20話 目覚め
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ちちち、と。
鳥のさえずりのあと、羽ばたく音が重なりました。
私は目覚めます。
昨日とは違い、見慣れた自分の寝室でした。
ですが……!
「………っ!」
私は息を呑みます。
というのも。
紗の開けられたベッドのすぐそば。
そこに椅子が置かれ、ルシウスが座っています。
うつむいて眠っていて……。
左の手はひざの上にあるのですが、右手は……伸ばされ、私の右手を握っています。
夢ではないか。そんなことを思いました。
いえ、そもそも昨日のこと全部が夢のように思えます。
目覚めて見ればお兄様になっていて、駐屯地の官舎にいた。
そこにルシウスがやってきて悪鬼に襲われ……。
そういえば、昨晩は悪夢を見ませんでした。
少しだけ身体をよじるようにしてみじろぎしますと、右わき腹にちくりとした痛みを感じます。
左手を寝間着の中に差し込みますと、しっかりと面布が当てられていました。
夢ではありません。
セドリック師が腫れものを切開し、なにかを取り出してくれたのです。
そのあと、私は追加で与えられた眠り薬で眠っていたのです。
面布のあたりを指で触れてみます。
まだぶよぶよとした感じはありますが、以前のように皮膚下にごろりとしたものを感じません。
摘出されたからでしょうか。悪夢を見なかっただけではなく、とても体調がいいのです。
昨日、入れ替わってこの身体に戻った時も息苦しさを感じなくなっていましたが……。
いまはなんというのでしょうか。
もっと、楽なのです。
息をするのも、目を開けておくのも。
こうして身体を横たえているのがもどかしいぐらいの力が、おなかの奥にあるのです。
全身に力が戻ってきているのを感じるからでしょうか。
私はそっと視線を右側に移動させます。
ルシウスはまだ眠っています。
彼を見ると……。
とても心臓がドキドキするのです。
幼い頃に全力疾走したときのような。
ワクワクして、ドキドキする感じ。
彼は私が眠っている間、ずっとここにいてくれたのでしょうか。
手をつないでくれたのはいつからでしょうか。
こうして側にいてくれるのは……。
少しは私を心配してくれていると思ってもいいのでしょうか……?
知らずにぎゅっと彼の手を握ってしまいました。
「……ん?」
ルシウスが目を覚まします。
短いまばたきをいくつかしたあと、こちらを向きました。
「夢見はどうだ?」
そう尋ねられ。
私はつい彼から手を離してキルトケットに潜り込んでしまいました。
「……君はどうして昨日から顔を隠そうとするんだ?」
不満そうな声がキルトケット越しに聞こえてきます。
怒っていらっしゃるのでしょうか。
今度は不安でドキドキします。
だけど、顔を出す勇気がありません。
私は薬の匂いが充満するキルトケットにくるまれたまま、出ることができません。
「ローゼリアン。顔が見えないと、元気かどうかわからん。だいたい夢見はどうなんだ?」
「ゆ、夢見はよかったです。あの……。一晩中、そばにいてくださったんですか?」
キルトケットに隠れたまま尋ねます。
「ああ。ずっと君の寝顔を見てた」
「………っ//////!!!!!!!!」
な、なんてことでしょう!!!!
そうではないですか!!!!!
最初からルシウスが椅子で寝ていたわけはないじゃないですか!!!!
寝ている私の側にルシウスが来て、そのあとルシウスが眠ってしまったに決まっているじゃないですか!!!!
だとしたら……!
いくら私が顔を隠したとて……!
隠したとて!!!!
めちゃくちゃ見られているじゃないですか!!!!!
い、いえいえ、ですが!
自慢ではありませんが、寝起きには私、むくむのです!
昨日よりもっと顔が酷いことになっているに違いありません!
見せられません、こんな顔!
「あのな」
「は、は……ひ」
「昨日も言ったが」
「な、なにを……」
「君は、とてもきれいで、愛らしいと思う」
「~~~~……っ!!!! き、きっとルシウスはいろんな女性にそんなことをおっしゃるんだわ!」
「俺がそんな男に見えるのか、君には。つらいな」
「……………」
なんだかちょっとだけしょんぼりとした感じに聞こえたので。
私はおそるおそるキルトケットから目だけ出します。
途端に、ルシウスと目が合いました。
彼はまるで作戦成功だとばかりに笑いました。
「おはよう」
「ずるい! だましましたわね!」
「そういえばあいさつがまだだったな、と思っただけ」
「もう!」
私は憤慨してがばりと起き上がり……。
「あいたたたた……」
「大丈夫か⁉」
傷跡がズキリと痛んで身体を硬直させました。
ルシウスが立ち上がり、手を添えてくださいます。
背中にクッションや枕を差し込んでもたれられるようにしてくださいました。……本当に、自分が自分で嫌になります。強がって見せても、結局こうやって手伝ってもらわなければならないのですから。
「悪い、俺が調子にのった」
それなのに肩を落として自己嫌悪なさっているのはルシウスなのです。
「ち、違います。私が……その、ワガママを言ったのがいけないんです」
「わがまま?」
「だって……寝起きの顔を見られるのは……いやだったんです」
顔を伏せたものの、じわりと頬が熱くなります。いまだって本当は嫌なのですが。
これ以上お手を煩わせるわけにはいきません。
「ルシウスは……お世辞でしょうが私のことをほめてくださって……」
「世辞などでは」
「だけど、ちょっとでも……その、あなたのまえでは可愛い自分をみせたくて……。それで、その……」
言いながら情けなくなってきます。
いまさらこんな自分がどうやったって可愛くなんかなれないのに……。
それでも、ルシウスの前では少しでも……。
そんなことを考えていたら、どすん、と音がしました。
顔を上げると、ルシウスが手で顔を覆って椅子に座ってしまいました。
「ルシウス?」
どうしたのかと尋ねてみれば、彼は「あのなぁ」とうめきました。
顔を手で覆ったまま、指の間からじろりとこちらをにらみます。
「そういう発言自体が……もうすでに可愛いんだが」
「え……? ど、どれが、ですか?」
きょとんとして問うのですが、ルシウスは「うるさい」と言い捨てるだけです。
いったいどこの発言部分なのでしょう、とさらに尋ねようとしたら、ルシウスは息をひとつ吐いて立ち上がりました。
この話はおしまい、とばかりにベッドわきに置かれた呼び鈴をつかみます。
そして勢いよくそれを鳴らしました。
まるで待ち構えていたように、ばいん、と勢いよく扉が開き、お兄様が入ってこられました。




