19話 呪物
二時間後。
俺はぐっすりと眠るローゼリアンを確認し、紗をくぐって出た。
どうみても、この女の子っぽい部屋にはそぐわない、あきらかに他所の部屋から持ち込んだと思しき椅子は3脚。それとテーブルがひとつ。
その2脚にセドリック師とレインが座り、ウイスキーの入ったグラスを揺らしてテーブルをみつめていた。
正確には、テーブルの上の膿盆を、だ。
「呪物を取ったから、もう悪夢は見ぃへんと思うけど、どうや?」
セドリック師が眼鏡を擦りあげて俺を見た。
「ええ、よく眠ってます。しばらく見ていましたが……悪夢を見ているような気配はありません」
「しばらく、見ていた。ローゼの、寝顔を」
忌々しそうにレインが言い、噛みつくようにしてグラスを呷る。なんなんだこいつは。帰宅してからやけにつっかかってくるじゃないか。
なにか言い返してやろうかと思ったが、セドリック師が視線を合わせて肩をすくめるので……。まあ、やめることにする。それが大人ってもんだ。
残った椅子に腰をかけ……そして、否が応でも膿盆の中身が目に入る。
一本や二本じゃない。
俺の手で握っても……もてあましそうな髪の束だ。
女ものなのだろうか。
長髪だからそう思うだけなのかもしれないが。
赤毛のそれからは、どこか女性特有の色気のようなものがあった。
「これが腫瘍の中に? 呪詛の原因……ということですか」
改めて尋ねると、セドリック師がうなずいた。思い出したのか、レインも舌を出して「うえ」と呻いた。
「結構メジャーな呪詛やねんな。自分の髪や爪を相手に飲ます。んで、それが悪さをする。ローゼリアンの場合、それが腹に巣食ったんやろう。長期化したぶん、勝手に髪も増殖したんやろうなぁ。そりゃあ、こんだけふさふさとした活きのいい髪質やったら……宿主からごっそり生気を吸い取ってたんやで」
感心したようにセドリック師が言う。
確かに……。
なんというか。
いま、切り取りました、というような艶めいた赤毛なのだ。
しかも高齢者の、というわけじゃない。
まだみずみずしい若人のものだ。
「ちょっと待って。これを……飲ませたって? 髪を?」
レインは俺にも酒の入ったグラスを手渡しながら、眉をひそめた。
「そう。きっかけは、たった一本の髪の毛やと思うで?」
「飲ませるって……。どこで」
レインの眉根がさらに寄る。セドリック師は、なんでもないことのように言う。
「そりゃ、彼女に近づいて、や。呪いって、あんた、どこのだれか知らんひとから受けるんじゃない。その9割が身近な人から受けんねん」
「身近な……」
呟いてからゾッとする。
そりゃそうだ。飲食をともにする相手でないと髪の毛や爪なんて飲ませられない。
混ぜられない。
「ご両親ってわけじゃなさそうやし、もちろん坊でもない。使用人も怪しそうな者は……おらなさそうやし?」
セドリック師は指を折る。その手首にはなぜだか包帯が巻かれていた。
「あとはご友人やないかな。女性やったらお茶会があやしい。クッキーのなかにいれたら結構わからんと食べてしまうしな」
「お茶会……」
呟いたのはレインだ。
じっと膿盆の中の赤毛を見つめている。
「これで、呪いが解けたというわけではないんですよね?」
俺が確認をすると、セドリック師はうなずいた。
「ただ、この呪物から栄養をとって悪鬼は成長したわけやから。だいぶん弱ると思うで。今度出現した時、成敗してもらえたら」
よろしく、とばかりに片目をつむられるから苦笑が漏れた。
あっさりと言ってくれる。
「悪鬼を叩き斬ったら、呪いは返るんだよね。呪ったやつは死ぬ?」
レインが物騒なことを聞く。セドリック師もさすがに苦笑いだ。
「まあ……。近いことにはなるかもな。呪い自体はごく単純なものなんやけど、呪っている期間が長かったからなぁ」
「ふぅん」
なにか思案気なレインに、俺は探りを入れる。
「さっきからあれだな」
「なに?」
「なんか……気づいたっぽいというか」
「なにに」
「呪詛の相手」
「まあ……9割がた?」
レインは言い、グラスの中の酒をあおる。
あとは何を聞いても、はぐらかされるばかりで、答えてはくれなかった。




