57 大会無双
タクミとミアが『ザトー』で魔剣術を習い始めてからしばらくが経った。
タクミはこの日もいつもと変わらず朝食を食べていた。
しかし、周囲の様子はいつもと違っていた。
具体的に言えば、それはハナの事だ。
いつもの彼女ならば、のんびりゆっくりと食事をするはずであった。しかし、今日に限っては急いで食べている。
いったいどうしたのだろうか?不思議に思いながら食事を続けた。
そして、この疑問はすぐに解決するものとなった。
「おい、来たぞ!準備はできたか?」
寮の扉を乱暴に叩く音が聞こえてきた。
タクミは声だけで、すぐに誰が来たのか分かった。
ラルフ、『舞台上の決闘』部の部長だ。
どうやらハナは朝早くから何かをする事になっているらしい。
「ほ~い」
ハナは返事をすると、残った食べ物を全て口に押し込んだ。そして寮の扉を開けた。
「おはよう、ハナ。ちゃんと準備はできたんだろうな?大会が始まると、しばらくここには戻ってこれないぞ」
「うん、大丈夫」
体操着姿のハナは口をモゴモゴさせながら答えた。
「大会?何の事だ?」
タクミは妙に気になって、ラルフに聞いてみた。
「知らないのか?今日が『舞台上の決闘』の大会の日だ」
ラルフに言われてタクミは思い出した。
近いうちに『舞台上の決闘』の大会が開催される、と。
そしてハナは、そんな大会に向けて練習していた部員達を全員負傷させた責任として、代わりに練習をしていたという事を。
「ああ、そういえばそうだったな」
「忘れるな。同じ学科の仲間なんだろ?」
タクミは返事をする代わりに頭を掻いた。
正直なところ、ハナの事をタクミはあまり考えてはいない。
彼女は自由過ぎる。まともに彼女の事を考えようものなら脳細胞が大きく死滅する事は間違いないだろう。
「どうする?お前も行くか?」
ラルフは訊ねた。
「ああ?」
タクミは彼が何を言っているのか分からず聞き返した。
「お前達はハナの仲間なんだろ?だったら近くで彼女が戦っているところを観たくないのか?」
彼に聞かれてタクミが悩んでいると、アカネとエリが真っ先に返事をした。
「ホンマか?ウチ、ハナちゃんの格好ええところ観たいねん。な?」
「うん!ハナちゃんって強いもんね。私も観てみたい」
二人は食事を中断して、ラルフの元へ駆けていった。
「ほら、ミアちゃん!ミアちゃんも観てみたいやろ?」
アカネはミアに手招きしながら言った。
「あ、ああ……」
ミアは悩んでいたようだが、アカネの言葉に折れて近くへ寄った。
これで決めていないのは、タクミだけとなった。
「分かった。俺達全員で行く」
一人だけ行かないわけにもいかないため、タクミも行く事にした。
それに、戦いを観戦する事は戦いを学ぶのに役に立つ。そういう思惑もあった。
「分かった。それなら今すぐに出かけるを準備してくれ。場所は学外の体育館なんだ」
ラルフはそう言うと、タクミ達は急いで支度を始めた。
急いで支度を済ましたタクミ達は、ラルフと共に会場となる体育館へやって来た。
試合開始まで時間があるようだが、すでに多くの選手と思わしき人が会場にたくさんいた。
服装に指定は無いらしく、新緑色のローブに身を包んだ者もいれば、黄色のジャージでいる者、柔道や空手の胴衣にしか見えない恰好の者もいる。
みんなは本気で優勝を狙っているらしく、会場の雰囲気はピリピリと張り詰めている。
中には明らかに殺気立っている者もいて、かなり近寄りがたい状況となっている。
そんな中、タクミ達が向かった控室では、ハナの存在はかなり異質なものとなっていた。
高校指定の半袖短パンの恰好でベンチに座り、携帯型ゲーム機に夢中になっている。緊張感は限りなくゼロに近い様子だ。
それに比べて、彼女の隣に座っているスヴェンというハイエナの青年は、マネキンのようにガチガチに固まっている。
ローブ姿の彼は、目だけをキョロキョロとしていて、緊張感が最大であるのは誰が見ても明らかだ。
「おい、貴様」
タクミはスヴェンに声をかけた。
「は、はいぃ!」
スヴェンはその場で跳び上がりながら、タクミの方を向いた。
「貴様は確かスヴェンだな?伊藤の友達の」
「そ、そうでぇす!」
「貴様も参加するのか?」
「あの、その、部長に『せっかくだからお前も参加してみろ』って……」
「そうか。じゃあ、無様な恰好だけは見せないように頑張るんだな」
「は、はいぃ!」
どうも会話が続きそうに思えないので、タクミは彼と話すのを止めた。
「おい、ラルフ」
今度はラルフに声をかけた。
「何だ?」
「メンバーはどうなっている?」
「今回は個人戦だけで、ハナとスヴェンが出る」
「個人戦?団体戦もあるのか?」
「ある。だが今回は不参加だ。人数が足りない」
「何人必要だ?」
「五人だ」
「俺達も入るか?」
「いや、いい。単なる人数合わせなら棄権した方がましだ」
「そうか」
タクミは頷いた。
「もうすぐ開会式が始まる。観客は二階の席に座る事になっているから、早く移動した方がいいぞ」
ラルフはそう忠告した。
「分かった。おい、戸塚、天王寺、山田。移動するぞ」
タクミはミア達を連れて二階へと移動を始めた。
退屈な開会式が終わって、個人戦の試合が始まった。
タクミ以外の三人は観客席からハナの姿を探すのに夢中になっていた。
その一方でタクミは関係ない試合の方を見ていた。
タクミがここに来た一番の目的は、戦いというものを見て学ぶ事だ。だから、ハナがどこまでいけるのか、一切気にする事が無かった。
強いて言えば、あのスヴェンという青年がどこまでいけるのか、少しだけ気になったくらいだ。
今タクミが見ているのは、猫の男と狼の女の試合だ。
男の方は爪を立てて女に迫っている。女の方は指揮棒みたいな形の杖で魔法を放っているが、男が距離を詰めて来るため、かなり狙いづらそうにしている。
男の行為は反則ではないだろうか。気になったタクミは、スマートフォンのカメラモードで男の手元を拡大してみた。
すると彼は爪を立てていない事が分かった。
魔剣だ。指先の一本一本から細くて短い魔剣が発生している。
どうりで反則にならないわけだ。彼はしっかりと魔法を使って戦っている。
タクミは納得した。と同時に、魔法を使った戦いは、魔法の撃ち合いだけではないという事を改めて理解した。
男の攻撃。魔剣の爪が女の右腕を引っ掻く。その腕は彼女が杖を持っている方だ。
魔力の鎧で防ごうとしたようだが、攻撃が早かったのか、展開が間に合わなかったのか、腕からは出血が確認できる。
その上、当たり所が悪かったのか、彼女は握力をなくして杖を場外に落としてしまった。
これは男の方の勝利だろう。タクミはそう思った。
しかし、タクミの予想は外れた。
トドメとばかりに男は女に跳びかかった。すると女は両手を男に向けて暴風の魔法を放った。
地上では踏ん張る事ができただろうが、彼は今、空中にいる。魔法が直撃した彼はなすすべもなく、場外へと飛んで行った。
試合終了。
勝ったのは狼の女。
勝因は、杖を失ったくらいで狼狽えずに、相手の行動を良く見る。といったところだろうか。
タクミは今の勝因をメモに取った。
タクミがメモを取り終わり、次の試合を探していると、何者かに頭を掴まれた。
そしてそのままグイグイと動かされると、ハナが舞台の上に立ったのが見えた。
「ほら、タっ君!ハナちゃんの番やで!」
頭を掴んでいるのがアカネだと、タクミは声ですぐに分かった。
余計な事を。タクミは心の中で悪態をついたが、すぐにそれは間違いであると分かった。
試合開始の笛の音が鳴り、ハナと対戦相手のカワウソの男は同時に構えた。
先に攻撃を仕掛けたのはハナ。彼女は大量の空気弾の魔法を放った。
男は盾の魔法で防ぐが、量が多すぎるのか後ろへと押されていく。
するとハナは男に跳びかかり、魔力の鎧で包まれた拳でパンチを放った。
盾は砕け散り、パンチは彼の頭に直撃。そのまま大きく吹っ飛び、場外へと落ちた。
これについては、特にメモする事は無い。タクミはそう思った。
戦力の差が大きすぎる。そして、戦法なんてものはない。単なるゴリ押しだ。
彼女はメチャクチャな奴だ。タクミは以前からそう思っていたが、改めてそう考えさせられた。
この後もハナが登場するたびに、アカネに顔を向けさせられた。
そしてそのたびに、ハナは強引な戦い方で勝利を納めていった。
彼女が勝つ事に何も問題はない。
しかし、何も学べずに終わるのは、少しだけ腹立たしかった。




