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第50話 夜の都

 裏路地の闇に身を潜め、息を殺す。すぐ横で足音を忍ばせながら物資を運ぶ協力者たちと顔を見合わせた。


 私たちは帝国軍の補給部隊に奇襲を仕掛け、ラキが立てた作戦によって成功を収めた。被害はほぼなく、すでに撤退を開始している。

 

 協力者は都で戦火に巻き込まれた数十人の民だ。彼らは、命を救われたことで、私たちに共感し、協力を申し出てくれた。

 かつて商人だった者、都に流れ着いた冒険者だった者、ただ家族を守るために武器を取った者……彼らは戦士ではないが、それでも共に戦う道を選んだ。

 

 ……今のところ協力者は人族がほとんどで、都のわりには亜種族が少ないけれど。


「物資は確保できた。これで森に避難している人たちも、もう少し持ちこたえられるな」

「……そうね」


 いつのまにか背後にいたラキの言葉に頷く。

 私とラキは奇襲の先鋒を務め、いまは撤退の援護に回っている。作戦は順調に進んでいる――そのはずだ。

 

 だが、胸の奥にある違和感が拭えない。


「ラキ……何か、おかしくない?」


「やけに帝国軍の数が減っているとは思うが」


 ラキは即答した。やはり、ラキも同じ違和感を抱いていたようだ。その言葉に私も納得する。帝国軍の動きが鈍い。物資を運ぶ協力者たちも、どこか不安げだ。

 私たちが攻撃したのに、まともな反撃がない。まるで、もっと大きな何かに意識を取られているかのようで――嫌な予感がした。


 ――そのとき。

 遠くの暗がりから誰かが駆けてくる音がする。


 私は警戒し、協力者を守るために生成していた血槍を構える。

 だが、暗闇から現れたのは、ひときわ荒い息遣いの人族の男。協力者の一人だった。

 彼は肩で息をしていて、顔は青ざめている。何かとんでもないものを見てきたかのようだった。尋常ではない様子に私は思わず目を見開く。


「ど、どうしたの?」

 

「……っ大変なんだ!」

 

 周囲を警戒しながら駆け寄る。

 彼は荒い息で地面に手をつきながら、なんとか言葉を紡いでいく。


「反乱軍の首謀者として手配されている……赤い髪の……たしかフィロンとかいう奴が、都の北門にいるという情報が!」


「……なんだと?」


 ラキの声が険しくなる。

 私は息を呑んだ。フィロン……。あいつの情報があれば、戦争を終わらせる手がかりになる。

 そして何より、砦で私たちにしたことを、許せるはずがない。

 ラキは胸の前で拳を握りしめ、焦りを滲ませる。ラナの記憶を取り戻すためにも、フィロンは逃がせない。

 

 ……私も同じ気持ちだ。覚悟は決まっている。


「ラキ、北の門に行こう」


 北に目をやる。不穏な喧騒が広がっているのが微かに見えた。

 フィロンが動いたということは、ただの小競り合いでは済まない。


「きっと……何かが起きてる」


「……ああ。だが」


 一瞬、ラキは言葉を詰まらせた。そして眉を寄せ、低く言う。


「俺は一度、森へ戻る。ラナの様子を確認し、協力者たちの撤退が無事に終わるかを見届けたい」


 ラナのこと。物資のこと。どちらも重要だ。

 私は迷いながらも、小さく息を吐く。


「……わかった。ラキは森に戻って。私は先に行くから」


 ラキはしばらく私を見つめて真剣な眼差しで頷いた。


「サキ、気をつけろ」

「……うん。ラキもね」


 ラキは短く「すぐ追いつく」と言い、踵を返す。

 協力者たちが闇の向こうで静かに頷くのが見えた。


 私は夜の闇に紛れ、都の北門へ。ラキたちは南門から森へと向かった。

 

 **


 夜の闇を斬り裂くように無数の刃が交錯していた。

 北門へ近づくほど、帝国軍と反乱軍の戦闘は熾烈さを増し、剣の音に混じって矢の飛ぶ風切り音までもが響く。

 

 私は気配を殺しながら都の建物の上を駆け、最短距離で北門へ向かっている。

 翼は普通の吸血鬼族と同じくらいの大きさになったものの、まだ飛ぶことはできない。そんな練習をする暇なんてなかったから。

 それでも、槍と自分の意思で少しは動かせるようになった翼を頼りに、屋根から屋根へと飛び移る。


 まだ北門までは距離がある、もっと急がないと……!

 加速しようとした、そのとき。

 ――突然、眼前を横切る鋭い閃光。


「……なっ!」


 弓矢だった。咄嗟に槍を屋根に突き刺し、減速する。

 だが、最初の一撃を皮切りに矢の雨が降り注ぐ。足を止めずに避け続ける。

 私の逃げ道を先読みしているかのような正確な連携。

 矢の軌道は不自然なほどに正確に私を追う。……矢は魔術で軌道を操られているのかもしれない。

 

 ――それにしても、静かに走っていたのになんで気づかれたんだろう?

 矢を寸でのところでかわしながら、考える。

 

 もしかすると……黒い翼は夜に溶け込むが、小さかった翼が大きくなった分、月を背にすると思ったよりも目立つのかもしれない。


「わ!」


 弓矢の一つが頬を掠める。痛みよりも、自分の油断に苛立った。余計なことを考えていたせいだ。戦いに集中しないと。

 体勢を立て直さなければ。次の矢を避けられない――踏みとどまろうと脚を伸ばす。


「え?」


 しかし、伸ばした脚は宙を蹴った。

 ――落ちる。


「ッ……!」


 ――しまった、弓矢は屋根から私を落とすように誘導していたんだ!

 気づいた瞬間には遅かった。体が浮く感覚。もしラキがいたら、もっと冷静に対処できたのかな、なんて頼りない考えがよぎる。


 全身が闇の中へと吸い込まれていく。

 ――このままだと、地面に叩きつけられる。


「……ッ!」


 反射的に翼を広げる。夜風を切る感触が、徐々に穏やかになっていく。

 それでも落下の勢いは強く、建物の壁に槍を突き立てて減速する。

 衝撃を吸収しつつ、地面にタッと降り立った。


 無事に着地できたが、一息つく暇もない。私の目の前には十人ほどの帝国軍の兵士がいた。


「……うわ」

 

 私が硬直するのと同時に、兵士の一人が鋭く叫ぶ。


「やはり……! こいつ、この前指名手配された吸血鬼族じゃないか!?」

「いや、俺は手配されてるのは半吸血鬼だと聞いたが……」

「どっちでもいい! 手配書の顔と同じだ!」

「首持っていけば賞金と出世だぜ! 武器を構えろ!」


 瞬時に殺気が奔り、兵士たちが一斉に武器を構える。だが、私は殺気とは別のことに気を取られてしまった。


「え……私、手配なんてされてたの?」


 思わず足を止めたまま呟く。

 暗躍している以上、帝国に目を付けられるのは覚悟していた。でも、私の手配書が出ていたとは知らなかった。

 ……まさかシャトラント村まで手配書が届いていたりしないわよね。村長が私の手配書なんて見たら、きっと驚く。ライトは手紙を読んですぐ村を出たなら、もう都に近づいているはずだから、もしかすると、手配書を目にしているかもしれない。……変な勘違いをされていないといいけれど。

 そもそも手配書の前に、最西部のシャトラント村に戦火は及んでいるのだろうか。ライトを呼んでしまったけれど、ライト無しで村は無事でいられるのか……。


「どうしたんだ、恐ろしくて動けねぇのか――!」


 予想外の言葉に思索を巡らせていると、怒鳴り声とともに、殺気が一気に膨れ上がる。

 ハッとして顔を上げたときには、もう兵士たちは包囲を固めていた。一斉に飛びかかってくる。


 円のように降りかかる敵を見渡す。

 ――獣族、鬼族、長耳族……また獣族。

 亜種族が多くて、数も多い。ラキがこの前教えてくれた波耀みたいな亜種族固有の能力を私はあまり知らないから、慎重に動かないといけない。

 兵士たちの武器を見る。弓に、剣……どれも魔術が施されていそうだ。

 

 今は傷がほとんど塞がっているから血槍を一本しか生成していないが、必要ならもっと傷つけて増やさなければならないかもしれない。


「もうっ……! 早く行きたいのに!」


 焦燥に奥歯を噛みしめる。

 この包囲から抜け出すには――上しかない。運悪く私の正面に回った兵士の頭に狙いを定める。

 

 そして、その頭を踏み台にして、跳ぶ――。

 兵士が驚愕の声を上げるが気にしない。だが、次の瞬間、私は違和感を覚える。私の視界は夜空で埋め尽くされていた。


「……あれ? なんで、こんなに高く!」


 跳躍が明らかに高すぎた。

 背中が軽いと思い振り返ると、翼が広がっていた。まさか飛べるようになったのだろうか。

 このまま飛べば、早く北門に辿り着けるかもしれない。

 だが、淡い期待も束の間。


「この餓鬼……そう簡単に逃すか!」


 その声と同時に体がぐらりと揺れた。

 見ると、獣族の兵士が跳躍し、私の足をがっちりと掴んでいた。鋭い爪が肉を裂く感触とともに、強烈な引きがかかる。獣族の兵士がニヤリと笑っているのが見えた。


 ――次の刹那。私は宙を舞っていた。全身がしなるように振り回され、凄まじい力で放り投げられる。


「……っ、この! こんなところで足止めされるなんて、急いでるのに!」


 叫びは虚しく夜の闇に吸い込まれる。

 次に訪れたのは、衝撃。背中から石壁に叩きつけられ、鈍い痛みが全身を駆け巡る。耳をつんざくような破壊音と同時に壁が砕け、崩れ落ちる。粉塵が舞い、無数の瓦礫が私を押し潰そうとする。


「……っ、ぐ……」


 肺から空気が押し出され、視界がぐらつく。かなり痛い。だが――止まるわけにはいかない。


 私が向かう先には、フィロンがいる。

 フィロンこそ反乱軍の元凶であり、私たちを洗脳を主導した張本人だ。ここで時間を取られるわけにはいかない。

 

 焦る気持ちに突き動かされ、崩れた瓦礫を押しのける。膝をつきながら身体を起こした。

 全身から血が流れていたが、血槍はしっかりと手の中にある。


 早く北門に行かないといけない。――しかし、帝国軍の包囲網がそれを許さない。

 思考を巡らせながら、息を整える。


「このままでは、埒があかない……」


 ……これから私はどうするべきか。


「あ? おいおい、どうした、棒立ちして。急いでるんじゃなかったのか?」


 獣族の兵士は、楽しそうに笑いながら近づいてくる。


「もう諦めちまったのかよ? 抵抗くらい最後までしてくれよなぁ。その方が楽しめるってのに」


 全身から血を流して立ち尽くす私に戦う気力などないと思ったのだろう。他の兵士たちも続々と近づいてくる。


 兵士たちは私の血まみれの姿を見て嘲るような目つきをしている。奴らは明らかに油断している。今の私にとって、流血は武器に他ならないというのに。

 ……私は腹を決めた。


「……血まみれの吸血鬼に近づくなんて、あんた達、馬鹿なの?」


「……は?」

 

 挑発の言葉を紡いでいく。

 これから起こるであろう久しぶりの戦闘らしい戦闘に鼓動が高鳴る。私の口角は無意識に上がっていた。


「だって、吸血されて回復されるかもしれないし、血液操作で不意を突かれるかもしれないわよ?」


「はっ、お前みたいな小娘に吸血されるような隙を見せるほど間抜けじゃねえよ」

「それに、血液操作なんざ大した戦力にならねえだろ」


 獣族の兵士を筆頭に、兵士たちは反論する。


「……そうかしら? まあ、私もあんた達の血なんて飲みたくないけど」

 

 さらに挑発する。余裕ぶっていた兵士の顔は、一瞬険しくなった。


「死んでおいた方が楽だったかもしれねえぜ」


 獣族の兵士は殺意を込めて低い声で言った。

 だが、その言葉に私の口角はさらに吊り上がる。

 

 ……戦いは避けるべきだと思っていた。でも――今は私一人。仲間を守るために慎重になる必要はない。

 それに、何より。


「多分北門を目指すなら、ラキ達も後からここを通る。……なら、片付けておいてあげたほうが親切よね?」


 ぼそりと呟く。北門へ急ぐなら強引に抜けることもできるけど、今はこいつらを片付ける方がいい。確かにその決断は後に続くラキ達のためでもある。

 でも、正直に言えば――この状況への憤りをぶつけたくてたまらない気持ちの方が大きい。

 その衝動に私は内心で小さく苦笑した。


「……まともに戦うのなんて、いつぶりかわからないわ」


 フィロンを追わなければいけない焦りと、この場で足止めされる苛立ち。入り混じった感情は胸の奥で渦巻き、戦意となり積もっていく。


「ああ? 声が小さくて聞こえねえよ!」


 その咆哮と同時に、長耳族の兵士から弓が放たれる。


「ふっ……久しぶりに気兼ねなく暴れられそうで……うれしいって言ったのよ!」


 私は目を見開き、全身に滴る血で槍を生成した。放たれた弓を、槍を操り叩き落としていく――。


 **


 フィロンは剣を振るうたびに、右腕が焼けるように痛んだ。ユリアナにより辛うじて接合されたとはいえ、完全に癒えたとはとても言えない。

 戦場の喧騒の中、フィロンは剣を振るい続けた。敵兵を一人、また一人と切り伏せながらも、右腕の傷口と焦燥はじわりと広がる。


「チッ……この体たらくか……」


 舌打ちしながらも、剣を振るう手を止めるわけにはいかなかった。

 ヴェルデとミアを派遣した要塞は、鋼鬼四天によって追い詰められたと報告が入っていた。

 もはやフィロン自身が戦力となり前線に立つことでしか、都における反乱軍の勢力は維持できなかった。


「あーあ。やっぱり戦力不足はキツイなあ。僕も初戦でガルザに当たるなんて運が無かったし。……わざわざ助けたヴェルデが頑張ってくれたら良いんだけど」


 ぼやきながらも、フィロンは冷静に戦況を計算していた。

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