第288話 戦乱 5
「では、そちらは大きな被害は出ていないんですね?」
『ああ。お前が事前に配備した防衛戦力と、冒険者達の協力もあってな。お前達も無事なんだな?』
「はい。怪我をしたのはボクくらいですよ」
『なんだとおおおお!大丈夫なのか!?』
「だ、大丈夫です。治癒魔法で痕も残らず治せました」
『そ、そうか…いや、しかし!お前に怪我をさせるたぁどこのどいつだ!ブッ殺してやる!』
「もう捕まえて、地下牢にいますから何もしなくて大丈夫ですよ。それよりそっちの事は頼みます」
『あ、ああ…わかった。任せておけ』
エルリックの話を聞いた後…父アスラッドと連絡をとった。
予想通り、街中に突然魔獣が現れるという事態が再発。
やはり、エスカロン・ガリアが何らかの方法を使って送り込んでいるようだ。
そして今回はゴブリンのような弱い魔獣では無く、最低でも討伐難度C、最高Aの魔獣が現れたそうだ。
しかし、ボクがエルムバーンの各街に配備した防衛用ゴーレムと冒険者の協力もあって、今の所は大きな被害を出す事なく魔獣を倒せてるようだ。
防衛用ゴーレムはボクが開発した新ゴーレムで、ゴーレム用の大盾を装備した、防御に特化したゴーレムだ。魔獣が現れたら自動で迎撃を開始。兵士達が到着するまで魔獣を引き付け住民を逃がす為の時間稼ぎをするように命令してある。
それから各街に駐屯兵の中から魔法兵を集め、ナイトゴーレムを出せるように訓練も施してある。
これにより、エルムバーンの防衛戦力は大幅に増強されたわけだ。
そのかいあって、今の所エルムバーン魔王国内では大きな被害は出ていない。
だけど…
「アスラッド様、御怒りだったわね…」
「無理も無い。大事な息子に怪我をさせてしまったのだ。余とて…アスラッド殿には後で謝罪しよう」
「それは気にしなくていいですよ。それよりも…」
「ええ。エルムバーンにも魔獣を送り込んでいるのなら、エルムバーンからの援軍は期待出来ないわね」
そうなのだ。
今は対応出来ているが、ギリギリだ。
ヴェルリアに援軍を出そうと思ったら、やはりエルムバーン国内の防備は手薄になる。
いつ、何処に現れるかわからない魔獣の脅威がある以上、迂闊に戦力を割く事は出来ない。
「それでも、多少の援軍は出せるでしょう。少なくとも、ボクの親衛隊は後で連れて来ます」
「すまぬ…ジュン殿。感謝する」
「本当に、ジュンちゃんにはもう頭が上がらないわ。御礼にパメラちゃんもカタリナちゃんもレティシアちゃんも、ジュンちゃんの御嫁さんにしてあげる」
「それ、御礼になってませんねー」
以前から断り続けてる事を押し通す事が何故御礼になるのか。
いや…アンナさんなりの冗談かもな。何せ、これから戦争が…いや、もう戦争は始まったのだ。
そんな中で、平常心を保つ為の何時ものやり取りなのかもしれない。
「それより、状況はどうです?各方面からの連絡は?」
「今、私の部下に情報を集めさせてるわ」
「各領主からの報告も上げさせている。最も返信が早かったのは北側と東側の…エルムバーンに近い領主達だ。何も異常はない、とな。北側と東側からは兵を集めても問題無かろう。再度確認を取り次第、王都に兵を送らせる」
「王都ですか?南側では無く?」
「うむ。南が最も危険だろうが…西からも敵来ないとは限らんからな」
「西側と南側…どちらにも対応出来るようにしてなきゃいけないわ。サンドーラの時のように、操られて裏切る可能性も考慮に入れないとね」
西側というと…サンドーラの一件の時、ヴェルリアと同じように魔獣討伐に兵を出した二つの国か。
アルディノ公国とニジェール王国。
どちらもヴェルリアと戦えば直ぐに滅ぼされるであろう小国だけど…また吸血鬼に操られた国が出るかもしれない。
各国に、警戒するように通達はしているから、簡単には行かない筈だが。
「北側は海で警戒すべき国は無いからいいとして…ヴェルリア王国内では街中に突然魔獣が現れるという事件は起きてないんですね?」
「一度もね」
どういう事だろう?
エルムバーンには送り込めるけど、ヴェルリアには無理という事か?
「陛下、全員揃いました。会議を開きましょう」
「うむ。行くぞ、アンナ」
「それじゃ、また後でねジュンちゃん」
「はい」
エクトルさんがユーグ陛下とアンナさんを呼びに来たのだが、ボクとは軽い挨拶だけで、戻って行った。
これから戦争に向けての会議が始まるのだから、あまり和やかに会話出来そうに無いからだろう。
「これからどうするの?お兄ちゃん」
「一度戻って親衛隊を連れて来る」
「戦争に参加させるの?」
「…戦況次第では、ね…」
出来れば、親衛隊に戦争なんてさせたくは無い。
でも、ヴェルリア王家とは他の王家よりも親しい間柄、見捨てる事も出来ない。
「大丈夫だ。最初から、エルムバーンからの援軍を最前線に立たせたりはしない。恐らく、王都ヴェルサイユの防衛任務に就いて貰う事になるだろう。代わりに王都に常駐してる騎士達を別の場所に回す事が出来るからな」
「あ、カタリナさん」
「もう大丈夫なの?カタリナ」
「ああ。こんな時だ、他国の者が働いているのに、王族の者がいつまでも休んではいられないさ」
「と言っても、私達に出来る事なんて大して無いけど」
「マ、マークス兄さんは忙しそうだけどね…」
レティシアとシルヴァン君も戻って来た。
三人共、実の兄が反乱を起こして失敗し投獄された。
余りにも急な展開だったし、カタリナさんは護衛の騎士達を殺されている。気分が優れない様子だったので、自室に戻って休んで貰っていたのだ。
「そう言えば、マークスさんの姿が見えませんね」
「マークスは会議に出席してる。次期国王に決まったからな」
「え?戦争が始まるって時に次期国王を決めたの?」
「戦争が始まるからよ、アイ」
「父に何かあってから決めるのでは遅いからな。エルリックがああなった以上、マークスがやるしかない」
「カタリナさんが王位を継ぐという話もありませんでした?」
「父はもう、私を君の下へ嫁がせるつもりだからな。今じゃアンナお母様だけじゃなく、アニエスお母様もそのつもりだ。エヴァリーヌお母様は…もう何も言わないだろうな…」
エヴァリーヌさんはエルリックが投獄されるのを茫然と見送った後、泣き崩れてしまった。
今も自室に引き籠もり、泣いているらしい。
可愛がってた息子が自分をも裏切ってあんな結果になったのだから、無理もないと思う。
「というか、勝手に決めないでくださいってば」
「うむ。君がそう言うのは分かってはいるが…君に私かレティシアのどちらかだけでも貰ってもらわないと、困った事になるしな」
「困った事に?何でですか?」
「君はもうヴェルリア王家を救った英雄だ。無論、君以外の者達にも感謝しているが、一番の武功を挙げた君には最大の褒美を与えなければヴェルリア王家として示しがつかん。そして古来より英雄に与えられる最大の褒美と言えば…」
「その国最高の美姫と相場が決まってるのよ。つまり私ね!」
「待て、レティシア。それはつまり私よりお前の方が美人だと?」
「そうよ?だってカタリナ姉さんは筋肉質だもの」
「嫌な言い方をするな。これは引き締まってる、或いはスレンダーと言うんだ」
「男の人はある程度柔らかさを女性の体に求めるそうだし?その点は私の方が上よねー」
「レティシア…いいだろう。どっちがいい女か、決着をつけようではないか」
「はいはい、姉妹喧嘩は後にしてください。それで何故ボクが断ったら困るんです?他の褒美でもいいじゃないですか」
「無いのよ、他の褒美なんて」
「正確には君に与えるに相応しいだけの褒美が、な」
「…ボクが何か適当な物を要求すれば…」
「仮にあんたが何かを要求して、それに応じたとして。武功に見合った物じゃないと、王家への批判は免れないわ。何も要求せず固辞しても同じね」
どんどん逃げ道を塞がれていってる気がする…おかしい。
何故、人助けをした筈のボクが追い込まれてるのだろう。
「それにジュン様に貰って頂かないと、カタリナは結婚出来そうにありませんから」
「え?」
「あ、アニエスお母様、いつの間に」
「えっと…どういう事でしょう?」
「カタリナは周辺諸国では既にジュン様の女として見られてますから」
「はい?」
ナンデヤネン。
あの求婚事件の事か?
でも、あれはもう四年以上前の話。今更…
「アニエスお母様…それは私も初耳なんですが…」
「アンナの仕業ね」
「アンナお母様の?」
「アンナがカタリナはジュン様と仲が良いって噂を流したのよ。求婚事件の事もあるし、噂は真実として広まってしまったの。ついでと言っては何だけど、レティシアとは名前を呼び捨てにして呼び合う仲だって噂も流れてるわ」
「「「……」」」
やってくれましたね、アンナさん…しかも事実しか流してないから余り強く文句も言えない…カタリナさんとは友人関係だし、レティシアとは名前を呼び捨てにする仲なのは間違いない事実だし。
完全に外堀を埋める作戦で来たか…クローディアさんが言ってたように、アンナさんの方がよっぽど怖いな。
「そういう事ですので、ジュン様。娘達の事はよろしくお願いします。それと、もう一つお願いが」
「は、ハハハ…何でしょう?」
「私を一度、エルムバーンへ連れて行ってもらえませんか?パメラにエルリックの事を説明して、一度ヴェルリアに戻らせます。戦争が始まる以上、あの子にも働いて貰わなければなりませんから。アンナが行く方がいいのでしょうが、アンナはこれから忙しくなりますので、私が代わりに」
「分かりました。ノエラ、セバスト」
「はい」
「了解だ」
ノエラとセバストを共にアニエスさんを連れてエルムバーンへ。エルリックの事をアニエスさんから聞いたパメラさんは意外にも冷静だった。もっと取り乱すかと思ったけど。
その事を率直に伝えたら、
「エルリックは昔から…自由になりたいとアウレリア姉さんには愚痴をこぼしていましたから。私もアウレリア姉さんと一緒に聞いた事がありますし、エルリックの気持ちも…解らなくはないので」
との事だった。
パメラさんも自由になりたいと願った事があるのだろうか。
いや、誰しも少なからずあるものかな…
親衛隊とパメラさんも連れてヴェルリアに再び戻る。
ベルやイーノさんも付いてこようとしたが、何とか自重してもらった。
「ただいま。何か進展あった?」
「おかえり。まだ何にも」
「会議もまだ続いてるよ」
「そっか。カタリナさん、久しぶりの姉妹の語らいを邪魔して申し訳ありませんが、連れて来た親衛隊は何処で待機させましょう?」
「あ、ああ。そうだな、とりあえず兵舎に移動してもらおう。案内しよう」
「お願いします」
カイエンとクリステアとルチーナ以外の親衛隊は兵舎で待機。
何かあれば親衛隊に動いてもらうかもしれないので、カイエンはボクと一緒に城内で待機だ。
それにしても、会議長いな。
こんな時だけど、ちょっと退屈…
「ねえ~ご主人様~退屈だよ~お腹も空いたし~」
「正直、僕も…」
「アイシス、ハティ。我慢」
予想通り、ハティとアイシスは一番早く我慢の限界が来た。
でも此処はエルムバーンの城じゃないし、勝手に食事も出来ないしな…
「ぶ~!」
「すまないな、退屈なのは我慢してくれ。食事は用意させよう」
「ここで食べるの?怒られない?」
今、ボク達がいるのはユーグ陛下達がいる第一会議室の隣の第二会議室。確かに食事をして良い場所じゃなさそう。
因みに会議にはバルトハルトさんも参加している。
ボクにも参加してくれとか言われるかと思ったけど、国の重要機密に触れる部分も話し合う為、他国の者は参加出来ないとか。
考えてみれば当たり前だったな…
「お待たせ。ゴメンね、退屈だったでしょ?」
「いえ、大丈夫です。それよりも…アンナさん、正座」
「え?何?ジュンちゃん、また怒ってる?」
「アンナさん、周辺諸国に妙な噂を流したそうですね?」
「あ、バレた?でも嘘はついてないわよ?」
「ジュン、それは後にしようよ…気持ちは分かるけど」
「私も気持ちは分かるけど、アイの言う通りだよ、お兄ちゃん」
「はい…」
「ゴメンね、忙しいからそうしてもらえると助かるわ。文句はその内聞くからね。それで、先ずヴェルリアは西に軍を派遣する事になったわ。ジュンちゃんの親衛隊には手薄になる王都ヴェルサイユを守ってもらえるかしら」
「了解しました。ですが…西に派遣ですか」
「西側の国が攻めて来たのですか?アンナお母様」
「サンドーラじゃないわよ、パメラちゃん。ニジェール王国がアルジェント公国に攻め込んだらしいの。アルジェント公国からは救援要請が来てるわ。ヴェルリアは盟約に基づき軍を出す事に決まったわ。正直、そんな余裕無いんだけどね」
何とまぁ。
ヴェルリアに攻め込んで来るのではなく同盟国に攻め込んだか。
何にせよ、最初の戦いの場は西のアルジェント公国になるようだ。




