第八十三話 灼熱の大地へ
「ごめんあそばせ」
槍を抜き払い、骸となったそれを前にして、サトリナは恭しく礼をした。
魔槍……とでも言うのだろうか。
俺の使う魔剣術とよく似ている。
その理論自体は単純なものだし、かつての俺の活躍で有名になった技だから、同じような技術を用いる人間がいても何らおかしくはないが……。
それでも、驚きは隠せなかった。
「大丈夫ですか?」
サトリナは膝を着いたミリアルドを介抱する。
俺の方も徐々に体力が戻ってきて、なんとか歩けるぐらいにはなっていた。
「すまない、ミリアルド。無茶をさせてしまって」
サトリナの癒しの術を受けるミリアルドに声をかける。
すると、いいえと小さく首を振った。
「謝るのはこちらです。首輪の解除状態を見誤って、思ったよりも反動が強く……」
バラン・シュナイゼルによって取り付けられた首輪……これがミリアルドの神霊力を抑えつけている。
こんなものがなければ、ミリアルドの神霊術はより強力
になるというのに……。
「サトリナさん、僕はもう平気です。治癒をクロームさんにもお願いします」
「ええ、わかりましたわ」
サトリナはミリアルドの言葉通り、今度は俺の身体に癒しの術をかけはじめた。
体中の鈍痛が消えていく。
ティムレリアの力と指輪の力によって、魔力そのものの消費はかなり抑えられている。
しかし、その威力にはまだまだ身体が耐えられない。
一撃放つごとに治癒してもらってるんじゃあ、まだまだだな……。
いや、今はそれよりも……。
「サトリナ、君は魔術を使えたんだな」
「ええ。小さいときに、国防軍の魔術部隊の方にご教授していただいたので」
優秀な先生がいた、というわけだ。
だが、俺が知りたいのはさらにその先のことだ。
「さっきの魔術は……」
「すごかったですね! 勇者クロードの使う魔剣術みたいでした」
ミリアルドも興奮し、にこにこ笑顔になりながら言う。
しかしサトリナは少々自嘲的な笑みを口元に見せて、残念がって言う。
「そのように大それたものではありません。あれはただ、槍を杖代わりに使っているだけですから」
「槍?」
サトリナの手にする槍を見る。
はい、と一つうなずいて、サトリナは話を続ける。
「魔術を教わったことはよいのですが……性分なのでしょう、魔術よりも槍術で身体を動かす方が好みなのです。でも、せっかく使えるようになった魔術を捨てるのも申し訳なくて……考えて、思いついたのです」
俺の治癒も済んだところでサトリナは立ち上がり、槍を構えて見せる。
そしてそれを軽く振るうと、小さな火球が打ち出された。
初歩の初歩の魔術。あまり得意ではない俺でも出来る簡易なものだ。
だが、それを槍から撃ち出すとは。
「このように、槍術と魔術を組み合わせてしまえばいいと思ったのです。魔術師の方が杖で行うことを、槍でやってしまえばと考えたのですわ」
「なるほど。……かなり強引だが、悪くはない」
魔術師が杖を使うのは、杖に使われる樹木に多量の魔素が含まれているからだ。
魔石のように魔力を増幅してくれることはないが、身体から直接放つよりもいくらか簡単になる。
きっとあの槍にもそんな素材が使われているのだろう。
「なので、勇者クロードの魔剣術のように、魔術と剣術を同時に放つような器用なことは出来ません。槍を振るいながら魔法を撃つ、あくまでそれだけなのです」
「それでも十分な技術ですよ。僕にはとても出来ません」
「ああ。魔術を使うには集中力がいる。武器で戦いながらなんて、私にもできない」
ある意味、魔剣術以上の技術だ。
魔剣術は魔術をうまく使えない俺が、高い魔力を生かそうと考えた技巧だ。
サトリナは俺が諦めたことをやってのけているということだ。
槍の技術自体も高い。
さすが、クリスの妹だということか。
「さて、それじゃあそろそろ……」
治療も終わった。
ここまで来ればグレンカムまでもう少しだ、と思ったところで、一つ気が付いた。
ローガの姿が見えない。
「……あれ、そういえばローガさんは……?」
ミリアルドも気付いたようだ。
「あ」
そして、思い出した。
この空間のゆがみが直る前、あいつが一体どこにいたのかを。
上下左右がいびつな空間が元に戻るのなら、逆さまに立っていた人間はどうなるか。
振り返る。
地面に大の字になって寝転がり、目を回しているその姿があった。
「……上下が直るんなら先に言ってくれよ」
「すまない。無我夢中で……」
治癒術を受けてもまだ少々痛むのか、頭をさすりながらぼやくローガに、俺は頭を下げる。
言い訳になるが、あの作戦は成功する保証がなかったものだ。
自信はあったが、確信があったわけじゃない。実際、ミリアルドが倒れるというアクシデントも起きた。
サトリナがいなければうまくはいかなかっただろう。
そのわずかな不安と、魔剣術の疲労による憔悴ですっかりぽんとローガのことを忘れてしまっていた。
「こうして突破できたのですし、細かいことを気にするのは野暮というものですわ」
「細かくねえよ。打ち所が悪けりゃ死んでるぞ」
「石頭でよかったですわね」
「……お前、バカにしてるな、それ」
サトリナとこう言い合える程度には無事だということだ。
これならばそう心配することもないだろう。
「では、行きましょうか」
ミリアルドが言って、俺たちは再び歩みを進める。
守護者が立っていたこの場所は、この世界各所に通じる次元の門への十字路だ。
左へ行けばソルガリア大陸へ、右に行けばリウガレット大陸、そして中央は、グレンカム大陸へ。
ソルガリアに行ければ楽なのだが、次元の門が国の管理下にある以上、その先は投獄一直線だ。
そうならないためにも、グレンカムに行き、かつての仲間・バラグノの力を借りるしかない。
今の俺の姿では信用されるのは難しいが……クリスと同じく、クロードでしか知り得ない情報を語れば、自ずと信じてくれるだろう。
「ん?」
ローガが何かを見つける。
視線の先、ここに入ってきたときと同じような光る泉のようなものが設置されていた。
「出口だ」
「ここを通れば、グレンカム大陸へ到着というわけですね」
「ああ。勇者戦紀に因ればな」
実際は俺自身の経験と知識に基づく事実だが、そういうことにしておく。
「グレンカム大陸は確か、灼熱の大陸と呼ばれていましたわね。……いきなりの気温の変化は、少々辛いですわ」
防寒着を脱ぎながら、サトリナは少々心配そうに言う。
その言葉通り、グレンカム大陸は地表の七割が活火山に覆われているため、年中猛暑の大陸だ。
年に一度はどこかの火山が噴火しているため、地面には雪ではなく灰が積もる。
雪だらけのセントジオとはまた違う方向で、太陽を拝み辛い地方だ。
「雪国育ちのサトリナには辛そうだな」
「物心ついてからずっと雪の中で暮らしてきましたから、楽しみ半分不安半分というところですわ」
俺はなんだかんだ南側の村の出身だから、暑いのには多少耐性がある。
ローガは例によって寒暖どちらにも強いだろうし、ミリアルドは……。
「グレンカムは初めて訪れます。楽しみですね」
子供は風の子と言うし、平気だろう。いつも通りのにこにこ笑顔だ。
「行こう」
今度は俺が先立って、泉へと体を沈めた。
来たときと同じような不可思議な感覚のあと、その一瞬で俺の体は、仄かに照らされた石室に移っていた。




