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第七十九話 心地よく、騒がしく

 北門から街の外に出る。

 が、サトリナは当然顔が知られているため一旦別れ、普段使っているという脱走ルートを用いて外へ、離れたところで改めて合流した。

 

「お待たせしました」

「……手慣れてるみたいですね、殿下」

 街を抜け出すのにまごついた様子はない。

 恐らく未だ誰にも気付かれてはいないのだろう。

 発覚は時間の問題だが、それまでに次元の門を通ってしまえば問題ない。

 ……敢えて見つかって送り返す手もあるが、もはややる気はない。

 諦めて、俺たちは次元の門に向かって歩きだした。


「そういえば、国王陛下も脱走癖があったとか」

 その途中、ミリアルドが言う。

 そう、国王……当時は王子だったクリスも、何かとつけては城を抜け都を飛び出し、他の町や森へと足を運んでいた。

 義理のはずだが、妙に似たように育ったようだ。

「お兄さまはそのおかげで勇者クロード出会い、仲間になることが出来ました。私もそんな素晴らしい運命を期待したいですわね」

「旅を甘く考えないでください、殿下。一歩踏み間違えたら即死するような罠ばかりなんですから」

 魔物ともいつ出会うかわからない。

 強力な魔物と出会い、そいつに叶わなかったら命などすぐ吹っ飛んでしまう。


「わかっています。油断はいたしませんわ。……ところで」

 わかっているならいいが、と内心ため息をついたところ、サトリナが少々むすっとした表情になった。

 何か気に障るようなことを言っただろうか。

「殿下と言うの、やめてくださらない?」

「……は?」

 急に何を言い出すのかと。

 頬を膨らませ、顔を背けて機嫌悪そうにサトリナは続ける。

「この前、私たちはお友達となったではないですか。つまり、私たちは対等な関係、殿下などと他人行儀な呼び方は不愉快ですわ」

「……いや、それとこれとは話が違うでしょう……」

 交友関係と貴賤関係はまた別の話。

 友達だと思っていても相手が王族などと言うのなら敬語を用いるのが普通……

 とまで考えて、俺自身、畏れ多き国王陛下をクリスと慣れ慣れしく呼んでいると気がついた。

 ……なるほど、一理あるな。


「それに、これからの行く先で私が王族であるということも、隠しておいた方がよろしいのではなくて?」

「うーん……」

 グレンカムではそんなことはないだろうが、もしもソルガリア大陸に戻れた場合、そのほうが都合がいい時もあるかもしれない。

 特にバラン辺りに知られたら、悪いことを企まれてしまうかもしれない。

 二理あるようだ。

「……わかりました。では、今から私たちはただの旅の仲間、対等な関係です」

 言い分を認め、俺は一つ、息を吸った。

「じゃあ、サトリナ。早速だが……」

「はい、なんでしょう」

「……その丁寧すぎる言葉遣いは、どうにかならないのか」

 いくら俺たち側が気をつけたところで、その口調では育ちのよさが目に見える、もとい耳に聞こえる。

 隠す意味がないのではないか。


「なるほど。庶民の話し方を真似た方がよろしいですわね」

「それじゃあ練習してみましょうか、サトリナさん」

 ミリアルドが楽しげに言う。

 仲間が増えたことが嬉しいのだろう。

「えっと……お名前はなんですか?」

「私はサトリナ・ミラ・カールル・セント……」

「待て待て」

 いきなり本名を告げるバカがあるか。

 失態に気付いたか、サトリナも気恥ずかしそうに咳払いした。

 その隣で苦笑するミリアルドが口を開く。……この失敗さえも楽しそうだ。


「まずは偽名ですね」

「だな。"サトリナ"はまあいいとして……」

 特に珍しい名前というわけではない。ここを隠す意味は薄いだろう。

 殿下と同じ名前なんです、と喜ぶ庶民を装える。

「問題は苗字ですね。適当でもいいとは思いますが……」

「偽りとは言え自分の名前だ。何かいい案はないか?」 

 適当すぎる名前をつけると、いざという時に間違えたり、忘れたりする恐れもある。

 こういうのはしっかり考えておいた方がいい。

 何かいい名前はないかと頭を巡らせようとした、その時。


「……テグネシア」

 サトリナ本人が、そう小さく呟いた。

「テグネシア……ですか?」

「はい」

「思いつくのがずいぶん早いな」

 聞き覚えがあるような響きだ。

 サトリナの知り合いの姓とかだろうか。

「テグネシアって……」

 今まで話題に参加していなかったローガが、突然口を開いた。

 あんなことを言っておきながら内心サトリナにビビってるんだろうなと敢えて放っておいたのだが。


「確か、ソルガリア大陸の漁村の名前だよな」

「……ああ、そうですね。どこかで聞いたことあるとは思っていたのですが」

「漁村……?」

 そういえば、地図にもそんな名が乗っていたような……。

 なんとなく知っている気がしたのはそのせいか。

「でもなぜ殿下……じゃなくて、サトリナさんがテグネシアのことを?」

 こう言っては悪いが、ソルガリア大陸で暮らしていた俺でも忘れかけていたほどの小さな村だ。

 別の大陸で育ったサトリナがなぜ、そんなところの名前を?

 俺が聞くと、サトリナは胸の内からペンダントを取り出した。細長い、ネームタグのようだ。

「幼い頃、私が川辺で発見された時、これを手にしていたそうです」

 差し出されたそれを受け取ると、そこには確かに"テグネシア"と薄く彫られていた。

 その前の方にも彫り跡があるが、削れてしまって読みとれない。


「それじゃあサトリナさんは、テグネシアの出身ということですか?」

「お兄さまもそう思って調査隊を出したそうですが、確証は得られなかったそうです」

「だが、なんにせよ関心深い村ではあるということか」

 所持品に地名が書かれていたとしても、それが本当にその場所のものとは限らない。

 だが、完全に無関係というわけではないだろう。

「だから、偽名として名乗るのなら私は……この名を選びますわ」

「ああ。いいんじゃないか?」

 地名を姓にするというのは世界各地でよくある風習だ。

 特に違和感もないだろう。


「それじゃあ改めて……あなたのお名前は?」

 偽名が決まったところで、もう一度だ。

 ミリアルドの質問に、サトリナは自信たっぷりにこう答えた。

「私の名前は、サトリナ・テグネシアですわ!」

 ……わたくし、とですわ、もやめた方がいいと思うんだがな……。

 

「……ところでローガ、よくテグネシアなんて場所知ってたな」

「ん? ああ、俺の出身がそこそこ近くてな。よく穫った魚を譲ってもらってたからな」

「へえ」

 そういうことか、と一人納得する。

 そして、庶民口調について、あーだのこーだのと騒ぐミリアルドとサトリナを見ながら、俺は空を見上げた。

 独り言か、それとも隣のローガに対してか。

 俺自身にもわからない言い方で、こう。

「……騒がしいな」

 でも……すごく、楽しい。


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