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第七十八話 不意の同行

 朝食を平らげ、荷物を整理したところで、俺たちは城を出た。

 クリスに挨拶しておきたかったが、朝から謁見の予約でいっぱいのようで、ゲザーさんに伝えておくに留めた。

 次に会うのは、バラグノと一緒に帰還の報告の時だ。

 そう決めて、城門をくぐった時。

 ……俺たちの目の前に、一人の少女が仁王立ちしている。

「遅いですわよ」

「……何をしてるんですか、殿下?」

 そう、サトリナ・ミラ・カールル・セントジオ殿下が、俺たちを出迎えていたのだ。

 どうやらお見送りではないらしく、使い込まれた鎧にずいぶん暖かそうな防寒マントを羽織り、手には布に包まれた槍を持ち、と明らかに旅立ち前。

 彼女が何かを言う前から、サトリナの目論見はわかりきっていた。

「私も着いていきますわ」

 ……やはり、か。


「……いつ、私たちの話を聞いたんですか」

 俺たちが今日この日に旅立つということを知っているのは、クリスとゲザーさんぐらいだ。

 二人とも、他人に不用意に口を滑らすような人じゃない。

 ……どこかで、盗み聞きでもしていたか。

「私は毎晩、城の裏手の空き地で槍の訓練をしているのです。昨夜も訪れようとしたところ、お兄様やあなた方がお話されていたので」

「……なるほど」

 サトリナもあの訓練場の存在を知っていたのか。

 城を抜け出すようなお転婆殿下だ。

 クリスも知らないうちに、あの場所を見つけていてもおかしくはない、か。


「北の次元の門でしたわね。さあ、参りましょう」

「ダメに決まってるでしょう。お遊びじゃあないんです」 たしなめるべく言う。だが……。

「わかっています。だからこうして、しっかり装備を調えてきたのですよ」

 鎧を叩いて胸を張る。

 ……言って聞くような性格じゃないのは察しがついている。

 だが、国王の妹なんて高貴な人を巻き込むわけには行かない。

 なんとか諦めさせようと、俺は背後でそれぞれ苦い顔をしている二人に助け船を出した。


「よろしいですか、殿下」

 まず前に出たのはミリアルドだった。

 旅の仲間が増えるのがうれしいというミリアルドも、相手が相手ではさすがに気が引けるようだ。

「今から行くところは異次元空間。魔物以上に恐ろしい怪物が現れます。興味半分のおつまりなら、諦めた方がご自身の為です」

「興味半分ではありません。私だって世のため人のため、魔王の存在を許せぬ者の一人。どんな危険悪路も、我がセントジオ槍術で振り払わんと決意してここに立っているのです」

「一度旅立てば、しばらくは帰ってこれませんよ」

「一月以上城に帰らないこともしばしばありました。覚悟は出来ていますわ」

「……そうですか」

 ……なんだか怪しい雲行きのまま話が終わった。

 くるりと振り返ったミリアルドは、満面の笑みで俺の顔を見上げた。

「だそうです。これなら安心ですね」

「…………」

 こいつはもう……。

 俺はミリアルドを侮っていた。

 ミリアルドは王家の人間を危険な場所へ踏み入らせてはならないという思いで説得したのではなく、その心境を知りたかっただけなのだ。

 だから、相応の覚悟はあると聞けただけで満足なんだ。

 何も安心ではない。


「ローガ、お前はどうだ」

 ローガはサトリナとは犬猿のようにいがみ合っている。

 着いてきたいなどと聞いたら、何が何でも拒否するに違いない。

 ……と、思ったのだが。

「……悪かねえんじゃねえか」

 その返答は意外なものだった。

「お前、サトリナ殿下のこと嫌がってたじゃないか。同行してもいいのか?」

「まあ確かに苦手な部類だがよ、異次元で変な化け物と戦うってんだろ? なら、あの槍さばきは役立つんじゃねえかと思うぜ」

 ローガにしては珍しくまともな意見だ。

 自分の是非ではなく、旅の成功を考えての発言は大いに評価できるが……。

 ここは普段通りに感情で動いてほしかったぞ……。


「決まったようですわね」

 多数決で負け、これで俺の意見は通らなくなった。

 決定だ。

 サトリナは、この旅に着いてくることに決まった。

 ……クリス、すまん……。

「それではみなさん、改めてよろしくお願いしますわ」

 王家の気品漂わす動作で一礼し、その名に違わぬ美しき笑顔を見せた。

 ……俺は、胃が痛かった。


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