番外編1
その後の二人。
《娘さんをください編》
今日ほど緊張で押しつぶされそうな日があっただろうか。いや、な…あったな。プロポーズの日。
いかんいかん、あの時に比べれば可愛いもんじゃないか。
…彼女の両親へのご挨拶なんて。
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ついにプロポーズを受けてくれた彼女。あの日は幸福感と興奮で眠れなかった…。やっと、やっとこの日が!いろいろとシチュエーションを考えた甲斐があった。
今でも思い出せる。彼女の返事と、そのあとの幸せなキス…その場でそれ以上やらかさなかった俺の理性偉い。もう何度浴衣の下に手が伸びそうになったことか!!
…と、まあこんなことを考えて現実逃避に走りそうになるくらいには、現在緊張している。
俺の目の前には「西森」の表札。横には愛する彼女。うん、頑張ろう。
拳を握っている間に「ただいまー」と声を掛けて入って行った彼女のあとに続けば、そこには久しぶりのお兄さんが。しかもいい笑顔で。これはなんだ、歓迎されているのか内心拒否されているのか、どっちだ。
「いやーいらっしゃい。待ってたよ義弟!」
あ、良かった歓迎ムードか。胸を撫で下ろし、いよいよご両親のいらっしゃるリビングへいざ!
あまりに意気込んでいるのが丸わかりだったのか、お兄さんに「リラックス、リラックス!」と肩を叩かれてしまった。よし、落ち着いて丁寧に。
リビングへ入れば、ソファに座るご両親と俺より少し年上の女性が(たぶんお兄さんの嫁さんだろう)。とりあえず第一印象は良くしたいと、まず挨拶した。…しかし、なぜぽかーんとされたんだろうか。もしかして何か失敗したか?!
「いやいやごめんね、相田君。予想外にまどかが良い男連れてきたからびっくりしちゃって!」
と笑っているのは彼女のお父さんだ。どうやら恋愛経験の少なそうな娘が連れてくる男に過度の(悪い意味での)期待をしていたようだ。これは良い印象を持ってもらえたと思ってもいいだろうか。
「ほんとにね。翔太が良い人だったとは言ってたけど、実際お会いするまで信じられなかったのよ。」
とこれまた笑うのは彼女のお母さん。
そしてその奥で「なんで俺の言ったこと信憑性ないわけ…?」とお兄さんがいじけている。唯一の味方になりそうな奥さんがキッチンにいるため、この場の全員にスルーされるという、若干可哀想な状況になってしまった。…フォローした方がいいのか?
内心迷っていると、目の前のお父さんが急にそわそわし始めた。
「そ、それで…相田君はどうして今日来たのかな?」
そうだよ、俺は彼女のご両親に結婚のお許しを貰いに来たんだ!決して義兄のフォローのためじゃない。
意を決してソファから立ち上がり、床に正座する。拳を握って小さく深呼吸。お父さんを見据えて、よし言うぞ!
「今日は、まどかさんとの結婚のお許しを頂きに参りました。一生まどかさんを大切にすると誓います。どうか娘さんを僕にください!」
しばらくして頭を上げると、涙ぐみながらも優しく微笑むご両親が。これは…認めてもらえた?!
「相田君、私たちの娘をよろしく頼むよ。」
お義父さんの言葉に胸が熱くなる。隣に来た彼女が俺に寄り添って、「お父さんお母さん、ありがとう…」と感動のシーンだったわけだが…
「えぇっ!!もう終わっちゃったの?!ビデオカメラまだ用意してなかったのに!!!」
なんか今までの雰囲気吹っ飛んだ。お義兄さん、見世物じゃありませんから…!!
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「まどかはねー、ちょっと人見知りが激しかったんだけど、本当に可愛かったんだよ!」
そうですね。可愛いのは今もですけど、この頃の彼女もいいですね。
内心で激しく同意しながらアルバムを捲る。やばい、この写真欲しい。
「娘さんをください」イベントも無事に終わり、その後は宴会となっていた。今は酒が入って上機嫌な義父と義兄に囲まれて、彼女の小さい頃のアルバムを見せてもらっている。
一枚一枚指さして、これは遊園地に行った時の写真だ、これは近所の公園でジャングルジムに初めててっぺんまで登れた時だ、とほほえましいエピソードと共に教えてくれる。…なんかこういうの、いいな。向かいに座った彼女はすごく恥ずかしそうだが。
「この時なんかな、まどかが『大きくなったらお父さんと結婚する!』って言ってて…。なのに、もう他の男のところに嫁に行っちゃうんだな。まだまだ手のかかる子供だと思ってたのに…ううっ」
やばいな、西森兄妹の酒の弱さは遺伝か。まだビール一杯だというのに、既に絡み酒の予感しかない。そうだ、この義兄もだ!と横を見れば、一足先に号泣していた。…うわあ。
「お義父さん、お義兄さん、今までまどかさんを大切にして下さってありがとうございます。これからは僕もまどかさんを守っていきます。」
決意も新たに誓う俺に、遂に義父の涙腺が決壊し、大の男二人の大号泣となってしまった。
「まどかを…まどかを頼む!幸せにしてやってくれ!」
はい、任せてくださいお義父さん。
「いや俺は、自分の娘が嫁に行くのを想像したら涙が止まらなくて…!」
…俺の感動を返せこの野郎。




