30 魔法管理局
ヘイヤ達に言われた通り、その日のうちにメールでニコルから連絡が来た。
内容は、『魔法管理局へ行って魔法適正検査を受けろ』というもの。
日時が指定されていて、それは次の日、つまりは今日だ。
メールには住所も書かれてあった。エリ達はその場所へ遅れないように向かったのだった。
そして現在、エリ達は現代的な建物の前に立っていた。
看板には大きく、『魔法管理局』と書かれている。
ここで間違いは無いようだ。
「なぁ、本当にここで合ってるんだよな?」
ミアが不安げな様子で聞いてきた。
建物からは何か威圧感を感じる。
きっと彼女はこれに不安を感じずにはいられなかったのだろう。
「うん……間違いないみたい」
エリは手元のタブレット型パソコンと見比べながら答えた。
パソコンの画面には昨日のニコルからのメールが表示されている。
当然、日付も場所も間違っていない。
「ほな、入るで」
「れっつご~」
今のエリの話を聞いて安心したのか、アカネとハナはさっさと建物に入ってしまった。
「行くぞ」
「お、おお……」
その後に続くように、タクミがミアの手を引いて中へ入った。
残されたのはエリ一人。
「ま、待ってよ!」
エリは慌ててみんなを追った。
そして中へ入ると、役場みたいな光景が広がった。
窓口がズラリと並んで、それぞれに受付係の人が座っている。
みんなにはすぐに追いついた。
中へ入ってすぐの所に、みんなが立っていたからだ。
みんなは誰かを見ていた。
何者なのかは分からない。
みんなの体に阻まれてよく見えないからだ。
「うん。みんな揃ったようね」
謎の人物は話しかけた。
その声に聞き覚えがあった。
エリは確かめようと前へ出た。
「ニコルさん!」
彼女の姿を見た瞬間、エリは思わず大きな声を出してしまった。
何故彼女がここにいるのか。それが気になったせいかもしれない。
「シィー!ここは公共の場よ」
ニコルは口元に左の人差し指を当てて、注意した。
彼女に注意されて、エリは反射的に周囲を見回した。
数名ほど、こちらを見ている。
恥ずかしい。
エリは、自分の顔が熱くなるのを感じた。
「あの……どうしてここへ?」
エリは声を落として訊ねた。
「アナタ達だけだと心配だったのよ。なんとか仕事も片付けたしね」
彼女は腕組みしながら答えた。
彼女のバストは豊満だが、こうして腕組みすると、それが一層引き立つ。
同性愛者でないエリであっても、その豊満なバストには、つい目が行ってしまった。
「そう……なんですか……」
エリはバストの方を見まいと、彼女の顔を意識して話した。
「さて、みんなには今から検査を受けてもらうわけだけど……」
ニコルは話し始めた。
「どういう検査なのか分かって……あ、ちょっと。移動するわよ」
ニコルは自分達の後ろを指して言った。
振り返ってみると、知らない人が立っていた。
明らかに迷惑そうな顔をしている。
どうやら、自分達が入口近くに立っていて邪魔をしているらしい。
エリが向き直ろうとすると、ニコルが右手の待合スペースのような所へ移動しているのが見えた。
他のみんなも動き出していて、再びエリだけ置いて行かれそうになっている。
エリは早足で後に続いた。
ニコルが足を止めた数歩前で、みんなは横一列に並び始めた。
エリは列の左端に立つ。
「さて、これから受ける検査だけど、どういう内容か分かってる?」
ニコルは振り返りながら、言い直した。
振り返った際に、彼女の長くて垂れた耳が慣性によって彼女の顔を隠す。
彼女はそれを、手の甲で上品に払う。
大人の余裕や気品。そういったものを感じる。
「ミア。アナタはどうなの?」
予想通りと言うべきか、ニコルはミアに話を振った。
「魔法適正検査は、その名前の通り、どの分野の魔法にどれだけ適正があるのか確かめるための検査。魔法の分野とは――」
「お黙り。『はい』か『いいえ』で答えろって言ってるのよ」
急にニコルは不機嫌そうな顔をして言った。
ミアはどれほど知っているのか答えようとしたらしいが、お仕置きは無かったにしても、ニコルの反応は冷たかった。
「……知ってます」
ミアは不満そうに答えた。
「そう。じゃあどんな内容なのかは説明できる?」
ニコルはミアに訊ねる。
「ですから、魔法適正検査は、その名前の通り――」
「ゲフン!」
「……説明できます」
ミアが説明しようとするのを、ニコルは遮った。
またしても、『はい』か『いいえ』で答えるべき場面だったらしい。
「ねぇ、アナタ。ここなら私がお仕置きできないって調子に乗っているでしょう?」
「いえ……そんな事は……」
ニコルは明らかに苛立った様子で一歩、ミアに近づいた。
ミアは体をそらして距離を保とうとする。
「確かにここでは無理ねぇ。警察署内で人を殴るのと同じだし、逮捕される気は無いわ」
「まあ……その……」
また一歩、ニコルは近づく。
これ以上体をそらせないのか、ミアはそのまま体勢を維持している。
「でもね、『今』は無理でも『後』ならできるって事を分からないわけではないでしょ?」
「ひぃ……」
さらに一歩ニコルが近づくと、ミアはその場で尻もちをついた。
ミアは完全に怯えていた。
全身が震え、呼吸が荒くなっている。
怖い。エリは思った。
彼女が怖い事は前から分かっていた。
しかし、それでも怖いと思ったのは、ミアが自分の右隣であるためかもしれない。
距離が近すぎて、そう思ってしまったのだろう。
「今だったら、まだ許してあげる事も検討するけれど。どう?どうする?」
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」
ニコルに聞かれて、ミアは平伏しながら謝った。
エリは彼女の事が可哀そうに思えた。
彼女が調子に乗っているわけでは無いことぐらい分かっている。
それなのに、こうして謝っている様子は、とても不憫で仕方がない。
「まあ、いいわ。今回はそれで許してあげる」
「……あのー、ニコル?」
「何よ?」
恐る恐る訊ねるアカネに、ニコルは彼女の方を向いて不機嫌そうに返事する。
「何か機嫌悪そうやけど……どないしたん?」
「どうというわけでもないわ。ここに来るために徹夜で仕事しただけよ」
「て、徹夜って……」
「正確に言うと、昨日は一睡もしてないわよ」
「そりゃ、アカンて。美容にも悪いし……」
「ええ、そうね。今思えば、止めておけばよかったと思ってるわ」
ニコルはそう言って、ため息をついた。
エリはそんな彼女の顔を改めて見てみた。
確かに言われてみれば、疲れているように見える。
彼女の言う通り、無理して来なくてよかったのかもしれない。
そうすれば、ミアが怖い思いをしなくて済んだはず。
エリはそう思った。
「もういいでしょ、この話は。さて、時間がもったいないから話を続けるわよ」
元の位置に戻りながら、ニコルは言った。
「アナタ達には今から五種類の検査を受けてもらうわ」
元の位置に戻ったニコルは、きれいにターンしながらそう言った。
さっきと同様、彼女の耳が自身の顔を隠し、それを彼女は上品に払う。
今度はそれに加えて、彼女のバストが慣性によって大きく揺れる。
それはまさに大人の色気。
エリは思わず唾を呑んだ。そして、あまり見ないようにと目をそらした。
「五種類って?」
エリはアカネを見た。
彼女はニコルのバストをガン見していながら訊ねている。
思う事は同じのようだが、彼女は無遠慮だった。
「破壊、生命、変性、召喚、幻惑。これらの魔法の系統に沿った内容よ」
ニコルは答える。
たぶん、彼女はバストを見られている事に気づいている。
そんな素振りを見せないのは、余裕の表れだろうか。
エリはそう思いながら、彼女の大人の対応に関心した。
「あ、魔法の系統は分かる?」
「ああ。それやったらずっと前にミアちゃんから聞いたで」
「あら、そう。それならよかったわ」
ミアは自分の事が話に出たため、少し怯えた。
しかし、ニコルの様子にすぐに安心した様子になった。
「せっかくやから、言うてみよか?」
「いいえ、今は結構。悪いけど、その話は長くなりそうだから後で。今は検査の方に集中して」
「んあ。せやったら、どんな検査内容なんか教えてくれへん?」
「いいえ。それは実際に受けてみるまでのお楽しみね」
ニコルは肩をすくめて言った。
今度は答えてくれなかったが、彼女の言う通りかもしれないとエリは思った。
少なくてもエリの場合、予備知識が無い方が検査を楽しむ事ができるタイプだからだ。
「話を戻すわよ。検査を全部受けたら、検査結果が書かれた紙が貰えるはずだから、それを見ないで、私に渡して頂戴」
「え、何でですか?」
エリは慌てて口を塞いだが間に合わなかった。
つい、思った事が口に出てしまった。
今の発言が彼女を機嫌を損ねる事にならなければいいが……
エリは不安で胃のあたりが痛み始めた。
「それはね。今後アナタ達がどう学んでいけばいいか、私が簡単に計画を立ててあげるためよ。それに……」
「……それに?」
「後でみんなの前で発表したいからよ」
彼女の答えを聞いて、エリはガクッと上半身が崩れた。
右側の方で誰かが倒れる音がした。
きっとアカネだろう。また、大げさなリアクションをしたに違いない。
正直なところ、エリは彼女のリアクションを好ましく思っていない。むしろ止めて欲しいと思っている。
一緒にいる時にされると恥ずかしくなるからだ。
しかし、一度も彼女に言った事は無い。
関係が悪くなる事が気になって、どうしても言い出せなかった。
そして今回もまた、言う事はできなかった。
「何でそんな事する必要がある?」
タクミがもっともな事を言った。
その通りだとエリは思った。
これでは晒し者にされてしまう。
「えー、そりゃ本気で挑んで欲しいからに決まっているじゃない」
ニコルは面倒くさそうに答えた。
自身の耳をいじりながら答える様子は、本当にそのように見える。
「ああ?」
「晒し者にされるって分かっていれば、本気で検査に挑まざるを得ないでしょ?」
タクミの追及にニコルは意地悪な笑みを浮かべながら答えた。
彼女の言い分も分からなくもなかった。
確かに、この検査は今後の進路を決めるようなものだ。
中途半端な気持ちで挑むというのは間違っている。
もっともな事といえばそう。
そうなのだが……エリには何か腑に落ちない。
例えば……もっとこう……違った表現で励ました方が良かったのではないだろうか。
『自分達の未来を決める検査なんだからしっかり挑みなさい』とか、そういった言い方で……
そんな風に思ってしまう。
「それで他に何か質問は?」
ニコルは聞く。
誰も何か言おうとはしない。
エリも今思った事は口には出さないでおくことにした。
「結構。それじゃあ今から受付まで案内するから、ちゃんとついて来なさいよ」
そう言うとニコルは移動を始めた。
みんなは彼女の言う通りにした。
エリも同じようにする。
いったいどんな検査なのだろう。
エリは不安で緊張しながら思った。
本来なら不安ばかりでなく、期待も感じるはずだった。
しかし、ニコルのせいで不安しかなかった。
結果、エリは緊張しながら検査を受ける事となってしまった。




