第190話 あの赤い星の下で
「初めまして、ジュン様。私は―――」
「私には丁度、ジュン殿と歳の近い孫娘がいましてな。一度会ってみませんか?」
「ジュン様、よろしければ後程お会いできませんか?二人きりで」
フランコ君とクローディアさんの結婚式前日の夜。
結婚式に招待された周辺諸国の客人達をもてなす歓迎の宴の最中だ。
今日、エルムバーンの魔王家が参加してるとは知らなかった人も多いらしく、ここぞとばかりにボクにすり寄ってくる人が多くて困る。
明日は明日で結婚式の後に宴があるし、明日到着する予定の国の人もいたりで。
今からうんざりする。
しかし…
「何故、ボクの後ろに隠れているんです?イーノさん」
「だだだ、だって…恥ずかしいですし…何だか男の人の視線も怖いですし…」
そりゃ見ちゃうでしょうね、今のイーノさんなら。
まぁ御蔭でボクに話かけてくる女性の数は減ったと思う。
何せ、今のイーノさんは超美人。
アイやユウもいるのでアプローチを掛けてくる女性は余程自分に自信のある人か、親や主に言われてやむなしな人だけ。
「ふぅ。ようやく挨拶周りが終わったよ」
「お疲れ様です、カタリナさん」
各国のお偉いさんに挨拶に行ってたカタリナさんが戻って来た。
挨拶周りをしてる時は王女様モードの口調だったがボク達と居る時は素の口調だ。
ON・OFFの切り替えが早い。
「君は行かなくていいのか?」
「行きましたよ。でも大体向こうから来てくれるので」
「なるほどな。エルムバーンはグンタークから遠い。その周辺諸国も当然。簡単に会えない存在がいると分かればチャンスとばかりに寄ってくるか」
「ええ。宴が始まる前にも部屋に来た人達が居ましたし。イーノさんは行かなくていいんですか?」
「イジわる言わないでください。父と母も今日はいいって言ってくれましたし…」
イーノさんの御両親、ヴァルターさんとレナータさんはドレスを着たイーノさんを見ていたく感動し、経緯を聞いた二人はボクに感謝の言葉を述べていた。
上機嫌になった二人は挨拶周りに行きたがらないイーノさんを笑って許してくれたそうだ。
「イーノさんは男装してると気が大きくなるのか?最初と違って随分しおらしいが」
「そういうわけでは…せめてもう少し地味なドレスなら…カタリナ殿のドレスを貸してもらえませんか?」
「殿じゃなく、さんで構わないよ。私もそうさせてもらうから。ドレスは残念ながら貸せないな。サイズが合わないだろうからな」
「そうですか…」
確かに。
イーノさんの方が背が高いし、胸のサイズも…
「ジュン。今、私の胸を見てからイーノさんの胸を見たろう?」
「イイエ。ソンナコトアリマセンヨ」
「いやいや、ジュン。バレバレだから」
「お兄ちゃんはおっぱいが好きなのよ、カタリナ」
「そのようだな。ジュン、君も女好きとかスケベとか言われるのが嫌ならもう少し上手く隠したまえ」
「チラっと見るくらいは勘弁してください…」
見ちゃダメならそんな胸を強調するドレスは着ないでもらいたい。
そんなドレスを着ておいて見たら責められるとか、理不尽極まりない。
「まぁ、今のはタイミングが悪かったのが一番だがな。ところでアイシス達は?」
「あっちの皿が山積みになってるテーブルに居ますよ」
挨拶周りの終わったアイシスはここぞとばかりに大食い中だ。
何故かダーバ王子も同じテーブルで食事中なのであのテーブルだけ戦場のようだ。
「セリアが同じテーブルに纏めたのよ。その方が使用人の人達が少しは楽だろうからって」
「セリアさんって結構気が利くなぁ」
今までの言動を見ていてもセリアさんは結構、冷静で他の人が見てない所見ているようだ。
でも負けず嫌いの所もあったりで年相応な部分もある。
小柄で小動物っぽい所は相変わらずあるのだが。
「うん?バルトハルトが見えないが?」
「バルトハルトさんなら、あっちです」
ヴェルリア王家の人達に混じってエクトルさんと話をしてる。
上手く酒を勧めてくれているようだ。
「ああいう酒の席に関してはバルトハルトに一日の長があるな」
「本人は作法とか気にせずガブガブ酒を飲むのが好きみたいですけどね」
「私は直ぐに酔ってしまうからな。とても真似できん」
「カタリナさんは酔うとどうなるんです?」
「直ぐに眠ってしまうんだ。だから寝付けない夜なんかには酒を飲んだりする」
「そうなんですか。ところでカタリナさん、これ妙に美味しいですよ。どうぞ」
「いやいや、流石に騙されないぞ。それはお酒だろう。君は私を眠らせて何をするつもりなんだ」
「冗談ですよ。カタリナさんにはエクトルさんを連れ出してもらわないとだめなんですから。寝られたら困ります。イーノさんはどうです?お酒は強い方ですか?」
「あ、いえ。私もお酒は弱い方らしいです」
「らしい?」
「私、酔うと記憶が無くなるので…家族全員から私は酒を飲む事を禁止されてますし」
それは…逆に飲ませたくなる。
危険な香りはするが…イーノさんはなんかイジりたくなるんだよね。
「ジュン、今何か悪い事考えてたでしょ」
「イーノさんにお酒飲ませて何するつもりなの」
「そんな事考えてないよ?ささ、食事を続けようよ」
アイとユウの心を読む能力がますます正確になってるような。
一体何故読めるのか。
そういう紋章でも獲得したのだろうか。
「ジュン様、少々不味い事が」
「シャクティ?どうしたの?」
宴もそろそろ終わりに近づいた頃。
シャクティが不安そうな顔で近づいて来た。
「廊下で待機してるクリステアさんから伝言です。雨が降ってるそうです」
「え」
「あちゃー…それってつまり…」
「赤い星が見えないって事だよね」
それは不味い。
それだとエクトルさんを連れ出しても…
「どうする?ジュン」
「何か別の話をデッチあげる?」
「今からでは少々不自然だろう。雨が上がって星が見えるのを期待するか、星が見えないまま決行するかだろう」
それは…それでも上手く行くかも知れないけど、可能性はグっと下がる気がする。
仕方ない…少々無茶をしよう。
「ちょっと行ってくる」
「どこ行くの?」
「ちょっと天気を変えて来る」
「「へ?」」
宴の会場から外へ。
クリステア同様、宴の会場周りで待機していた親衛隊や他の国の護衛達が何事かと注目してくるが何でもないとだけ返す。少々時間が無いので急ごう。
「ちょっと、ジュン何するつもりなの?」
「空へ行って雲をどかしてくる。一時しのぎにしかならないかもしれないけど、少しの間でも星が見えればいいから」
「簡単に言うが…そんな事出来るのか?」
「兎に角、やってみます。皆は此処で待ってて」
飛行魔法で、上空へ。
今は7月。この辺りではあまり雨が降らないって聞いていたのに。
何も今降らなくてもいいだろうに。
気温も30度を超えるけど、夜に雨に打たれると流石に冷えるな。
時間も無いし、手早く済ませよう。
雲の中へ入る。その中で風魔法を最大範囲で全周囲に全力で放つ。
すると、一時的に穴があいたように雲のない空間が出来はしたが…直ぐにまた雲が寄って来て塞がってしまった。
ならば雲を消すしかないか。元々雨の少ない地域の雨雲だ。
雲から出て火属性魔法で消していく。
使っているのは上位火魔法の「ファイアレイ」
超高温の炎をレーザーのように打ち出す魔法だ。
結構派手にやってるから下では騒ぎになってるかもしれないな…
時間も無いし、火の上位精霊「イグニス」も四体呼び出し、手伝ってもらう。
うん、派手だ。目立ってるだろうなぁ。さぞかし。
更に風の上位精霊「アウラ」も四体呼び出す。
雲が無くなったエリアに新たな雲がよって来ないように城を中心に四方へ散ってもらい風を吹かせる。これでしばらくは空は晴れるだろう。
それから更に雲を消して城を中心とした半径1Kmは雲の無い空が広がった。
うん、星が綺麗だ。
「ただいま」
「お帰り。随分力業で雲をどかせたね」
「お兄ちゃん、かなり目立ってたよ」
「ちょっとした騒ぎになり掛けてたが…まぁ何とか抑えれたよ」
「凄いですね、ジュン殿…まさか本当に雨をやませて天気を変えてしまうなんて」
「短時間だけですけどね。フェッキシッ!」
雨の中、空を飛んだり雨雲に入ったりしたせいでずぶ濡れになってしまった。
流石に冷えるな。
「ジュン様、御着替えを。風邪を引いてしまいます」
「うん。そろそろ宴も終わりみたいだね。じゃあ、カタリナさん、手筈通りに。ユウとアイはアイシスに言って作戦の開始を」
「うむ。では行って来よう」
「じゃ、ウチらも。ジュンは早く着替えなよ」
「ちゃんと体も拭いてね」
三人はアイシス達とエクトルさんがいる会場に戻った。
ボクも早く着替えないと。
「で、どうして付いて来るんです?イーノさん」
「だ、だって…会場に戻って一人になったら…」
男性に声を掛けられるのが怖い、と。
カタリナさんが言ってたように性格が変わってる気がするな。
やれやれ…
「じゃあ部屋の前で待っててください。ノエラ達も」
「いえ、お手伝いします」
「リリーが体を拭きますぅ!」
「じゃあ、私は髪の毛を」
「下着も替えたいんだけど?」
「では下着は私が」
「一人で出来るから!時間も無いし外で待機してなさい!」
「「「はい…」」」
何故、そんなにも残念そうなのか。
男の着替えなんて見てもしょうがないだろうに。
着替えを済ませ、事前に決めていた場所へ。
城の中庭の木の陰へ。
エクトルさんは…居た。予定通りの場所、城の中庭に出て来た。
不可視化の魔法を解いて姿を見せたノエラが出て来て状況を教えてくれた。
「ジュン様、アイシスさん達も予定の位置に着きました。フランコさんも来てます。ですが…」
「何かあった?」
「はい。ロランさんも一緒に来てます」
フランコ君のお兄さんも一緒か…まあいいだろう。
作戦に変更ナシだ。
「構わない、始めよう」
「はい」
「…何でそんなにくっつくの?」
「ジュン様はまだ体が冷えてると思いまして。私が暖めて差し上げようかと」
「服の上からじゃ大して意味ないでしょ…」
「では脱ぎましょう」
「わかった、オーケー。そのままでいいから。脱がないでね」
「はい」
「はぁ…始めるよ」
魔法でジゼルさんの姿をエクトルさんの傍に出す。
エクトルさんは始めこそ警戒していたが、それが誰かわかると驚きの顔に変わった。
「ジ…ジゼル?ジゼルなのか?」
エクトルさんが話しかけるが…この魔法では声までは再現出来ない。
だが微笑みを浮かべて頷くくらいなら問題無い。
「あ、ああ…何という…赤い星…本当にそんな事があるなんて…」
大粒の涙を流しながら赤い星を見上げるエクトルさんが言葉を続ける。
どうやら上手く行きそうだ。
何だか騙してるようで申し訳ないけど…
「ジゼル…明日はな、フランコの結婚式なんだ。信じられるか?あの幼かったフランコがだ。それもこの国の女王様とだぞ?フランコが王族になるんだ。とても信じられないかもしれないが、事実なんだぞ?そう言えば女王様は少しお前に似ている気がするよ…」
言われてみれば確かに。
クローディアさんは少しジゼルさんの面影があるような。
「お前もフランコの結婚式を見に来たのか?それとも…私に何か恨み言でも言いに来たのか?お前には寂しい思いをさせてしまったしな…御蔭でフランコにも嫌われてしまったよ…」
これは…否定しておくべきかな?
実際の所、ジゼルさんがどう思ってたのかまではわからないが…。
とりあえず、首を振って…あれ?
『あなた…私はあなたに恨み言なんてありません。そりゃあ貴方に会えないのは少し寂しかったわ。でもロランやフランコが傍に居てくれたもの。それに全く会えなかったわけじゃないじゃない。あなたは少し時間が出来たら会いに来てくれた。私のために頑張ってくれてたじゃない。ちゃんと知ってるわ』
!
どう言う事だ…?
ボクは魔法で声までは再現していない。というか出来ない。
それに…今は動かしてすらいない。
でも唇がちゃんと動いて喋ってる…
「ジゼル…」
『私はあなたを恨んでなんかいない。フランコもきっとわかってくれるわ。大丈夫よ。あなたに似て少し意固地なとこがあるだけ。ね?そうでしょフランコ』
「え?」
『そこに居るんでしょ?出てらっしゃい。ロランも一緒に』
「…母さん…」
「……」
フランコ君とロラン君まで呼んでしまった。
どういう事だ?もはや完全にボクのコントロール下に無い。
「(ジュン様?何か予定と違うような…ジュン様?)
もしかして…もしかしてあれは…本物?
本物のジゼルさん?つまりは…幽霊なのか!?
「(ジュン様?きゃっ)」
やばい!すっごい怖い!どうしよう!
でも此処で騒ぐわけには…!
『フランコ。母さんはね、とっても幸せだった。そりゃあもっと長く生きたかったわ。でも貴方達がいたから、貴方達とエクトルが居てくれたから、とても幸せだった。本当よ?』
「母さん…でも…父さんは…」
『フランコ…貴方の父さんを信じてみなさい。ロランは信じているでしょう?信じて、話を聞いてみなさい、ね?』
「母さん…わかったよ…」
『いい子ね。ロラン…あなたも大きくなって…これからも父さんを支えてあげてね。そして立派にルーベルト家を継いで。弟に負けちゃダメよ?』
「母さん…うん…うん…!」
『あなた…』
「ジゼル…」
『少し痩せたみたいね…体には気を付けなきゃダメよ?私みたいになってしまうわ』
「ああ…そうだな…」
『それから…ダメね…言いたい事は沢山あったはずなのに…こうして話してると浮かんでこないモノね…』
「ああ…私もだ…私も沢山あったはずなのに…」
『でも、そうね…時間も無いし…一言でまとめてしまうなら…愛してるわ、エクトル』
「私もだ、ジゼル…愛してる、今でも!」
『ありがとう、エクトル。元気でね、ロラン。結婚おめでとう、フランコ。奥さんを泣かせちゃダメよ?』
「わかった…大丈夫だよ、母さん」
「母さん…」
『…そろそろ神様がくれた時間も終わりみたい』
「いってしまうのか?もう会えないのか、ジゼル」
『そうね…こうやって逢える事はもう無いと思う。でも夢でなら逢えるわ。夢でまた逢いましょう?そして逢えたなら…また御話ししましょう。だから泣かないで、ね?』
「あ、ああ。そうだな…また逢おうジゼル」
「母さん…」
「私達の事は心配しないでいいから…」
『そう…貴方達も大人になったのね…じゃあね、みんな。元気で…』
「ジゼル!」「母さん!」「母さん…」
ジゼルさんは徐々に薄くなり、消えていった。
…最初以外、最後までボクのコントロール下になかった。
やはり本物なのか?ボクの魔法を媒体に降臨…いや降霊した?
あっと…ルーベルト家の家族会議がそのまま始まるようだ。
「フランコ…」
「父さん…母さんを愛してるなら何故…女の人と逢っていたんだ?」
「女の人?誰の事だ?」
「逢っていただろう?オレンジの髪で城に勤めるメイドの人と…屋敷の前で。あの人が愛人じゃないのか?」
なるほど。それを見たから噂を信じていたのか。
「オレンジの髪…ああ、あの人か。あの人はな、イネスさんといって母さんの従妹だ」
「え?」
「ああ、イネスさんか。何度か母さんの見舞いにも来ていたじゃないか」
「え?来ていた?見舞いに?」
「ああ。尤も、その時はメイド服じゃなく私服だったがな」
「母さんも私と結婚する前は城に勤めるメイドだった。同じように働くイネスさんとは仲が良かったんだ。当然、私とも知り合いだった。ジゼルが亡くなった後、少しして結婚して王都を離れたがな」
「そう、だったのか…」
どうやら、フランコ君の誤解は解けたみたいだ。
これ以上見てなくても大丈夫だろう。
「(撤収しよう、ノエラ。…ノエラ?)」
「……」
あれ?ノエラの顔が赤い。
ていうか、すごい近い。
なんで…あ。
「(ご、ごめん!)」
「(い、いえ。平気です。むしろずっと抱いていてくださっても…いっそこのまま最後まで…)」
ジゼルさんの幽霊を見て、恐怖のあまりノエラを抱きしめてしまっていた。
誰も見てなくてよかった…
「(ノエラ、恐怖のあまり抱き着いちゃったのは秘密にしといてね。お願い)」
「(はい。私とジュン様だけの想い出です)」
「(…まぁそれでいいよ。部屋に戻るよ)」
「(はい)」
フランコ君達はもう大丈夫。
無事、作戦成功だ。
本物のジゼルさん降霊という予想外の事はあったが…それについては考えるのはやめよう。
うん。




