第284話 戦乱 1
前半はカタリナ視点。
後半はエルリック視点です。
~~カタリナ~~
昔から長男のエルリックとは反りが合わなかった。
私以外の兄妹とも合わなかったが、私とは特に合わなかった。
幼い頃はそうではなかった。普通の兄妹だったと思う。
アレは私が十三歳。兄が十四歳の頃。
エルリックが訓練をサボり始め、国の仕事も真面目に取り組まなくなったのだ。
私は、それを注意したのがきっかけだったのだと思う。
お父様やお母様も以前から注意していたのだが、一向に改善される様子が無かったので我慢できずに言ってしまった。
間違った事を言ったつもりは無い。
だが、エルリックはそれが気に入らなかったらしい。
その時から、私とエルリックとの間には溝が出来、エルリックは益々訓練も仕事もやらなくなった。
後悔はしていない。
エルリックが私の言葉が気に入らなかったのと同様に、私もまたエルリックの行動が気に入らなかったのだ。
兄エルリックには才能が有った。
ヴェルリア王家の中でも高い才能を持って生まれたのだ。
それは私も、家族の皆も周りの者全てが認める事実だ。
頭脳明晰。剣の才能も申し分なく、真面目に訓練すればいずれは『剣聖の紋章』だって獲得出来ただろう。それだけの才能がエルリックには有った。
私はその才能を腐らせていくエルリックが気に入らな…いや、許せなかった。
私にはエルリック程の才能は無い。
だから努力した。兄妹の誰よりも努力したつもりだ。
そんな私の努力を嘲笑うかのようなエルリックの行動は、どうしても許せなかった。
だがエルリックの行動は酷くなる一方で、剣の訓練など全くしなくなった。
アウレリア姉さんが結婚して国を出てからは更に歯止めが効かなくなり、王位継承の話がお父様から出たら更に拍車が掛かった。まるで王位継承など興味が無いと言わんばかりに。
代わりに私は仕事に打ち込み始めた。
エルリックが仕事をしない分、誰かが補わなくてはならない。
二人の姉ももういない。なら私がやるしかない。
エルリックはそんな私の行動も気に入らなかったようだが。
そんな頃だった、彼に会ったのは。
彼の事は、ずっと前から噂で聞いていた。
女と見間違わんばかりの美しい顔立ち。
子供とは思えない能力の高さ。
習得の難しい治癒魔法を上位まで習得し、無償で民を癒す慈悲深い人格。
更に治癒魔法使いを増やす為の施設と、国民の能力向上の為の施設の設立。
そしてアイシスが手放しに褒める人物。
俄然、興味が湧いた。
彼との出会いは私にとって衝撃の物だった。
今思い出しても…フフ。
彼の人となりは実際に顔を合わせて話をしてわかった。
アイシスの言うように、彼はとても素晴らしい人だと。
彼は冒険者としても優秀らしい。
王族が冒険者として活動するなど、普通は有り得ない。
だが、彼の両親も伯母夫婦も冒険者で、祖父母も世界中を旅して周ってるのだとか。
私は…その話を聞いてとても羨ましく思った。
そう、羨ましかったのだ。
勇者の遺物を探すという任務とはいえ世界を旅するアイシス達も。
同じヴェルリア王家として生まれながら、好きに生きるエルリックも。
自由に生きる。
それは、まさしく夢だ。
王族として生まれ、王族として生きるしかない私には。
だから、他国の王族とはいえ、少なくとも私より自由に生きるジュン達が羨ましかった。
そして、エルリックの事は羨ましく思うと同時に、憎らしかった。
エルリックが自由に生きる事の皺寄せが私に来たように感じたからだ。
だから王位継承の話が現実味を帯びて来た時には、私の方からも溝を深めてしまい、エルリックとは同じ城で生活をしながらも、殆ど会話する事も無くなって行った。
王位継承争い何て言葉まで出だして、家臣達からも身の安全を考えるようにと言われ、王都を歩く時でさえ、護衛が付くようになった。だから、この状況にも特に驚きはしない。
私は至って冷静だ。
「それで?これはどういう事なのだ?エルリック兄さん」
「見てわからんか?今日から俺がヴェルリア国王という事だ」
目の前に、血を滴らせた剣を私に向ける兄がいたとしても。
~~エルリック~~
小さい頃から不満だった。
何故、王族に生まれた者は自由に生きる事が許されないのか。
王族としての生活に不満があったわけじゃない。
自分が如何に恵まれた環境に生まれたのかも、理解している。
だが、王族には自由が無い。
街ではしゃぐ子供のように遊べない。
弓で狩をし、持ち帰った獲物を自慢する少年のように友の輪に入れない。
恋人と二人だけで街を歩き、将来を語り合う事も出来ない。
俺はその不自由さが堪らなく嫌だった。
それでも小さい頃は我慢出来ていた。
兄妹の誰もが同じように生きていたし、家族は皆俺に優しかったからだ。
幸い、俺には才能が有った。
剣の腕は直ぐに上がって、並の騎士程度なら簡単に勝てるようになるまで時間はそう掛からなかった。
政治の仕事も俺には簡単だった。
何年も文官として働いてる者が一日掛かる仕事を俺なら半日で終わらせる事が出来た。
だが、だからこそ直ぐに剣の訓練も、王族としての仕事もくだらないモノとしか思えなくなった。
そんな俺にとってくだらない仕事を、ちゃんとやれと叱って、俺の代わりに仕事をするカタリナを俺は哀れな奴だと思っていた。
カタリナは羨ましいと思った事が無いのだろうか。
自由に生きる者達を。
俺は空を飛ぶただの鳥ですら、羨ましくて堪らないというのに。
それとも、自分が不自由であるという事にすら気が付いていないというのだろうか。
父上から王位継承の話が出た時、俺は嫌だなと思った。
王位など継いだら、俺は更に不自由になるに違いないと思ったからだ。
好きでもない女と子を作り、育て、王として仕事をして生きる。
父上の生活を間近で見てた俺は、その生活が非常に嫌な物としか思えなかった。
だから俺は今の内に好きに、出来るだけ自由に生きる事にした。
どうせ不自由な未来が待っているのなら、王位を継ぐ前に好きに生きて何が悪いというのか。
しかしある日、一人の家臣が俺に言った。
「このままでは王位継承争いに敗れて、王位を継げなくなってしまいますよ?しっかりしてください」
考えた事も無かった。
俺の素行が王族に相応しくない事は自覚していた。
しかし、妹や弟と王位を争っているつもりは無かった。
どうせ長男で、才能のある自分が王になると思っていたからだ。
もし、このまま素行の悪い王子のままで居たなら俺は王にならなくてすむのだろうか?
そうすれば俺は城を出て自由に生きる事が出来るのではないか?
そう思ったら、そうせずにはいられなかった。
俺の代わりに王になる弟か妹には悪い気がしたが、それでも俺は自由になりたかった。
しかし、それは無いという事を知ってしまった。
ある日父上に、王位を継げなかった者はどうなるのか聞いてみた。
他国の王家に嫁入り、或いは婿入りするか、国に残り王を支える事になるだろう、と。
それは父上にとっては我が子の将来を考えての事なのだろう。
だが俺にとっては絶望を告げる言葉だ。
結局、俺には自由になる未来など無かったのだ。
だから奴の誘いに乗ったのだ。
手っ取り早く、俺が王となり、さっさと王になりたい奴に王位を譲り自由に生きる。
その為に俺は今日、剣を取り、人を斬った。
斬ったのはカタリナの護衛の騎士四人。
人を斬ったのは初めてだが…ふん、何も感じないな。
「その者達はバルトハルトの直弟子で、かなりの手練れなのだがな」
「そうなのか?全然大した事のない奴らだったがな。次に護衛を付ける時はもっとマシな奴にするんだな、カタリナ」
「エルリック…貴様…」
「大人しくしていてもらいましょうか、父上。私も流石に家族を殺したくはないので」
「こんな事をして…ただで済むと思っているの?」
「思ってますよ、アニエス母様。私が王になれば、私を裁く者などいなくなるのですから」
「何故…こんな事をしなくても貴方は…」
「王に成れたと?そうかもしれませんが、それでは遅いのですよ、エヴァリーヌ母様」
「このまますんなり王に成れると思っているの?私を舐めてない?」
「そんな事は無いですよ、アンナ母様。貴女がこういう時に備えて各所に手勢を配置してる事は存じてます。だから…」
「! これは…この匂いは…」
「火を点けました。ああ、御安心を。この玉座の間には火が回ってこないように仕掛けてます。王都に潜んでいる私の手の者が城内に突入するまでの間、アンナ母様が配置した手勢が来ないようにする為の時間稼ぎに過ぎませんので」
「手勢…エルリック兄さんに味方して反乱した者達がいるの?」
「意外か?俺にも交友関係という物があるんだぞ、レティシア」
「交友関係?まさか、他国と協力して…」
「だとしたらなんだ?マークス。お前に出来る事はもう何も無い。大人しくしていろ」
「エルリック兄さん…」
「お前もだ、シルヴァン。大人しくしていれば痛い思いをせずに済む」
さて…後は手勢が到着次第、父上達には牢屋…いや、何処かの部屋に監禁するとして。
問題はあのエルムバーンの魔王子とアイシスがどう動くか、だな。
人質がいる以上、そう簡単には来れないだろうが。
ん?
「エルリック!」
「大人しくしていろ!」
「ああっ!」
短剣を隠し持っていたか。
だがお前程度の腕では何にもならんな、カタリナ。
「カタリナ!エルリック、貴様!実の妹を!」
「実の妹だから何です?カタリナも今、実の兄を短剣で刺そうとしたではないですか」
「くっ…」
まだ反抗の意思は消えないか。
仕方ない、事が済むまで大人しくしててもらわなければならんし、此処は…
「仕方ないな。カタリナ、少し痛い目に会ってもらうぞ」
「なっ…くっ!」
殺しはしない。
浅く斬るだけだ。
手当すれば死ぬ事は…何?
「貴様は…」
「あ、ああ…君は…」
「お待たせしました、カタリナさん。もう大丈夫ですよ」
お邪魔虫のエルムバーンの魔王子か。厄介な事だ。
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