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第43話 反乱の道

「私に良く似た、半吸血鬼……?」


 ミアは不快そうに眉をひそめ、しばらく歯軋りをしたあと、ため息をついた。そして、コツコツと小気味よい靴音を響かせながら、フィロンに詰め寄る。

 

「言っておくけどね、フィロン。お父様が認知していない私生児がいることくらい、私は知っているのよ。……人族とのハーフは聞いたことないけれど……」


 ヴェールの奥で黒い瞳を細め、フィロンを鋭く睨みつける。


「……とにかく。半吸血鬼と似ているだなんて、失礼ね? 私は純血の吸血鬼族よ。半端者と一緒にされるなんて、耐えられないわ」


「あ、そうなの? アレクシス殿」


 フィロンはミアの視線と肩を押す手を涼しげに受け流し、代わりに彼女の隣に立つ男に目を向けた。にやりと笑いながら投げかけた言葉に、アレクシスは静かに息を吐くと、すぐにいつもの余裕を取り戻して微笑んだ。


「……さあな。吸血鬼族には似た顔立ちの者も多い。お前が誰のことを言っているのか、私には分からんよ」


 その声は平静を装っていたが、わずかに硬さがあった。フィロンはその小さな綻びを楽しむように感じ取る。


「へえ、本当に?」


 手元のナイフをくるりと回す。鉄の刃が淡い光を反射し、地図の上を軽やかに踊った。フィロンの視線がじわりと食い込む。余裕の笑みを浮かべるアレクシスの表情が、どこか冷たく硬直する。


「……仮にそれが事実だとして、だから何だ?」


 アレクシスは静かに言った。フィロンは何も言わず、ナイフを回し続ける。


「……私の血を引く半吸血鬼がいたところで、何が問題だ?」


 黒髪に黒い瞳、そして黒い翼――吸血鬼族特有の美しさと威厳を備えた父娘の姿を見ながら、フィロンは確信を深めていく。


 二人の視線が交錯し、空気が張り詰める。やがて、フィロンはふっと肩の力を抜き、声を出して笑った。


「まあ、いいさ」

 

 ナイフをくるりと回しながら、フィロンは言葉を続ける。

 

「今はまだ、強請(ゆす)るには早すぎたね」


 アレクシスは呆れたように息を吐く。ミアは唇を強く噛みしめ、嫌悪を隠そうともせずに大きく舌打ちをした。

 炎の灯りが揺らぎ、誰もが何かを隠しているような、沈黙が広がった。


 **


 ぼんやりとした光の奥に浮かび上がる人影――。やがて焦点が合い、微笑むユリアナの姿が目に映った。


「あら、ヴェルデ。目が覚めましたか?」


 柔らかな声が響く。


「ユ、ユリアナ様? なぜ……そ、そうだ、俺は……!」


 覚醒するにつれ、意識を失う直前の記憶が鮮明に蘇っていく。途切れ途切れの記憶が脳裏に蘇る。縛りつけられた処刑台。突きつけられる刃。終わりを覚悟した瞬間、突如空間の裂け目から現れたフィロン――。彼の手によって、ヴェルデは九死に一生を得たのだ。


「よかった、俺、助かったんですね……。……でも、ユリアナ様。俺、一人牢屋でいる間に色々考えたんです」 


 ヴェルデは苦しげに呟いた。


「俺のせいであなたは反乱軍に入ってしまいました……! 今さらですが、あなたが危うい立場になる原因になってしまったことを後悔しています」


 自分のせいで彼女にまで危険な道を選ばせてしまったのではないか。ヴェルデは一人で牢獄にいる間、そんなふうに思い詰めていた。だが、ユリアナは小さく微笑んで首を横に振る。


「気にしなくてよくてよ。ソニアの名前が出た時点で、誘ったのがヴェルデであろうとなかろうと、わたくしは反乱軍に協力していましたもの」


「なんという慈悲深きお言葉。……ユリアナ様!」


 ヴェルデは感動に震えた。彼女はきっと、自分の罪悪感を軽くするために優しい言葉をかけてくれているのだ。なんという慈愛、なんという高貴なる心なのだろう。


「俺を気遣って、そう言ってくれてるんですね……!」


「違いますわよ」


 即答だった。


「ユリアナ様……!」


 ヴェルデは、ユリアナの優しさだと信じ込んだものに胸を打たれ、ベッドの上で拳を握りしめる。


「俺……これまで色んな女の子に目移りしていましたが、これからはユリアナ様一筋です……!」


 そして、深く感謝の意を込めながら、神妙な顔で宣言した。


「……はい?」


 一瞬、ユリアナの思考が停止した。なぜそうなるのか。一体どこからどういう経路でそんな結論に達したのか。理解が追いつかない。


「ユリアナ様は俺を助けるために……! 俺が処刑されると知っていて、命がけで助けに来てくれたんですよね!」


「え……ええ。フィロンが、ですが。色々あって人手が足りませんのよ」


「色々あった……それなのにユリアナ様は、俺を守るために、反乱軍に残ってくれたんですね!」


「いえ、ソニアのために。……わたくしはヴェルデは見捨てるべきと言ったんですが……反乱軍に協力する意志が変わっておらず、戦力になりそうなら助けようとフィロンが主張を変えましたので、仕方なく」


「ユリアナ様も、やっぱり人族の信仰を取り戻し、素晴らしい国を作るために……ですよね? これからも共に頑張りましょう!」


 ヴェルデは両手を広げ、抱きつかんばかりの勢いで迫る。彼には都合の悪いことは聞こえないらしい。しかし、ユリアナはすっと身を引く。


「ヴェルデ、状況を説明しますから、大人しく聞いてくださいますわね?」


「はい、ユリアナ様のためなら!」


「違います。反乱軍のためです」


「反乱軍のため……つまり、ユリアナ様のため!」


「……」


 ユリアナは一度口を開きかけたが、やめた。これ以上説明するのは無駄だ。そもそも、この男に論理的思考を求めること自体が間違いなのだ。


「……それは、もうそういうことで良いですわ」


 ユリアナは諦めることにした。それよりも眠っていたヴェルデに話を共有しなくてはならない。


「フィロンから作戦終了の知らせが届きましたら、次はあなたに任務をお願いしますわ」


「……え。俺が? ヘマして処刑されかけてたのに、いきなり任務? ……というか、そういうのはテツ達の仕事では?」


 一瞬、ヴェルデの表情が固まった。冗談か何かだろうかとユリアナの顔を見たが、彼女は真剣そのものだった。自身の立場と、今置かれている状況を照らし合わせながら、ヴェルデは混乱を隠せない。


「それについては話せば長くなりますが……」


 そう前置きして、ユリアナはことの経緯を説明し始めた。


 ヴェルデは黙って聞いていたが、話が進むにつれて顔色が徐々に変わっていった。


「……マジですか」


 ぽつりと呟く。

 ソニア、テツ、レーシュの離脱。奥の手として温存しておくはずだった秘術を使い計画を前倒しにして進めていること。今、北部の吸血鬼族の領地にいること。そして、自分が戦力として期待されていること――すべてを理解し、ヴェルデは頭を抱えた。


「おいおいおい……俺、処刑台から助かったばっかりなんですけど? もうちょっと、心の準備とか、そういうのは……?」


「そんな余裕はありませんわ」


「ですよね~……」


 ヴェルデは深いため息をつき、天を仰ぐ。そして、しばらくの沈黙の後、観念したように頭をガシガシとかき乱し、ゆっくりとベッドから立ち上がった。


「……わかりました、すべては神のお導きです。俺、ユリアナ様のために頑張ります」


 決意を固めたものの、不安げな表情は消えない。


「ところで、フィロンはどうしてるんです?」


「彼ならすでに動いていますわ。今頃、都の東部にいるはずですわよ」


 ヴェルデの問いに、ユリアナは微笑を浮かべたまま答える。

 

 **


 帝国西部では人族が圧倒的多数を占めるが、東部では人族と亜種族の勢力が比較的拮抗している。


 倉庫や商館が立ち並び、石造りの屋敷と木造の家々が入り混じる。東部交易の拠点らしい、雑然としながらも活気ある景観だ。


 その一角に、大臣カリドの屋敷がそびえている。高い塀に囲まれ、門は殲獣の骨と血を用いた魔術で強化された黒い扉。外見はただの怪しげな邸宅だが、その奥には膨大な交易記録が眠る。カリドは、その許可なしには帝国の物流が滞るほどの影響力を持つ。


 だが、この地区に渦巻くのは富と繁栄だけではない。


 夜明けにはまだ遠い、闇が支配する時刻であるにも関わらず、裏路地では密輸商人や闇の取引を求める者たちがひそひそと声を潜める。法の網を掻い潜り、手にした品を影でさばく者もいれば、単に盗みを生業とする者もいる。通りの角には物乞いや浮浪児が身を寄せ合い、盗人たちが機を伺っている。


 そして、そのすべてを監視するかのように、カリドの屋敷の窓には灯がともっていた。


「……んー? 妙だなぁ」


 フィロンはワープの魔術の媒体である腕輪を弄りながら訝しげに呟いた。


 本来ならば、ユリアナが腕輪に「精霊の波耀(はよう)」を流し込んだ瞬間、彼女が事前に波耀紋を刻んでおいたカリドの屋敷の庭へとワープできるはずだった。「波耀」は、彼女の血と水を混ぜて生み出す青白い流動体。水の精霊の顕現とも言える。


 だが、フィロンは屋敷の塀の外にいた。


 人族の兵士が少ないことも疑問だ。帝国では、普段の警備は使い捨ての人族兵士が担い、亜種族は要所にしか配置されないはずだ。兵士が増員されたとは聞いていたが――。


「ま、いいか。僕のすることは変わらない」


 フィロンは肩をすくめる。カリドの屋敷では戦闘になる可能性が高いと判断したためフィロンが直々に来たのだ。目の前の堀はフィロンにとって障壁ではなかった。


 ――刹那。フィロンの姿はまるで影が弾けるように掻き消え、次の瞬間、門の上にいた。


 黒い門の上に、音もなく降り立つ。殲獣の骨や血で彩られた門。その異様な装飾の一部を足場にして飛び乗っていた。


 だが、足場にした門の表面に張り付いていた骨が砕けたようで、乾いた音を立てた。それに反応し、庭の見張りの兵士が素早く顔を上げる。警戒の目が門の上を走り、フィロンの姿を捉えた。


「侵入者――ッ! 大人しく投降しろ!」


 庭にいる見張りの兵士がフィロンに気づき、慌てて声を上げる。気配は忍んでいたはずだが、勘が良い。熟練の部隊が送られているらしい。

 

 フィロンは応じることなく、屋敷の庭へと飛び降りた。もう忍んでも仕方がない。早急に仕事を終わらせようと、フィロンは周囲の倉庫や厳重な警備網には目もくれずに一直線に屋敷の正面口へと走り抜ける。


 扉を押し開けた瞬間。


 ――違和感。


 フィロンの肌が粟立つ。交易管理の屋敷には似つかわしくない戦場の殺気。反射的に身をひねる。


「待ってたぜ、小僧ォ! やはりここに来たか! どうやら賭けは俺の勝ちみてぇだな!」


 咆哮が空気を震わす。だが、それが届くよりも一瞬早く分厚い刃が眼前の空を裂いた。

 斧が大理石の床を削り取った末に突き立つ。床は粉々に砕けていた。白い破片が宙に舞う中、フィロンは距離を取る。


 視線を上げた先には、いつのまに回収したのか、斧を肩に担いだ上裸の大男だ。


「あれ……鋼鬼四天のガルザ?」


 フィロンはとぼけた声を出す。


「てっきり、テツかソニア辺りが配置されていると思ったんだけど……ガルザとはなぁ」


 フィロンの言葉に、ガルザは斧を豪快に担ぎながらも心底憐れむような目をした。


「残念だが、てめぇのダチはイカれた女と一緒に薄汚い地下牢の中だ」


「そっか」


 フィロンは屋敷の奥へと視線を向ける。そこにはカリド専用の執務室や、交易記録室、そしてカリドの私室があるはずだ。


「これまでは裏切り者や反乱者の始末は暗殺部隊(ぼくたち)の仕事だったけど、今や僕たちが裏切り者だもんね」


「とぼけてんじゃねえぞ、てめぇは!!」


 ガルザが怒号と共に突撃する。屋敷の装飾品が衝撃波で吹き飛ぶ。彫像が砕け散り、黄金の燭台が転がる。


 交易品を誇示するための館が、戦場へと変わっていく。フィロンはその荒々しい猛進を静かに見据え、次の瞬間――動いた。

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