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第八十五話 降雪の奇跡

「はあ……。とにかく、今はセントジオに戻るしかないってこったな」

「そうですわね。他に手がないか、お兄様と話した方がよろしいでしょう」

 他に手、か……。

 ……確かに、今俺たちに出来ることはない。

 バラグノが死んでしまった今、俺たち四人を乗せることの出来るティガ族がいる保証はない。

 だが……。

「……クロームさん?」

「……え?」

 ミリアルドが不思議そうな表情で俺の顔をのぞき込んできた。

 大きく丸い、青い宝石のような視線が、俺の心の中を見通そうとしているかのようだ。

「なんだ、ミリアルド」

「いえ。……何か、考えているようでしたので」

 そう、俺は考えていた。

 ほんのわずかに繋がっているかもしれない、か細い一本の糸について。


「……ごめん、みんな。少し出てくる」

「おいおい、こんな時間にか」

「先に寝てていいからさ」

 確証があるわけじゃない。

 ともすればすぐに切れてしまいそうな細糸なのだ。

 まだ話すわけにはいかなかった。

「それじゃあ」

 三人の不安げな視線を後に、俺は長老に案内された宿を出た。

 完全に日が沈んでも、この地方の夜はまだまだ暑い。

 それでも幾分かマシになって、俺は夜の集落を歩いた。

 十五年前の記憶を頼りに、俺はその場所へと向かう。

 記憶は間違っていなかったようで、すぐにたどり着くことが出来た。


「……バラグノ・ザバ・シュルシャグナ……」

 等間隔に石碑の並ぶ場所……ここは、ティガ族の死人が眠る土地、墓地だ。

 その中の一つの前に立って、俺はそこに眠るかつての仲間の名を呟いた。

 墓石にはその名前がしかと刻まれていた。

 そのせいでその死をさらに実感させられて、目の奥が痛くなった。

「……バカ野郎」

 その墓標には、もう一人の名前が刻まれている。

 名前はミラル。バラグノの妻の名だ。

 夫婦で同じ墓に眠っているのだ。

 何度も話を聞かされた。自分にはもったいない、いい女であったと。

 しかし、子供を産んだ際に無理をして、それが元で亡くなった。

 だから自分は、残された子供を守る義務があるのだと、何度も、何度も。

 なのに。


「キサマ、何をしている」

「……!」

 声がして、俺は振り向いた。

 先ほど、バラグノの死を俺に告げた女のティガ族。

 その名前は、イルガ。

 ……昔から、知っている名前だ。

 彼女こそが、俺たちの希望をつなぐ、か細い糸だ。

「墓参りだよ、英雄バラグノのな」

「長老から聞いたのか? 墓がここにあると?」

「……いや、昔から知っていた。前にも一度ここに来たこともあるからな」

「……なに?」

 俺の発言に、イルガは睨む目を細めた。

 不審に感じているんだろう。


「この数年、この地に人間フーマが訪れたことはない。いつ来たというのだ」

 先ほどからイルガが言っているフーマという言葉は、ティガ族の古い言葉で、自分たち以外の他種族を表すものだ。

 概ね、それらを侮蔑するときに使われる。

 イルガは他の人間を恨んでいるのか……。

 なぜそんなことになったのかわからないが、とにかく今は、彼女の質問に答えることにした。

「十五年前さ」

「十五年……? キサマ、今何歳だ?」

「この間十五になったよ」

「ふざけるな。ならば、キサマは産まれてすらいないだろう」

「だが、嘘じゃない」

 確かに、十五年前に俺はここに来た。

 姿と性別は違ったがな。


「その時君にも会っている。覚えてないか?」

「戯れ言をぬかすな。産まれてもない者とどうやって会うというのだ」

 普通には不可能だ。だが、俺ならば可能だ。

「あの時、君はまだ小さかったな。が父親のバラグノを連れていこうとするから、泣きじゃくって嫌がって……」

「な……!」

「説得には苦労したよ。確か、あの時俺と君は――」

 そこまで言ったところで、俺は突然胸ぐらを掴まれ引き寄せられた。

 怒りと困惑が混ざった目で、俺の瞳に鋭い視線を注ぎ込む。

 猫目石のようにきらきらと輝く瞳は、こんな時だというのにひどく美しく思えた。


「キサマ、何を言っている……!? お前が、バラグノを連れていっただと……?」

「そうだ。母親を早くに亡くしていたからな、父親が唯一の家族だった。こっちとしても心は痛んだよ」

「なぜお前が、バラグノがれの父と知っている! なぜ母が早くに亡くなったと知っている!?」

「言っただろ、俺は君と会ったことがあるからさ」

「キサマ、いったい何者だ!」

 ……どうやら、俺に興味を持ってくれたようだ。

 あとは、このか細い糸をどう手繰り寄せていくか、だな。

 切れてしまえば、それでおしまいだ。


「俺の名前は、クロードだ。勇者クロード……覚えてるよな?」

「なんだと……っ!」

 ぎり、と牙の並ぶ歯を軋ませて、イルガは俺を投げ飛ばした。

 なんとか倒れないよう踏ん張って、俺は冷静に、肩を怒らすイルガを見つめた。

「勇者クロードは死んだ! それに、お前はどう見ても女だ! あいつは男だった!」

「生まれ変わったんだよ、記憶も持ったまま」

「下らん嘘を……!」

「嘘じゃないって。……証拠を見せてやるよ」

 この間も似たようなことをしたが、今度の方が信じ込ませるのは辛いだろう。

 だが、方法はある。

 俺は腰の剣を引き抜いて、剣に魔力を注ぎ込んだ。


「言っておくが、魔剣術を使った程度で自分がクロードだとは言うな。そんな小手先の技術、今では珍しくもない」

 ……そこまで有名ではないはずなんだがな。

 まあ師匠せんせいも使えるわけだし、使い手が他にいないわけでもない。

 これだけでは不十分。

 そんなことはわかっている。

「前に会った時、君に見せたものを覚えているか?」

「……見せたもの、だと?」

「十五年前のこと、もう忘れてるかもしれないが……俺はよく覚えてる」

 父親を連れていくと言われ、駄々をこねた幼い彼女を、俺は説得しなければならなかった。

 何を言っても聞かないし、無理矢理引き剥がしていくのも気が引ける。

 しかし、幼いイルガの話を聞くと、どうやら父と離れ離れになることを怖がっているわけではないようだった。

 怖いのは、旅の途中でバラグノが死んでしまうのでないか、ということだった。

 だから、俺は、そんな彼女の心配を解く必要があった。

 俺といっしょなら、お父さんは死なないよ、と。


「あの時の奇跡を、もう一度起こしてみせる」

「……!」

 イルガが何かに思い当たったかのように眉間にしわを寄せた。

 どうやら覚えてくれているようだ。

 ならば話は早い。

 俺は切っ先を下に剣を構えた。

 灰に覆われた空を見上げる。

 この灼熱の大陸に、ちっぽけな奇跡を起こす、その目標を。

 魔力を解放する。

 今俺が放てる、最大の奥義を!

「――『零度斬波アブソリュート・ブラスター』!」」

 絶対零度の斬撃波が上空へと飛んでいく。

 魔力が氷を成して昇っていく。

 遙か天高い灰の雲へと直撃し、霧散して、そして――。


「……雪……か……」

 この炎天の世界に、ほんのかすかな雪を降らせるのだ。

「つっ……やはり、まだ堪えるな……」

 魔術の発動に必要な詠唱を敢えて破棄することで威力を抑え、反動を抑えようとしてみたが、やはり体にガタが来る。

 もっと鍛えて、反動自体にも慣れなければな。

 だが。

「……勇者戦紀には、この話は載ってなかったな……」

 空から降りてくる小さな雪の粒を手のひらで受け止めながら、イルガはぼそりと呟く。

 俺を睨む目線は、先ほどよりもやや落ち着いている。


「どうだ、信じてくれたか?」

「……ああ。これを見せられれば、信じざるを得ないだろうな」

 雪はすぐに止む。

 魔剣術で作った超簡易的な雪だ。

 熱気に暖められてすぐに溶けてしまう。

 だが、そうだとしても降雪したという事実に変わりはない。

 記録上、雪など一切降ったことのないグレンカム大陸の歴史を、この俺が書き換えたのだ。

「勇者クロードは死に、女となって生まれ変わった。……荒唐無稽な話だ」

「俺自身そう思ってるよ。だが、本当だ」

 イルガはじっと俺の顔を見つめ、目を伏せた。

 何を思っているのだろうか。

「本当に、お前はあのクロードなのだな……?」

「ああ。久しぶりだな、イルガちゃん」

 繋がった。か細い糸が。

 あとは、彼女に協力してもらえれば、まだ希望は――

 そう思い、頼みごとをしようと口を開きかけた時だった。


「ならば、これで遠慮なく!」

「え――」

 言葉を飲み込む前に、拳が飛んできていた。

 不意の一撃に動くことも出来ず、鉄の塊のような拳が俺の頬を打ち抜いていた。


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