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第九十五話 世界を救うために

「しかし、ずいぶんと急なことですわね」

 宿を出る準備をしながら、サトリナの言葉ももっともだと頷いて返す。

 今朝になってイルガが宿を訪れて早々、今日中にここを出発すると伝えられた。

 集落の人たちとの話はいいのかと思ったが、今は世界中にはびこる魔物を駆逐するためにも、少しでも早く行動に移した方がいい、という長老の判断らしい。

 長い旅になるからと最低限の準備だけをして、イルガは昼頃に再び宿を訪れた。

 出発の時間が来たのだ。


「村の守りはいいのか?」

 昨日、山へ登る前にこの集落の周りにも魔物が現れるという話を聞いた。

 イルガという強力な戦力を俺たちに回してくれるのはありがたいが、そちらの方も気になった。

「問題ない。己れでなくとも戦えるものは多い。長老の力はお前も見たはずだ」

 そういえば、墓地で長老はイルガの術を打ち消していた。

 あれが本気だったとは思えないし、なるほど、心配はないようだ。

 墓地と言えば……。

「バラグノに挨拶は?」

「今朝してきた。……代わりは充分に勤める」

 イルガのその言葉には、飛竜の能力をというだけではなく、勇者クロードにとってのバラグノの代わりという意味が込められている気がした。

 あいつは、かつての俺にとってとてもいい友人だった。

 ならばクロームにとってのイルガも、いい友人としてありたい。

 強く、そう思った。


「では行って参ります、長老」

「うむ」

 長老、それに集落の人々に見送られて、イルガは俺たちとともに集落を出た。

 また今度、すべてが終わった後にでもまた来たいものだ。

 できれば……みんな、一緒に。

「行こう」

 俺たちは次元の門へと飛び込んで、再び異世界へと舞い降りた。

 まっすぐ進んで、セントジオ大陸への門へ行く。

守護者ガーディアンが復活してたりはしてねえよな?」

 恐々といった様子でローガが言う。

「大丈夫だ。……まだ、な」

「まだって……では、いずれは蘇りますのね?」

「はい。確か、二ヶ月ぐらいでしたか」

 サトリナの言葉にミリアルドが返す。

 かつての旅でも次元の門は何度か利用したが、戦ったのは二回ほどだ。

 正確な時期は不明だが、初回と二回目で二ヶ月ほどが経過していたため、そのぐらいもあれば蘇っているということだけはわかっていた。

「ですが、今ならイルガさんがいるのでこの前の戦いよりは楽ですよね」

 ミリアルドがイルガの方を向いて言った。

 イルガの竜火術は魔力を用いている。守護者との戦いでは有効だ。


「その守護者というのがわからないが、立ちはだかる相手には容赦はしない」

 頼もしい言葉だ。

 守護者に限らず、魔物との戦いにもイルガの力をずいぶんと頼ることになるだろう。

「てか、いっそあのバカデカい竜になっちまえば……」

「何を言っていますの。こんな狭いところであの姿になられたら、この遺跡が崩壊して生き埋めになりますわ」

「ああ、そっか」

「ちょっと考えればわかるでしょう? ちょっとは頭を使ってから発言なさいな」

「んだとコラ」

 ……そんな新入りの前だというのに、この二人の口喧嘩は収まらない。

「気にしないでくれ、イルガ」

「……ああ」

 本人も若干の呆れ顔だ。

 とにかく、阻害するものもなく俺たちは反対側の門、セントジオへと帰り着く。

 真っ赤な灼熱の世界から、今度は銀白の雪世界だ。


「いきなりこれは……堪えるな」

 真夏になるまで溶けることのない一面の雪。その寒さは熱暑に慣れた体に突き刺さる。

「イルガは平気か?」

 ティガ族はイグラ族と同様寒暖差、特に暑さには強いが、寒さにはそこそこ。

 この落差はさすがに厳しいだろう。

 そう思い尋ねるが、本人はなんてことのないような表情をしている。

「強いんですね」

「己れにはこれがあるからな」

 と、イルガはミリアルドに、手のひらで燃える炎を見せた。

 なるほど、竜火術で体を温められるということか。

 ……うらやましい。


「ほら、さっさと行こうぜ」

「ええ。お兄様もお待ちですわ」

 もう一人寒暖に強いローガと、このセントジオを故郷にするサトリナは平気な顔で歩き出している。

 なんだかんだ、寒いと思う側の方が少なくなってしまった。

「歩いたら多少は温かいですよね」

「だな。がんばって我慢していこう」

 唯一共感できる相手のミリアルドと励まし合いながら、俺たちはセントジオガルズへの道筋を進んだ。

 

「ところでクロ、一個質問なんだが」

「なんだ?」

 ローガが尋ねてくる。

 歩いて多少は体が温まったが、まだまだ寒い。話でもして気を紛らわせたい。

「その……バランだったか、そいつをぶっ倒したら、魔王のところに行くんだよな?」

「ああ」

 飛空艇で魔王城へ向かう途中、魔物に襲われ俺たちはティムレリア教団本部の近くに墜落。

 命からがら助かったが、そこをバラン・シュナイゼルの策略によって捕らえられ、なんとか脱出してセントジオ大陸へと逃げてきた。

 そして今に至るわけだ。

「バラン・シュナイゼルさえどうにかできれば、またミリアルドの力で飛空艇を動かせる。それに乗って魔王城へ突入できるからな」

 あの時魔物に襲われなくとも、奴の部下だったリハルトがミリアルドを脅し、教団本部へと引き返す策だった。

 バラン一人の企みで、ここまで遠回りをさせられているのだ。

 だがそれももう終わる。

 イルガの力を借りればソルガリア大陸、及びティムレリア教団に侵入できる。

 なんらかの方法で用意したミリアルドの偽物も、神獣鏡で暴くことができる。

 バランの謀略を覆せば……魔王の喉元まで手が届く……!

 もう少しで……!


「そう上手くいくのでしょうか……?」

 が、話を聞いていたサトリナが突然そんな不穏なことを言い出した。

「どういうことだ?」

「バランという男のことをよく知りませんから、大きなことは言えませんが……私たちが攻め入ることを予期されているのでは、と」

「何かしらの対策があるかもしれないってことか……」

 それは……確かにそうだろう。

 ああいう輩は悪知恵が回る。

 指名手配したのも、俺たちを捕らえる目的だけでなく行動を縛る理由があるだろう。

 結果セントジオ大陸まで来たのだからその考えは大成功だ。

 例えこのままティムレリア教団に潜り込んだところで、覆すことは難しいかもしれない……そういうことか。


「細けえこと考えてたってしょうがねえだろ。対策の対策、なんて堂々巡りになるだけだ」

「注意しておくに越したことはないと言っているのですわ!」

 ローガの言い分もサトリナの言葉もどちらも正しいだろう。

 今俺たちに出来るのは、俺たちが知っていることへの対策のみ。

 指名手配を乗り越え、偽物を暴く。

 だが、それに対するカウンターが用意されていれば、俺たちの作戦は容易く崩れ去る。

 今度こそ捕らえられ、処刑されるかもしれない。

 が、それを恐れていては何も出来なくなる。

 ローガの言うとおり堂々巡りになるよりは、その時その時に応じて行動に移していくしかないだろう。

「とにかく、今は私たちに出来ることをやるだけだ」

「そうですね。そのために可能な限りの準備はしていきましょう」

 ミリアルドがまとめて、俺たちはセントジオガルズへ向かって歩を進めた。

 そう、やれるだけのことをやる。

 ……魔王を倒し、この世界を救うために。

 それを願ってこの世を去った、マーティのために。

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