34 結果発表
魔法適正検査を行なった日の夜、ニコルから再びメールが来た。
内容は『明日、結果発表するから工房へ来い』というもの。
そこで翌日、ハナ達はニコルの工房を訪れた。
メールによると、集合場所は裏庭で、時間は九時。
ハナ達がそこに到着したのは、五分前だった。
ニコルはすでにそこにいて、すぐ近くにはキャスター付きのホワイトボードが置いてあった。
それにはペンで色々書かれていたり、紙テープや磁石が貼られていたりと、まるでテレビの情報番組を彷彿とさせる状態になっている。
「お~はよぉ~ぅ、ございぃま~す」
ユルい話し方で、ハナはニコルに挨拶をした。
それに続いて、他のみんなも挨拶をする。
「はーい、おはよう。じゃあ横一列にならんで頂戴」
ニコルは笑顔で挨拶し返した。
今日は機嫌がいいらしい。
ハナ達は言う通りにした。
するとニコルは体をのけぞらせて大きく息を吸った。
「結果発ぴょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ニコルは大きな声を出した。
声が裏庭全体に響く。
ハナは反射的に耳を塞いだ。
「はーい、昨日はお疲れさま。そして、こんな物を作った私はもっとお疲れさま」
ニコルはホワイトボードを叩きながら、早口で言う。
「でも作ったのはこれだけじゃないわよ!今後の学習についての助言!全員分ちゃ~んと作っておいたのよ!」
そう言ってニコルは胸の谷間から紙を五枚取り出すと、その辺に放り投げた。
「はい!拾うのは後!先に検査の結果を――」
「ニコル、ちょい待ち!」
アカネが彼女の話を遮った。
「あら、アカネ。何かしら?」
「何じゃあらへんって!どないしたん?そのテンション」
「何か不満?」
「なんか、いつものニコルとちゃうで!何ちゅーか、頭おかしくなったみたいで……怖いねん!」
ハナはアカネの言葉に首を傾げた。
彼女が元気そうなのは良い事。ハナはそう思っている。
だから、アカネがそういう事を言うのには変だと思った。
「そーね。昨日も寝てないせいかしら?」
ニコルは笑みを浮かべながら答えた。
ハナは彼女をよく見てみた。
彼女の目は焦点が合っていない。
顔の体毛も乱れていて、確かにそんな風にも見える。
「ちょ!二日続けてかいな!」
「ええ。帰ってすぐにまた仕事の依頼が来て、おまけにバカ師匠の世話までして……その上でアナタ達の分を片付けるって考えたら、また徹夜するしかなかったのよ」
「えーねん!そんな無茶せんでも!」
「そういうわけにはいかないでしょ。アナタ達を待たせるわけにはいかないもん」
「いや……せやけど……」
「はい、この話はお終い。これが終わったら寝ちゃうんだから協力して」
ニコルは手で払う仕草をして言った。
「というわけで、さっそく始めるわよ!まずはこれを見なさい!」
ニコルはそう言って、ホワイトボードを叩いた。
ハナはそれをよく見てみた。
縦横の表のようになっている。
縦の列には自分達の名前が、横の列には『破壊』や『生命』等と魔法の系統が書かれている。
そしてそれらが交差している部分は、横方向に貼られた紙テープと磁石で隠されている。
「運命の結果発表は一人ずつよ!まずは誰からいこうかしら?」
ニコルはハナ達を指しながら、楽しそうに言う。
「だーれーにーしーよーうー、はいアナタ!」
ニコルはしばらくハナ達を指していると、ある一人に手を止めた。
それはエリだった。
「え!わ、私?」
エリは驚いた様子で聞く。
「さーて、エリの結果はどうだったかしらぁ~」
ニコルは意地悪そうな笑みを浮かべると、エリの列を隠していた紙テープの端を掴んだ。
「はい、どーん!」
ニコルは勢いよく紙テープを取る。
すると数字が書かれた列が姿を現した。
「エリの適性はぁ~、破壊が40、生命が20、変性が30、召喚が50、幻惑が30!」
ニコルは胸の谷間から指し棒を取り出すと、数字を一つ一つ指しながら声を出した。
「は、はぁ……」
「あら、エリ。何かしら?その薄い反応は」
「いえ……数字にどんな意味があるのか分からなくて……」
エリは困った様子で答える。
「あー、はいはい。この数字はね、適性値を意味しているの」
「適性値?」
エリはよく分かっていない様子だ。
それはハナもだった。エリの反応に合わせて首を傾げる。
「0から100で表されるのだけど、値が高い程その系統に適性があるって意味よ。ちなみに凡人程度だと30、高くて40くらいね」
「じゃあ私の場合は……」
「変性と幻惑は凡人、生命が少し弱くて、破壊がちょっと良い、召喚は良さげ、って感じね。まあ総評するなら、普通にちょっと毛が生えた程度って事かしら」
「普通……ですか」
エリは少し残念そうな様子だった。
今のニコルの説明を聞いて、ハナは思った。
自分の適性はどうなっているのだろう。
どれかが良い数字だといいな。
そうボンヤリと頭に思い浮かべていた。
「さて。一人に時間かかっちゃったし、ここからは『巻き』でガンガンいくわよ!」
ニコルはそう言うと、アカネとタクミの紙テープを一度に取った。
「先にアカネ!破壊が30、生命が40、変性が50、召喚が30、幻惑が60!」
「ホンマかいな!なんか思ってたんとちゃうな」
「次にタクミ!破壊が50、生命が20、変性が60、召喚が40、幻惑が50!」
「ふん、意外と悪くねぇな」
アカネとタクミはそれぞれ反応を示す。
「さーて、残りはハナとミアの二人なわけだけどぉ~」
ニコルはなんだか楽しそうに言う。
「この二人はずいぶんと面白い結果を出してくれたわよぉ!」
そう言ってニコルはミアの紙テープを取った。
「まずはミア!破壊が20、生命が90、変性が40、召喚が30、幻惑が20!」
「何だよ……それ……」
ハナがミアの顔を見ると、彼女は信じられないと言いたそうな驚いた顔をしていた。
「生命が異常な適性をしているわねぇ。後は凡人かそれ以下だけど」
ニコルは指し棒で生命の数字を叩きながら言う。
「癒術士でも目指してみる?これだけ高かったら、だいぶ上を目指せるわよ」
「いや……アタシは『黒払い』を……」
「ああ、ロングラウンドのアレ?オススメはしないわよ。向いていないと思うし」
「向いて……ない?アタシが?そんな……」
ミアは頭を抱えて、その場にうずくまった。
そんな彼女を見て、ハナは可哀想だと思った。
『黒払い』になるのか彼女の夢だと、ハナはちゃんと覚えていた。
そんな彼女の夢が壊れたと思うと、ハナでもその痛みは理解できる。
しかし、ハナは彼女を慰めたくても、ちょうどいい言葉が出てこなかった。
ハナは胸が苦しくなった。
とはいっても、ほんの少しだけだった。
なぜなら彼女の周りには、心配した様子のみんなが集まったからだ。
彼女を気にしているのは自分だけではない。それが分かっただけでハナは嬉しかった。
そして自分もそうしようとハナは動こうとした。
が、ニコルに名前を呼ばれて、ハナは動きを止めた。
「さて、最後はハナ!アナタのは……コレよ!」
ハナはニコルの方を向いた。
彼女はミアを気にする様子がなく、ハナの紙テープを取った。
「さあ、ご注目!破壊が100、生命が40、変性が60、召喚が20、幻惑が10!」
「ほえ!」
ハナは一瞬だけミアの事を忘れた。
そのくらい、この結果には驚いた。
「とんでもないわね。破壊が100よ、100!変性も高いし、生命も悪くない。まあ、召喚と幻惑がダメダメだけど、この際どうでもいいわ」
「そうですね。適性値が100というのは、滅多にありませんよ」
誰かがニコルの話に入ってきた。
ハナは声がした方向、真後ろを見る。
「まあ、私もなんですけどね。私、破壊と変性が100なんで」
声の主は校長だった。
気配は全くしなかった。いつの間にいたのだろう。ハナは不思議に思った。
「校長!いや、どないして……」
アカネも彼に気づいたらしい。
ハナが彼女の方を向くと、彼女は彼の方を向いて驚いている。
いや、声を出してはいないが、みんなも驚いた様子で彼を見ている。
ミアもだ。沈んだ様子だが彼をしっかりと見ている。
「いやぁ、なんとか間に合ったようですね」
「あら、バリー。何の用かしら?」
ニコルは校長に訊ねた。
「みんなの結果が気になりましてね、来ちゃいました。ああ、これですね?ふむ、なるほど……」
ハナは再び校長の方を向いた。
校長はホワイドボードに近寄って内容を見ている。
「ほう。ハナさんにも驚きましたけど、ミアさんも凄いですね。適性値が90というのも、なかなかいませんよ」
校長はミアの方を向いて褒めた。
「で、でも校長……アタシ、『黒払い』は向いてないって……」
ミアは泣きそうな声で言う。
「えーと、まあ、確かに適性値だけ見るとそうかもしれませんね」
校長はホワイドボードの内容を見直しながら答える。
「とはいえ、ここまで高いとね、他の系統を補えるものですよ」
校長はミアの方に向き直すと、笑顔で言った。
「え?」
「例えばニコルさん。彼女の場合、破壊の適性値は30しかありません。しかし幻惑の適性値が70もありまして、破壊魔法に見せかけた幻惑魔法を使う事で補っています」
「ちょっとバリー!秘密をバラすだなんて、何考えてんのよ!」
ニコルの怒った声が聞こえると同時に、校長は急に股間を押さえて苦しみだした。
ハナはふと、ニコルの方を見た。
彼女は校長に向かって手をかざしている。
その手に文様が浮かんでいる事から、彼に魔法を放っているようだ。
たぶん、幻痛の魔法だ。
ハナの時は足の小指が痛かったが、彼には股間に痛みを感じさせているのだろう。
「痛たた……すいませんね。でも、ニコルさんにだって悪い所がありましたよ。どうして人の夢を壊す事を言ったのです?」
校長は股間を押さえたまま、しかしどこか余裕がある様子でニコルに訊ねた。
「忘れたの?私が無政府主義者だって事。警察とかの類って嫌いなのよ」
「そういえばそうでしたね。でも、その価値観を他人に押し付けるというのは、いかがなものでしょうか」
「あー、はいはい!悪かったわね!」
ニコルは手を下ろした。
魔法が解除されたのか、校長は姿勢を正した。
「だいぶ疲れているようですし、少し休んではいかがですか?疲れていると、良くない考えばかりが浮かびますよ」
「そうね。徹夜でだいぶしんどいし、もう寝ちゃうわ。バリー、後よろしく」
ニコルはそう言うと、去っていってしまった。
「あ、ちょっと……ふぅむ、困りましたね」
校長は彼女を呼び止めようとしたが、すぐに諦めてハナ達の方を向いた。
「さて、任されてしまいましたが、いったい何をすればいいか……ああ、そうですね。では復習をしましょう」
「復習?」
タクミが聞き返す。
「ええ、復習。皆さん、それぞれの魔法の適性を知りましたけど、ちゃんと魔法の系統の事を分かってますか?ちょっと確認させてもらいますよ」
校長はそう言って、ハナ達に向けて両手をかざした。
するとハナ達の目の前に、奇妙な音と共に机と椅子のセットが五つ現れた。
「ずっと立っているのはつらいでしょう。座ってください」
ハナが校長の方へ視線を戻すと、彼は教卓に体を預けていた。
きっと、机や椅子と一緒に出したのだろう。
ハナ達は彼の言う通りにした。
そして全員が席に着くと、校長は咳払いをして話し始めた。




