表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目が覚めたらお兄様になってしまった⁉ とある伯爵令嬢入れ替わり騒動記  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/25

23話 レインとローゼ

■■■■


 俺はチャリオット邸の広間で長椅子に座っていた。

 ローゼリアン本体はだいぶん調子よさそうだが、それでもずっと立たせておくわけにはいかない。


 彼女……まあ、彼女を真ん中に座らせ、オットマンを置いて長座させた。


 ローゼリアンの左側に俺が。その俺のさらに左。ひじ掛けにくっつくようにして……なんというか、レインが座る。


 俺は改めて広間を見回した。舞踏会でも開くのかと思うほどに飾り立てられ、シャンデリアにはすべて火がいれられている。


 楽団まで用意されているのにはびっくりだ。

 ご夫妻のお気に入りなのかもしれない。伯爵夫妻は時折楽士たちと親し気に話し、ローゼリアンのほうを差して何か言うたびに、楽士たちは深々と頭を下げた。

 そのたび、ローゼリアンははなやかな笑みを浮かべて会釈をしている。


 チャリオット伯爵は、急ごしらえとはいえもっと盛大に行いたかったようだが。

 あの化け物を切り伏せてすべてが終わり、というふうには俺もセドリック師も。

 それからレインも思っていない。


 手ごたえはあった。

 あの化け物は確かに消滅しただろう。


 だが……なんというか。

 セドリック師が言うところの「返り」が行われていない気がするのだ。


 そのところを相談すると、セドリック師も慎重に言葉を選び、「……まあ……。まだ用心はしたほうがええと思う」と言う。


 というのも。

 あの()()()()が呪物ではない可能性が出てきたのだそうだ。


 もっと根源的ななにかがある、と。


「一番ええのは、呪ったやつが『私が呪いました』と白状することやねん。だからな、ちょっと協力してほしいねんな」


 そうして、準備万端が整い、我々はここにいるのだが……。


 セドリック師からは『くれぐれも真剣に』と言われている。慎重に、ではない。『真剣に』だ。

 ……こういうのが苦手な俺としては……。なんとも難しい。


『じゃあさ、ご苦労さん会、しない? ちょっとしたパーティーみたくさ』


 ローゼリアンはこの会をチャリオット伯爵発案だと思っているが、提案したのはレインだ。そこで呪った相手に白状させるつもりらしい。


『呪ったやつに目星がついているんなら、直接はっきり言ったらどうだ』


 そう言ったら、笑われた。『認めるわけないじゃん、そんなので』と。

 ……そういうものらしい。


『ってか、バレないでよ? 真剣に向き合ってよ?』

 おまけにそんな風に叱られるのだから、なんだかわりにあわん。



「いかがですか?」


 物思いにふけっていたら、執事が俺に盆を差し出してきた。

 ワインのグラスがいくつか並んでいる。


 俺は礼を言って二つ受け取り、ひとつをレインに渡した。

 隣でローゼリアンが物欲しそうに見ているが敢えて無視をする。


「これ……」


 レインが目をぱちぱちさせるが、「飲める」と俺が促すと、おっかなびっくり口をつけている。ごっくんとばかりにのどぼとけが上下した。


 そのあと、ぱぁと笑顔になる。

 屋台のときも思ったが、感情が豊かだ。見ていて飽きない。


「お嬢様、イリス様がいらっしゃいました」

 メイドがひとり、ローゼリアンに近づいてそう告げた。


「おひとり?」

 ローゼリアンが小首をかしげる。


「いえ。子爵ご夫妻とご一緒です」

「そう」


 ローゼリアンがうなずいたとき、訪いの声があって扉が開いた。

 パーマー子爵らしい夫妻と、橙色のカクテルドレスを着た娘がひとり、入室してくる。


 あの娘がイリスなのだろう。

 パーマー子爵はそのままチャリオット伯爵夫妻のところに足を運ぶ。挨拶をすると、チャリオット伯爵が鷹揚に腕を広げて抱擁を求めていた。


 イリスはというと、室内を見回したあと、にっこり笑ってまっすぐ長椅子のほうに駆けよってきた。


「本当に元気になったのね! 昨日とはまた……見違えたわ! はい、これお祝いのブーケよ」

「ありがとう、イリス。私が寝付いていた時は毎日来てくれたんですって?」


「もちろんよ。だってあたしたち、仲良しだったじゃない」

「そうね。お互いの家を行き来して……。よくあなたのお茶会にもお邪魔したわ」


「懐かしい!」

「クッキー、とても美味しかった」


「元気になったらまたいらして」

「考えておくわ」


 イリスは濃い橙色のカクテルドレスに、同じ色のヒールを履いている。

 豊かに波打つ黒色の髪を高く結い上げ、首からデコルテまでの肌を見せつけていた。


 そんな彼女を見上げるようにして話しているローゼリアンも、今日はメイドたちに飾り立てられている。


 化粧を施され、髪には彼女によく似合う白いバラをさしていた。

 ほっそりと華奢なローゼリアンだが、今日は視線にたくましいほどの力がある。


「……病み上がりだとしても……イリスと大違い」


 吐息と共にこぼれ落ちたレインの声が俺の耳に届く。

 視線を向けると、グラスを見つめるようにしてうなだれていた。


「ローゼリアンのほうがきれいだ」


 だから思ったことを正直に伝えたのに、レインはなんだか複雑な顔をして「いつもそう」「やっぱり誰にでも言っているんでしょう」などと言う。


 そんなことはない、と言い返そうとしたら、視線を感じた。


 顔を動かさずに探ると、イリスだ。

 どうやらレインの隣に座りたいらしい。だが、俺がいるためにそうならないのだろう。


「イリス、ここにお座りになって」


 ローゼリアンが少し身体をずらし、座面を示した。

 イリスはしぶしぶ、俺とローゼリアンの間に座る。座る直前まで、「いったい誰なの、こいつ。邪魔ね」という顔をしていた。


 ローゼリアンがさりげなく視線をよこす。

 たぶん、レインとなんか会話をしていろ、ということなのだろう。

 そうでもしないとレインに話しかけようとする気配がある。というか圧がすごい。


「ところでレイン、今度の軍事教練の件だが」

「ぐ、軍事……教練……? う、うん。じゃない。うむうむ。例のあれ、ですな?」


 口調が統一されていなくてワインを噴き出すかと思った。ぐ、とこらえて続ける。


「騎兵連隊連隊長から聞いたところによると、鶴翼の陣形から騎兵は左翼へ移動し、仮敵と相対することになるそうだが……。武器科としてはどのように物資輸送を開始するのか」


「か……カクヨクに……なったことにより……さ、サヨク?が……えっと」


 レインはしどろもどろになり、額に汗まで浮かべてなんとか口を動かしている。

 だが、隣では聞き耳を立てていたイリスが、


「まあ。さすがレイン様。専門的なお話をなさるのねぇ」


 と感心している。俺は彼女に背を向け、必死に笑いをこらえていたら、ばちり、と膝を叩かれた。


「なにがおかしい……んですっ!」

「いやいや。なにもおかしくないぞ。で? 左翼からどうするのだ? 君の意見は非常に興味深い。続けて」


 促すと、いろんな知識を引っ張り出してレインがとつとつと話し出す。

 その俺の隣では、イリスが不思議そうに広間を見回していた。


「まだ誰もいないのね。あたしたちだけ?」

「今日は本当に身内だけだから……。ゲストといえばセドリック師とルシウスだけじゃないかしら」


 ローゼリアンが答える。


「そうなの⁉」


 イリスが大声を上げた。

 思わずレインも話すをやめたほどだ。


「気の早いお父様が、私の快気祝いだと……」

「ということは、あたしも身内だって認めてくれたってことよね!」


 ローゼリアンの言葉を遮り、イリスが意気込んだ。

 ……まあ、正解はレインが呼びつけた、なのだが。


「ええ、そうだと思うわ」


 かすかに長椅子の座面が揺れた。見やると、ローゼリアンがイリスに向き合ったようだ。


「私はここ数年ずっと寝付いていたので知らなかったのだけど。イリスはお兄様と婚約するの?」

「あたしはそのつもりよ」


 彼女の声にはみじんも揺らぎがない。


「あ……髪……」 

 レインがつぶやく。


「髪?」

 俺が小声で尋ね返すと、レインは呆然としたような顔で頷いた。


「なにか変だとずっと思っていて……。彼女の髪。あの色じゃなかった……」


「だからね、ローゼリアン」

 イリスの声に力がこもる。


 俺は隣をそっとうかがう。ローゼリアンにさらに顔を近づけ、イリスはにっこりと笑っていた。


「あなたには早く元気になってこの屋敷を出て行ってほしいの」


 イリスとローゼリアンは並んで座っているが、身体を半身にして向かい合っている。


 つまりイリスは俺とレインに背を向けていた。

 聞こえていないと思っているのだろうか。


 それとも、俺達が会話をしているから……していたから、聞こえていないとでも思っているのだろうか。


 イリスは続ける。


「あたしとレインバード様が結婚したら、この屋敷に住むわけでしょう? 確かにここ、豪邸だし。王都でも有名な名邸だけど……。おじさまとおばさま以外にあなたもいたら……なんだか窮屈じゃない?」


 イリスは小首をかしげ、立てた人差し指を顎に押し当てる。

 きっと、見るやつが見れば蠱惑的な仕草に見えるんだろう。


「ねぇ、考えてみて。もしもよ? あなたがどこかのおうちに嫁に行って……ああ、でもどうかしらぁ。病み上がりの娘を嫁として迎え入れる上位貴族があるかかどうか……厳しいと思うわよ? まあ、とにかくどこかのおうちにお嫁に行って。そのおうちに、妹や弟がいたらどう思う? お姉さんとか。なんかいやじゃない? お義母さんさえ嫌なのに。あなたらこの気持ち、わかると思うのよね」


「そうね」


 ローゼリアンは嫣然と笑った。イリスは笑い声を立ててローゼリアンの手を握る。


「よかったぁ! やっぱりあたしの友達……」

「そうやって邪魔になったから、私を呪ったの?」


 イリスの笑い声はぴたりと止まる。


 しばらく。

 楽団の流す音楽が長椅子の周りをとりまいた。

 時折、伯爵夫妻と子爵夫妻の会話が聞こえるぐらいで。


 誰も言葉を発しない。


「やだもう、何を言っているの。やめてよ、ローゼリアン」


 甲高い声を上げてイリスが言う。

 しらじらしくはしゃいだような声だ。


「よくあなたの家のお茶会に行ったものね。そこで食べたクッキーにでも仕込んだの?」

「何を言っているの。あなたはおなかに腫れものができて、そのせいで……」


「それだけじゃなく、毎日毎日、私の枕元で言ってくれてたわね」

「な、なにを……」


「まだ生きているの? 早く死ねばいいのに。こんな不細工なままで生きてたって意味ないでしょう。死ねばいいのにって」

「な……」 


 なにかを飲み込んだように言葉を止めたものの、イリスはいぶかるように問う。


「聞こえてたの?」


 それは認めたようなものだ。

 瞬間的に腹に憎悪が渦巻いた。それは俺だけじゃない。ローゼリアンもだ。鋭くイリスを射すくめる。


「おかしいとおもったんだ。いくら病のせいとはいえ……。なんでローゼがあんなふうに自己否定ばかりするのか。そりゃそうだよね」


 はっ、とローゼリアンは鼻で嗤う。


「毎日毎日、枕元で死ね死ね、不細工不細工って言われたら……」

「……ちょっと……何言っているの?」


 イリスは立ち上がり、まるで化け物でも見るようにローゼリアンを見下ろした。


「ずっと気になってたんだけどさ、その髪。君、もともと赤毛だったろう?」


 ローゼリアンは長椅子に上半身を預け、足を組んだ不遜な態度で目の前のイリスを指さした。

 イリスは反射的に髪に手をやる。


「こ、これは! 染めたのよ!」

「嘘つけ。呪いの代償で黒くなったんだろ? 罪の色だ」


「違うわ! ちょっと! なによ、あんた変よ! まるでローゼリアンじゃないみたい!」


 イリスが怒鳴る。

 ローゼリアンは声を立てて笑った。


「そりゃそうさ。ぼくはレインバードなんだから」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ