13話 呪術医
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目を覚ました時。
私はその……。
その、本当に夢から覚めた思いでした。
というのも。
そこは自分の寝室。
ええ、とても見慣れた寝室です。
私が横たわっているのはベッド。
季節に合わせた薄手のキルトケット。縫ってくださったのはお母様です。もう19になろうというのに、お母さまには14歳でとまってしまっているのでしょうか。とても幼い図柄で、帰省したお兄様が苦笑しておられたキルトケット。
そこから見えるのは天蓋。
真っ青な空を描いた天蓋には、鳥のモビールが飾ってあります。とうとう自力で歩くことがつらくなったころ、お父様が王都で見つけてくださったものでした。
首を横に向けます。
天蓋からつるされた紗の向こうからは明るい日差しが感じられました。
まだ、朝なのでしょうか。
それはいったい、いつの?
私はお兄様の尽力により、魂が五日間だけ入れ替わるはず。
それなのに……。
久々の外出を楽しめたのは、たった数時間でした。
じわりと目に涙が浮かびます。
ルシウスが言うには、再びお兄様と魂が入れ替わるのは、悪鬼を倒した時か、私が死ぬとき。
脳裏には腕を見事に切り落としたルシウスの姿が浮かびます。
残念なことですが……。
あれで悪鬼が死んだとは思えません。
腕を切り落としただけ。
ならば、私がこの身体に戻ってきた理由。
それはもう……。
命が尽きるから……。
「目ぇ覚めた? ローゼリアン」
紗のむこうでやわらかな影が揺れました。
「え……?」
喉からかすれた声が漏れます。
というのも。
声にも聞き覚えがなければ、このように訛りの強い殿方も存じ上げないからです。
「これ、ちょっと開けてもええのん?」
男性は室内の誰かに尋ねているようです。
すぐに紗が開けられました。
お母様の侍女です。私が目覚めていることのに気づき、ほっとした顔で挨拶をしてくれました。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう」
「今日はお気分がよさそうなお顔ですね」
「そう……かしら。ええ、そうね」
言われて、気づきます。
そういえば『自分の身体』でこんなにしゃべったのは久しぶりかもしれません。
「起きたいのだけれど」
「かしこまりました」
侍女が目くばせをすると、メイドたちがやって来てくれて、上半身を起こしてくれました。
ゆっくりと慎重に。
ベッドヘッドと背中の間にクッションや枕を挟み込んで苦しくない体勢を作ってくれましたが……侍女やメイドたちが案じるほど息が苦しいことも胸の痛みもありません。
不思議なことですが、ここ数か月で一番、本当にラクなのです。
「お嬢様、このことを奥様にお伝えしても?」
侍女の目には涙が浮かんでいて、メイドたちも喜びのためか顔が上気しています。
私はなんだか気恥ずかしくなって、目を伏せながらも「ええ」とうなずきました。
そして自分の手が目に入ります。
気持ちはふたたびふさぎました。
というのも。
長年ベッドにいたからでしょう。日も浴びず、ずっと臥せっていたからでしょう。
自分の手はお兄様と比べ物にならないほどに青白く、そして枯れ木のようでした。
みっともないわねぇ。ぶさいくねぇ。
耳元で誰かに囁かれたような気がして、私は身を震わせました。
「もう会うてもええかなぁ」
男性の声にハッと我に返ります。
「あの……なにか、ショールのようなものはあるかしら」
「ええ、ございます」
メイドから受け取り、私はすっぽりと頭からかぶりました。
察したのか、侍女が席を外し、男性のところに行ったようです。
「洗顔や身支度をしてからお嬢様に……」
「こっちはかまわんけど」
「お嬢様がかまいます」
「いや、だけどやな。戻ってもうてる気がするねん」
その一言に、私は雷に打たれたような気分になりました。
この方はお兄様と私が入れ替わったことをご存じのようなのですから!
「かまいません、会います」
身を乗り出すようにそう言いました。
「ですがお嬢様……」
「見苦しい格好ですが、お客様、どうぞ」
私が促すと、こつこつと足音が近づいてきます。
「どうも、初めまして……やんな?」
そうしてひょっこりと姿を見せたのは、30代なかば……ぐらいでしょうか。眼鏡をかけた殿方です。
黒い髪を一つにまとめ、黒い瞳をお持ちです。
貴族ではないことは、その服装でわかります。
ですが一般市民でもない。
なにしろ彼は聖職者の服装をしていたのですから。
「ひょっとして……その?」
私はてっきり、入れ替わりの秘術を行った呪術医かと思ったのですが……。
「臨終の?」
「お嬢様!」
臨終の際に聖別を行う司祭かと思いましたが、侍女にもメイドにもひどく叱られてしまいました。
ですが、聖職者さんはけらけらと愉快そうに笑います。
「この子のお母さん、呼んできたってぇな。話もしたいやろうし。ああ、食事とかも用意して」
聖職者さんは侍女とメイドにそう言いました。
こそこそと小声で耳打ちし、メイドは残ろうとしたようですが、聖職者さんが苦笑いします。
「ちょっとだけ席外してほしいんや。別に不埒なことはせぇへんって。なんならドア開けて出て行ったらええし」
「私なら大丈夫よ。なにかあればほら、これで呼びます」
私はショールから少しだけ手を出して、枕元に置いてある呼び鈴を指さしました。
「……わかりました」
「すぐに戻ります、お嬢様」
侍女とメイドたちは後ろ髪を引かれる様子で部屋を出て行きます。
「さて、えー……っと。ローゼリアン、やな?」
聖職者さんの言葉通り、彼女たちはドアを開けたまま出て行ったようです。ぱたんと閉まる音がしません。
気にすることもなく、聖職者さんは椅子を引き寄せ、私の側に座りました。
「ええ。そうです。ローゼリアン・チャリオットです」
「レインバードの身体に移動した?」
「しました」
私ははっきりとうなずきます。それを見て、眼鏡の奥の瞳を聖職者さんは細めてやわらげました。
「そっか。あ、俺はセドリック」
「まあ! ではやはりあなたが? ルシウスが言っていたセドリック師というのは……」
「そうそう。呪術医が本職なんやけど、堂々と言えへんやん? 呪殺も行うんやし。だからもぐりで聖職者してんねん」
そう言って陽気に笑います。
なんとまあ。
世の中にはいろんな職業やお仕事の仕方があるものです。




