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73 突入

 リンダによって、エリが誘拐された場所が判明した。それは旧市街にある廃教会。

 タクミ達は彼女を助けるため、そこへと向かった


 着いたのは10分後。

 タクミ達は廃教会の前に立った。


 廃教会というだけあって、少なくても外装はボロボロであった。壁にはヒビが入り、屋根には穴が開いている。出入口となっている扉も欠けていて、そこから中の様子が少し見える。


「ここが自然主義者(ナチュラリスト)共のアジトか」

 タクミは呟いた。


「ふぅむ、人の気配はありませんなぁ」

 アルマンは扉の欠けた所から、中の様子を覗き込みながら言った。


「気をつけよ、アルマン。物陰に隠れているかもしれませんぞ」

 イザークは注意した。


「そうですね。こんな所だと、カビや埃の臭いのせいで嗅覚に頼る事もできませんし」

 アンリは頷いた。


「とりあえず突入しようぜ。誰かが隠れているなら、その時始末すればいい」

 リックは苛立った様子で頭を掻いた。


「待て!入るならちょっと時間をくれ!」

 マリーの言葉に、すぐにタクミ達は彼女を見た。


「何て事は無ぇ。ちょっとした準備だ」

 彼女は微笑むと、口を開いた。


 キィン。


 彼女は超音波を放つ。

 耳障りな音。タクミは思わず耳を塞ぐ。


 すると彼女に変化があった。

 彼女の体からは無数の鎖が出てきた。それらは彼女の体に巻き付きながら、ドンドンと上へと伸びていく。

 次第に無数の鎖は、人型を形成した。そして鎖は別な物へと変わった。


 それは鎧。全身に蝙蝠の意匠を持つ、赤黒い鎧だ。


「お待たせ」

 マリーはすっかり姿の変わった。元の面影は全く無い。

 身長が120cmくらいしかなかったのが、今では180cmくらいある。


「それが貴様の固有魔法か」

 タクミは訊ねた。


「まぁ……な」

「後で教えてくれ」

「教えるかぁ……できるかな?」

 マリーは自信の無さそうな声を出した。


 タクミは思った。

 彼女の固有魔法は『変身』する事だと。


 『変身』。それは男のロマン。

 習得できるなら、ぜひともしたい。

 本当ならば、今すぐにでも教わりたいところだが、今はエリを助ける事が第一だ。

 タクミは今回は我慢する事にした。


「……じゃあ、僕が最初に突入しよう。僕は滅多に怪我をしないから」

 ハンスは誰からも答えを貰う前に扉を開けた。


 ギィィ。


 古びた扉特有の錆びついた音を立てながら、扉は開いた。タクミは一気に緊張する。

 ハンスは恐れる様子は無く、一人で中へ入ってしまった。もしも誰かが潜んでいるなら、彼は襲われるはずである。

 しかし、何も起こらない。廃教会の中は静まり返っているだけだ。


 もしかすると、みんなが入るまで待っているのかもしれない。もう少し様子を見るべきだろう。

 が、他のみんなは彼に続くように中へ入ってしまった。そして、相変わらず何も起こらない。


 タクミはこれを見て、この場所には誰もいないと判断し、中へ入った。


「……誰もおりませぬなぁ」

「本当にここで合っているのでござるか?」

 アルマンとイザークは言った。


「ここである事は間違いないでしょう。埃が妙に少ない所があります。つい最近誰かが来た証拠ですね」

 アンリは床を左腕に装着していた機械のライトで照らしながら言った。


「それならよぅ、他の部屋にいるんじゃねぇか?」

 リックは苛立った様子で言った。よほど戦いたくて仕方がないらしい。


「いや、それなら部屋から出てくるはずだ。侵入者を放ってはおけないからな」

 マリーは周囲を警戒しながら言った。


「……もしかして、隠し部屋があるんじゃないかな?仲間でないと気づかないような所にあるとか」

 ハンスは言った。


「例えば?」

「……あそこなんてどうだろう?」

 タクミが聞くとハンスは教壇の方へと歩き出した。

 そしてしばらく教壇を調べると、頷いてタクミ達の方を向いた。


「……あった。教壇の裏に隠し通路が」

 ハンスの言葉に、タクミ達は彼の元へ集合した。


 ハンスは一点をジッと見ている。その目線の先を追うと、蓋があった。うまくカモフラージュされていて、いかにも地下へと続きそうなように思える。


「この奥に姫が……」

「かもしれません」

「なるほど。祭りの場所はここか」

「戸塚、今行く」

「エリ……無事でいてくれ」

「拙者には少々狭いですな……」

「……角が大きくなる前で良かったよ。(つか)えてしまったら、これ以上先へは行けなかったからね」

 タクミ達は口々に言った。


「で、だ。一人ずつしか入れそうにないが、順番はどうする?」

 タクミはみんなに訊ねた。


「……さっきと同じように、僕が最初に入る。これもさっき言った事だけど、僕は滅多に怪我をしないから」

「おい、本当なんだろうなぁ?」

 リックがハンスの襟を掴んでを訊ねた。


「それについては、アタシが保証する。彼が怪我をするなんて、まずない」

 マリーが代わりに答えた。


「ああ、そうかい。なら次は俺だな」

 リックは乱暴にハンスから手を離した。


「いや、次はアタシだ。見ての通り、頑丈さには自信があるんでね」

 マリーは胸の装甲をコツコツと鳴らした。確かに頑丈そうに見える


「チッ!じゃあその次だ。俺にしちゃ譲歩した方だぞ」

 リックはかなり苛立った様子で、親指で自分を指した。そろそろ我慢の限界が来ているのだろうか。


「じゃあ、その後は俺だ。的が小さいからな」

 タクミは手を挙げた。


「では、その後に吾輩が、アンリがその次で、イザークは最後でよろしいですかな?」

 アルマンが提案した。


「まあ、いいでしょう」

「拙者は……うん、まあ、それで構いませぬ」

 二人は返事をした。


「……じゃあ、出発」

 ハンスは蓋を開けた。すると、穴が開いていて梯子がかかっていた。


 ハンスは迷う事なく梯子を使って、下へと降りていった。それからしばらくして、今度はマリーが梯子を使って下へと降りていった。そしてリックが下へ降りようとした時、だいぶ下の方で物音がし始めた。たぶん、ハンスが見つかって交戦状態となったのだろう。


「チッ!俺が着くまでは、見つからないで欲しかったぜ」

 リックは急いだ様子で梯子を降りた。


「さて、行くか」

 タクミも梯子を降り始めた。


 どんどん降りていくにつれて、争うような音は大きくなっていった。タクミはそれに合わせて、降りる速度を上げる。そして足が床についた頃には、大騒ぎになっていた。

 タクミが梯子を背にすると、ハンスとマリー、そしてリックの三人が、大勢の自然主義者と思わしき全裸の人物達と戦っているのが見えた。どうやら、自然主義というのは裸でいる事が義務となっているらしい。

 全裸の彼らは魔法を放ったり、魔法で強化された肉体を武器に戦っていた。が、三人の敵ではなかった。


 まずはハンス。彼は囲まれていて、四方八方から攻撃を受けていた。

 しかし、全く負傷している様子はない。そして、魔法の鎧を纏った拳で淡々と自然主義者を殴り倒していた。


 次にマリー。ハンス程ではないが、攻撃を受けている。しかし、彼女の鎧は頑丈でビクともしない。

 彼女は鎧から無数の鎖を発生させて、多くの自然主義者の胸を貫いていた。心臓を一突きにされたのだろう。彼らは全身をダラリとさせていた。


 最後にリック。魔剣で次々と自然主義者を切り刻んでいた。

 時々飛んでくる魔法は魔剣で弾いて、術者に返している。


 自分も戦わなくては。

 タクミは持っていた二本の杖の先から魔剣を発生させた。そして修羅場へと足を進める。


「ぬがぁ!」

 するとすぐに、自然主義者が殴りかかってきた。しかし、タクミは身をかわして反撃にでる。


 両足を魔剣で切断。自然主義者が倒れた所で首を斬り落とす。

 初めての殺人だった。しかし、何も感じなかった。


 この状況がそうさせているのか、それとも元々そういう事に罪悪感を感じないのかは分からない。とりあえず、何も感じないというのは、この状況では良い事であった。なにしろ大勢を相手にしているのだ。ちょっとした隙が自分に死をもたらす。それよりはマシであろう。


 タクミはそう思った。


「こいつぅ!」

 別な自然主義者が襲いかかってきた。


 彼は両手を前に出して、火炎弾の魔法を放ってくる。しかし、タクミにはその速度は遅かった。右手の魔剣で弾き返す。

 コントロールが悪かったせいか、術者本人には当たらなかったが、別の自然主義者に命中した。


「運の悪い奴め。それとも俺の運がいいのか?」

 タクミは呟いた。


「伏せてくだされ!」

 アルマンの声が聞こえた。彼も到着したらしい。


 タクミは言われた通りにした。

 すると銃声が辺りに響いた。と同時に、複数の自然主義者は体に穴が開いて倒れた。


「危ねぇ!混戦で銃使うな!」

 タクミは叫んだ。


「アルマン。ここは疑似魔法を使うのです」

 アンリも到着したらしい。彼の声が聞こえた。


 彼は左腕に装着された機械を操作すると、左手が燃え始めた。

 そしてその手をこちらに向けると、火炎が放たれた。


「熱っ!」

 タクミは間一髪で火炎を避けたが、その熱はかなり熱かった。


「おい!俺まで焼く気か!」

 リックが叫んだ。

 どうやら彼にも当たりそうになったらしい。


「拙者も助太刀しますぞ!」

 イザークも到着した。

 彼は銃を構えたまま、突っ込んできた。


パライズ(麻痺)!」

「うっ……」

 危険を感じたタクミはイザークに向けて麻痺の魔法を放った。

 彼はその場で糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。


「ここで射撃は止めろ!味方に当たったらどうする気だ!」

 タクミはモテない三銃士に注意した。


「しかし……それでは我々は……」

 アルマンは困った様子で言った。


「アルマン。疑似魔法に拳を強化する魔法があるみたいですよ」

 アンリは左腕の機械を操作しながら言った。


「おお!ではそれで行きますぞ!」 

 アルマンも左腕の機械を操作した。


 すると、アンリとアルマンの左手は魔力の鎧のようなものに包まれた。そして彼らは、近くにいた自然主義者を殴った。殴られた自然主義者はその場で倒れた。


「それでいい!そのまま戦え!」

 タクミは自然主義者の攻撃を避けながら、アンリとアルマンに言った。






 タクミ達は戦い続けた。

 何十人もの自然主義者を倒した。それはつまり、何十人も殺害したという意味であった。


 しかしそれほど人を殺しても、タクミには未だに罪悪感や自己嫌悪等といった気持ちは湧かなかった。

 相手を敵と認識しているせいか、それとも本来そういう感覚が欠如しているせいか。それも未だに分からない。

 ただ一つ、ハッキリと言える事がある。それは殺害に喜び等を感じる事は無いという事だ。

 それが分かっただけでも、自分はまだまともであるとタクミは思った。


 それに比べて、みんなはどう思って戦っているのだろうか。タクミは少しだけ気になった。

 とりあえず、少なくともエリを助けたい一心で戦っている、という事だけはすぐに理解できたが……


 いや、今はこれ以上は考えない事にしよう。タクミはそう思った。

 なにしろ、敵はまだたくさんいるのだから。


「クソッ!きりがないな!」

 タクミは舌打ちした。


 実際、いくら倒しても自然主義者の数は減らなかった。倒してもすぐに、次の自然主義者が現れた。


「……これはきっと足止めだ。ここは先へ進む方と残る方に別れよう。僕は残るけど」

 ハンスは提案した。


「そうだな。こっちはエリが殺されちゃお終いだからな。アタシも残るよ」

 マリーは彼の提案を聞き入れた。


「じゃあ、俺も残る。もう少し戦てぇ!」

 リックも聞き入れた。


「……後のみんなは先に進んで」

 ハンスはタクミとモテない三銃士に言った。


「分かった。いくぞ、貴様ら」

 タクミは奥へと進み始めた。


「待て!ならば我々が先に行きましょう!」

 アルマンはタクミに言った。


「あ?」

「我々は銃を持っておる。銃で道を開けましょう」

「そういう事か。じゃあ頼む」

 納得したタクミは言った。


「うむ。ではモテない三銃士、前進!」

「おう」

「ええ」

 いつの間にか復活したイザークと共に、アルマンとアンリは先行して奥へと進み始めた。

 奥にも自然主義者がいっぱいいるらしく、彼らの銃声が部屋に響く。


 タクミは彼らの後ろについて行った。その時々で、後ろから襲ってきた自然主義者を始末した。


 タクミはエリの事が心配になった。エリがいつまで生かされているのか分からない。

 さっきの戦いで時間をとられてしまった。まだ生きているのだろうか。


 嫌な考えが頭をよぎった。タクミは頭を振って、これを否定した。


 早く彼女の元へたどり着かなくては。

 タクミは焦りを感じた。

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