15話 変わり果てた姿
「でもお母様は……」
「そのことについては、二人で話し合おう。な?」
「あなた」
お母様がまだなにか訴えようとしたとき、すっと執事が進み出てまいりました。
「お話し中に申し訳ありません。パーマー子爵家のイリス嬢がお嬢様のお見舞いに」
「あとにしてもらいなさい」
お父様が硬い声を発しましたが、私は慌てて手を伸ばしました。
「お兄様と婚約なさったんでしょう? お会いしたいわ」
左手はお母様に握られているので、右手でお父様の袖をつかみました。
「婚約……候補だよ。むこうが一方的に進めようとしているだけだ」
「毎日来てくれていたのだけど……。今日のところはお断りしましょう?」
お父様とお母様はそう言いますが、ちらりと見た執事には困り感がありました。
そうです。
この会話の中を割って入るぐらいなのですから、なにか困った状況ではあるのでしょう。
お母様はさっき、「毎日来る」とおっしゃっていました。
執事の困り感はそのあたりにあるような気もいたします。
「毎日来てくださっているのなら、目覚めたときぐらいはご挨拶をしなければ」
私が笑って伝えると、しぶしぶと言う表情で、お父様がおっしゃいました。
「通しなさい」
「かしこまりました」
執事が深々と頭を下げると同時ぐらいでしょうか。
「お屋敷にお邪魔したら、もうみんなが大騒ぎでしょう? ピンときたの。これはローゼリアンが目覚めたんだって! ほんとに久しぶりにおしゃべりできるわね!」
懐かしい声。少し甲高く、そして早口なイリスの声です。
私はショールを整え、できるだけ姿勢よく座りなおしてみました。
しゃっと音をたてて天蓋の紗が開かれます。私は反射的に目を細めました。
現れたのはイリスです。
黒髪を高く結い上げ、白いリボンで彩っています。
ドレスは涼し気な水色で。これは……いまふうなのでしょうか。ストライプの柄が入っていました。だからでしょう。彼女の身体はとてもすっきりと、そしてみずみずしい百合のような風情です。
ただ……なんでしょう。少し違和感を覚えたのです。
なんだか……以前と少し、彼女の雰囲気がかわったような……。
「……まあ!」
なにか挨拶を、と動かした唇は、彼女から発せられた声によって凍り付きました。
というのも。
彼女のとび色の瞳も口もまんまるに開かれ、あっけにとられたように私をみつめているのです。
それはまるで。
幽霊でもみたような表情で……。
きっと……変わり果てた私の姿に絶句したのです。
恥じ入った私は目線を下げてショールの端を固く握りしめます。
「なんてことかしら……! そうよね、ごめんなさい、あたしったら、こんなに大変な状態なのに! 目覚めたからってすぐにあんな状態から、すぐに以前のローゼリアンになるわけじゃないものね! ああ、おばさま。ご心痛はいかばかりか!」
イリスはそう言うと、ベッドに座るお母様の足元に両膝をつき、目に涙を浮かべました。
「ローゼリアンがこんなに変わり果てるなんて……! これがあのチャリオット伯爵家のバラと言われた彼女だなんて! おばさま、お辛うございましたね!」
彼女は声を震わせて言います。
その口から発せられるひとつひとつが、私の心をぐっさりと刺し貫きます。
ああ、そうか。
私は他人から見てもそのようにひどいのだ……。
さっきまで感じていた元気は霧のように消え果て、代わりに肩に感じるのは泥のような疲労です。
「奥様、旦那様」
イリスの言葉を断つように、お母様の侍女が声を発しました。
「お嬢様の洗顔の支度ができましたが……いかがいたしましょう?」
「ちょっとあなた、失礼じゃない⁉ あたしはまだおばさまとおじさまにお話を……」
「そうね。さっぱりしないと。さあさあ、殿方とお客様は外に出てくださいな。父親といってもあなたも出てもらいますからね」
「おやおや。まあでも仕方ないな。ここからは母親の領分だ」
お母様は冗談めかしておっしゃり、お父様もおどけてそれに乗られました。
そしてまだなにか言いつのるイリスを連れて執事と共に部屋を出ます。
「セドリック師がおっしゃるには、レインバードもこちらに向かっているのでしょう? だったら夜には着くわね。それまでに目いっぱいおしゃれをしましょう」
「そうですよ、お嬢様」
「わたしどもにおまかせください」
お母様だけでなく、侍女やメイドも私の心を盛り立てようとしてくださいます。
なので。
私は無理してでも笑いました。
「そうね。今度はお兄様を私が驚かせる番だわ」
さっきまでは、一目だけでも会いたいと思っていたのに。
いまは……会いたくない。
お兄様と一緒に来るであろう、ルシウスに……。
こんな姿で……。




