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第31話 試練の幕開け

 空気が薄く、普段よりも呼吸がしづらかった。だが、肩で大きく息を吸って呼吸を整えた。そして、目の前の標的に狙いを定めた。

 地鳴りのような轟音が響いて目の前の石で造られた重い扉が揺れる。次の瞬間、脚にじんわりと痺れが広がっていった。

 

「……もう、頭に来るわ!」


 渾身の一撃を難なく受け止められたことに苛立ちもう一撃追撃する。しかし、扉はまたもや微かに揺れるだけでとても壊れそうになかった。


「この部屋、やけに頑丈な造りなのね」


「いくら壊そうとしても無駄ですわよ」


 私がもう何度目か分からない愚痴を溢すと、ソニアは壁に背を預けながら言う。いつもは高い位置でまとめている髪を解いていて、疲労しているのが目に見えて分かった。

 

「ここは大陸戦争の時代に人族が兵器の材料とするための殲獣を捕獲して閉じ込めていた部屋ですの。耐久力に優れた殲獣の骨や血肉が多く組み込まれていて、とても生身で破壊できるものではありませんわ」


「だからって、じっとしておくことなんかできないわよ」


「……せっかく殲獣を倒してしまったのですから、私は少し休みたいのですけれど。静かにしてくださらない?」


 ソニアの言い分も分からなくはない。テツとソニアは、気絶していた私や暗殺部隊の連中を庇いながら、百体以上もの殲獣を相手にしていた。途中で意識を取り戻して参戦した私よりも、かなり疲労が溜まっているようだった。


「……でも、ソニアはここから脱出したくないの?」


 いまだに意識が戻らない暗殺部隊の子供達を横目に言う。実を言うと、私には暗殺部隊の子達と戦ったときの記憶はほとんどない。最初に不覚にも胸を剣で貫かれてからの記憶が曖昧だ。おそらくだが、回復するには血が不足していたのだろう。そして、生き延びるため私の体は本能的に理性を捨て去り、ただ血を求めるだけの獣になってしまった……。


 ……私はまだ吸血鬼族の能力とやらを掌握しきれてはいないらしいわ。


「大丈夫ですわよ。そのうちフィロンかレーシュあたりが開けてくれますわ。ねぇ、テツ?」


「ああ、そうだな」


 ソニアとテツは冷静だ。サリィの我儘に慣れているとは言っていたが、暗殺者として育てられたのだから心を平静に保つ術は私よりも優れているのだろう。


「……まぁ、それもそうかしらね」


 ソニアの説得に応じて、私は腰を下ろして目を閉じる。正直、私も疲れてそろそろ暴れる元気が無くなってきた。何より……とっても……お腹がすいた。……たぶん、まだ血が足りていないんだわ。


「そう。いつ出られるのかわからないのですから、体力は温存しておいた方がいいですわよ」


 ソニアは、座り込んで目を閉じた私に満足そうに声をかける。いつも自信に満ちているソニアはあどけなくすら見えることがあるが、こうしてみるとソニアは大人っぽいところもあるかもしれない。


「それにしても暗殺部隊の子達ってソニア達と違って、なんというか……ギラギラしていない?」


 意識を失う前の微かな記憶では、彼らは半狂乱で、まるで恐怖を感じていないかのように攻撃してきたのを覚えている。落ち着きがなく、自身の制御ができていないような印象を受けた。


「ああ……選別されてから直接サリィの下に送られた私達と違い、この子達は司令部の方針で幼い頃から薬漬けにされていますのよ。一時的に強大な力を得られるものの、薬のせいで感情的にも戦力的にも不安定なのですわ」


「……そうなのね」


 座ってゆっくり話をしていると、今、ソニアとこうして会話をしていることに違和感を抱く。

 

 私たちの関係は元から良いものではなく、砦に来てからは本格的に敵対していた。

 それなのに、今さっきまでは殲獣相手に背中を合わせて共闘していた。私は不思議な気分になっていた。


「……ねぇ、ソニア」


「どうしましたの」


「なんで、まだ私に普通に接しているの……?」


 予想よりも潤んだ声が出る。そのことに自分でも驚いた。はっとして口をつぐんだ私を見て、ソニアは可笑しそうに笑う。


「あら。サキは(わたくし)と戦いたいといつも言っていたではありませんの?」


「……そうだけれど。でも、私たちは仲間を巻き込んで殺し合ったじゃない……」


「そうですわね」


 確かに私は、全力で戦うのは好きだ。でも、それは私に守るべきものがなかったからだと思う。村ではライトに守られてばかりだった。守るべき仲間ができた今でも戦いは好きだが、それで仲間の命が危険に晒されてしまうとなると話は別だ。


「私だけなら構わない。でも、私にはラキとラナがいて、ソニアには……テツやこの子達が……」


 私は暗殺部隊の子達を見ながら言う。ソニアはこの子達に慕われているように見えた。ソニアもこの子達を可愛がっているようだった。


(わたくし)はサリィに従うだけ。……サリィが決めてしまったことなら、仕方ありませんわ。それに、もともと私はあなたを暗殺部隊に加えるつもりで連れてきましたもの」


「……そっか。そういえばそうだったわね。……ソニアって切り替え上手なのね」


 私がそう言うと、ソニアは悪戯っぽい少女のような顔をした。ソニアは結果的にとはいえ、自身の思惑が実現したことを前向きに受け止めているようだった。


(わたくし)も戦いは嫌いではありませんもの。さっきの共闘はわりと楽しかったですわよ?」


「それは同意するわ」


 私たちは顔を見合わせて笑い合う。しばらくそうしていた。だが、ソニアはふと視線を外す。そして、ぼそっと呟いた。


「……仲間や部下たちを守るために殲獣を狩る……そんな任務ばかりなら、良かったのですけれどね」


「……ソニア達も、暗殺者になりたくてなったわけではないのよね」

 

 ……もっと気の利いた言葉をかけてあげるべきだと思う。でも、何と声をかけたら良いか私には分からなかった。


 いつのまにかソニアは目を閉じている。眠ろうとしているようだった。休息は取れるときに取る主義らしい。……私は疲れてはいるが、お腹がすいていて眠くはならない。休息というよりも、食事を取りたい気分だ。


「……ねぇソニア」


「まだ何かありますの?」


「私、とってもお腹がすいたわ」


 ソニアは怪訝そうに眉を顰める。さっきまでの優しさはどこへ行ってしまったのだろう。


「そんなの、皆同じですわよ。我慢なさい」


「……我慢……ね」


 閉じ込められてもう随分経つし、お腹が空くのは当然だ。何より、私は早朝から何も食べていない。いや、血は飲んだのだが、それはおそらく回復や吸血鬼族の能力に消費されてしまっている。


 ……お腹がすいていて、目の前に……飲める血があるのに……我慢……。


「……ねぇ、ほんのちょっとだけ……だめかしら?」


 気がつくと声に出ていた。視界がいつもより霞んでいる。


「は? ……そのとろけた目は何ですの?」


「……ね、ソニア? 血……すこしだけだから」


 私の一言にソニアは腕を上げて急に警戒を強める。


「まったくもって、良くありませんわ! (わたくし)だって消耗していますのよ!?」


 私がソニアに詰め寄ると、ソニアは素早く立ち上がって距離を取る。


「おい騒ぐな、頭痛がするだろう……」


 すると、ずっと黙って横になっていたテツが仲裁しようと起き上がる。私はソニアに迫って、ソニアと互いに腕を絡ませてせめぎ合っていた。


「おい、お前ら良い加減に――」


 そこにテツも腕を伸ばして、私たちは声を荒げながらより複雑に絡み合っていった。私はソニアに手を伸ばし、ソニアは私の手を抑えて、テツはソニアから遠ざけようと私に手を伸ばし――。


「なんだ、思ったより元気そうだね。……つまらないな」


 そのとき、私たちの飽和する声と重なってもう一つ声が聞こえた。


「な、フィロン!? ……って、わっ!」


 私は声の正体に驚く。それと同時にバランスを崩して倒れてしまった。扉は開いており、フィロンの手には鍵が握られていた。フィロンの背後にはサリィとレーシュも見える。


「あら、サリィまでいらっしゃったのですか?」


 ソニアはいつのまにか私の手から離れていて、普段のように髪を高い位置に結い直している。テツも少し離れたところに平気な顔で立っていた。


 思わず唖然としていると、フィロンが私の方に歩いて来る。フィロンの口角は上がっているが、目が笑っていない。いつにも増して不自然な笑みだった。


「さて。君が来てからミラクの奇襲があったり、大規模な作戦の話を秘密にされていたことが判明したりと、僕は色々大変だったんだよね……」


 フィロンはしゃがむ私を冷たい眼差しで見下ろす。


「な、なによ?」


「今、最も大変なのは大規模な作戦の話のほう。暗殺部隊は、一丸となって作戦に備える必要があるんだ」


「それがどうしたっていうの?」


「だが、サリィは君を組織的な行動ができるように(いち)から鍛えてやるつもりはないらしい。……そこで、残念だけど、まずは僕が君を(しご)くことになってしまったんだよね」


「はあ!?」


 フィロンの笑みは深まっていく。私は言葉の意味を理解すると同時に、その笑みを薄気味悪く思った。


「僕には雑魚の気持ちは理解できないから、訓練は君にとって死ぬほど苦しいものになると思うけど……どうする?」


「……誰が雑魚よ!? ……苦しいくらい、私にとっては何とでもないわ」


 一瞬、煽りに乗りかけてしまった。しかし、よく考えてみると、何かの作戦に参加するというのは砦にずっとこもっているよりは自由に動きやすくなるはずだから悪くない。

 自由に動けるようになれば、ミラクの情報も集めやすくなるし、ラキとラナと連絡を取る機会も模索できるかもしれない。私はうなずくしかなかった。


「……仕方ないから、それでいいわよ。……それに、どうせいまさら泣きついたって、状況は変わりはしないものね」


「……じゃ、明日の日の出に訓練場に集合だよっ。……サリィからは何かあるかな?」


 フィロンは含みのある笑顔で言うと、振り向いてサリィの言葉を促す。サリィは状況の説明はフィロンに任せていたが、何か指示を出す必要を感じたのか口を開いた。


「ソニアとテツ、それからレーシュは寝ている軟弱者どもを叩き起こして、殲獣の死体の処理をさせな」


 気絶したままの暗殺部隊の子達を起こすという命令にテツはぎょっとしたような顔をしたが、ソニアとレーシュは手早く動き始めていた。続いて、サリィは私の方を見る。


「サキは訓練場の手前の猿鬼の髑髏がかかっている部屋に行くといい」


 サリィの言葉は意外だった。私だけ休んでも良いということだろうか。しかし、次に告げられる衝撃的な事実に私はさらに驚かされることになる。


「明日の訓練でフィロンに殺されたくないならば、今のうちに半獣族の双子と必死に策を練ることだ」


 訓練で殺される? 確かにフィロンならば有り得なくはないのだろうか……。いや、待って。そんなことより今、サリィはなんて言って……。


「……サリィ。今、半獣族の双子って言ったの? ラキとラナ……?」


 どうして、ここで砦の外に逃したはずの二人の名前が出るのだろう。私には何が何だか分からず、座り込んだまま瞬くしかなかった。


 

 


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