなかった。

次も、その次も。

俺が欲しいと思った物は手に入らなかった。


 俺が一番欲しかった物…いや、女も手に入らなかった。

フルール…俺が唯一、本気で愛した女。

後にも先にも、本気で愛したのはフルールだけ。

だけどフルールが選んだのは兄貴だった。

兄貴は俺が欲しい物を、二つも持って行ったんだ。


 兄貴もフルールに惚れているのは知っていた。

いや、むしろ兄貴の方が先にフルールに惚れていたのかもしれない。

だが、だからって納得出来ない…いや、したくなかった。

でも、フルールの気持ちが兄貴にあるのなら…そう思うと我慢出来た。我慢するしか無かった。


 兄貴を憎んだ事は…まるで無いとは言えない。

でも兄貴は…不出来な弟の俺に優しかった。

だから、兄貴を完全に憎む前に家を出た。

兄貴とフルールが結婚して、直ぐの頃だ。


 しばらくは幼なじみで第三王妃となったアンナの口利きで王都で働いていたが…ノーヴァ領の街リュバーンの代官が急死、その役に就けと連絡があった。

正直に言うと嫌だったが…王都での暮らしにも飽きていたので、ちょうどよかったのかもしれない。


 兄貴とフルールの間に子供が出来た。

長男のミハイルは若い頃のオフクロに少し似ている気がする。

強かで要領の良い性格なんて、そっくりだ。


 そしてアイシスは…まさかのヴェルリア初の勇者で、フルールによく似ていた。

周りの奴らは、余り似て無いと言う。

髪が金髪なのが同じくらいだ、と。

だがアイシスの笑顔は、フルールの笑顔にそっくりだし、何処か抜けた所があるのもそっくりだ。


 だから俺はアイシスが可愛かったし、アイシスも俺に懐いてくれた。

フルールの代わりにアイシスを…何て事は考えない。アイシスは俺の姪で、俺はアイシスの叔父なのだから。


 リュバーンの街の代官を何とかこなし始めた頃、代官補佐が退任。新しく雇う事になった。

どうせ雇うなら、次期代官を任せられる奴がいい。そう思っていた。

だが、フルールの紹介でやって来た者が居た。

フルールの年の離れた兄の末っ子。

未婚の娘で、よかったら娶らないか、と暗にほのめかす言葉と共に。


 幸いにして、その末っ子…マリーは文官として優秀だったし、俺と結婚する気は無いらしい。

俺にも無かったので、お互いにその話題を口にする事は無くなった。


 アイシスが勇者の遺物を探す旅に出る事になった頃、仕事の大半をマリーに任せるようになった。マリーに任せても問題無く回るように仕込んだし、俺は結婚して子供を作り、子供に代官職を世襲するつもりは無い。

なら、早めに次の代官になるマリーに任せた方がいい。


 それに俺はこの街が好きになったらしい。

住民達は皆気軽に接してくれるし、明るくて気の良い奴らだ。

王都で暮らして頃にはこうは行かない。

俺は一応貴族だから、平民出の奴は気軽に接してくれと言っても萎縮する奴等ばかりだった。


 だからこそ、優秀でやる気のある奴が治めればいい。

マリーは優秀だし、やる気もある。

若くて美人だし、俺なんかよりよほど人気の代官になるだろう。

その内、代官職をマリーに譲って俺が代官補佐になろう。

そう思っていた。

だが、そうも行かなくなった。

南の小国同盟と戦争が始まったからだ。

そして、敵の狙いはこのリュバーンだったようだ。


「確認はとれたか?」


「はい…やはり国境沿いの砦は破壊されたようです。現在、凡そ一万の敵軍がこちらに向かって侵攻中との事。囲まれるのも時間の問題ですね」


「ううむ…そうか~…」


 あの煙…爆音の後にあの煙が昇ったのが約一時間前。

つまりは砦を破壊したのが一時間前。

なのにもうこっちに向けて侵攻中か。

随分動きが速いな。


「どうしますか?」


「住民の避難は可能だと思うか?」


「不可能ですね。敵の動きが速すぎます。街を出る事は出来ても、援軍が来る前に補足されてしまうでしょう」


「兄貴…伯爵に連絡は?」


「試みましたが…魔法道具による通信が阻害されてるようです」


「敵が何らかの手段で阻害しているとしか…」


「敵ながらやるもんだなぁ」


 魔法通信を阻害何て聞いた事もねぇし。

敵さんが開発した新技術ってやつか。


「敵を褒めないでください…それで、どうしますか?」


「籠城するしかありますまい。幸いにして、リュバーンの外壁は堅牢です。援軍が来るまで持ち堪えるのは、そう難しい事ではありますまい」


「…いや。降伏する」


「「「はっ?」」」


「守備隊長、悪いが俺と一緒に貧乏くじを引いてくれ。守備隊五百を残して、後は住民に化けさせ街に潜伏。援軍が来たらいつでも呼応出来るように。五百名の選出は任せる。だが時間が無い。急いでくれ」


「り、了解」


「ま、待って下さい!何故降伏なんです!?リュバーンなら援軍が来るまで持ち堪えるくらい…」


「ダメだ。もう砦が破壊されたのを忘れたのか?彼処には五千の兵が居たんだぞ?それをアッサリ突破して奴等は此処に向かってるんだ。住民が避難出来ていればそれでも籠城する価値はあったかもしれないがな」


「し、しかし!敵はリュバーンを侵攻の足がかりとして拠点にしたいはずです!ならば砦のように破壊したりは…」


「確かに、そうかもしれん。だが敵は占領に時間を掛けたく無いはずだろ?だからこそ、新技術を使って通信の阻害なんてやってんだし。それに援軍がいつ来るかも分からない中の籠城は堪えるぞ?ま、やったこと無いんだけどな、ハハハ」


「う…」


 ま、それでも兄貴はこっちの異常に気付いて、アンナが何とかしてくれるだろ。

俺達はその時の為に力を温存しておくべきだ。

今戦っても、無意味な犠牲が出るだけだしな。


「しかし…捕虜になったらどんな扱いを受けるか…」


「分かってるじゃないか。だからマリー。お前も文官の女連中を率いて潜伏しろ」


「え?」


「予備の魔法通信道具を持っていけ。敵さんも魔法通信をする必要があるだろうから常に通信の阻害はして無いだろう。その時を逃さず連絡を取れ」


「ま、待って下さい!私は代官補佐ですよ!?」


「マリー…若くて美人な女が敵に捕まったら…悲惨だぞ?それに誰かが今言った役目をやってくれないとな。賢いお前なら分かるだろ?」


「テオ様…」


「という訳だ。文官の男連中も貧乏くじだ。悪いなぁ」


「…仕方ありませんなぁ」


「やれやれ」


「そうと決まれば降伏の準備に入りますか」


 良い奴等だなぁ。

どうにか死なせずに済ませてぇな。

ん?


「どうした、マリー。お前も早く行け」


「…解っているんですか?」


「うん?何がだ?」


「降伏して捕虜になった所で、貴方は殺される可能性が高いんですよ?反抗の意思を殺ぐ為に…」


「見せしめ、だな」


 まぁ…そうなるかな、やっぱり。

胸クソが悪くなる話だが…有効なんだよなぁ。


「貴方は…解っていながら!」


「いや、ほら。俺って一応はこの街の代表だろ?責任者だろ?だったら俺が降伏の責任を取るのが当然だよな?」


「代官の仕事なんて…今じゃ私に任せっきりじゃないですか!普段だって街の代表なんて意識、欠片も見せないくせに…こんな時にだけ…」


「…こんな時だからだ。ほら、もう行け。時間はあまり無いぞ」


「……」


「あ~…お前、今年で幾つだっけ?」


「二十二、です…」


「そうか。戦争が終わったら…いや、いい相手が見つかったら結婚しろ。次の代官はお前だ。子供に世襲したければ、結婚して子を育てるんだな。間違っても俺みたいな無能には育てるなよ?ハハハ」


「……」


「泣くなよ……やれやれ……これ、預かっててくれないか」


「これは…?」


「それ、そこそこ価値のある物だからな。奪われちゃかなわん。お前、持っててくれ」


「はい……」


「頼んだ。…ほら、もう行け」


「……はい、どうかご無事で…」


 ご無事で、か。

ちょっと厳しそうだな。





 そして二時間後。

外壁の上にいる俺達の眼下には敵の大軍が押し寄せていた。


「もうおいでなすったかー。せっかちな連中だなあ」


「全くですな」


「女に嫌われるタイプですね。指揮官はきっと嫌な奴ですよ」


「ハハハ…守備隊は上手く潜伏出来たか?守備隊長」


「はい。女と若い者を優先して潜伏させましたが…構いませんね?」


「ああ。お前達も悪いなぁ」


「なんのなんの」


「代官様の判断は正しい。あんなのを相手に援軍が来るまで持ち堪えるなんて、不可能ですよ」


「全くなぁ」


 敵の数は聞いてた通り、凡そ一万。

だが、なんだありゃ?遠目で良く見えないが、普通の魔族じゃなさそうだ。

それにどういうわけか、ドラゴンがいやがる。


「レッサードラゴンだよな?流石に」


「でしょうなぁ。レッサードラゴンが三匹。下位のドラゴンとはいえ、ドラゴンブレスは強力です。砦に撃ち込まれたら、どうしようも無かったでしょうなぁ」


「ですな…おっと、敵指揮官らしき者が出て来ましたな」


「あれか…」


 何て言うか…小者臭のするオッサンだな。

ハーフ魔族か?


「私はガリア魔王国軍、指揮官のヘーイッシュである!門を開けて降伏せよ!さもなくば一斉攻撃を開始する!」


「俺は代官のテオ・ノーヴァだ!わかった、降伏するー!」


「ふっ、やはりな。無駄なこ…何?降伏するのか?」


 何で残念そうな顔してんだよ。


「ああ!今、門を開けるー!」


「ほ、本気なのか?」


 だから何で残念そうなんだよ。

門を開けてもまだ呆けてやがる。


「リュバーン守備隊五百名。俺を含む文官十五名。降伏する。捕虜の扱いは丁寧に頼む」


「まさか本当に…それにしてもたった五百しかいないのか?」


「ああ。アルジェント公国とニジェール王国の方で何かあったらしくてな。ウチからも増援を出すように言われて、こんだけだ」


「フ、フフフ…フハハハ!そうかそうか!まんまとエスカロン様の策に乗ったわけか!」


「そういう事なんだろうなぁ」


 陰湿そうな見た目の割に単純な奴で助かった。


「フッフッフッ…聞け!リュバーンの民達よ!今からこの街は私が取り仕切る!そして明日の朝!見せしめで一人、処刑する!我々に逆らわなければ犠牲は一人で済む!よく覚えておくのだな!」


 あー…やっぱりそう来るかぁ。

そりゃそうかぁ。住民がまるまる残ってんだ。反抗の意思を殺がなきゃ一万の兵で住民全てを押さえつけるなんて不可能だしな。

その内増援が来るんだろうけど。


「ん~…そうだな。おい、お前!」


「わ、私か?」


「お前が守備隊の隊長だな?明日、処刑するのはお前だ」


「な……くっ…」


 守備隊の隊長を選んだか…分らない選択では無い。

だけど…あいつ確か初孫が生まれたばかりなんだよなぁ。

…仕方ねぇなぁ…


「おい、あんた…ヘコキッシュだっけ?」


「な!ヘーイッシュだ!貴様、舐めた事抜かすと今、この場でたたっ斬るぞ!」


「ああ、すまんすまん。ヘビッシュー殿」


「ヘーイッシュだ!次に間違えたら殺す!」


「はいはい。ヘーイッシュ殿、そいつを殺すのは止めた方がいい。そいつは長年この街で暮らして長年守備隊を勤めて来た。人気があるから、殺したら反感を買うぞ?」


「……ほ~う?では誰が御薦めなのかね?教えて貰えるかな?」


「そりゃあ、あんた。あっさり降伏するしかないなんて状況を作った無能な代官の俺だろう。立場的にも」


「テオ殿!?」


「ふん…いいだろう。お前達はこの官邸で監禁する!大人しくしておけば殺しはしない!ドラゴンにも見張りをさせるから、何にも出来んだろうがな!フアハハハ!」


「はいはい…んじゃ人生最後の夜を過ごさせてもらうかな」


 やっぱり単純な奴で助かった。

実は根は悪い奴じゃないのかもな、こいつ。


「テ、テオ殿…」


「気にすんな、守備隊長。お前さんがいないと、守備隊を指揮する奴が居なくなるしな。その、なんだ…後々困る」


 最後の夜は…綺麗な星空、か。

この街の星空ってこんなに綺麗だったんだなあ。


 翌朝。

流石に明日死ぬって分かってると、眠れない…事も無く。

案外、落ち着いた気分で眠れたな。

はて?俺ってこんなに神経太かったかな。


「おい。時間だ。行くぞ」


「はいはい」


「……おかしな奴だ。これから死ぬんだぞ?」


「そうだなー」


 自分でも不思議なくらい落ち着いてる。

何でかなぁ。死ぬのなんて嫌に決まってるんだが…


「う……」


 官邸のドアを開けて外に出た。

今日は眩しいくらいの快晴。

死には良い日って奴かもな。


 処刑台があるのは中央広場、か。

其処くらいしかねえだろうな、適当な広さがある場所は。

ん?


「テオ!」「テオさん!」「あんた、何で逃げないんだい!」「テオさん!」「バカやろー!テオさんを離しやがれー!」


 こいつら…皆、俺が死ぬのを見に来たのか?

いや、違うな…そうじゃない。止めに来てくれたのか?


「てめぇ!テオさんを離せ!」


「貴様、邪魔するなら容赦せんぞ!」


 おっと、ヤバいヤバい。

暴動にでもなったら何もかもおじゃんだ。


「落ち着けよ、バードル。お前、もうすぐ彼女と結婚するんだろ?。だったらこんな事で怪我するような真似しないで、彼女の傍に居てやれよ」


「テ、テオさん…」


「よう、おばちゃん。今朝の料理の仕込みは終ったのか?おばちゃんの料理は美味いからなぁ。ガリア魔王国の奴らもきっと、おばちゃんの料理の虜になって、おばちゃんには何にもしなくなるぜ、きっと」


「テ、テオ…」


「お、マスター。いいのかい?こんな時間にこんなとこに居て。マスターのモーニングコーヒーを楽しみにしてる奴が待ってるぜ?」


「きょ、今日は休業だよ、テオさん…」


「そうなのか?働き者のマスターには珍しいじゃないか」


「お、おっちゃん!」


「だーから、おっちゃんって呼ぶなつったろ、マークス。全く、マークス殿下と同じ名前の癖に覚えが悪いな、お前は。…ま、その分、お前は腕っぷしが強い。立派な男になって家族をしっかり守ってやれよ」


「う、うぅ…」


 皆、悲しんでくれるのか。

ああ…そうか。死ぬ直前だってのに、こんな落ち着いた気分なのが何でかわかった。


 俺は満足してるんだ。

大好きで大事なリュバーンを守って死ねる。

悪くない。決して悪くない死に方だよな。

それを、皆が教えてくれた。


「ありがとうな、皆。…ん?」


 アレは…マリーか。

潜伏してろっつったのに、わざわざこんなとこに来て何してんだ。

…だから、泣くなって…


「ふん。大した人気ではないか。守備隊長より、お前の方が余程人気があるのではないか?」


「まっさかー。御冗談を、ヘーイッシュ殿。守備隊長ならとっくに暴動が起きてるぜ?」


「ふん。まぁよい。それで、何か言い残す事はあるかね?」


「そうだなぁ…なぁ、これからはあんたがこの街を仕切るんだっけ?じゃああんたが俺の仕事を引き継ぐって事でいいのか?」


「む?まぁそうだ。無能な貴様と違い、有能な私が完璧にこなしてやろう」


「じゃあよ、俺のやり残した仕事を先ずは頼むわ」


「よかろう。言ってみるがいい」


「お!ありがとよ。あんた結構いい奴だな。そうだなぁ…じゃあまずは…北門の傍にある宿屋の隣に老夫婦が住んでるんだけどよ、爺さんが腰を痛めちまってな。雨漏りの修理が出来ねえんだってよ。先ずはそれを頼むわ」


「……は?」


「あと…この中央広場の近くにある食堂のおばちゃんがな、ドアの建付けが悪くてギィギィ音がうるせぇんだと。直すのを頼まれてたんだ。代わりに頼むぜ」


「……おい、待て」


「それから…西門近くの酒屋に子犬が二匹生まれたんだ。名前を考えてくれって頼まれててよ。『マル』と『ポーロ』って名前を考えたんだ。伝えてくれ。それから…」


「待たんか、貴様!ふざけているのか!?」


「何だよ、そんなに変か?『マル』と『ポーロ』。結構一生懸命に考えたんだがなぁ」


「違う!貴様、それが代官の仕事だと!?私にそんな子供の使いのような仕事をやれと言うのか!」


「何だよ、有能なんだろ?それならちゃっちゃっと引き受けて済ましてくれればいいじゃないか」


「貴様…私がすべき仕事は代官の仕事だ!そんな子供の使いのような仕事では断じて無い!」


「そうは言ってもなぁ。無能な俺にはこれくらいの仕事しか無かったからなぁ」


「貴様、本気で言ってるのか?今述べたのが本当に貴様の仕事だと?」


「おう。…俺は無能な男だからな。部下が優秀な御蔭で何とかなってたんだ。持つべきモノは優秀な部下だな」


「……」


「ヘーイッシュさんよ、あんたは優秀で有能らしいけど…何でも一人で出来るのか?」


「……何?」


「俺は何にも出来ねぇ。武家に生まれたからにはと剣を習ってはいたが精々並の腕前。頭もさしてよくない。美味い飯を作る事も出来ねぇ。綺麗な服を作る事も出来ねぇ。美味いコーヒーを淹れる事も出来ねぇ。美味い野菜を育てる事も、綺麗な花を育てる事だって出来やしねぇ。俺には何にも出来ねぇ。だから、如何に自分が周りに支えられて生きてるのか、よく解る。解るから、俺なりに感謝の気持ちを返そうって思って、俺が出来る仕事をやってたのさ。だからまぁ…子供の使いのような仕事だってのは否定しねえよ」


「武家…テオ・ノーヴァ…そうか、お前はノーヴァ伯爵家の…」


「爵位は継げない、無能な男だがな」


「いや…貴殿のその死を目前にしての堂々たる態度。感服した。今までの非礼を詫びよう。だが貴殿を処刑する事には変わりない。いや、益々貴殿は処刑せねばならない」


「ハハハ、過大評価ありがとうな」


 満足だ。大好きな街を、皆を守って死ねる。

あ~…でも、やっぱり最後も欲しいモノは手に入らなかったなぁ。

アイシス、フルール、親父、お袋、兄貴…兄貴はどうでもいいかな、うん。

どうせ、この場には来れっこないし、来ても喧嘩するだろうからなぁ。


 そうだな、この場に来れるとしたら…あのエルムバーンの魔王子と行動を共にしてるアイシスと親父か。

親父は怒るだろうなぁ。『親より先に死ぬ奴があるか!』とか何とか言って。

アイシスは…悲しんでくれるかな。

やっぱり、最後に我が愛しき姪に一目…


「ヘーイッシュ様、何やら向こうが騒がしいようですが…」


「住民が騒いでるんだろう、止めろ。できるだけ怪我はさせるなよ」


 いや、アレは…


「テオ叔父さん!今、今行くから!」


「テオー!」


 アイシス、親父…ははっ…何だ、最後の最後に欲しいモノが手に入っちまったなぁ。

アイシス…そんな泣きそうな顔するなよ。どうせなら笑顔を見せてくれ。

親父…親父もそんな顔するんだなぁ。

そんな怖い顔してんのに今にも泣きだしそうな親父の顔…初めて見た。


「ヘ、ヘーイッシュ様!」


「ん?な、何だ奴らは!どこから現れた!ええい!刑を執行する!」


「ま、待って!止めてー!!」


「止めろぉぉぉぉぉ!!!」


 あ~あ…とうとう泣き出しちまって。

でも、その泣き顔…アイシス、お前は本当にフルールに…


「そっくりだなぁ…」

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