表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

きらきら

作者: 埴輪庭

 ◇


 わたしの名前は──いや、名前なんてどうでもいいか。


 誰も呼んでくれないから。


「おい、ブス」とか「死ねよ、クズ」とかそういう風に呼ばれる事はあるけど、それは名前じゃない。


 わたしの家は最悪だ。


 お父さんは刑務所にいる。


 何をしたのかは知らない。


 知りたくもない。


 お母さんは夜になると出ていって、朝になると帰ってくる。


 タバコとお酒の匂いをさせながら。


「あんたのせいでこうなったんだからね」


 それがお母さんの口癖だった。


 わたしが生まれてこなければ、お母さんはもっと違う人生を歩めたらしい。


 ごめんなさい、と何度謝ったか分からない。


 でも謝っても何も変わらなかった。


 学校では毎日、地獄が待っている。


 上履きがなくなるのは日常茶飯事。


 教科書に落書きされるのも、机に「死ね」と彫られるのも、もう慣れた。


 慣れてしまった自分が、ときどき怖くなる。


 痛みを感じなくなったわけじゃない。


 ただ、痛みの置き場所を覚えただけ。


 心の奥の誰にも見つからない場所に、そっと押し込む方法を。


 でも、こんな私にも救いっていうか、宝物がある──いや、あった。


 シロっていう小さな白い犬だ。


 お父さんが逮捕される前に、どこからか拾ってきた野良犬だった。


 シロだけがわたしの味方だった。


 学校から帰ると、ちぎれそうなほど尻尾を振って迎えてくれた。


 でももう、いない。


 あいつら──クラスの男子たちがやった。


「お前んちの犬、拾ってきてやったぜ」


 笑いながら差し出されたのは、動かなくなったシロだった。


 首が、おかしな方向に曲がっていた。


 私はその時どうしたんだっけ。叫んだのかもしれない。泣いたのかもしれない。


 覚えていない。


 気がついたら、わたしは目を瞑っていた。


 ぎゅうっと、力いっぱい。


 見たくなかった。


 何もかも。


 この世界の全部を、視界から締め出してしまいたかった。


 そうしたら──。


 昏い瞼の裏に、何かが光った。


 なんだかチカチカしている。ちかちか、きらきら。


 なんだかお星様みたいだなぁって思った。少しだけ青い、きれいなきれいなお星さま。


 もっと強く瞑る。


 そうしたらお星様が増えた。


 ひとつ、ふたつ、みっつ。


 数えきれないほどの光が、きらきらと光っている。


 きれいだ、と思った。


 この世界で初めて、きれいだと思えるものを見つけた気がした。


 ◇


 それからわたしは、辛いことがあるたびに目を瞑るようになった。


 靴を隠されたとき。


 髪を引っ張られたとき。


「生きてる価値ないよね」と囁かれたとき。


 ぎゅっと目を閉じればこの世界から、ほんの少しだけ逃げられる。


 ◇


 ある朝のことだった。


 家を出て、学校への道を歩き始める。


 足が重い。


 心はもっと重い。


 今日もまた、あの教室に行かなきゃいけない。


 あいつらの顔を見なきゃいけない。


 ──嫌だな。


 ──無理だよ。


 ──見たくないよ。


 気がつくと、目を閉じていた。


 歩きながら。ぎゅっと強く、強く。


 そうしてあるく。きれいなきらきらだけを見ながら。


 一歩、また一歩──暗い中を進んでいく。


 ◇


 なんだか音がする。車の、なんだっけ。あの音だ。ぶぶーっていう奴。ブザー? 


 そしたらすぐに何かがわたしの身体にぶつかった。


 ああ、車だ。


 凄く痛い。苦しい。冷たい地面の、ざらざらする感触が頬にあたる。


 私はずっと目を瞑ったままでいた。


 開ければきっと、私は見たくないものを見ちゃうだろうから。


 痛くて痛くて、神様たすけてくださいって頭の中でお願いをしていたら──でもだんだんとふわふわしてきた。


 私がどんどん上にあがっていく。


 ふわふわが強くなる。きらきらが強くなる。


 そうしたらね、なんだかシロが()()()で待っていてくれる気がしたの。


 ねえ、シロ。


 わたし、やっと行けるのかも。


 きらきらの向こう側に。


 誰もわたしを傷つけない場所に。


 誰もわたしを「死ね」と言わない場所に。


 わたしは勇気をだして目をあけた。もう大丈夫だとおもったから。そうしたら、やっぱり大丈夫だった。


 きらきらはもう目をあけていても見える。


 お星様じゃなかった。光だった。


 温かくて、優しくて、わたしを包み込んでくれる。


 最後に見えたのは、尻尾を振る白い影。


 ──シロ。


 わたしは笑った。


 たぶん生まれて初めて、心から。


(了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ