第198話 鏡の王妃
「で、話を戻すけど。ジュンちゃんはカタリナちゃんともレティシアちゃんとも、結婚するつもりは無いのね?」
「あ、まだ続けます?それ」
イーノさんの御蔭で空気は変わって、その話はもう終わったとばかり。
「ん~一体どうして?魔族の人って一夫一妻が多いけど、複数の妻を娶る事に忌避感でもあるの?」
「そういうわけでは。ですがお願いされたからって婚約者を増やしていったら最終的に一体何人になるやら。理由も無しに恋愛感情の無い結婚なんてしたくありませんし」
「つまり…恋愛感情ありき、ならいいのね?」
「え?あ、はい。勿論お互いに、ですよ」
「ふ~ん…ジュンちゃんは政略結婚は拒否するタイプ?」
「立場上、それが必要なら受け入れざるを得ないかもしれません。ですが幸いな事に政略結婚が必要な状況にありませんから」
「やっぱり普通の十五歳らしくないわね。わかった、こりゃ作戦を考えなきゃダメね」
「作戦、ですか。あの、もしかしてユーグ陛下にボクとカタリナさんかレティシアさんとの婚約の話を勧めたりしました?」
「あらすごい。どうしてわかったの?」
「陛下より、アンナさんの方が熱心に見えたので。いえ、他の誰よりも熱心に見えます。ボクの事も予め調べてますよね?カタリナさんや他の誰かから聞いた話だけでなく」
「本当、優秀ね。ますますジュンちゃんに御義母さんて呼んで欲しいわ」
御義母さんて…そりゃレティシアさんと結婚すればそう呼ぶ事になるでしょうけども。
いや、カタリナさんと結婚してもそう呼ぶ事になるのか?
どうなんだろう。
「どうしてそこまでボクに拘るんです?仮に、ボクが娘さんの結婚相手として最高の存在だったとしても、頑なに拒否を続けるボクに拘る理由は無いはずです。ボクの次に条件のいい相手を探す事だって出来るはずです」
「親として娘の幸せの為に最高の結婚相手を探してあげたいって普通じゃない?カタリナちゃんは勿論、レティシアちゃんも満更でも無いみたいだし。あとはジュンちゃん次第なのよね」
「え?二人共ボクとの結婚を望んでいるって言うんですか?」
「直接聞いてはいないけど、わかるわ。親だもの。カタリナちゃんは例の求婚事件から意識してるわね。カタリナちゃんて、案外チョロいのよ?」
「は、はぁ…」
チョロい王女ってどうなの。
でも…そういえばイーノさんもだし、クローディアさんもか。
「それに、もう失敗したくないもの」
「え?それはどういう…」
「パメラ様の結婚生活、上手く行ってないんですか?」
「フランコ君、何か知ってるの?」
「ああ。以前から噂で聞いてはいた。パメラ様はサンドーラ王国の第一王子に正妃として嫁いでいるのだが、子宝に恵まれず、冷淡な扱いを受けていると」
サンドーラ王国…確かヤーマンから見て北東にある王国で農業の盛んな国。
軍事力は高くは無いがペガサスに騎乗して空中で戦う天馬騎士団を有する国だ。
「冷淡という程ではないわ。ただ第一王子…クラース殿下にはもう一人妻が居て、その子は幼馴染で恋人だったらしいの。クラース殿下はその子に夢中で子も生まれた。それで段々パメラちゃんは相手にされなくなっちゃったの」
「それは…それが理由だと言うのならボクに拘るのはおかしいのでは?ボクも既に婚約者がいます。複数の妻がいる環境に娘をやればまた同じ事に…」
「うふふ、ジュンちゃん。貴方はやっぱり優しい子なのね。結婚は拒んでも娘達を心配してくれている。それにジュンちゃんが複数の妻を娶りたがらない理由もわかった気がするわ。全ての妻を平等に愛せるか、自信が無いのね?だから今みたいな言葉が出る」
「う…」
「フフ…確かに複数の妻、婚約者がいる人に嫁がせればパメラちゃんと同じ事になるかもしれないわ。でも、それは王族に生まれた以上、避けるのは難しい。だからこそ貴方なの。ジュンちゃんならきっと大丈夫よ」
「買い被り…過大評価ですよ…ボクは…」
前世では、誰一人、幸せにする事も出来なかったのだから。
アイだって…
「ウフフ。今はこれ以上はやめておこうかしらね。部屋に戻るわ。じゃ、皆さん。また後ほど」
「あ、はい。また後で」
はぁ…中々に厄介な人だ。
思うにヴェルリア王家で一番厄介なのはアンナさんなのかもしれない。
「あの…アンナさんてヴェルリア王家でどういう立場の人なんです?普通の王妃じゃないですよね?」
「ああ。あの人は第三王妃でありながらその能力の高さから、国王陛下の政を補佐し、自身が指揮権を持つ独自の情報機関を持つ。ヴェルリア王国で最も頭のキレる方だ」
「加えて、確かな人物眼を持ち、戦略的知識も豊富。その見た目とは裏腹な能力の高さから『鏡の王妃』なんて呼ぶ輩もいます」
鏡の王妃、ね。
夫を補佐する王妃の鑑って意味と見た目とは裏腹、真逆な中身を指して言ってるのだろう。
「そんな人が作戦を練ってくるんですか?怖いなぁ」
「そう警戒する事は無い。ジュン殿は他国の魔王子だ。いくらあの人でもそう無茶な事は出来ないし、仮にも娘の夫にしようという相手に嫌われるような事はしないだろうさ」
「フランコの言う通り。大丈夫ですよ、ジュン殿。普段通りしていれば…」
「そういうバルトハルトさんはどっちの味方です?アンナさんに頼まれたら協力するんじゃ?ていうか、既に協力を頼まれたりしてるんじゃないですか?」
「う!」
「ちょっと!お祖父ちゃん!?」
「い、いや…仕方ないだろう。主家である王家のアンナ様から頼まれれば…はいと応えざるを得ないのが私の立場だ」
やっぱり…油断も隙も無い。
恐らくボクの情報はバルトハルトさんからも得ていたのだろう。
その時に頼まれたんだろうな。
「ま、まぁジュン殿。ここはヤーマンです。ヴェルリア王国でならともかく、ここでは大した事はできません。せいぜいカタリナ様とレティシア様からアプローチがあるくらいでは?」
「ねぇ、そもそも王位継承問題がまだ片付いてないでしょ?なのにレティシアさんはともかく、カタリナの縁談を進めてもいいの?」
そういえばそうだった。
カタリナさんは王位継承問題に絡んでいて、それが片付く迄は縁談は無いとか言ってたはず。
「確かにそうなのですが…ジュン殿との縁談なら話は別です」
「どういう事です?」
「ジュン殿との縁談が進めばヴェルリアにとって有益な事。そのカタリナ様がマークス殿下を次期国王に推すとなれば家臣も国民も次期国王はマークス殿下を望むことでしょう。ジュン殿はヴェルリアでも人気が高いですからな。王位継承争いは一気に解決できます」
「アンナさんはその事も計算に…」
「間違いなく入れている。あの人が国の損失になるような縁談を無理に進めたりするものか」
本当に頭が切れるんだな、あの人。
敵に回すと怖そうだ。
「まぁ私もかつてジュンさんに婚約を迫った身なので偉そうな事は言えないのですが…恐らくアプローチでは済みませんよ。出来る事は何でもしてくると思った方がいいでしょうね。私よりよっぽど怖い手を使ってくると思いますよ」
でしょうねー。
今にして思えばクローディアさんの相手は楽だった気がします。
アンナさんの相手は既に怖いもの。
「ここで仕掛けられる手と言えば…そうですね。ジュンさんの説得だけじゃなく…周りの…婚約者のアイさんやシャクティさん。御両親であるアスラッド様とエリザ様。妹であるユウさんも説得の対象になるでしょうね。説得以外にも何か仕掛けてくるかもです」
「お父さん、お酒はエルムバーンに戻るまで控え目にしてくださいね」
「お、おう」
以前、酒でやらかしてるからなパパ上は。
釘は刺しておかねば…
「セバスンはお父さんにピッタリ張り付いてて。お願いね」
「畏まりました、ジュン様」
セバスンだけでなく、他の使用人達にもお願いしておく。
パパ上が一番心配だ。
「それから…アイとユウ、シャクティは三人一緒に居る事。お互いにフォローしあってね」
「ウチらは大丈夫だよ」
「だといいけどね。ボクも出来るだけ皆と一緒に居るようにするよ」
「その方がいいでしょうね。ハニートラップも仕掛けてくるでしょうし」
「え」
「一番手っ取り早い作戦ですから。流石に王女本人が夜這いを仕掛けるとは思いませんが」
「セバスト、ノエラ、リリー」
「了解だ、ジュン様」
「お任せください!必ずや阻止してみせます!」
「頑張りますぅ!」
ノエラの気合いが半端ない。
ここまで燃えるノエラは初めて見た。
「で、クリステアー。いい加減戻ってきなさい」
「ダメです、ジュン様。まだ眼が死んでます…」
何故そこまでショックを受けるのか。
クリステアが一番ショックを受けるとは意外だった。
「はぁ…クリステアー、おーい。その…ボクはまだ誰も…抱いた事は無いから」
「本当ですか!?」
「おおう!」
眼に光が急速に戻ったと思ったら凄い喰いつき。
「本当ですか!?本当なんですね!?」
「は、はい。勿論」
前世では…経験有ですけども。
転生後はありません、はい。
「そうですか、よかった…ならばやはり、誰かに先を越されるという悪夢を見る前に!」
「はい、ルチーナ君。出番ですよー」
「はい。姉さん、下がりなさい」
いつものクリステアに戻ったようで何より。
さて…あとは隙を作らないようにしないと。
夜も誰かと一緒にいたほうがいいのかな。
「ところで、ジュン殿」
「あ、はい。何ですかヴァルターさん」
「娘をあんなに辱めた責任はとって頂けるので?」
「え?」
「イーノが女らしくなるのは喜ばしい事ですが…流石にあのドレスは。嫁入り前の娘に着せていい服ではないでしょう。そうは思いませんか?」
「う…」
「そうねぇ。いくら勝負に負けた結果とは言えねぇ。ちょっと酷いかなって」
「ええとぉ…」
「まぁジュン殿が婚約者を増やす事を望んではいない事は私も聞いておりましたから、無理強いはしませんとも。そういえば我が国でも治癒魔法使いが不足してまして。あと学校なる物も興味がありましてな」
「はい…喜んで研修生を迎えさせて頂きます…」
確かに、ちょっと調子に乗りすぎました。
反省。




