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第22話 交差する思惑

「殺してなんかいないわよ。……ただ、ソニアもテツも、ここには来ないわ」


 ――殺したのか、とサリィは私に言ったが、それはむしろサリィが言われるべき言葉ではないかと思う。

 この処刑場らしき場所には、人族の死体が転がる。


 ソニアとテツのことは、数十の血の槍で複雑に絡め取った。そして、身動きがとれずにいる二人に、殲獣の――天馬の血で作った、睡眠薬を飲ませた。


 睡眠薬は、都シュタットへ天馬の吊り箱に揺られて向かっていたときに、ラナがこっそり天馬の血液を抜いて、作っていたものだ。

 ラナは魔術師。殲獣の身体を利用して、その『魔法』じみた力を術として利用する。


 サリィが育てた暗殺部隊の連中は、剣一本だけで戦う。

 ――だから、ソニアたちは、天馬の血が魔術でそんなふうに利用されるだなんて、考えていなかったんだわ。

 そうでなければ天馬の身体の傷を――ラナが天馬の血液を抜いたときにできていた傷を、見逃していたはずがない。

 

 もっとも、二人は暗殺者だから薬には耐性があるかもしれない。常人ならば丸一日はろくに動けないとラナは言っていたけれど。

 

 ――サリィと二人で会話をする時間は、あまり時間は残されていないと、考えたほうがいいわね。


「ねぇサリィ。帝国軍での……暗殺部隊での日々が、サリィを人殺しにしたの? それとも、()()()()サリィを……こんなふうに変えたの?」


 先ほどから沈黙を貫くサリィ。時間があまりないと考えた私は切り札としてライトの名前を出す。

 すると、サリィはようやく口を開く。


「……何を、言っているんだい?」


「言ったじゃない。砦で気がついたんだけれど……私はシャトラント村で、ライトからサリィの話を聞いたことがあったのよね」


 私はサリィにさらに語りかけていく。


「あの話が、本当にサリィのことだとしたら……。サリィ、私とあなたは、きっと分かり合える」


 サリィからは殺気が放たれている。しかし、それは圧倒的な捕食者のものではない。どこか悲しげな殺意だ。


「……私はそうは思えないがな」


 サリィはやはりどこか悲しい声で言う。


「――サリィは私と同じだもの。分かり合えるわよ。……だから、私を暗殺部隊に入れて」


「……は? 部隊に入れろだと? お前と私が同じだと? ……私にはお前が理解できんぞ、愚か者めが。なぜそうなる?」


 サリィは、もはや疑問を投げかけるのも愚かしいというように、気怠げに言う。

 サリィの握る剣から、血が一滴だけ地面に落ちる。


「私は……ミラクを追いたい。――……殺すために。暗殺部隊にいれば、それが叶うのでしょう? おそらくどこにいるよりも確実に。それに、ソニアから暗殺部隊は人手不足って聞いたわよ」


「……暗殺部隊は、たしかに人手を必要としている。……近頃、反乱軍が結成されているという戯けた情報が司令部から入ってきていてな。反乱者の報告が多く、任務に出せる人材が足りていない」


「――それは、私が必要ということにならない?」


 わずかな希望を賭けて言ってみる。


「いいや? 人手は必要だが、私は愚か者が嫌いだ。……今のところ、私はお前を愚か者だと見做している。育てる余地もない愚か者など、私の部隊には入れるものか」


 しかし、サリィは私の言葉を否定する。

 ――サリィに、私の言葉は届いていないけれど、ここであまりのんびり会話をしている時間はない。

 ソニアとテツだけではない。

 砦の奥に消えていった暗殺者の子どもたちだって、まとめて相手をすることになれば油断ならないかもしれない。


「……サリィ、ライトの話をしましょうか」


「……ライト。その名を……幾度も私の前で……」


 私が再び切り札として、ライトの名前を出す。サリィは、ライトの名前を小さな声で呟いた。

 次の瞬間、サリィは震える手を振り上げた。

 そして、腕よりもさらに震えた声で、荒々しく言葉を紡いでいく。


「なぁ……ライトに私に似せた“サキ”なんていうふざけた名前を付けられた餓鬼。ライトは、私の真実を……何もかもを知っていて、都を去ったのか? ……ライト。ライトは、故郷の村で私のことを話していたのか? ――……どんな風に? あぁ、ライト! ライトは……どうして……」


 サリィは半狂乱で叫んだ。両腕で自身の身体を抱きしめて、苦しそうに肩で息をし始めた。

 あまりに悲しい叫びだ。ライトの言葉足らずで不器用な性格は私も知っている。サリィとライトは、きっと何十年間もすれ違ったままなんだ。

 胸が裂かれそうな気持ちになった。

 ――サリィは、何十年間も、ずっと……たった一人で抱え込んでいた心の叫びが、溢れ出しているんだ。

 都で軍に入ったサリィも、最初は希望に満ちていたんだろう。それこそ旅立った頃の、私みたいに。

 ……でも。

 好意を寄せていたライトととの関係が残酷で、すれ違い続けて、ライトへの焦がれる気持ちを何十年間も嫌悪という建前でで覆い隠したんだ。

 ――そんなサリィの様子は、明らかに異常だ。

 つい先ほどまでの、静かに処刑場に佇んでいた姿とは、かけ離れている。サリィは不安定になっている。


「……話せ」


 しばらくして少しだけ落ち着きを取り戻したようなサリィは、振り乱れた長い緑髪の間から、赤い瞳で私を睨んで、それだけ言った。


「……話すわよ。ただ、条件があるの」


「……そうか。やはりライトに育てられただけあって、さすがに忌々しい餓鬼だ。……言ってみるといい」


 ――今のサリィは、私の知るサリィではない。  


 サリィと初めて会ったとき、陽が燃えるような赤い瞳が印象的だった。圧倒的で、絶対的な強者の瞳だと思った。

 だけれど、今のサリィの目は――……曇っている。ライトへの異質な執着が、その瞳を曇らせていることは明白だ。


 そんな状態のサリィに、この言葉を言うのは、かなり危険が伴う。――正直、賭けだけれど。


「……私がライトの過去を話す代わりに、サリィは……ミラクの過去を聞かせて。ミラクを含む暗殺部隊の連中は、サリィが育てたんでしょう?」


「……取り引きというわけか? いいだろう。だが、まずはお前が話せ」


「……。……そう。わかったわ」


 ここは、サリィの本拠地。私の方が不利な立場にある。

 それくらいの譲歩ならば、しなくてはならないかもしれない。


「ただ、もう一つだけ条件を出させてほしいの。これからラキとラナには手を出さないって約束して」


「……構わない」


 サリィにとって、今やラキとラナなど何の不安要素でもないのかもしれない。反乱軍で暗殺部隊の仕事は増えている中、裏切り者であったミラクが都に帰還した。言葉通り、ラキとラナに構っている余裕などないのかもしれない。


 ――そういう理由もあるだろうけれど、きっとサリィは根っこからの人殺しというわけではないんだ。

 ライトに聞いたことがある。鬼族は、人の生肉を食う。サリィは昔、己に流れる鬼族の血から湧き出る衝動のままに、人を殺し、食らったことがあると、ライトは言っていた。

 サリィは、そんな自身と逃げずに向き合い続けて、戦いで己を高めて、軍務に励み、少なくともライトが都を去るまでは、もう鬼族の血に呑まれて、人肉を食らっていたことは無いという。

 

「……ふふっ」


「――何が可笑しい?」


「思い出したのよ。ライトが、シャトラント村で話していたことを」


 サリィは黙った。私の言葉の続きを待っている。


「……ライトが語ってくれたあの話がサリィのことなら……私は、サリィとは……やっぱり……分かり合えると思うの」


 ライトが何故、私にサリィと重なる名前を付けたのか。その本心は私にもわからない。だが、ライトもサリィも、たとえそれが憎しみや後悔であれども、ずっと互いを思い続けていたんだ。

 サリィは、強い。

 ラキとラナという守るべき存在ができた私にとっては、サリィの圧倒的な強さは、好奇の対象というよりもむしほ恐ろしく感じた。

 だけれど……私は今、サリィと分かり合えると思っている。


「……しつこいな。私はお前のことなど分かる気はせんが」


「……ねぇ、サリィ。ライトは頑固で、物分かりが悪いわよね?」


「……ライトが愚か者であるということには同意しよう」


「ライトって、若い頃からあんな堅物だったの?」


 サリィは怪訝そうな顔をする。


「……半吸血鬼の餓鬼。ライトから……どこまで聞いている?」


「私が聞いたのは、ライトは……娘かもしれない女の子と、都で仲良くしていたってこと。その子に、自分が父親かもしれないって……ライトは名乗り出ることができなかったってことよ」


「それだけか?」


「……まだライトは言っていたわ。その女の子と、その子の母親のことも愛していたって。……後悔のあまり私に、その女の子と似たような名前を付けるなんていう……やり直し紛いのことをするほど……愛していたって……」


 この話を初めて聞かされたとき、私は十歳に満たなかった。そんな歳の私に、ライトはこんな本音を漏らしたんだ。

 当時は戸惑いもしたけれど、ただ圧倒的な強さだったライトの不器用な一面を見て、私はもっとライトを好きになったんだ。


「……ふっ……たしかに私たちは同じかもな、ライトという愚か者に振り回されて……」


 サリィは、短く息をこぼす。

 それは、呆れたような笑い声にも聞こえて、すべてを諦めたような嘆息にも聞こえた。


「本当に。愚か者だな。……ライトも。……この私も。……お前もな?」


 その言葉に私は目を瞑って下を向く。


「サリィ……。少しだけ、違うわ」


 ゆっくりと首を振り、サリィの言葉を否定した。


「サリィにとってのライトは……私にとってのミラクだと思うの」


 サリィ。……どうしたの? 目を見開いて、赤い瞳が血走ってるわよ。……そんな恐い顔しないでほしいわ。ソニア達や暗殺部隊の子ども達の邪魔が入るかもしれないじゃない。のんびりしている暇はないのよ。


 守るべきラキとラナがいない今、ラキの血を啜って得た吸血鬼族の回復力と血液操作でどこまでサリィと戦えるのか試して見るのも楽しいかもしれない。

 だけれど、今はそれよりもさらに優先するべきことがあるんだ。


「私は、ライトのことを話したわよ。だから……サリィもミラクのことを……早く話して?」


 微笑みながら、私はサリィに言った。




 不安定に揺れていたサリィの心には、つい先程まで光が差していた。

 しかし、サキの一言によってその光は深い闇に包まれて消え去った。


 サリィの剣から滴った雫が、血溜まりに落ちて溶けた。



 ***



 サキとサリィは長い対話の末に、ほんの微かな笑みを交わしていた。


 それは、とても小さな歩み寄りだった。サリィがライトやサキに抱く嫌悪が消え去ったわけではなかったが、サリィにとっては数十年背負った重りがわずかに軽く感じた瞬間だった。

 二人は確かに分かり合っていた。


 ――そう。サキの、ミラクへの異質な執着が垣間見えた、あの瞬間までは……。


 

 一方、その頃。

 フィロンとレーシュが暗躍する水面下では、亜種族への反乱の意思を宿す者たちが集っていた。


 

 サキとサリィは彼らの画策などつゆ知らずに、一瞬の儚い笑みを交わしていたのだ。




まるで血に酔っているようだった。



第二章『帝国軍』編完結です。

お読みくださってありがとうございます。

面白い、続きが気になると思われた方は、ぜひ評価、ブックマーク、感想などをくださると、とても励みになり有り難いです。

第三章は『反乱軍と皇族』になります。

引き続き血槍の半吸血鬼をよろしくお願いいたします。

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