第217話 吸血鬼の村
森の中を進む事二日。
転移で戻って来れるからと、ディノスさんもエルムバーンの城に招待したのだが固辞されたので、マジックハウスで野営した。
マジックハウスを物凄く羨ましがられた。
やはり、旅には便利なアイテムだろう。
「流石、大国の魔王子様とその一行だな。皆強いし、便利な道具も持ってる。装備も一級品。極めつけに神獣フェンリルだ。無敵のパーティーだな」
「ありがとうございます。でもディノスさんも御強いじゃないですか」
技術も高く、知識もある。
それに身体能力が高い。
一見、ディノスさんは人族に見えるけど…魔族なのかな?
いや、ハーフ魔族だろうか。
「ご主人様、畑の匂いがするよ。あと煙の匂い」
ハティの鼻が匂いを捕まえたらしい。
ハティの先導で匂いがするという方へ。
「ああ、結界があるね」
「う~ん。僕には見えないや。破幻眼を使えば見れるかな?」
『やめとき、マスター。大丈夫やと思うけど、破幻眼で結界を破壊してもうたら厄介な事になるで』
「あ…そっか。危ない危ない」
本当に危ないな。
そうなったらどうなっていた事か。
結界を超えて更に奥へ。
暫く進むと、そこにはのどかな村が一つ。
「ここは…吸血鬼が作った村?」
「そうだと思うけど…吸血鬼って自分達を高貴な存在だと認識してるんでしょ?畑作業なんてするのかな?」
「生きる為にはするんじゃない?お腹が空くと辛いもん。そこに高貴だとか下賤だとか、関係ないもの」
「アイシスが言うと説得力があるね」
「本当。アイシスが言うと違うね」
「うん。流石アイシス」
「…褒めてないよね、君達」
「「「そんな事ないよ」」」
まぁアイシスの事はともかく。
どうも本当に長閑な…争いなんて無縁そうな村だ。
吸血鬼の村とは思えないんだけど…
「とにかく村の人を見つけて話を聞こう。手分けするのはやめておこう」
この村が本当に安全かどうかは、まだわからない。
分散するのは危険だろう。
「あんれまぁ、おめえさん方は余所もんかね?えらい久しぶりのこったねえ」
「…失礼、この村は吸血鬼の人々が作った村でよろしいのでしょうか?」
「うんだぁ。今じゃ吸血鬼以外のもんも住んどるだぁよ。おいは吸血鬼だどもな」
……このご老人が吸血鬼…恐らく千歳近いはずだが。
しかし、何だろう?この高貴には程遠い、穏やかで牧歌的な雰囲気は。
村もこのご老人も、危険な空気はまるで感じない。
「あの、今、吸血鬼以外の人も住んでると仰いましたが?」
「うんだぁ。おめえさん方みてえに外からやって来て出られなくなったもんが住み着いたんだぁ。盗賊やら山賊が逃げ込んだ来た事もあっただぁ」
なるほど。
盗賊や山賊がこの森に逃げ込んだとしても、結界の為に騎士団や兵士が追いかけるわけには行かなかったのだろう。もっとも、盗賊や山賊も森から出られなくなるとは思っていなかったのだろうが。
「すまない、俺の質問にも答えて欲しい。この村にブラドという吸血鬼の男が来なかったか?」
「あんだってえ?ブラド!?おめぇあの男を知ってるだか!」
「来たのか!やはりここに!」
穏やかだったご老人の顔が険しいモノに変わった。
ディノスさんも、ご老人の反応に目の色を変える。
ブラドというのがディノスさんが追っている吸血鬼か。
「おめえさん、あの男のなんだぁ?まさか仲間かぁ?」
「違う。俺は奴に復讐する為に追って来た。奴がどこだ?教えてくれ」
「私が御話ししましょう」
「あぁ、村長…」
いつの間にか周りに人だかりが出来ている。
そして確かに、吸血鬼だけでなく、魔族や獣人の姿が見える。
そこから、一人の老婦人が歩み寄って来る。
「場所を変えましょう。私の家へどうぞ」
「…ああ」
ディノスさんは村長と呼ばれた女性の誘いに乗るらしい。
有力な情報源には違いないし、ボク達も異論は無い。
村長さんの家に入る。
一見、普通の家だ。特におかしいと感じる物は無い。
村長さんの名前はエトランゼ・ボーリンネア。
穏やかな雰囲気と凛とした佇まいが混在する女性だ。
「先ず、貴方方の質問に御答えしましょう。その後、私の質問にも答えてもらえますか?」
「ああ。わかった」
「異存有りません」
「では…ブラドは既にこの村にはいません。結界から出てどこかへ消えてしまいました」
「何?結界から奴は出る事が出来たのか?」
「はい。あの男がどのような手段を用いたのかは知りません。ですがあの男は確かに、結界の外に出たようです」
「…奴がこの村に来た目的は何だ?あの爺さんは奴に怒ってるようだったが?」
「あの男はこの村の吸血鬼を外に連れ出す為に来たのです」
「…外に?何故?同胞だからか?」
「いえ。あの男はこう言っていました。『国を手に入れる』と。その為に力を貸せ、自分に従え、と」
「国だと?バカな…」
国を手に入れる…作る、ではなく、手に入れる?。
どこかの国を奪うという事か?その為の手勢を集めに来た?
しかし、吸血鬼は確かに厄介な能力を持ってはいる。
魔族の中でも高い身体能力を持っているし、マドニア王国のように、一つの一族が国を滅ぼした例もある。
が、滅ぼしたと言っても国民全てを皆殺しにしたわけでもないだろう。
ましてや、今は吸血鬼の数は激減している。
この村の吸血鬼全員を集めた所で、さして脅威でも無いはずだ。
今は、魅了に抵抗する手段もあるのだし。
「我々はブラドの要求を拒みました。すると奴は激昂し、村人に危害を加え、村の宝を奪って逃走しました」
「宝?」
イヤな予感。
ボク達が此処に来た目的が失われてしまいそうな…
「はい。かつて勇者が使ったとされる杖が」
「「「うわぁ…」」」
最悪だ。
ここに有った勇者の遺物は杖。
アイシスには不要かも知れないが、神様に祝福された武具だとしたら。
危険な思想を持った奴に危険な物が渡ってしまったかもしれない。
「あの、僕達が此処にきた目的はその勇者の武具にあるんです。どのような物だったのか教えてもらえませんか?」
「そうでしたか。あの杖は女神イシス様の祝福を受けた杖。所持者の魔力を強化し常時回復し続ける能力を持っています。強大な魔法使いの手に渡れば危険な代物です」
「強大な魔法使い…」
一瞬、あのマッド爺の顔が浮かんだが…まさかね。
でも、あの爺が絡んでるならブラドが結界の外に出た方法は簡単に説明出来る。
何せあの爺も転移魔法が使えるのだから。
「他にご質問はありますか?」
「はい。この村の吸血鬼の人達はかつて、マドニア王国を滅ぼしたとされる吸血鬼の末裔、という事でよろしいんですよね?」
「いえ、その一族の末裔は今は私と、私の家族、四人だけです。他の吸血鬼は此処の噂を聞いて集まった者達、あるいはその子孫です」
「あの…こう言っては何ですが…国を滅ぼした吸血鬼というとやはり、凶暴とか残虐とか…そんなイメージになりますし、実際、話に聞く吸血鬼とはそういう者が多い。ですが貴女もこの村の人達もそんな風に見えない。とても穏やかに暮らしてるように見えるのですが…」
「そうでしょうね。かつて我々吸血鬼がした事によって、そんな風に恐れられ、結果世界中の人々から弾圧、淘汰された歴史があります。そんな中、マドニア王国を滅ぼした我が一族は残った吸血鬼達から頼られる存在でした。しかし、結界にてこの地に封じられ…長い年月を過ごす内、この地の吸血鬼は二つの派閥に分かれて争う事になってしまいました」
「内部分裂ですか?派閥とは?」
「一つは、この地を覆う結界を破壊し、外界に出て近隣の街や国に撃って出ようと主張する一派。もう一つは世界中から忌み嫌われ、追われる日々に疲れた者達が此処で静かに暮らす事を求める一派。お互いの主張は平行線。最後まで交わる事は無く…結果、私の父を長にする一派と父の兄…私の伯父を長にする一派とに分かれて争う事となり、結果、数の多い父の一派が勝利し此処で穏やかに暮らす事となったのです」
「なるほど。それでブラドの要求を断ったのですね。しかし、結界を破壊する手段があったのですか?」
「ええ。今はブラドに奪われてしまいましたが」
「勇者の杖を使えば結界を破壊可能だという事ですか?だとしたら何故最初からそうしなかったのです?派閥が出来る前や結界を張られた直後なら、全員の意思は一つだったでしょう?」
「あの杖を発見したのが、結界を張られたかなり後だったのです。城の地下にある宝物庫、その更に奥に巧妙に隠されていました。発見出来たのはただの偶然です」
「そうですか…他に勇者の武具、あるいは危険な道具等は?」
「ありません。他の宝物も高価であるという以外の物は」
それが本当なら、やっぱり此処に来た目的は達成出来ないな。
情報は手に入れたから完全な空振りでは無いのが救いか。
「他に何かありますか?」
「ボク達からは特には…ディノスさんはどうです?」
「そうだな…奴は他に何か言って無かったか?どこへ向かうとか、次に何をするだとか」
「ええと…そう言えば協力者がいるような口ぶりでした。それから、南の方に拠点があるとも」
「南…わかった。礼を言う。俺からは以上だ」
南…協力者…今度はエスカロン・ガリアの顔が浮かんだな。
マッド爺…エスカロン…そしてブラド。
こいつらがもしも繋がっているとしたら非常に危険だな。
そして国を手に入れるという言葉から…戦争を起こすつもりか?
父アスラッドに報告して調査してもらうのと各国に連絡してもらう必要があるな。
「では、私からの質問です。貴方方はここの結界を知った上で訪れたようですが、結界から出る手段があるのですか?」
「はい。ボクが転移魔法を使えます」
「でしたらお願いが。ブラドに傷付けられた村人がいます。彼らを治療する為の薬か、治癒魔法を使える方を連れて来て欲しいのです。それと、塩や砂糖、香辛料。野菜や果物の種。食材や酒、嗜好品の類もあれば売って頂けませんか」
「ああ、それならボクが治癒魔法を使えます。ボクが治癒しますよ。食糧なんかも大丈夫です。他に足りない物もあれば言ってみてください。直ぐに仕入れて持ってきましょう」
「ありがとうございます。是非お願いします。このような条件下にある村ですから。物が少なくて」
森の中には岩塩が獲れる箇所もあり。
召喚獣は召喚と送還で結界内を出入り可能なので、召喚獣に森の中にある食糧を集めさせていたそうだ。
村長さんとの話のあとは、頼まれた通り、治癒と食材や嗜好品の類の販売。
それから念の為にマドニアの城を調べさせてもらったが新たな発見は無かった。
そして帰る前に、結界を知らずに迷い込んだ人に外に出たいか聞いたのだが、意外な事に希望者はいなかった。もうかなり長い間を過ごしたこの村で余生を送るのだとか。
「それじゃあ、世話になった。またどこかで会ったら、よろしくな」
「ええ。ディノスさん、これを」
「これは?」
「通信用魔法道具です。ブラドの事はこちらでも調べてみます。奴の目的と勇者の杖の存在は危険ですし。何かわかったら、それで連絡します。ディノスさんも、何かわかったら連絡してください」
「ああ、わかった。すまないな、何から何まで」
「いいえ。それから南に行くなら、ガリア魔王国も調べてみてください」
「ガリア魔王国?何故だ?」
「勘です」
「ふうん?ま、いいだろう。それじゃあな」
「ええ、それじゃまたどこかで」
ディノスさんはグンタークの南の村まで送ってある。
ここがボクが転移出来る場所で一番南にある場所だったからだ。
ディノスさんはあの森には南からやって来たそうなので、今度はそこから南下し、ブラドを探すそうだ。
「結局、ディノスさんの正体は解らなかったな」
「ディノスさんの正体?」
「種族とかさ」
「ああ~確かに。人族かと思ったけど、違うっぽいね。でも気になるなら聞けばよかったのに」
「何となく、聞いても教えてくれない気がしてね。次に会ったら聞こうかな」
恐らく、また会うだろう。
それも、あまり嬉しくない用事で。
そう遠くない内に。




